「日本の話芸」で三遊亭圓歌「電報違い」
マクラで、この新作落語を面白くないと思ってたのであまりしなかった、と圓歌。
よく出来た噺で面白い。
「ドキュメント挑戦」で旭堂南青の武者修行講談会の模様が。
カラオケボックスで練習してた。なるほど。

稲葉振一郎と立岩真也の『所有と国家のゆくえ』を読んだ。
2005年から2006年にかけて行われた対談をもとに構成されている。
以下、目次。
第1章 所有の自明性のワナから抜け出す
1、社会の基礎に所有がある
 福祉国家の概念を壊す
 所有という根本問題
 いまある仕組みを批判する
 他者から始まる所有論
 政治・経済の基本要素
 私有に対する別の私有
 「みんな」を起点にした議論の限界 
 批判・否定のしかた
 分けてしまえばよいもの/分けられないもの
2、どこまでが自分のものか
 人とものの区別
 所有される対象とは何か
 身体の捉え方
 切離できないものが分配されない
 もっと繊細な決まりがある
 左翼はどれだけこっか悪いか
「分配する最小国家」について/立岩
第2章 市場万能論のウソを見抜く
1、市場のロジックを検証する
 人が必ずもつべきもの
 人的資産の二重性
 「売る」と「貸す」の区別
 譲渡できるもの/できないもの
 区別をどのようにつけるか
 平等主義・保守主義
 市場のダイナミズム
 経済学が想定する初期条件
 取引の自由は選べない
 現状は現状維持なのか
 二つのタイプの社会モデル
 市場から所有へのフィードバック
 市場社会の不幸な事故
2、分配の根拠を示す
 結果の平等はなぜ評判が悪いのか
 歴史原理と状態原理
 嫉妬感情の正当性
 再分配という発想
 市場原理主義の矛盾
 社会のダイナミズムと安定性
 「物価」は安定していた方がいい
 市場に対する制限
 国家がやるべき三つのこと
第3章 なぜ不平等はいけないのか
1、平等をどのように規定するか
 分配のために、まず国家は要る
 分配的正義と搾取論
 ローマーの「機会の平等」論
 機会の平等と結果の平等
 効用の個人間比較
 フェアネスとは何か
 ゲームのルールにみるフェアネス
 労働を分割する
 能力の差をどう組み込むか
 アソシエーショニズムとは何か
 統制経済の失敗から学ぶ
 「国家が」でも、「自分たちで」でも、うまくいかない
 国境を超えた分配
2、マルクス主義からの教訓
 マルクス主義の二枚舌構造
 分析的マルクス主義者の青写真主義
 何をするか、しないかを考える
 乱暴に考えないこと
 実行可能性について
 合意は大切だが合意でしかない
 体制変革論の気分的な根拠
 搾取理論の問題点
 不平等こそ問題である
 人間改造思想への危惧
 マルキシズムおよびマルクス
 変革のもとについて
 世界主義
3、権利は合意を超越する
 ノージックの権利論
 規約主義と規範主義
 思いを超えてあってほしいという思い
 ノージック、ロールズ、立岩理論の違い
 経済学の世代間取引モデル
 次世代の問題をきちんと取り込む
第4章 国家論の禁じ手を破る
1、批判理論はなぜ行き詰まったのか
 国家論の歴史
 「国家道具説」から「相対的自律性」へ
 批判理論への閉塞感
 フーコー権力論の衝撃
 悪者探しの無効化
 フーコーの隘路から抜け出す
 国家は単一の実体ではない
 仮想から始める国家論
2、国家の存在理由
 なぜ国家があるのか
 ルーマンの憲法学的な構想
 権利の基底性
 実定法の外側にはみ出すもの
 不平等批判の正しいかたち
 肉体レベルに根ざす不平等感
 ドゥウォーキンの補償理論
 本当に国家に責任はないのか
 責任を問うことの不毛さ
 法的に呼び出される国家
 国際秩序について
経済成長の必要性について/稲葉
分配>成長?−稲葉「経済成長の必要性について」の後に/立岩

これもまた目次だけでかなりの分量だ。
目次の中から註釈的メモ。
「経済学が想定する初期条件」
[稲葉]「厚生経済学の基本定理」が考えてるような初期条件っていうのは(中略)取引に参加しなくたって生き延びていける、ある種自給自足に近いような条件が想定されている。

「国家がやるべき三つのこと」
[立岩]具体的に、生産財の分配が要ると思う、労働の分配が要ると思う、そして所得保障も要る、最低三つは要る。

「フェアネスとは何か」
[稲葉]ロールズの正義論っていうのは、正義というのもを「フェアネス」を中軸に考えようという話ですね。このフェアネス、日本語で言うと「公正」とか「公平」とかいろんな訳され方をしますけど、これをどうつかまえるのかというのはけっこう厄介な問題だと思うんですね。(中略)中西洋さんがずっと言ってたことなんですが、フェアネスって何かというと、彼は「友愛主義」ってことばを使うんです。彼は「国家は竹馬である」と言うんです。ゴルフのハンディキャップだって言うんですね。

「アソシエーショニズムとは何か」
[稲葉]協同組合主義ですね。協同組合というのは、自発的な結社であるし、市場という環境の中で動き回るものですけれども、現在の企業において支配的な形態である株式会社、公開型の組織とはちょっと違って、わりと大事なところで強い閉鎖性をもっている。(中略)公開型の株式会社を主役とするんじゃなくて、そういう協同組合を主体とするような市場経済のことを考えてる人たちがいるわけです。

「ノージック、ロールズ、立岩理論の違い」
[稲葉]ノージックの原点における人っていうのは要するに他人とかかわっていてもかかわっていなくてもよい。むしろ他人とかかわらずに、一人でなんとかやっている人間をモデルとして考えていると言った方がどうもよさそうだ。立岩さんの場合はそうじゃなくて、最初から他人と取引だか喧嘩だかしているというシチュエーションから議論を組み立てようと考えている。そこが違いです。この違いはきわめて重要な違いです。

対談を読んだ分には、「ここからはじまる」って感じだった。
ただ、目次などにはあらわれないけど、面白かったのは、二人の個性があまりにも違っているところ。
華麗で饒舌な稲葉と身も蓋もなく朴訥な立岩(読んだ印象ですよ!)
読んでないけど、「アストロ球団」と「キャプテン」が戦っている感じ。どっちも読んでないけど!
鋭く難解で頭をキリキリと刺激する稲葉の発言が、立岩によって言い換えられると、「えっ、そんな普通のことだったの?」ととたんにわかりやすくなる。表現はわかりやすくなるけど、内容が難問であることにかわりがない。
立岩表現の一例。
「人が権利をもつということがどの水準で言えるのかという問いがあります。事実問題というか、実際には、人に権利があると言ったって、その権利をその権利として周囲の者たちが承認しないことにはなんら実効性をもたないものにしかならない。これは事実問題として言える。(中略)しかし、いま言った通りでありながら、人がいいって言わなきゃ人に権利はないのか。そうだって言いたくない。つまり、人がなんと言おうと、自分のことをどう思っていようと、あるいはその人がどうであろうと、その人には権利なら権利があるよって考えたいというか、あるいは考えるべきだって思っているということがある。それはぼくはとても大切なことであるように思います」
うむ。立岩氏の本をますます読みたくなってきた!

日本橋プラッツで「ポンバシデイズ」
愛梨
「スイートハニービート」をリリースしているらしい。
愛梨2曲のあと、そのコンピに参加しているマリナが登場し、
「インスピレーション」歌う。
愛梨+マリナで「キラリセーラードリーム」
愛梨ソロでしめる。

夏雪
1.学園天国
2.浮気なハニーパイ
3.ハレ晴れユカイ
イーキャストの岸ゆきみと三上夏輝によるユニット。
夏輝ちゃんが今日の「水戸黄門」に町娘役で出ているというので、帰宅して見てみた。ひどい目にあう役(時代劇だしね!)だった。

ましゅまろチェリーBURGER
1.ペッパー警部
2.笑顔YESヌード
3.恋ing
4.セクシーボーイ
5.スッペシャルジェネレ〜ション
6.サンクス!
7.大声ダイヤモンド
毎回、歌とダンスのレベルの高さにはおそれいるのである。

アニミン
1.最強パレパレード
2.ムーンライト伝説
3.乙女のポリシー
4.ハレ晴レユカイ
5.気まぐれキャット
日本橋のみんなにビタミン注入!
注入された〜!

山口満里奈
1.Just after the rain
2.プラネタリウム
3.ゆらゆら
4.笑顔の魅力(チカラ)
5.マイフレンド
癒されるなんてもんじゃない!
素晴らしい!
まさに天使の歌声である。

みりん☆
2.ちゅーんラブ
3.恋の回路
4.ビタミンChu
5.またね
1曲目失念。
この子の立ち居振るまいは実に可愛い。

アズ&咲
1.大きな愛でもてなして
2.笑っちゃおうよボーイフレンド
3.さくらんぼ
4.ナイトでないと
オタクの心をガッチリつかんどるなあ。

4 LEAF CLOVER
1.All my true love
2.Shiny road
3.Nu world
4.Color of season
5.恋の魔法
FLCはじまったとたんに覚えた安堵感はいったい何なんだろう。
歌もダンスも群を抜いているとしかいいようがない。

MarryDoll
1.ハニーチューン
2.テルミー
3.会いたかった
4.まっさらブルージーンズ
5.ベイビースター
6.ホントのじぶん
(アンコール)大きな愛でもてなして
まさしく汗だく!

午後3時からはじまったイベント、終わったら7時過ぎ。
さらに物販もあったが、参加せずに帰宅。
午後8時からNHK衛星で「繁昌亭inニューヨーク〜上方落語ブロードウェイ公演〜」と「小米朝から米團治へ〜五代目桂米團治襲名披露〜」を見る。
英語での「いらち俥」も面白いし、終電に間に合わないんじゃないかと思われる「百年目」も聞かせる。でも、一番釘付けになったのは、祇園の芸妓さんたちの「手打ち」だった。

読んだ漫画は、あだち充『H2』全34巻
いやー、このさわやかさ、ストレスのたまらなさったらない。
いやな奴もいやすぎないし、改心したりするし、大事件も実はたいしたことがなかったり。
最後になって、ヒロの話だと思ってたこの『H2』がヒデの話だったんだ、ということもわかってびっくり。野球の試合と、恋愛2本立ての勝負が、1勝1敗に痛み分けするところもすがすがしい。H2は水素で、「ひかり」が絡んでくるから、光合成の隠喩ができないか、と思ったけど、そんな言葉遊びはやめときます。


ハッピータイム@ヤングフェスタ2008
朝8時半からのABCラジオ「日曜落語なみはや亭」は笑福亭鶴二で「七度狐」
サゲは大根抜いてる分。
「米朝よもやま噺」は暁照夫の「なんでこんなにうまいんやろ」が聞けた。

ヴェルノール布施5階夢広場ホールで開催されている「ヤングフェスタ2008」を見に行った。
開演午後1時に行ってプログラムの時間を確認し、お目当てのハッピータイムの時間まで布施で食事&ショッピング。
駅近くの商店街でCDやビデオを安売りの上にもさらに半額で売っていたので、プログレのCDを買う。

午後2時半からハッピータイムのステージ。
入ったら既に万葉シャオニャンのステージがはじまっていた。
万葉シャオニャン
1.アオニヨシ奈良ノ都デテンツクテン

Milky Hat
1.ハットダンス
2.バイザウェイ

ハッピータイムジュニアダンスチーム
通路でダンス〜マイケルジャクソン〜ロックアラウンドアクロック
通路に入ってきてダンスするのは、かつての遊園地でのSTSライブをほうふつとさせて楽しい。僕は通路側に坐っていたが、すぐ近くにまで、あんなちゃんが来て踊っていた。

ラビバナナ
1.おじゃまDEダンス
2.give me up
テレビ和歌山金曜日午後3時55分からの「おじゃまで天気予報」レギュラーの4人。(さやか、ち〜、さゆみ、りな)
これがまた可愛い!さやかはミルキーハットで見るより可愛さ倍増で釘付け。さゆみも万葉シャオニャンのときより可愛い。ち〜ちゃんはダンシングBANANA以来で懐かしい!
今日の最大の収穫。
GIVE ME UPはてれび戦士、ニコモノに並ぶ出来だったんじゃないか。
東大阪のおすすめの場所として、さゆみ(小阪のハッピーハート)りな(八戸の里の森田屋)ち〜(八戸の里のモンガトー)さやか(お祭りの福引き)をあげる。

万葉シャオニャン
1.ホワイト・ラブ
2.花咲きますように
メンバーの年少組はスピードの存在すら知らなかったと言ってるのが衝撃的。
なぜか、さなが客席に向かって「愛してる!」と叫ぶ。
ジュニアダンスチームから数人あがってきて、東大阪おすすめの場所をこたえる。
男の子は小阪の格安ゲームショップ。あんなは八戸の里のクレープ屋ペペ。ももかは小阪の三角公園(愛犬チョッパーを散歩させてるらしい)。

ミルキーハット
1.グレープフルーツ
2.We Love Sweets
3.黒豆ロックンロール
4.BoA〜ミヒマルGT〜嵐
5.歩いて行こう
6.大航海ランドスケープ
7.軌跡

今日のミルキーハットは4人。マミカが10月末日をもって脱退し、大学合格したレナが復帰してくるまでは4人体制か。万葉シャオニャンやラビバナナと同じ人数だ。
ミルキーハットはメンバーがぼろぼろ抜けてちょっとたいへんそうだけど、万葉シャオニャンもラビバナナも素晴らしい。
終了したのは午後4時。じつに1時間半をこえる見事なステージだった。

帰宅して、NHK-FMで「現代の音楽」
                    【ゲスト】猿谷 紀郎
 − 作曲家の個展2008・猿谷紀郎 −(1)
「ファイバー・オブ・ザ・ブレス(息の綾)」  猿谷紀郎・作曲
                      (16分25秒)
                  (管弦楽)東京都交響楽団
                     (指揮)高関  健
「ここに慰めはない〜ゴットフリート・ベンのテキストによる」
          ゴットフリート・ベン作詞、猿谷紀郎・作曲
                      (15分13秒)
                (メゾ・ソプラノ)加納 悦子
                  (管弦楽)東京都交響楽団
                     (指揮)高関  健
  〜東京・サントリーホールで収録〜
                   <2008/10/1>

家の近くにK2レコードというレンタルCDショップがあり、ふと思い立って会員になった。驚いたことに、顔写真つきの住民基本台帳カードを出したのだが、それでは本人の証明にならない、として、公共料金の領収書などが必要だった。家が近かったので、健康保険証とかいろんな書類を持っていってなんとか会員にならせてもらったが、そうでなければ会員にはなっていなかっただろう。
パスポートや免許証以上に本人証明が確実だと思っていた顔写真付き住民基本台帳カード出して疑われるようでは、僕もおしまいだな、と思った。流れよわが涙、という感じだ。
今日聞いたCDで、再結成したカーブドエアの昔のアルバム「エアコンディショニング」ってのがよくて、「ファンタズマゴリア」よりも好きだな、と書こうとおもってたが、「ファンタズマゴリア」聞き直してみると、う〜む。こっちもいいなあ。でも「エアコンディショニング」の方がプログレかな。


島之内寄席、『串やきP』第1巻
半年ほど前から病魔に冒されたせいで、食事が制限されてしまっているが、今日入った蕎麦屋では、何も食べずにいる女性客を見かけた。相方につきそって店に入ったようだが、ダイエット中なのか、宗教上の理由か、それとも蕎麦屋なんかに連れてきやがってという抗議のためか、とにかく、何も口に入れないのだ。その意志の頑迷さに感心した。
食べてはいけない、とされているものでもついつい食べてしまう僕は、あの女性のような頑迷さを身につけねばならない、と思ったのだ。

まんだらけで「まんが祭り」
3冊210円でまた漫画をいろいろ買ってしまった。
ライトノベルも買おうとして抱え切れないほど選んでから、「いけない。未読の本を読んでから買うことにしよう」と思い直した。
読み切れないから買ってはいけない、と思っていてもついつい買ってしまう僕は、もっと財布のひもをしめて僅かな所持金を守らなければならない。

ワッハホールで「島之内寄席」
四人癖/笑福亭鉄瓶
ちりとてちん/桂吉弥
蛸芝居/笑福亭たま
坊主の遊び/桂文太
仲入
たとえばこんな誕生日/月亭遊方
地獄八景亡者戯〜前編〜/林家染二

補助席もいっぱいになる大入り。
仲入りを境にして、前半は古典、後半はカジュアルな落語という色分けだった。
たまも遊方も普通では考えられない派手な着物。
小さな落語会だと、普段の僕の格好では色がガチャガチャするだろう、と比較的地味なチョイスで出かけるのだが、こういうホールでは気を抜いていつもどおりの服装で行っている。
ロビーで会ったやまだりよこさんに早速つっこまれた。
だいたい、みんな地味な服を着すぎなのである。
たまのショート落語は「健康飲料」のネタがツボに入った。血を吐いて、「血がサラサラ!」というやつ。
染二の地獄八景はいささか走りすぎに思えた。
落語会終わってしばらく時間がたった今、思い返してみると、ベテラン文太の味がじわじわときいてきている。

映画の日だったので、何か映画の1本でも見ようと思っていたが、どうも時間とラインナップがうまく噛み合わなくて、今日は見送った。
読んだ漫画で面白かったのは、やはりSABEの『串やきP』第1巻。ペンギンに改造されたオオウミガラスの格闘漫画。鶏を撃破し、犬の首を切り落とし、カンガルー相手に苦戦し、オオアリクイとの決戦を控える。なんじゃこの漫画!
串やきPっていうのは、いずれ食べられる運命にあるペンギン(?)につけられた名前。
大阪市立大学の銀杏祭に行ってきた。
午後2時半からの8号館ステージまで時間があったので、教室企画を見てまわった。写真展見たり、交響楽団の演奏喫茶行ったり。
中島聖恵
1.強く叫ぶ私の瞳(からだ)を抱いて
2.瞬間
3.SAKURA
4.いつかのサヨナラ
ストリートで見たときとはちょっと印象が違っていた。どう違うのかはよくわからないのだが。

平井喜美
1曲目がマイクから声が聞こえなかったり、音が止まったりしていた。
ダンサーのステージもあり。

Mary Angel
1.マジカルスター
2.ドリームノート
3.ムービンオン
4.エンジェルウィング
5.スーパーアクション
とにかくはじまるなり、ファンたちがいきなりお祭り騒ぎになったのが面白くて面白くて。
関西弁では、こういうのを「ほたえる」と言うのだろう。メアリーエンジェルのライブ恒例の、大人がほたえる姿は、すごくいい!楽園とか天国とか、パラダイスってのは、こういうのを言うのだろう。

しふぉん
恋の運動会やみかんなどのカバー曲も。

Victollyee
こうして聞いてみると、ビクトリーは音楽としてまっとうなのをレパートリーにしているんだな、と思えてくる。年齢相応、といえばそうなんだけど。

JK21
1.花吹雪ハニーチップス
2.キラキラ乙女心めっちゃラブハッピー
3.ハナミズキ(手話コーラス)
4.もっともっと
5.花吹雪ハニーチップス
途中、自己紹トークや、川口有砂のソロダンス(めっちゃカッチョエエ!)もあった。
world oneのアイドルちゃんたちのときとは明らかに楽しみ方の違うファン層がついている、という感じだった。お客さんの応援の仕方に統一性があって、おとなしい感じ。花吹雪が飛ぶあたりが楽しい。
JK21のライブのとき、僕のすぐ後ろにworld oneのアイドルちゃんたちがJK21を見ていた。前を見ようか後ろを見ようか、迷ったが、ここで後ろを向いてしまうのは、ステージに立っている人にとって失礼だと思い、ステージに集中した。でも、やはり気になる。
帰りに、地下鉄の入口でなんとJK21のメンバーとばったり会ってしまった。こういう偶然はよくあるが、ストーカーと思われるんじゃないか、とひやひや。

時刻を見るとまだ宵の口なのに、今日は既に暗くて、寒い。
中央公会堂にハナシをノベルを見に行こうか、それとも将棋竜王戦の大盤解説会に行こうか、と次の予定の選択肢が考えてあったのだが、どちらにも行かず、帰宅。
録画してあったアニメ見たり、漫画読んだりして過ごす。
経済的には助かったか。

探偵作家追跡
若狭邦男の『探偵作家追跡』を読んだ。
第1章 探偵作家追跡
1、鮎川哲也「月魄」
2、江戸川乱歩「偉大なる夢」
3、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』
4、大下宇陀児『天狗の面』
5、耶止説夫「南進兄弟」
6、覆面作家「幽霊を抱いていた男」
7、香山風太郎「悪魔の貞操帯」
8、魔子鬼一『女のミステリー』
9、大阪圭吉『ほがらか夫人』
10、吉良運平『遺書の誓ひ』
11、大月恒志『流れ流れて』
12、水上幻一郎「火山観測所殺人事件」
13、守友恒『幻想殺人事件』
14、九鬼澹「死はかくして美しい」
15、華村タマ子「渦紋」
16、矢留節夫「悲恋の情」
17、岡戸武平『全力投球』
18、「新探偵小説」の三人「暗黒の殺人」
19、狩久『不必要な犯罪』
20、薄風之介『黒いカーテン』
21、川口直樹『悪魔の乱舞』
22、角田喜久雄『高木家の惨劇』
23、赤沼三郎『悪魔の黙示録』
24、都筑道夫「殺した女が腫れ物になった話」
25、杉山清詩『爆弾娘』
26、土屋光司『世界名作探偵小説集』
27、妹尾アキ夫『決闘』
第2章 「探偵雑誌」閲覧室
1、雑誌「ロック」
2、雑誌「さんるうむ」
3、雑誌「宝石」
4、雑誌「ぷろふいる」「仮面」
5、雑誌「トップ」
6、雑誌「黒猫」
7、雑誌「真珠」
8、雑誌「妖奇」
9、雑誌「オール・ロマンス」
10、雑誌「ネオ・リベラル(新自由)」
11、雑誌「実話講談の泉」
12、雑誌「怪奇探偵クラブ」
13、雑誌「探偵実話」
14、雑誌「オール猟奇」「綺談」「ベーゼ」
15、雑誌「探偵趣味」

一読、時間を忘れて読みふけった。
ここにあげられた多くの作品はカストリ雑誌に掲載されたもので、あいにくと、僕はそっち方面はほとんど守備範囲に入っていなくて、未読のものが多かった。
作品名を見ているだけでクラクラしてくる。
「覆面作家」が杉山清詩であることを明らかにするくだりや、赤沼三郎には偽者がおり、その正体は御手洗辰雄であったとする記述など、この著者がいなければ真相は闇に葬られていたんじゃないか、と思われる。都筑道夫が自伝エッセイで記憶が曖昧になっていたくだりを検証して特定もしている。
最近、昔の探偵小説が次々と復刻されたりして、嬉しいかぎりだが、これはたいへんな労力が必要なのだろう、と推察される。
探偵作家自身が高齢で故人となっていたり、雑誌が入手できなかったり、さらに、妹尾アキ夫の項で書かれているように、原稿が風呂の焚き付けに使われて現存しなかったり。
個人の情熱によって成し遂げられたこうした成果は賞賛してもしきれるものではない。
多くの作品は今や読むにあたいしないクオリティなのかもしれないが、とりあえず、大下宇陀児あたりはもっと復刻されてしかるべきなんじゃないかな。それに、クオリティが低くても、作家が無名でも、僕は読みたいぞ。
<ほんもの>という倫理−近代とその不安
チャールズ・テイラーの『「ほんもの」という倫理−近代とその不安』を読んだ。
第1章 三つの不安
第2章 かみ合わない論争
第3章 ほんものという理想の源泉
第4章 逃れられない地平
第5章 承認のニード
第6章 主観主義へのすべり坂
第7章 闘争は続く
第8章 もっと微妙な言語
第9章 鉄の檻?
第10章 断片化に抗して

本書でチャールズ・テイラーは、個人主義の発達と道具的理性の優位からくる近代特有の不安について述べている。
テイラーは「ほんもの」(authenticity)の回復を説くのだが。
僕にはこの本は難しすぎたようだ。
テイラーは、現代文化を心酔するのも誤りだし、痛罵するのも間違い、2つをすりあわせてみるのもおかしい、と言う。両者の戦いの中に答えがある、というのだが、どうもよくわからない。どうすればいいのかが見えてこない。
「ほんもの」の鍵は美意識にあり、とするのも特徴的で、うなずきかけるのだが、どうも違和感がある。テイラーの美意識と僕の美意識が違うような気がするのだ。
本書のもとになった講義をしたとき、テイラーが60才だったせいか、読んでいてなんだか年寄りの説教を聞いているような気分がしてくるのだ。
たとえば、こんなくだり。
「さきに第2章で、ほんものという(理想の息づく)現代文化が穏やかな相対主義へとすべり落ちてゆくさまを見ました。その穏やかな相対主義が、価値についての主観主義というひろくゆきわたった思い込みに、ますます拍車をかけることになります。ものごとが重要性をもつのは、ものごと自体に重要性があるからではなく、重要性があると思うからだ、というわけです。ものごとに重要性があるかどうかは、あると決めればあることになるし、知らず知らずにしても不承不承にしても、とにかく重要性があると感じさえすれば、あることにできるのだと言わんばかり。なんとも無茶な話です」
僕は、その「無茶な話」こそ面白くて、支持してしまう。
テイラーは「無茶な話」の例として、本書の最大の読みどころともなる表現をしてみせる。
「生温かいぬかるみに足を突っ込んでつま先をぴくぴく動かすこと、それをもっとも重要な行為と決める−わたしだったらとてもそんなことはできません」
テイラーにはできないかもしれないけど、僕ならできる。
テイラーは感じるだけではなにが重要かを決めることはできない、とするが、結局は感じるところに着地するのではないか。
「やれやれ、こんなこと、できませんよね、みなさん」と言いたげなテイラーには、なんだかワイドショーのコメンテーターなみの保守性を感じてしまう。
ナルシシズム、ニヒリズム、ひきこもり、ニーチェ、バタイユ、デリダなどなどを否定するテイラーは保守的なお年寄りと変わるところがないように思えるのだが、きっと、それは、僕がちゃんとこの本を読めていないせいなのだろう。
テイラーが当然あるものとして述べる「近代とその不安」も、僕にはちっとも不安じゃないのである。
ともあれ、「ぬかるみで足指をぴくぴくさせる」という至高の行為を教えてくれたテイラーに、今は感謝している。

日本人の精神と資本主義の倫理
波頭亮と茂木健一郎による『日本人の精神と資本主義の倫理』を読んだ。
以下、目次
まえがき 自分の内なる鏡を磨くために
第1章 「大衆というバケモノ」が野に放たれた
 プロフェッショナルな職業は使命と責任を負っている
 自称プロフェッショナルが情報やスキルを悪用している
 日本の富裕層はなぜ寄付しないのか
 寄付を引き出す工夫をしているか
 経済的繁栄を追求し、心の安寧を放棄した日本
 「大衆というバケモノ」が放たれた醜悪な現代
 平均値に引きずりおろす「ピアプレッシャー」の横行
 見識者としての譲れない一線
 ノーブレス・オブリージュが浸透しているイギリス
 「世界には分からないことがたくさんある」が出発点
 ハイレベルな文化に経緯を持てるか
 「売れてなんぼ」に拮抗する価値軸がない日本
 先人たちは自己反省を繰り返してきた
 東京の景観が戦後の日本人の精神の荒廃を象徴している
 ノーベル賞はもっとも成功したビジネスモデル
第2章 個性とテレビメディア
 個性を無条件に肯定すべきではない
 ポップカルチャーに対峙するハイカルチャーが消えた
 変人が変人である自由を認められるか
 日本人はなぜ突き抜けることができないのか
 無個性な日本人のルーツを歴史に探す
 テレビが決して伝えなかった篠沢秀夫の実像
 「詠み人知らず」ジョークのブログを閉鎖
 「腹を切れば許される」では正義が根付かない
 世界で通用しない日本人の「当たり前」
 欧米型を中途半端に取り入れてしまった日本
 本当は日本を愛したい、でも愛せないのはなぜか
 「トレンディ」のレッテルと小津安二郎
第3章 資本主義を生き抜くためのビジョンを総合知
 平成を象徴するホリエモン的現象
 ビジョンとフィロソフィーの欠如
 強大な力を持つ者ほど自己規制が必要
 金勘定だけで動く社会は死に絶える
 カネのために仕事をしなくても飯は食える
 信念を貫き通せば帳尻が合う
 経済成長が「手段」から「目的」に変わってしまった
 バブルの成金的風土から一転、不況へ
 インテリの反撃が始まった
 専門馬鹿でないことの大切さ
 学習の効率をもっとも高めるには
 「変化する」ことが「学習」である
 複雑化する社会で働くことの意味を考える
 多様で複雑な人間と社会をどう理解すべきか
第4章 格差を超えて
 経済格差と豊かさの実感はリンクしない
 ネット浸透の結果、生き延びるもの、淘汰されるもの
 人間は地球の寿命を縮めている
 秀吉がすべてなげうってでも得たかった千利休の世界
 「日本人の忘れ物」に価値を見出す
 世界最高の職人を生み出す日本が金儲けゲームに勝てない理由
 教育システムが秀でた者を平均値に引きずりおろす
 スティーブ・ジョブズ的価値が欠如している
 アメリカを進歩させたのは怒りである
 総合的なインテリジェンスと決断力
 経済格差など気にするな
 今や最高学府はインターネット上にあるが…

どう、薄っぺらい新書なのに、この目次の文字数の多さ。
目次の方が本文よりも充実している、と言ってもいいかもしれない。
内容については、目次ですべてが語られている。
いくつか文を引用してみるが、これらを読んで、どう感じなさる?
「サンダル突っかけているオバサンも、100億円稼いだ資産家も、その精神性において違いなどまるでないのが今の日本なのです」(茂木)
「僕は埼玉の田舎育ちで、両親にしても普通の人たちだから、僕自身はいわば大衆の側から生れてきた人間だと思っています。(中略)初めてオペラを鑑賞したのが高校3年のとき。それまで観たことがなかった。(中略)埼玉の田舎育ちで、少年期のクラシック音楽体験といえば、アルフレート・ブレンデルが弾いたベートーヴェンのピアノ・ソナタをレコードで聴いたことぐらいでしかなかった。有名なピアニスト、ウラディーミル・アシュケナージも知らなかったし、世界的な指揮者、クラウディオ・アバドの名前を知ったのも大学生になってからです。つまり、僕はそうした環境から出てきたわけです」(茂木)
「アイドルが出るドラマなど一瞬たりとも観たくない。そういうのがテレビに映るとすぐに消してしまうほど。もちろん、アイドルたちをアイコンにする世界は、イギリスにもあるけれど、それに対抗するハイカルチャーの軸がきちんと存在するわけです」(茂木)
「僕は東京大学理科Ⅰ類に進んだわけです。ところが、みんな勉強はできるけど、休み時間になると漫画ばかり読んでいる。それから理学部物理学科に進んだときも、学生控え室を覗くとやはり漫画が置いてあった。理学部物理学科は当時、東大の進学振り分けでテストの基準が一番高い学科。それでもこのざまです。自分はなんてくだらない世界に来てしまったのだろうと思いました」(茂木)
あと、小見出しにもなっていた「『売れてなんぼ』に拮抗する価値観がない日本」
これらの文章を読んでカチンときてしまうのは、単なる僕の僻み?

それと、この日記を読んで「アレ?」と思った人は、かなりの保山マニアである。
なぜなら、この本をタイトルにした日記が去年の11月にもあるからなのだ。
今回、僕はこの本を既に読んだことのある本だと気づかずに、読んでしまったのだ。
あいにくと日記書くのが面倒で、前回は本の感想をいっさい書いていなかった。
途中、「このエピソード、どこかで同じこと言ってたな」「こいつら、同じことばっかり書いているな。よっぽどネタに困っているにちがいない」「この対談、どこかに掲載されてたのを先に読んだんだろうか」「デジャブにしては激しすぎる」「僕はひょっとして予知無でも見たのか?」「僕って予言者?」と、ページをめくるたびに首をひねっていたのだが、読み終えてから自分の日記を検索してみたら、見つかったのだ。
まあ、1年近く前に読んだ本だから、これだけ間隔があいているのによくぞこれだけ覚えていたものだ、と逆に驚いたりもしたが、はっきり言って、2回も読む本じゃない。

日本の話芸で一龍斎貞心「朝顔日記」
すれちがいのメロドラマ、いいとこどり。
お年のわりにぴったりとしてまるで頭にのっけたような髪形が気になって、「その朝顔を取れ!」と言いたくなった。
「あの人にあいたい」は林忠彦。ルパンでの太宰の写真はトイレから撮ったとか。
永井荷風に会いに行ったら、本人が出て来て「永井は出かけております」と堂々と居留守使われたとか。愉快なエピソードが聞けた。

読んだ漫画はSABEの『ブルマー200X』わんだーらんどやアニメイト、信長書店などいろいろ探したあげく、とらのあなで買ったが2006年第1刷だった、ということは、あんまり売れていないのだろうか。カンフーとブルマに特化した内容。『世界の孫』は3巻まで読んだが、こんなに面白い漫画はまたとない、と思っているのに。

大東亜科学綺譚

2008年10月27日 読書
荒俣宏の『大東亜科学綺譚』
前口上 まぼろしの日本科学再訪
第1部 日本科学と少年科学
 人造人間は微笑する
  万能科学者・西村真琴
 火星の土地を売った男
  科学啓蒙家・原田三夫
 冷凍を愛した熱血漢
  発明事業家・星一
第2部 忘れられた科学の復活
 江戸の幻獣事典
  博物学者・高木春山
 まぼろしの大東亜博物館
  中井猛之進と”ある執念”
 よみがえる徳川政治
  徳川義親と昭南博物館
 絶滅鳥を愛した探険家
  蜂須賀正氏と冒険博物学
 大和魂を科学した人
  駿河湾の生物学者・中沢毅一
 南洋の若き学徒たち
  畑井新喜司とパラオ熱帯生物研究所
第3部 やんごとなき科学者たち
 昭和天皇とアメフラシ
  呪儀と科学のあいだ
 ラストエンペラーの熱帯魚飼育
  満州・中国のナチュラリスト

情熱と真面目さに打たれる。
紹介されているのが必ずしも奇人ではない、というのがちょっと物足りない。
つまりは、情熱と真面目さがちょっと鬱陶しい。
面白いんだけどね!

人生五十年、もうじゅうぶんであろう、という心の声にしたがって(誰?)、所蔵していた本などを次々と処分している。このまま死蔵のあげく捨てられてしまうよりは、とこまめに古本屋に行ってたが、今日はボナ・ド・マンディアルグの幻想小説『カファルド』を引き取ってもらえなかった。死蔵決定である。
せっかくなので再読したので、感想だけでも載せておこう。
ボナはアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの奥さん。
「カファルド」の意味は巻頭に書いてある。
フランシスク=ミシェル著の『隠語辞典』によると「月」という意味。
間違いなく、これは月に憑かれた女性が人狼(ルー・ガルー)になりつつあることを描いた幻想文学なのだ。
月光に照らされた絵画を描写するがごとくに物語は進む。
いや、物語が進むのではなく、静的な絵画を描写しおえたときに物語が終わるかのような印象を受ける。ボナは自身、絵画作品をものしているので、文章も絵画的なのか。
夢というのは実際に見ているのは一瞬で、その後、脳は適当な長さのストーリーに仕立て上げる、とか聞いたことがある。それと同様、一瞬の強烈な印象がすべてで、そこから一編の小説が出来上がったようだ。
犬が怯えることで、自分が近い満月の日に人狼になるであろうことを察知するあたりが無気味で面白い。
なお、作中にアラゴンの『死刑執行』やブニュエルの「アンダルシアの犬」「黄金時代」などの名前が出てくるあたりがシュルレアリスムの時代を思わせて、なんだか微笑ましい。
まあ、カファルドはこの程度でいいだろう。
僕の持っているのはコーベブックスの初刷1500部の1冊だが、どこかに再録、あるいは翻訳がされているのだろうか。

今日は朝からまずABCラジオ「なみはや亭」で笑福亭三喬「次の御用日」(「あ!」の畳み掛けを、もっともっと、と望んでしまった。文枝の物真似もしてた)
続いて「米朝よもやま噺」で先週に引き続き、ゲストは暁照夫。宮川左近ショウの録音が聞けたり、また、河内音頭の出だしのおなじみの三味線は暁照夫が作ったものだとわかったりして、面白い。

午後2時からアリオ八尾でアリオダンスプロジェクト予選。
到着した時、既にみっくすじゅーすのダンスは終わっていて、審査員にアドバイスを受けているところだった。
出演チームは次の7組。
みっくすじゅーす
ポップコーンジュニア
リトルスパイダー
ビートクルー
ミリコレ
ピンキーズ
チョコ☆ドル
ダンスとダンスのあいだのアドバイスやらおしゃべりが長くてすごく退屈した。
10分もないダンスだから、7組連続でやると1時間もかからずに全部終わってしまう。それではイベントとして成立しないのだろう。でも、それは見ている観客や、準備しているキッズたちには関係のないことだ。もっと出場チーム増やすとか、ゲストのダンスをいくつも用意するとか、なんとかならなかったのだろうか。ダンスを終えて疲れている子供たちが審査員ひとりひとりの言葉を聞くためにずっと立ちん坊でいるのも早く解放してあげればいいのに、と思えた。

午後5時からいずみホールで「大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団定期演奏会 第18回現代音楽シリーズ〜日本人の古、その心の原泉へ〜」
柴田南雄/男声合唱と小鼓のための「美女打見れば」『梁塵秘抄』より(鼓:山内利一)
西村朗/無伴奏女声合唱組曲「浮舟」〜源氏物語の和歌による〜
20分の休憩後、委嘱初演作。
当間修一指揮、演出。千原英喜/舞台アート音楽作品「GAGAKU1、2」−折口信夫『死者の書』による
 奏楽・弦楽のためのシンフォニア第3番「星乃音取」<1>Focus(焦点)
 ひさかたの天二上に
 奏楽・弦楽のためのシンフォニア第3番「星乃音取」<3>Earth(地)/畏き神々の御言葉
 GAGAKU1(葬送歌)
 機織り歌
 奏楽・弦楽のためのシンフォニア第3番「星乃音取」<4>Orbit(軌道)/天球を統べる者
 GAGAKU2(曼荼羅)

  大津皇子・パントマイム:白木原一仁
  耳面刀自・大伯皇女・藤原南家郎女:岩永亜希子
  媼:神谷恵美子
  箏:菊友仙三津野
今回の「GAGAKU1、2」では次の打楽器、笛を使っている。
バスドラム、魚板、ほら貝、鉦鼓、ツリー[メタル]チャイム、サヌカイト、キン、チューブラベル、銅板、締太鼓、磐笛、巡礼鈴、笏拍子、土笛、錫杖。

「GAGAKU」では、合唱のメンバーが仰向けになって発声したり、バルコニーにもメンバーがいたり、客席まで降りて来て歌ったり。上海太郎舞踏公司出身の白木原一仁のダンスに呼応するように合唱団員もそれらしい動きをしたり、みどころたっぷり。
なにより、初演であるので、次に何が起こるのかわからないワクワク感がたまらない。
と、いうわけで、ホールで現代音楽を聞いていたので、NHK-FM「現代の音楽」は聞き逃す。

帰宅して上方演芸ホールを見る。
御先祖様/桂春菜(マクラはお馴染みの家族ネタ、あとでトークもあり)
鋳掛け屋/桂春團治(桃太郎からいかけ屋へ)

「大阪ほんわかテレビ」見てたら、写真モデルとして、ポルテのこころちゃんが出てた。
コンビニ本で『おろち』読む。
映画化記念セレクトで「血」と「姉妹」、映画「おろち」の鶴田法男監督、脚本担当の高橋洋氏のインタビューも掲載されている。
「姉妹」は名作で何度も読んだ漫画、今回再読しても面白かった。当時、僕は長谷邦夫の「おそろち」を読んで、「おろち」をさらに深く味わっていたようだ。(長谷邦夫の『バカ式』と『アホ式』は十代の頃の僕の愛読書だった)
「血」の方はほとんど忘れていた。『おろち』のシリーズの中では他に傑作がひしめいているので、印象が薄れていたのだろう。今回再読しても、これはこれで面白いけど、他の話のインパクトには負けるかな、と感じた。ただ、前半、ページあたりの駒数が少ない絵画的展開にはシビレた。

今日はランチにdigmeout ART&DINERに行く。
ミナミホイールのビジュアルを制作していたyokoboxxx(ヨコボックス)の展示を見ながら食事していたわけだが、思いがけず、うれしいことがあった。
詳細は日記「ボンゲンガンバンガラビンゲン」で。
http://d.hatena.ne.jp/hozan/

午後3時からディスクピア日本橋でMaryDollの1stDVD発売記念ミニライブ。
最初はDVDの紹介トーク。
ハニーチューンのPV上映のあと、ミニライブ。
1.ラブ&ジョイ
2.baby star
3.tell me
4.付き合ってるのに片想い
5.サンフラワー
6.ハニーチューン
ラブ&ジョイの振付けが変わっているのに気づいた。気づくのが遅い?
客席ではなぜかバナナが林立する。
ライブ後は握手会があったが、恥ずかしくてそんな列には並べません。

弁天町のORC200でボーカルクイーンストリートライブ。
到着したとき、既に増井万帆ちゃんが歌っていた。
遠藤早希ちゃん見逃した!早希ちゃんは出番終わってからも客席あたりでずっと遊んでたけど。
司会のvivid(男性2人)が今回で司会が最後とあって、出場した歌姫に「2人のうち、どっちを選ぶ?」という質問を必ずしていた。どうでもいい質問だな、とは思ったが、それに対する受け答えに個性が出て、これはこれで面白かった。
ライブは基本2曲。ゲストは3曲。
増井万帆
(アンジェラ・アキの「拝啓十五の君へ」など。今日はギターなし)
mai
(vividの究極の質問に「しょーもない」と先制パンチ。30日銀杏祭に出演するらしい)
山本美優
(On the Radio小柳ユキバージョンなど)
宮崎真穂
(BoAの「キミのとなりで」、BRIGHTの「手紙」)
田頭沙希
(aikoの「花火」など。この子はほんとに天性のリズム感持ってるなあ)
笑劇武芸団
スタジオDIP
(ダンス2ステージめ。毎回同じ音楽なのでちょっと聞き飽きてきたが、ダンスが少しずつさまになってきている上達ぶりがうかがえて楽しい)
JURI & MIYUU
(上戸彩、絢香、speed。今日のボディ&ソウルはダンスも決まってかっこよかった!)
吉井香奈恵
(aiko。2曲目は竹井彩夏とのデュエットでJURI&MIYUUと同じ「愛を歌おう」。2人手をつなぐところでも、それぞれ個性が出るものなんだなあ)
三木杏里
(ビヨンセバージョンの「オネスティ」、マライヤ・キャリーの「ヒーロー」洋楽路線をきわめていってほしい)
渡辺安那
(お得意のアニメ主題歌とオリジナル)
Cool 2 Impact
(「忘れないで」「このままで」「きっと永遠に」こうして見てくると、リトルキャットの発表会さながら)
Baby Black
(最初はFukumiのソロで「ストロングウーマン」2曲目からRinaが加わる。昨日のクラブイベントで、Rinaが可愛く酔っぱらったらしい!)
ライブが終了して帰る頃には肌寒くなっていた。

『ゴードン・スミスの日本怪談集』を読んだ。荒俣宏編訳。
魚津の浜
八面大王と有明山の神
帰ってきた名刀、幸丸
恋に狂った嵐山の僧
夫婦石
白馬の額
出雲の大山
墨染めの桜
無険鍾馗
二股はぎ
うろこの単衣
国香の墓
白羊塚
竜宮の釜
猫塚
水に漂う人

発掘された明治の化けもの話/荒俣宏
ゴードン・スミスと小泉八雲/小泉凡

「竜宮の釜」の冒頭に「これは福賀が話してくれた物語である」とある。
「猫塚」は「これも古い友人の福賀がみつけてきてくれた話」ではじまる。
「水に漂う人」にいたっては福賀が作ったとされている。
この「福賀」は笑福亭福賀という噺家らしいのだが、よく知らない。でも、そう言われてみると、たとえば、「無険鍾馗」というのは、こんな話。
これは絵師、土佐光起の話。
宿屋で酒をしこたま呑んでは眠ってしまう連泊客(光起)。
途中までの勘定だけでももらおうと番頭が行くと、一文無しだと言う。
いずれ支払うと約束し、ついたてに鍾馗さまの絵を描いて出立した。
この宿屋に盗人が侵入した際、鍾馗さまが抜け出て退治する。
噂を聞き付けて、この宿屋は大繁盛。
どう?抜け雀とか、そういう落語と似ていないか?

昨日芸術劇場で歌舞伎「逆櫓」を放送していたので、録画しておき、解説つきの副音声で見た。
解説がうるさいかな、と思っていたが、これがまあ、かゆいところに手の届く解説で、面白かった。僕のような歌舞伎のドシロウトでも楽しく見ることができたのだ。これからは補助輪がわりに副音声で歌舞伎鑑賞だな。

アニメは朝「アリソンとリリア」見た後、外出したのであんまり見ていない。
見たのは録画しておいた「テレパシー少女蘭」くらいか。
深夜のアニメについてはまたいずれ、として、今日の録画分で見たのは「その時歴史が動いた」のアイヌ少女の回とか、「一期一会」で16才の女子プロレスラー、ピンキー真由香が漢字間違えて書いているのに萌えたり。

読んだ漫画は阪本牙城の『タンク・タンクロー』
昭和9年から11年にかけて『幼年倶楽部』に連載されていたもの。ボウリングのボールからチョンマゲ頭や手足、飛行機の羽根などはやした姿は今まで何度も目にしてきたが、ちゃんと漫画を読んだのは今回がはじめて。本の値段が高いのが読めない理由だったのだが、まんだらけで激安で売ってたのだ。
豪傑タンク・タンクローがどろぼう退治したり、黒かぶと相手に戦争したり。
なにより楽しいのはモブシーンで、自分が幼ければ見開きのページを飽きずに見続けて面白がっただろうな、と感じた。
あと、読んだのはSABEの『世界の孫』第2巻。うむ。面白い。

日曜日は朝早いのでもう寝る!

Subterraneansに行って「ケロッピー前田展☆身体改造藝術研究所」を見る。
ピアッシングやタトゥー、スプリットタンなど身体改造の写真展。
親指を紙でスーッと切っただけでヒエ〜となってしまう臆病な僕にとっては、自分でそういうのをしたいとは思わないが、ここに可能性を認めないわけにはいかない、という感じ。
26日には上海新天地の龍BARでレクチャーと上映もあるのだが、行くと決めたわけでもないくせに、ゾクゾクしてくる。

澁澤龍彦翻訳による『佛蘭西短編飜譯集成』第2巻を読んだ。
この巻にはアルフォンス・アレの「奇妙な死」が収録されているのだ。
「今世紀有数の大津波が、11月6日、先週の火曜日に勃発した。とにかく愉快な眺めなのだ。大砲の弾丸一発、いや、二発、いや三発とだって、わたしはこの眺めを交換しようとは思うまい」
アレの黒いユーモアぶりがいきなり炸裂している。
「医者たちはほくほくと揉み手をしながら、『しめしめ!チフス患者がたくさん出ることだろうて!』と独語を言っている」
いやー、たまらん。
先日読んだ山田稔訳では上の文章はだいたいこうなる。
「この世紀最大の大潮が去る11月6日の火曜日に生じた。みごとな眺めだった、こいつは大砲の弾1つ、いや2つ、いや3つとだって交換できない」
「医者は揉み手をして胸のうちでつぶやいた。『しめしめ、チフスがはやるぞ」
アレの話はどれも短いが、冒頭でひきつけるのが多い。
「諸君は発明家が好きですか?ぼくは大好きだ、かりに何も発明しなくても。たいていの発明家がそうだけど」(輝かしいアイデア)
「問題のひげというのは、パリでも五指に入るみごとなひげだったと仮定しよう。そしてもう、その話はよそう。いや、むしろその話をしよう」(ひげ)
「世の中には、ペルシャの詩人が語っている、バラのジャムを塗りたくった棒のごとき女がいるものだ。どこをつまんでいいかわからない」(結婚生活の悲惨)
「もし諸君が諺よりも愚かなものを見せてくれることができたら、季節がら贅沢な食料品というべきイギリスのサクランボを半キロ、ただちに進呈いたします。いや、間違っていた。一つの諺よりも愚かなものがある。それは二つの諺だ」(急がずに)

さて、『佛蘭西短編飜譯集成』第2巻に戻ろう。
以下、目次。
罪のなかの幸福/バルベー・ドールヴィリー
勇み肌の男/エルネスト・エロ
恋愛の科学/シャルル・クロス
奇妙な死/アルフォンス・アレ
仮面の孔/ジャン・ロラン
自転車の怪/アンリ・トロワイヤ
最初の舞踏会/レオノーラ・カリントン

『罪のなかの幸福』
「パリの動物園の豹の檻の前に立って、その紫色の手袋で猛獣の鼻づらをぴしりと打つ、全身黒ずくめの繻子の服をまとった驕慢な女人」(巻末の澁澤によるノートより)
うむ!つかみはオーケー!
彼女の名はオートクレール。彼女は剣術道場で男たちに稽古をつけるほどの腕前。ところが、突然彼女がいなくなった。入れ代わりに、サヴィニイ伯の屋敷に雇われた女中ユウラリイ。病床にあったサヴィニイ夫人が毒死する。さて。
この物語も冒頭の強烈なシーンでひきつけて、語り手によって物語が語られる形式をとっている。物語が死体と謎をつきつけるのは、おなじみのドールヴィリー節。
『勇み肌の男』
エドゥアールは最後の決闘以来、午後11時になると「ひとを殺した者は永いこと生きられませんよ!」という声を聞くようになった。(最後の決闘は風変わりなもので、コインの裏表で生死を決めたが、勝った相手側の申し出により、街に出て最初に出遭う人間に「耳をくれ」と要求し、拒否したらそいつを殺す。どっちが見事に相手を殺したかで勝負をつけようというのだ。エドゥアールは通りかかった青年を見事に殺して勝利を得る)
エドゥアールは声から逃げるため、ひとりきりになったり、大勢の中に行ったり、列車の騒音の中にいたりするが、逃げられない。遠い場所に逃げるが、まさにその言葉がかわされる場面にでくわし、エドゥアールは死ぬ。
怪談の定番のような話だが、随所に読ませどころがあって素晴らしい。
『恋愛の科学』
恋愛を科学的に研究しようとする男。
相手の女性の体温を秘かにはかったり、心拍をはかったり、ベッドで裸にした際に正確な体重をはかったり、衣服の裏にリトマス試験紙を差し込んでおいたり、口のなかに接吻計数器を仕込んでおいたり。
これは笑った。筒井康隆が書いたのかと思った。
『奇妙な死』
ありそうもない不思議な話を聞かされ、ラストで「嘘っぱちさ」と一笑に付す、見事な一本勝ち。
『仮面の孔』
仮面舞踏会の怪し気な雰囲気。
日常に戻る道標となるはずの警官は、蝋人形だった。
ますます非現実的な世界のなかでさまよう私。
舞踏会に集う人々の仮面の下には、何も存在していなかった。
ひょっとして、自分も、と思い鏡の前で仮面をはずしてみたら!
悪夢のようなムードがたまらない。
澁澤のノートには「なにやら悪徳の匂いのする仮面という小道具の秘密を、彼ほどよく知り抜いていた作家はいないであろう」と記されている。
『自転車の怪』
夫婦2人でいつも乗っていた二人乗り用自転車。
夫の死後、新しい恋人のもとに自転車を走らせる女。
うしろから、聞き慣れたためいきが聞こえ、体重すら感じるようになる。
それかあらぬか、ブレーキがきかず!
この物語、何よりこわいのは、ラストの部分。
この町の人々は、しとしと雨の降る晩に、自転車のベルの音が聞こえてきたら、戸をぴったりと閉め、鎧戸を固く閉ざす。こっそりと覗いてみれば、ものすごい速さで闇の中を疾走する二人乗り自転車が見える。
「うしろの座席は空っぽだ。だが前の座席には、真黒い着物を着た太った女が乗っていて、その頭上には、風に引きちぎられた長い喪のヴェールが、ひらひらひらひら舞っているのだそうである。」
これ!この「ひらひらひらひら」がめちゃくちゃ怖い!この「ひらひらひらひら」は志賀直哉を超えている!
『最初の舞踏会』
舞踏会に行くのがいやで、仲良しのハイエナに代わりに行ってもらうことにした少女。
このままではバレるというので、女中の顔を剥いで、人間のふりをするハイエナ。(残りの部分は食べてしまう)
でも、舞踏会で顔の部分も食べてしまって全部バレてしまう。
なにこれ!暗黒のメルヘン!



澁澤龍彦翻訳による『佛蘭西短編飜譯集成』第1巻を読んだ。
ロドリゴあるいは呪縛の塔/マルキ・ド・サド
(暴君の地獄めぐり。地獄などなんのその!)

ギスモンド城の幽霊/シャルル・ノディエ
(「来ましたわ!」「あたしよ!あたしよ!」「こんばんわ、ご機嫌よろしゅう、ギスモンド城のお客様!」こんな陽気な幽霊の登場シーンがあっていいものか!幽霊は晩餐に加わって飲み食いし、歌い踊る)

緑色の怪物/ジェラール・ド・ネルヴァル
(全身緑色のこどもが生れた。洒落てるのは、第4章「教訓」で話をしめくくっておいて、第5章「緑色の怪物はその後どうなったのか」で落すところ)

解剖学者ドン・ベサリウス/ベトリュス・ボレル
(間男を解剖して標本にする学者。ショック死した妻もまた彼のメスにかかる)

草叢のダイヤモンド/グザヴィエ・フォルヌレ
(螢は雪を予報するとき脚が黒くなる。寒気を予報するとき激しく光る。雨を予報するとき居場所を変える。嵐を予報するとき一度暗くなってまた燃え上がり消える。風を予報するとき地中にもぐりこむ。上天気を予報するとき青くなる。奇蹟を予報するときほとんどその姿が見えなくなる。子供の誕生を予報するとき白くなる。殺人を予報するとき赤味をおびる。奇怪な運命が遂げられたとき黄色くなる。ここに恋人たちがいた。男が死んで黄色くなっていた螢は、翌日もまた黄色くなった。女が後を追ったのだ)

こんな小説を毎日読めたら、さぞかし楽しかろう!
グレッグ・リックマン編著の『P・K・ディックの最後の聖訓 ラスト・テスタメント』を読んだ。
以下目次
序文 フィリップ・K・ディック−時ならぬ回想録/ロバート・シルヴァーバーグ
アメリカ版初版の序/グレッグ・リックマン
 1、本書成立の過程
 2、本書の読み方
 3、謝辞
日本版への序/グレッグ・リックマン
第1部 昔のヴィジョン
 第1章 哲学の探究者
 第2章 宗教への回心
 第3章 空に浮かぶ顔/大戦の記憶
 第4章 『易経』
 第5章 大脳の右半球
 第6章 声/アルキメデス/海ガメ/ポルトガル領アメリカ
 第7章 傷ついた馬の夢
 第8章 オー・ホー
第2部 ヴァリス1974
 ヴァリス1974−序文メモ
 第9章 黙示録/魚の印/ローマ人トマス
 第10章 薔薇十字/クリストファー/聖エルモの火/情報プロセッサー/ユービック/時のさえぎり
 第11章 帝国/我が究極の願い/哲学者たち
 第12章 入眠時幻覚/筆記者
 第13章 麻薬/エリヤの霊/探索
 第14章 テッサ・ディック・インタビュー
第3部 タゴール1981
 タゴール1981−序文メモ
 [タゴール・レター]フィリップ・K・ディック筆
 第15章 心霊治療師/入眠時幻覚/中庸
 第16章 「曲に合わせて踊りたい」/カレン・シルクウッド/サダト/独裁者たち
 第17章 「亡き妹を探して」
 第18章 磔の救済者/死から生へ/「人生は自分の力で切り拓いてきた」
 第19章 何ぞ我を?/「決定的ヴィジョン」/松明持ち/100万分の1の偶然
 第20章 テープの寿命
第4部 弥勒1982
 弥勒1982−序文メモ
 第21章 ベンジャミン・クレーム/弥勒/「だれもぼくの言うことなんか信じない」/革命的手段
 第22章 AIの声/宝瓶宮時代/白い魚の夢
 第23章 政治活動/新たな総合/「スープを暖めてやりなさい」/幼な子たち/ロナルド・レーガンはデイジー・ダック/人類の意志に背くことなく
 第24章 「わたしのことを思い出す人も少なくない」/芸術と文化/「人類至高の大望」/「これまでになく自分のことを深く思い知らされた」/「そのときはひとりで転覆させるさ」
 第25章 自由企業体制/「この国の政府を葬り去る」/「もう指導者がいるんだ」
 第26章 反救世主/聖なる書物/普遍言語/「見ゆれども見ず」
 第27章 弥勒はどこにいたんでしょう?/スターリングラード/土壇場の介在/彼は裁かず/個人的にも社会的にも
 第28章 アルジュナ/『易経』
 第29章 「本当かもしれないよ」/ナンセンスか悪か/大量殺戮の中止
 第30章 怒りと暴力/男と戦車
 第31章 五旬節の奇跡/「自分自身の体験」/「過去は過去」/敵
 第32章 社会的信念と宗教的信念/「ライト・ショー」/ぼくを納得させること/まっとうな証拠
 第33章 流れよわが涙/夢の暗号/涙の王/『ハムレット』と『バッコスの信女』/聖ソフィア
 第34章 手当たり次第に選ばれた/還元主義的心理学/「メシアを目指すことだってできた」/エリヤ/『仮面は剥がれている』/静かな細い声
あとがき
 1、フィリップ・K・ディックの死
 2、弥勒は何処?
付録
 A、書誌
 B、「釈義からの抜粋」/フィリップ・K・ディック著
 C、註釈

これは1981年4月から1982年2月にかけて行われたディックとリックマンの対話を中心に編まれたもので、哲学、政治、宗教上の信念、幻視体験について主に語られている。
出だしは、哲学に興味を抱いたきっかけを問われて、マイモニデスやヒュームに触れた経緯を語る、など、ごく通常のインタビュー。
これが、ヴィジョンについて語り出すと、「オー・ホー」と呼ぶ壷を出してきてその壷に喋らせたりする。オー・ホーはヤーウェが壷の形になったものだと言う。それから親知らずを抜いた後、ペンタトール・ナトリウムが効いた状態で魚の形のペンダントを見た瞬間に世界が終末的な光景に変わったくだり(これは有名)を語ったり。
ここまでは非常にぶっとんではいるが、興味深いやりとりがなされていると言えよう。
すさまじいのが、第4部「弥勒」だ。
1982年2月になされた対話はインタビュー全体の約半分を占めているだけでなく、もはやインタビューや対話でもなく、ディックが怒涛のごとく語りたおすのである。
ベンジャミン・クレームに接して、「弥勒(マイトレーヤ)」を発見し、今までオカルトと無神論を行き来していたディックは、まるでマイトレーヤの広告塔に仕立て上げられたかのように、自信満々にまくしたてる。
僕は、早とちりにも、ああ、ディックよ、おまえもか、なんたるたわごとを、と嘆いてしまった。ノディエの『ギスモンド城の幽霊』の登場人物ブートレにならって「ヴォルテールとピロンの言葉を思い出してみたまえ!そいつは偏見さ!迷信さ!狂信さ!」とがなりたてたくもなる。ところが、後半に至るにつれ、ディックは加速して大暴走をはじめる。これは『黒死館殺人事件』のラストスパートにも匹敵する!愉快!愉快!
まさしく強力な電波の奔流に他ならない!
たとえば、『流れよわが涙、と警官は言った』には救済者復帰運動の情報が込められているといい、本を開く(本人も言うように「何とも不思議なことにオランダ語版」)。第27章の一段落の最後の単語がたまたま「王」になっており、次の段落の最初の単語「フェリックス」が、印刷上、「王」の真下に置かれている。これは、ディックによると、
「この記述は4つめの空間軸をさかのぼっているんだ。だってこいつは何かと言うと『ダニエル書』に由来するものだもの。『日の老いたる者』さ。ラテン語だよ。フェリックスは人名じゃなくて『幸福』を意味するラテン語なんだ」
「4つめの空間軸をどこまでさかのぼるかは、原文の書かれた時代による。そこで初めて四つの空間軸とひとつの時間軸とを認識するわけ。ぼくは随分長いこと見せてもらったから暗号に気づくことができたけど、意味は教えてもらえなかった」
それが、弥勒によるAIの声が「聖ソフィアは間もなく再生する。昔は受け入れられなかった」と口にしたのを聞いて、こう悟る。
「どう見ても最初の降臨と再臨のことを言っているんだな。だから、キング・フェリックスという暗号が再臨のことを示しているってわかったのさ」
このことに気づいたディックはこう言う。
「1974年の数カ月、自分が何をしたのか見せてもらったわけ。どうして厭になるほど災難に巻き込まれたのかもわかったよ。そんな情報を載せるってことは、命を失うのも同然だからなんだ」
ディックは「すべての救済者は実はひとつのものだという前代未聞の情報」を1974年にテレパシーの声で語り受け、「ぼくは救済者がこの世にいるという事実を天下に広めるために利用されたんだ」と語る。
さらに、こんなことも言う。
ディック「じゃあ、ちょっと考えてみて。『流れよわが涙』の目的は何だったのか?救済者がこの世にいるって語ることだ。『ヴァリス』の目的は?救済者が現世にいるって述べることだ。何が違うのか?『涙』では暗号になっているけど、『ヴァリス』ではあからさまに述べている。天と地ほどの違いだよ」
リックマン「『聖なる侵入』の目的は?」
ディック「何もないよ。エージェントとの契約を果たしただけさ」
キャー!『聖なる侵入』はもともと『ヴァリスふたたび』というタイトルだったというのに、この違い!

白頭の巨人

2008年10月21日 読書
『白頭の巨人』を読んだ。
博士の発明をめぐる争奪戦と、父の生命と事業を奪った仇探し。
こりゃまた大時代的な、と思ったら、昭和3年に書かれた小説だった。
耽綺社同人(土師清二、長谷川伸、国枝史郎、小酒井不木、江戸川乱歩、平山蘆江)によってサンデー毎日に連載された合作探偵小説。
博士の発明とは、こんなもの。
「いかなる砲弾でも、もしそれに触れたならばたちまち爆発力を失って、空しい鉄塊となって地上に落下してしまうという驚くべき作用を持つ」気流を発生させる装置で、これが「まったく簡単な機械で作り得られて、運搬にも、飛行機への取り付けにも容易」なのだ。
タイトルの「白頭の巨人」は主人公が若くして総白髪頭になっているところから来ている。
この本のみどころは、暗号にある。

「流賀多美無能比古保武無能武太無能九之呂八」

これが暗号。「無能」と何回も出てくるので僕のことかと思ったら、そうではないようだ。
これはある場所、住所をあらわしている。
ヒント1、2文字ずつ区切って読む。数字はそのまま。
「流賀 多美 無能 比古 保武 無能 武太 無能 九 之呂 八」
ヒント2、万葉仮名で読む。
「るが たみ なの ひこ ほん なの んだ なの 九 しろ 八」
最終ヒント、電報を打つときに使われた和文通話表(逓信省発行)を参照。
たとえば「あ」なら「明石のあ」なんて地名で全部書いてある。
答えは「月島西河岸9の8」
「無能」は万葉仮名で「なの」と読み、記号表の「信濃のし」(し、なの)を参照して、「し」と読むのだ。

あと面白かったのは、発明の設計図のありかを吐かせるために、奇妙な責め道具で拷問するシーン。
ガラスの筒に捉えてきた人間を入れ、その筒を高速回転させることで、空気を排除していき、窒息させる。
「あなた籠の鳥ね」
「硝子の人間だ」
なんて会話(硝子面に指で文字を書いて会話)もある。

ラクゴリラ

2008年10月20日 落語
ワッハ上方レッスンルームで「ラクゴリラ」
ニ人癖/桂さん都
蔵丁稚/林家花丸
崇徳院/桂こごろう
中入
おごろもち盗人/笑福亭生喬
悋気の独楽/桂つく枝

こりゃ楽しかった。
さん都は関東の大学生活でうつった江戸弁を大阪弁に矯正するマクラから。
「蔵丁稚」は芝居の部分にぐいぐい引き込まれた。
「崇徳院」はサゲが「ここに二人の家主と一対の夫婦が云々」で落していた。
生喬顔真っ赤の熱演。
ダイエット中のつく枝は、かつてはサービスエリアで必ずソフトクリーム2本食べていたとか。ミックスのソフトクリーム食べるなら、2種類1本ずつ買って食べよう、という計算。
「悋気の独楽」では名前間違えたり噛んでる部分もあったが、そんなのは気にならない。独楽がカチーンと当たって「キライ!」というところは、今まで見た「悋気の独楽」の「キライ!」の中でも最高だった。

読んだ漫画は高橋美幸原作、まきのまさる画の『まんが羽生善治物語』(くもん出版)
生い立ちから、この本の出版された1995年、六冠王の羽生が谷川王将に敗れて惜しくも七冠を逃すまでを描いている。羽生の七冠は遠からず実現することになる。現在、羽生四冠はまたもや将棋界を席巻せんと、竜王戦七番勝負を戦っており、初戦を勝利で飾っている。わりと似たような状況にあるのだ。公文式で勉強するシーンも、もちろん、ある。勉強のために将棋に没頭するのを制限しようという考えを公文式は否定するが、これが羽生じゃなくてもそうなのだろうか。

それと、SABEの『世界の孫』第1巻
なにこれ!?めちゃめちゃ面白い!
全巻読むことに決定&他の作品もチェックする!
『絶体絶命でんぢゃらすじ〜さん』以来の衝撃か!
今日は関西空港で「JAPAN POP CULTURE FESTIVAL 2008」
イベントがいくつか重なっていて、どれに参戦しようか毎日のように迷ってしまう。
今日はATCに行けばキッズダンスの予選があったし、Hoopに行けばりさちゃんのライブがあったし、デュオこうべに行けば将棋のイベントがあったし、梅田ではスケッチにラビバナナ、その他いろいろ。夜からはBEARSで自分BOXがあるし。
でも、今日はこれ。
まず、CGアニカップはCGアニメのアジア頂上決戦。
オタクの作った日本アニメ、アーチストの作った韓国アニメ、という色分けがハッキリ。
韓国のジョン・ミンジの「動物農場」がショッキング。

その後は、ずっと屋外ステージを見る。
みるくぷりん
ときめきたまごやゲットお兄ちゃんスなどなど。
見るのはメロンブックスのライブ以来なので、結構前か。今は1人で活動しているらしい。

JURI&MIYUU
上戸彩に絢香にspeed。
ルックスもスタイルも歌も良い!
speedもダンスと歌の両立は困難だったが、この2人には何とかクリアしていってもらいたい。

アニミン
みかりんとはっちゃんの2人組。ハレハレユカイ、ムーンライト伝説、気まぐれキャット(オリジナル)
もらったフライヤーには9月13日デビューとあったが、vijonに見に行った「BUG」がデビューだったんだ。そのときから、もうステージ度胸じゅうぶんな気がしたけど。

FullmooN 13.
ゴスロリバンド!
いつまでもこの胸に、時のかけら、魔法の言葉など。
話かわるけど、かつて及川光博のシークレットライブにゲストで出させていただいたとき、ミッチーが「欠片は『けっぺん』じゃなくて『かけら』と読むんですよ」とMCしてたのを思い出した。

絶対領域少女。
こりゃすごい。はじめて見させてもらったが、「自由」とはこのことか、と感動した。
素晴らしい!人間扇風機!

VesuVio
唯×実とのトーク。ヴィジュアル!

blanc chaine
本気の天使だ!

新良エツ子
オーサカキンギョはこの人だったのか!
あとはチタニウムコネクトや、ひぐらし、うみねこの同人音楽。

唯×実
タッチなど、お客さん参加曲多し。
以前、僕のライブにも出てもらい、ありがたかった。
総合司会はじめてとは思えない見事な出来で、びっくりした。出来る子なんだ!と感動。

なお、同時進行で悪魔大根やNo.305、邪王院弘などのライブもあり(別会場)、隙を見てのぞくつもりが、その余裕はまったくなかった。いずれ11月10日のBEARSで、という感じ。

さて、ここまでが今日のイベント日記。
これからは今日聞いたラジオや見たテレビ、ビデオ、読んだ漫画の覚え書き。

深夜番組「マヨブラ流」の野性爆弾のコーナーに、ワールドワンのユニットが登場していた。メイクで変身させる、という趣旨。あゆは「ボーイッシュ」を希望して大門に。りせは「バッチリメイク」を希望してデーモンに。りーたんは「大人っぽく」を希望してAD(別人)に。変身ぶりにかなり笑わせてもらった。よくやった!みんなそろって「会いたかった」を歌い踊るときのAD(りーたん役)は、まるで御堂筋kappoで万葉シャオニャンと一緒に踊ったせんとくんか、それとも誕生祝いでAKB48と一緒に踊った三村か。
実際には変身しなかったけど、こうしてテレビで見ると、りーたんの可愛さが引き立つ。ライブで見ている分には、みんな魅力的なのに、りーたんは群を抜いてフォトジェニック。

日曜朝の楽しみは、まずABCラジオ「なみはや亭」。演目は桂文枝の「盗人の仲裁」
音声だけでは見えない笑いの箇所があり、これは一刻も早く、映像で楽しみたいところ。残り時間はきん枝がトーク。
DVD+CDボックスセットが発売されるということで、宣伝も兼ねていた。
ワッハ上方に入れてくれたら、ライブラリーに見に行くのに。

続いて「米朝よもやま噺」は宮川左近ショウの超絶三味線、暁照夫がゲスト。
宮川左近ショウのテーマソング、貴重なロングバージョンが聞けた。

イベント終わりにNHK-FMで「現代の音楽」
移動しながら聞いたので、雑音入りまくり。ノイズ音楽か。
 − 作曲・この半世紀の潮流〜スペクトル楽派 −(1)
「パルシェル」           ジェラール・グリゼー作曲
                      (18分25秒)
      (アンサンブル)アンサンブル・クール・シルキュイ
            (指揮)ピエール・アンドレ・ヴァラド
「モデュラシオン」         ジェラール・グリゼー作曲
                      (13分20秒)
         (管弦楽)フランクフルト・ムゼウム管弦楽団
              (指揮)シルヴァン・カンブルラン
    <ACCORDS UNA CORDA−206532>

なんとか午後9時のNHK教育の「N響アワー」には間に合った。
今日は日本初演の現代音楽を2曲。
【司会】池辺晋一郎
「バイオリンとオーケストラのための“セヴン”        
             (コロンビア宇宙飛行士への追悼)」
                 ペーテル・エトヴェシュ作曲
               (指揮)ペーテル・エトヴェシュ
                  (バイオリン)諏訪内晶子
  〜NHKホールで収録〜  
ホールのバルコニーなど、イレギュラーな場所での演奏も。
「オーケストラと12のチェロのための            
   “マルコ・ポーロと4つのシークレットロード”から   
                      第2,3,4曲」
                      タン・ドゥン作曲
  〜サントリーホールで収録〜 
これ、FMのベスト・オブ・クラシックで短縮された番組でかかっていた分。珍しい楽器など使っていたので、これは目で見ることができて楽しかった。              
                  (管弦楽)NHK交響楽団

「芸能花舞台」は名古屋をどりから。
舞踏劇「良寛さんのかくれんぼ」               
  【原作】坪内 逍遥                   
  【脚本】松山 善三                   
                          【出演】
                         西川 右近
                         柴田  京
                         林  直美
                         西川真乃女
                         西川 智彦
                         西川 長秀
                         清水万姫子
                         手嶋さつき
                         篠田 朋香
                     (長唄)杵屋勝四郎
                        芳村伊四之介
                         今藤龍之右
                         杵屋 六秋
                         杵屋 六春
                    (三味線)杵屋 禄宣
                         杵屋勝進次
                         杵屋 禄山
                         杵屋 宣三
                         杵屋 宣秀
                    (蔭囃子)住田長三郎
  〜名古屋市・中日劇場で録画〜              
                     【司会】中川  緑

「上方演芸ホール」は、「アルカトラズ病院」桂小春團治、「京の茶漬」桂春若
特異なシチュエーションネタは小春團治得意中の得意。
嫌なやつを演じるのがうまいのは春若。
どちらもお得意のジャンルのネタだったように思う。

それ以外に見たのは主にアニメ。
録画しておいた「とある魔術の禁書目録」「かんなぎ」「銀魂」
今日の分はそれぞれ感想を書いておくと。
「ガンダム00」非戦の立場をとる人物の描き方に疑問。なんだかんだ言って戦いに身を投じる側を正しい者として描いているような気が。
「ネットゴーストピポパ」ネットアイドルの秘訣は、本人がありのまま楽しく、ということらしい。コマメに日記更新したり、コメント返したり、ファンを覚えたり、とか。
「マイメロ」ナスの神様と、紅茶王。王者マイメロの意見は、紅茶は誰がいれてもおいしいのだとか。
「絶対可憐チルドレン」テーマソングは可憐girlsで続投なのはうれしいが、前の曲が奇跡的な名曲だっただけに、がっかりした。ストーリーはイマイチ乗り切れない。
「しゅごキャラどきっ」世界一の花屋を目指すまなみ(明坂聡美)がキャラなりするフラワードリームが可愛い。番組終了後にルルが「またみるのよ」のメッセージ送るのにどきっ。
「プリキュア」ファイブDEチャンスの前編。ホシイナーがスクールメイツになったり、キリンになったり、ヤカンになったり、と大活躍。ホシイナーおもろい。
「鬼太郎」ヒダル神。食物を粗末にするシチュエーションが次々出て来て痛快だった。賞味期限切れで処分される食物、食べ残しダイエット、好き嫌い、グルメ料理で捨てられる部分などなど。飽食の時代だと言われているが、世界に目を向ければ今も飢餓に苦しむ人々がいる、というメッセージも。社会派だ!

読んだ漫画はいけだたかしの2冊。
『落語天女おゆい 月島唯・現代篇』は「抜け雀」「野ざらし」「あたま山」「首提灯」「三題噺」「宝珠」の6話。落語の簡単な解説がついており、天女をチャーリーズエンジェルよろしく呼び出すのは桂歌丸。ストーリーはプリキュア的なもので、シンプル。最終話で噺家たちが力をあわせて天女たちに加勢するのが面白い。元気玉作るような力の使い方だけど。
もう1冊は『FADE OUT』第1巻。
身体が消えて霊界に行っちゃいそうになる幽霊族の少女の物語。と、いってもことさらにファンタジーな装いはなく、ごく一般的な女子生徒として日常を送っているのである。この漫画、かなり面白いのに、2002年に第1巻出たままで、後半の第2巻が出ていない。惜しい。


北堀江のART HOUSEでmarini*monteanyの「12kagetsu」Exhibition。
2009年のカレンダーやスケジュール手帳もあった。
2階では展示物以外に、天井の飾り付けが可愛くて、心が震えた。

インド料理屋でランチをとっていたら、サラリーマンが入ってきて、「カレーライス大盛り」と来た。すぐ隣のテーブルだったので会話が自然と聞こえてきたのだが、「ココイチと違うな」と不服そうだった。本格的なおいしいインド料理屋で、特にここのナンは絶品だっただけに、サラリーマンノーデリカシーを実感した。

まんだらけグランドカオスで、最近夢中になって読んでいる『H2』の20巻以上を探したが、値段が高くて(150円以上)手が出ず。11月の「まんが祭り」に期待しよう。
あだち充は逮捕後の中島らもさんが絶賛していたのを思い出して、『みゆき』や『陽あたり良好』『ナイン』以来読んでなかったのを、また読みはじめたもの。
あだち充の漫画はストレスがたまらなくて非常にいい。こういう癒し効果があるのをいいと思うのは老化か疲労のせいなのだろう。読んでみると、意外にもメタ漫画的要素がふんだんにあって、古くはホーリーマウンテンや『三つの棺』をほうふつとさせた。
手塚治虫のスターシステムを受け継いでいるのは、このあだち充かもしれない、とも。

午後2時からは、ワッハホールで「島之内寄席」
子ほめ/桂まめだ
竹の水仙/笑福亭生喬
長短/笑福亭伯枝
鴻池の犬/桂春若
仲入り
星野屋/月亭八天
絶体絶命/笑福亭福笑
糞尿ネタが複数あったのが意外。
ちょうど先日読んだばかりの『ハナシにならん』で極端に下ネタを嫌う人物の話を読んだばかりだったので、タイムリー。(その話では、うっかり「鴻池の犬」を演目にしてしまい激怒される噺家が描かれていた。「絶体絶命」だったら最初からアウトだ)
また、桂まめだの脳みそ破壊力はすさまじく、続いて出て来た生喬が「桂まめだワールドはいかがでしたか」と1回揺り戻さないことには、普通の落語が出来ない状態になっていた。
まめだに始まり、福笑に終わる落語会。考えてみれば、こんなにアナーキーなイベントはあんまりないのではないか。フロア1つ下では、林家そめすけが上方亭に出ていたのだ。ワッハはこの日、無法地帯になっていた。(そめすけの今日の落語は聞いていないので、本格的な落語をしていたのかもしれないが)

ジュンク堂でいろいろ立ち読み。
久生十蘭の新しい定本全集が刊行されていた。これで安心して、今持っている久生十蘭を手放せる。
横溝正史の未刊行作品を集めた本が出ていた。近々読む予定。
ノーベル賞もらったクルーグマンの本棚が過疎状態。売れたのか?近々読む予定。
京都賞もらったチャールズ・テイラーの本はジャンルがばらついていて探すのに一苦労した。コミュニタリアニズムの本は探しにくい。
ノーベル文学賞もらったル・クレジオはコーナーでも作ってあるのかな、と思ったが、なし。ホームレス中学生のコーナーはあったのに。

帰宅後、録画しておいたガッキーの番組を見る。
ガッキーが番組の最後に、「一歩ずつ、少しずつ、しっかりと歩いていきたい」と色紙に書いていた。番組全体を通してガッキーの真面目さばかりが目立って、ちょっと萎えた。僕はかつて森口博子が確か「ポッと出のラッキーガール」と自称するのに感心したのを思い出していた。こういう軽さがほしいところ。

今日、これから絶対に忘れてはならないのが、「マヨブラ流」
歩武の駒〜ワイワイフェスティバル2001オータム
今日は夜勤明けに図書館寄って、数冊借りてくる。
クルーグマンやテイラーが目当てだったのに、そんな今旬の人の本は既に借りられていた。

村川和宏の『歩武の駒』1〜4巻まで読んだ。最終巻の5巻がなかなか見つからないので未読。
将棋プロを目指す少年の物語。
敵としてあらわれるのは、龍使い、過去の全棋譜を記憶している男、早見えの男、2枚角使いなどなど。1本筋の通った1人のライバルがとくにいないため、読みきりの連続、といった感じ。
将棋のプロの息子がサラブレッド扱いで登場したりもした。僕は毎週駅の売店で週刊将棋という新聞を買って読んでいるのだが、そのなかで、囲碁とちがって将棋の場合、わが子を将棋のプロに育てようとする人が少ない、とするコラムを読んだばかりだった。鈴木宏彦氏の「いま、将棋界の話題」の「将棋の親子棋士はどうして少ないのか?」だ。その記事では、新聞の囲碁将棋担当記者やプロ棋士の発言から、挫折したときの過酷さ、プロになれる確率の低さをその要因にあげている。こういうことをネタにすれば、また違った展開もあったかもしれない。
監修は羽生キラーとして知られる深浦康市六段(2000年当時)。折にふれてあらわれる将棋の盤面が、面白い次の一手問題にもなっていて楽しかった。
5巻は読んでいないが、どうやらこの調子で話は進みそうだ。

見たビデオは「ワイワイフェスティバル2001オータム」
ガンで若死にしたミクの歌とダンスが堪能できる。
会場の子供たちも一緒に踊ったりするのだが、なによりもワイワイキッズのダンスの素晴らしさにあぜんとした。
後に「U15スキにさせて」に出演する子(南雲咲子)、ウルトラQに出る子(瓜田あすみ)、体操が得意でユニット「まゆのり」で活躍していた子(伊礼祈。現在は学業に専念)、松本唯(男子なのでよく知らない)の4人が踊る「チェッチェッコリ」は最高!
チェッチェッコリはジャドリストがネタにしていた印象が強かったが、これからはワイワイキッズの超絶技巧とともに思い出されることだろう。
「ワイワイキッズ」はサンテレビで放送されていたのだが、あんまり記憶に残っていない。
ミク(羽生未来)がamUのacoちゃんに似てるという話から興味を持って見てみたのだ。「ミクのワイワイダンス」のVTR見ているときはそんなに思わなかったが、確かに、このVTR「ワイワイフェスティバル2001オータム」のジャケット写真はちょっと面影がある。
ライブ見ているあいだは、ミクはまぎれもなくミクだし、acoはaco以外の何者でもないのだけれど。
ハナシにならん
田中啓文の『ハナシにならん-笑酔亭梅寿謎解噺 2』を読んだ。

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