ISBN:4882027518 単行本 宮永 孝 彩流社 2002/05 ¥2,520
ポーが養父アランに宛てた手紙を中心に編まれている。
「食物を買うお金すら、一銭もないのです」と無心しても、「君は小生の期待に、これっぽっちも応えようとはしなかった」と返事がかえってきたり。
養父が「愛情のひとかけらも抱いていない」と人に言うのを聞いてしまったり。
それでも、ポーが養父アランに受け入れてもらおうと必死で書き綴る手紙には涙がちょちょぎれる。
ISBN:4054020682 単行本 四谷 シモン 学習研究社 2004/11/16 ¥2,625
四谷シモンの『四谷シモン前編』を読んだ。
『シモンのシモン』『機械仕掛の神』を中心に、今までに執筆した文章を集大成したもの。
以下目次。

人形−はじめにかえて

人形のこと、僕のことーエッセイ
人形と僕の共同生活
僕の君の名は日記
長い長いお人形の話
人形
左手のオナーニスト
静かな機械のような僕の人形
メカニズムと運命=私の少年たち
機械仕掛に固執して
シモンドール
人形・すずしい時間
酸味のする人形
竹べらを置くとき

夢みたこと、想ったこと−創作集
シモンスキーの手記
人形は美しく死につづける
主人のお仕置き

角店
鑿と少女
思考の麻痺の導入部
海峡
黄金の把手のささくれ娘にスピード風才能が一億円
ねつれつポエムとオムレツぽえじい
聖なる薔薇
ゆびさきのオーロラ
水の寸法
都市計画報告書
木屋夜に狂死曲
心中

人形師シモンと10人の写真家

澁澤さんのこと、友人たちのこと−交遊録
親友、唐十郎への手紙
卵型の戦士=唐十郎
状況劇場における根津甚八
お嬢さんおてやわらかに
目の快感=池田マスオ
湯船のなかの布袋さん
鎌倉の一寸法師
天使になった澁澤さんに…
五月の澁澤さんに

僕の好きなもののこと−エッセイ
日記・1969年
僕の日曜日
曇り日
あの光り輝く夏の夜の花火は…
聖なる方へ
青い花
平和の彼方に
すみません、本当は大ざっぱでずぶといんです。
上るということ
自身の作品の対極にある人形
光のマリア
記念写真
青いパリジェンヌ…フェリックス・ラビッス
東西の小説の主人公たちがつくる「闇」の世界に心が動かされます
生きている人形
夏の湯島で
僕の実行しているエコロジー
天国のモヤ
ポールの内部がむき出しの手作り感がいい
僕の近況報告
『病院ギャラリー』あとがき
私の人形史
人形をめぐる本100冊

僕が語ったこと−対談・インタビュー
ピグマリオニズム−人形愛の形而上学をめぐって
ふわり、冷ややかな、幽霊のような人形を
北鎌倉へ向かって

これまでの僕のこと−あとがき集
『シモンのシモン』あとがき
『シモンのシモン新版』あとがき
『機械仕掛の神』あとがき

あのころの僕、これからの僕のこと−あとがきにかえて

交遊録にある「湯船のなかの布袋さん」は種村季弘のこと。対談は澁澤龍彦とのものが珍しい。
再三にわたって澁澤の影響のことを書いている。
四谷シモンがトリックスターであったり、擾乱者であったり、異端であった時代はすっかり過去のものになり、今では四谷シモンと言えば、評価してくれる人たちを確保した先生になってしまった感がある。僕は四谷シモンの人形が大好きだ。でも、どこか裏切ってほしい、という気持がないわけではない。自分なりの作風を確立して、あいかわらずの四谷シモン風の作品を周囲が期待するなかで、それを打破するのは難しく、また打破する必要の有無の判定も難しい。自分では違う展開をみせているつもりなのに、周囲が以前からの流れのなかに回収してしまおうとすることもあるだろう。本書のタイトルにつけられた『前編』に、四谷シモンの微かな苛立ちを感じ取ってしまうのは、僕自身の問題なのかもしれない。

深夜のラジオ「ハロプロやねん」はこの前見に行った公開録音の分。さすがにケツアタック25はカットされていた。

リドリー・スコット監督の「アメリカン・ギャングスター」を見に行った。
実話をもとにしている。
ベトナム戦争時のアメリカ、ニューヨークが舞台。腐りきった警察、麻薬でのしあがる黒人(イタリア系マフィアじゃなく!)、馬鹿正直に正義に燃える1人の刑事。
アジアから直接麻薬を買い付けて、品質がよく値段の安い麻薬を売り、のしあがっていくデンゼルワシントン。
暗黒街で成り上がり、滅びていく男の物語は山ほどあるが、この映画には続きがある。
逮捕されたデンゼルワシントンが、汚職にまみれた警察情報を熱血刑事に流し、大量の悪徳警官を摘発する手助けをするのだ。このあたりが、滅法面白い。
現実を代表していたデンゼルワシントンが、理想を代表する刑事(ラッセルクロウ)に負けるのだ。
「それは理想だ」と現実べったりの思考から離れられないことに絶望する必要はない。
この映画が実話だというところに、なんだか希望が見えてこないか。

今日のペソア。
「国や市に関することだからといって、われわれは影響を及ぼされない。大臣や廷臣が国家のものを横領しようとも、われわれにはどうでもよい。同様に戦争や国の危機というような大変動にも関心がない。われわれの家に入らないかぎりは、どこのドアをノックしようとどうでもよい」『不安の書』414
ISBN:4783511969 単行本 高橋 都彦 新思索社 2007/01 ¥5,040
フェルナンド・ペソアの『不安の書』を読んだ。
以下、目次

紹介者フェルナンド・ペソアの序
第1部 ベルナルド・ソアレスの序論(断章)
1−5
第2部 告白
一、生前ペソアにより刊行されたか、あるいはそのために準備されたテクスト
6−17
二、予め準備されたものではないが年代順に配置されたテクスト
1913年 18
1914年 19−22
1915年 23−26
1916年 27
1917年 28−29
1920年 30
1929年 31−35
1930年 36−73
1931年 74−102
1932年 103−128
1933年 129−137
1934年 138−144
三、日付のないテクスト
145−409
第3部 題名のある文学的なテクスト
一、生前に詩人の発表したもの
410−411
二、年代順のもの
1914年 412−414
1919年 415
1930年 416−417
1932年 418
三、日付のないもの
419−460
フェルナンド・ペソアと『不安の書』/高橋都彦

本書は完訳だが、以前、1割程度の分量が翻訳された『不穏の書・断章』を読んでいるので、さて、自分はどんな感想を日記に記しているのか、と見てみると「これはいい」だけで、さっぱり要領を得なかった。まったく僕は役立たず野郎だ。
フェルナンド・ペソア(1888年〜1935年)はポルトガルの詩人。死後に膨大な遺稿が次々と刊行され、もう無いだろうと思ってたら1982年に『不安の書』が刊行された。タイトルから予想もつくが、ブラジル版編纂者レイラ・ペロネ・モイゼスによると、苦悩、意気消沈、傷心、儚さを主題とし、倦怠、挫折、不活動、停滞をテーマにしている。膨大な量の鬱日記か。
たとえば、こんな文章が目にとびこんでくる。
「わたしは魂の消化不良をおこしている」(93)
「いかなる問題も解決できない」(27)
「わたしは存在しない村の郊外であり、書かれていない本に対する冗長な論評だ。わたしは何者でもない、何者でもないのだ」(95)
「頭と宇宙が痛む」(106)
「他人の愛情ほど重苦しいものはない」(109)
「誰も他人を理解しない」(113)
「わたしは全自然のようにしくじった」(9)
「いつも何かを終えると、呆然となる。呆然となり、悲嘆に暮れる」(228)
「多くの場合なぜだか分からずに、わたしはあらゆることで躊躇する」(231)
「わたしの夢は隠喩や比喩においてさえ失敗した」(161)
「理解しようとしてわたしは自分を破壊してしまった」(255)
「わたしは自分がどうも目覚めていないのではないかと思わざるをえない」(100)
「感じるのはうんざりだ」(153)
「人生のあらゆる場所において、あらゆる状況と共同生活において、わたしはいつでも誰にとっても邪魔者だった。少なくとも、いつでもよそ者だった」(29)
「あらゆる人がわたしでないのが羨ましい」(241)
「大部分の人間は情けない生活を送っている。喜びにあってさえ情けなく、ほぼ常態である悲しみにあっても情けない」(209)
「生きてゆかねばならない恐怖がわたしとともにベッドから起き上がった。何もかもが虚ろに思われ、どんな問題にも解決策はないという冷えびえとした印象を持った」(218)
「坂は風車小屋に通ずるが、努力は何にも通じない」(365)
「一歩を踏み出そうと考えるだけで、なすべき大旅行がもちあがる」(108)
「時おり起きることなのだが、それはいつでも突然のことで、恐ろしいほどの生の倦怠が感覚の真っ只中に感じられ、それを抑える行為は考えられもしない。それを癒すのに自殺では覚束ないように思われ、死は無意識だと想像されるが、これでもまだ不足なのだ」(239)

どう?
鬱ってる?
そう思ってみてみると、「ペソア」とか「ソアレス」という名前すら、弱くて不安な印象を帯びてくる。
でも読んだ印象は暗いだけのものではなくて、面白い。他人の不安だから愉快だ、というだけではない。ちゃんと表現が文学になっていて、ユーモアも加味されているからだろう。
ときには、居直ることもある。
「世界は感じない人間のものだ。実用的な人間になるための本質的な条件は感性に欠けていることだ」(103)
「臆病だというのは気高く、どう行動したらよいか分からないのは貴族的で、生きるための才覚がないのは偉大だ」(323)
「時間を浪費することには美学がある」(26)
「廃墟の美しさは?もう何の役にも立たないからだ。なぜ芸術は美しいのか?役に立たないからだ」(18)
また、この『不安の書』は『アミエルの日記』に似ているといわれているそうだ。本文中にもアミエルに関する記述がある。
それを知って、はたと膝をたたいた。
個人的な話なのだが、僕の父親は夭折した詩人だった。父親と会話した記憶もほとんどないのだが、残してくれた書棚には、ゲーテやボードレールやカフカ、プラトン、プルターク、シェークスピア、ミルトンなどと並んで、アミエルの日記も全部揃っていたのだ。ぱらぱらとページをめくる程度で、ちゃんと読んではいなかったが、この『不安の書』を読んでいるときに感じた、不思議とノスタルジックな印象は、ここからきているのかもしれない。今もその『アミエルの日記』が残っていればよかったのだが、僕がものごころつく頃には、既に処分されてしまっていた。家族に読書家が1人でもおれば、処分の憂き目にはあわなかったのに、と思うと口惜しい。
『不安の書』は大部ということもあって、読むのに1週間を要した。難解な文章はないのだがレイラ・ペロネ・モイゼスも言うように、「一気に読むには耐えられない」内容なのだ。
ちなみに、ペソアは1888年生まれ。と、いうことは、2008年は生誕120年だ。
それを祝して、これから1週間ほどは、日記の最後に、『不安の書』からの一節をピックアップして書き留め、日々の感想にネガティブなスパイスを盛り込んでみたい。
まず、その1回目。
「ケーキを食べるなら、それを失わざるを得ない」(2)
ISBN:4861821452 単行本 末國善己 作品社 2007/09/25 ¥2,940
山本周五郎探偵小説全集『少年探偵・春田龍介』を読んだ。
1930年代に雑誌「少年少女譚海」「新少年」に掲載された作品が収録されている。
ネタバレのみ書いているので、読む人はまず、読んでから。

「危し!!潜水艦の秘密」
虫食い文字をつなげると、船の名前になる暗号。
軍事探偵(スパイ)の手から軍事機密を取り戻す。

「黒襟飾組の魔手」
黄色金剛石の頸飾を盗むと犯行予告する黒ネクタイ組。
その正体は、「意外!!探偵とは嘘の皮」

「幽霊屋敷の殺人」
皇国の興廃此の一戦にあり、の文字と、柱の数が同じで、特定の文字に該当する柱の下にお宝が。
幽霊は白い布をつけたインコ。

「骸骨島の大冒険」
特殊な潮流の作用。
大活劇。「こん畜生、毛唐め!!」

「謎の頸飾事件」
暗闇の中で犯人の衣服を見たと証言する小間使い。襲撃の方法から左利きが犯人だと推理する春田少年。
頸飾は洗面台から鉛管に入れておき、水を流して溝口で回収しようとしていた。

「ウラルの東」
長編。これは戦争だ。
中国の秘密結社「匕首党」と闘う春田少年。春田少年は匕首党の幹部を暗殺したりもする。
悪者はドイツ系ユダヤ人のオッケラアト博士と、中国人たち。
こんな文章があった。

「撃たないでくれ、殺さないでくれ」哀れな声で叫ぶ−これが支那人の特有性だ。勢の良い時は悪魔のように無慈悲だが、一度自分が不利だと見るや、雌豚のように泣き喚いて憐れみを乞うのだ、犬のように這って助けを願うのだ、しかも、隙さえあれば相手を殺そうとしながら。

ひどい言われようだが、この作品が発表された1933年は日本が満州国を作った翌年のことだ。それを考えれば、現代でも上記のような印象とさほど変わらぬ中国人観を持っている人がいることに大いに危惧しなければならない、と思う。
この作品では、春田少年は列車に乗れば切り離されて乗客もろとも大事故、硫酸エレベーター(マクドナルドのフライドポテト作る場面を連想した)、手足縛られて海の中、などなど大ピンチの連続である。そのくせ、匕首党の党首に変装を見抜かれると、その緊張のあまり失神してしまうのだ。
なお、ここまでが春田少年の作品で、あとはそれぞれ主人公が違っている。

「殺生谷の鬼火」
夜光塗料つけた狼を鬼火と思う。

「亡霊ホテル」
軍事機密の連絡の場所を確保するため、幽霊が出る噂をたてて、特定の部屋を常に空室にしておく。

「天狗岩の殺人魔」
落石で殺そうとする男。岩が落ちるギリギリのところまで削らせた男を処分したため、計画がばれる。

「劇団「笑う妖魔」」
巡業先で殺害を繰り返すサーカス団。殺されると悟ったピエロは軍事機密や手紙を飲み込んで、解剖を待つ。

最初の話から、わかりやすい暗号小説ながら、軍事機密と関わる内容になっている。長編のウラルの東にいたっては、まったくの戦争アクションと言っていい。黒幕をあばいても、証拠不十分で相手にしてもらえず、ならば、と春田少年はこう叫ぶ。
「よろしい!博士、この上は血に対するに血をもってする、春田龍介はこの瞬間から、武器を持ってたつ、そして匕首党に宣戦を布告する。これからは死の戦だ!」
なんといさましい。敵とのかけひきなどもあるが、殺しあいには違いない。でも、これが当時の正しい少年向け探偵小説であったろうことはよくわかる。最近、こんなストーリーに接していなかったので、むしろ新鮮か。
相棒のメリケン壮太など、一大事を知らせるために、足を怪我してまともにバイクに乗れず、ずるずる地面に足をひきずりながらバイクをとばす。
「粗い敷石の上を急速力で引ずられるので、たちまち靴はとび、ズボンは裂け、裸の足はすり剥けて、血が流れ出た」
「ああ惨!ああ惨!!壮太の足から流れ出る血潮は、糸をひくように、道路の面をいろどった。これこそ悲壮の血、これこそ忠烈の血だ」
「だが、人間の忍耐にはかぎりがある。皮破れ肉裂けいまは骨まで露わになった足首が、無残に敷石を引ずるのだ」
「くそっ!と思った壮太は、声をふり絞ってうたいだした、熱血の声で、熱血の歌をー
敵は幾万ありとても」
メリケン壮太も壮絶!
ISBN:4062705826 単行本 上遠野 浩平 講談社 2007/03/30 ¥2,100
上遠野浩平の『酸素は鏡に映らない』を読んだ。
1、エンペロイド・サイン
2、ミラー・ビルド
3、クラウン・クライム
4、オキシジェン・デストロイヤー
主人公健輔は影の薄い男に唐突に言われる。
「ふたつにひとつだ」
「え?」
「欲しいものをあきらめるか、それとも死ぬか、どっちがいい?」
上遠野浩平ワールドですなあ。
これ、影の薄い男というのは柊(オキシジェン)。物語前半で世界の支配者だという柊と、健輔の会話するシーンがあるが、これがなかなか上遠野節だ。会話というより、質疑応答かな。おおよその感じはこんなふう。
健「でもあんたは、総理大臣でも大統領でもないんだろ?」
柊「あんなのは全部、組織の責任者に過ぎない」
健「じゃあ、誰が偉いの?」
柊「誰も偉くはない」
健「でも、偉い人っていうのがどっかにいて、そういう人たちが世界を動かしているんでしょ」
柊「世界は、勝手に動いているだけだ。人間はそれに振り回されているだけだ。自分で動かしていると思っている者たちは、実は誰よりも動かされている連中に過ぎない」
健「じゃあさ、あんたはどうやって世界を支配してんの?」
柊「自分が他人を動かしていると、傲慢に思いこめるような者には、何も支配できない。それさえなければ、誰だって世界を手にすることは、たやすくできる。それは、君も例外ではない」
健「へ?おれ?」
柊「そう。君だ。君もまた世界の支配者なのだ」
健「そんなわけないじゃん。思い通りにならないことばっかりだよ。学校でも、家でも」
柊「思い通りにすることが、支配するということではない。そもそも、人間は自分が何を思っているのか、それを知ることができないものだ」
健「は?なんのこと?」
柊「自分だけの確固とした意志、そんなものは存在しない。常に他人の目を、その考えを気にしている。決めているのはいつだって他の誰かだ。そんな中でどんな思い通りのことがある?」
健「それってつまり、他の人のことなんかあんまし気にしないで、のびのびしてろってことなの?」
柊「他人のことを気にしないことなど、人間には不可能だ」
健「不可能って」
柊「君は一人きりで生きていけると思うか?誰にも自由などほんとうは存在しないのだ」
健「じゃ、じゃあさ、自由がないとか言うなら、何をやっても無駄ってこと?」
柊「世界が確固としていれば、そうなるだろう。だが世界には、これと決まった形がない」
健「うーん、何言ってんのか、わかんねーよ」

ラスト近くになると、ムーンリヴァー(末真和子)が出てきたりして、すっかりブギーポップの世界なのだが、オキシジェンとムーンリヴァーでサンドイッチされる形で語られる、本編自体は、きわめて現実的な物語だ。
ひとことで言うと、保険金目当ての狂言強盗事件。それと宝さがしか。
元ヒーロー番組の役者が、真のヒーローとして復活する物語は、それだけでもじゅうぶんに成立する話で、わざわざこの物語をブギーポップの一外伝として設定する意味があったのかどうか、疑わしい。
これは、僕の記憶力が弱くて、シリーズものが苦手だというところからくる意見だ。
オキシジェンとか猫のロキとかカレイドとか出てきているのに、エンディング近くなって、何でもありの世界が夢まぼろしのように現出し、ムーンリヴァーが出てきて、「おいおい、これってひょっとして、他の作品とまじりあってないか?」と気がついたのだ。遅い。遅すぎる。
もちろん、ブギーポップを読んでなくても、単独でこの本は面白い。だが他作品の読者へのサービスにしてはあまりにもそれに割いているページ数が多いのが気になるのだ。
ブギーポップシリーズを読みかえして、登場人物を思い出しておかないと、今後上遠野作品を読む際には要注意だ。わかってたんだけどなあ。
ISBN:4624111966 単行本 田中 美由紀 未来社 2007/08 ¥3,360
昨日のイベントで野田氏からGETした桃吐マキル+福耳ノアルの『森繁ダイナミック』が面白かった。森繁はすべての男に避けられても「地球の男に飽きたところよ!」と開きなおるのだ。森繁は墓場から這い出てきて、トーストくわえながら「あ〜ン、遅刻しちゃう」と言うのだ。森繁は生理の経血が多いのをごまかすために、血を全身に塗って「やられた〜!」と血みどろの姿になるのだ。
こういう場合はこう、といつのまにか自分で可能性を狭めがちな最近、こういうエネルギーを見るのは、すごく元気づけられる。

読んだ本はフレート・ブライナースドルファー編の『「白バラ」尋問調書』
1942年夏から1943年にかけてナチスドイツ下で「白バラ」抵抗運動が行われた。
その内容はビラ配付(知識人に読まれることを目的としていた)と街中での落書(「自由」「打倒ヒトラー」ハーケンクロイツに×点)で、消極的抵抗、つまりサボタージュを訴えた。
今考えてみると、ビラや落書きで死刑にまでなるなんて信じられないが、それだけ、影響力があったということなのだろうか。
ビラを読むかぎりでは、次のようなところから引用がされていて、これはインテリでないと読む気も起こらない感じだ。
フリードリヒ・シラー『リュクルゴスとソロンの立法』、ゲーテ『エピメニデスの目覚め』、老子、アリストテレス『政治学』、聖書、ノヴァーリス。
そして、こう訴える。
「今日のわれわれの『国家』は、悪の独裁制である。『そんなことはみんなとっくに知っている』という諸君の反論が聞こえる。『そのことをあらためて非難される筋合いはない』と。しかし、私は諸君に問いたい。もし知っているのなら、なぜ動かないのか」(3番目のビラ)
以下、目次
第1章 「白バラ」のビラ
1
2
3
4
ドイツ抵抗運動のビラ
最後のビラ
1943年1月28/29日のクリストフ・プロープストのビラの草稿

第2章 「自由!」−「白バラ」小史、その最期から遡る/ウルリヒ・ショシー
スターリングラードと「総力戦」−帝国に不穏な空気が立ちこめ、ミュンヘンでは騒ぎが起こる
捜査と憶測−ゲシュタポの捜査
「夜は自由なる者の友」−活動する「白バラ」
吹き抜けホールの最後のビラ−逮捕
調書と告白−ゲシュタポでの尋問
処刑人の前に毅然と立つ−クリストフ・プロープスト、ハンス・ショル、ゾフィー・ショルに対するフライスラーの司法殺人
「白バラ」の仲間たちの運命と彼らが遺したもの

第3章 バイオグラフィー・メモ/ウルリヒ・ショシー
ハンス・ショル
アレクサンダー・シュモレル
クリストフ・プロープスト
ゾフィー・ショル
ヴィリー・グラーフ
クルト・フーバー
エルゼ・ゲーベル
ローベルト・モーア
ローランド・フライスラー

第4章 「白バラ」メンバーの尋問調書/ゲルト・R・ユーバーシュア
ゲシュタポの一次史料について
ゾフィー・ショルの取り調べ
ハンス・ショルの取り調べ
クリストフ・プロープストの取り調べ
アレクサンダー・シュモレルの取り調べ

第4章の尋問調書はベルリンの壁崩壊以降に発掘され、本書によってはじめて公開された。
それを読むと、取り調べにおいて各メンバーが事実を明らかにしながらも無関係の人間を巻き込まぬように気を配っているのがよくわかる。
この調書によると、抵抗運動をはじめた理由は次のとおり。
「東部戦線での敗北後の軍事的な状況や、イギリスとアメリカの軍事力が途方もない勢いで教化されたことから、我が国が勝利をもって終戦を迎えることができるとは思えなくなり、苦しみ抜いていろいろと考えた末、ヨーロッパの理想を持ち続けることができる道は、一つしかないと考えるにいたりました。それはつまり、戦争を早く終わらせることです」(ハンス・ショル)
また、「白バラ」の由来については、こう言っている。
「『白バラ』という名は無作為に選んだものです。説得力あるプロパガンダには、何か決まった概念がなくてはならない。それ自体は何の意味ももたず、響きがよくて、しかもある基本計画がその背後にあるものでなくてはならないと思いました。ちょうどその時、ブレンターノの『ローサ・ブランカ(白バラ)』というスペインの物語詩に感銘を受けていたので、その名前を気分で選んだのかもしれません。イギリス史に出てくる『白バラ』とは全く関係ありません」(ハンス・ショル)
白バラメンバーが、それぞれ運動に加わる動機も明かされている。
ヒトラーユーゲントに入り、非政治的な人間だったクリストフ・プロープストが参加した大きな動機は、鬱!
「スターリングラードの戦況が、わが軍に不利な状況に陥った一時期、私は、ドイツ指導部に対する信頼を失いました。私の精神的なダメージは、当時私の妻が重い病気にかかったことで、いっそうひどくなりました」(クリストフ・プロープスト)
「その草稿を書いた夜は、私は精神的にひどい鬱状態でした。その原因は東部戦線でのできごとにもありましたが、それ以上に妻の重い病気にありました。私の神経は非常に張りつめた状態にあって、その夜は何とかして発散させずにはいられないほどの状況でした。ですから、私はあまり深く考えずに自分の思いつきを書き記しました」(クリストフ・プロープスト)
また、ドイツ人の父とロシア人の母をもつアレクサンダー・シュモレルは、ロシアに対する愛情から、この戦争を早期に終わらせることを願う。
「私にとってドイツとロシアの戦争は非常に大きな心痛となりました。ですから、私はこの戦いが何らかの方法でできるだけ終結に向かえばいいのにと思っています」(アレクサンダー・シュモレル)
「私が何かしなくてはならないと動かされたのは、この二つのことからです。つまり、ひとつには、ドイツ国民を、広範な領土征服と、さらなる対立がもたらす危険から守るため、今ひとつは、ロシアの大規模な国土の喪失を防ぐためです」(アレクサンダー・シュモレル)
本書は映画「白バラの祈り」の制作の記録の資料編である。
第3章のバイオグラフィー・メモにあげられたエルゼ・ゲーベル(ゲシュタポ留置場でゾフィーと同じ房に入っていた)、ローベルト・モーア(ゲシュタポ本部の検察事務官)、ローランド・フライスラー(民族裁判所長官)が映画のなかでも重要な役割を演じていたのを思い出す。
ローベルト・モーアは、ゾフィーを尋問して追い詰めるが、なんとか命だけは救おうと逃げ道を用意する。
ローランド・フライスラーが長官をつとめた民族裁判所では、予備捜査抜きで、被告が有利になるような証拠の提出申請は無視された。彼は法廷でここではどんな法にも審理規則にも縛られないと豪語した。法典を放り投げて「法などわれわれには必要ない!われわれに反逆する者は根絶されるのだ!」とわめいたエピソードもある。
こういう一方的な裁判めいたものは、以前学校に勤務していたときに実際に受けたことがあるので、ひとごととは思えない(あれはひどい体験だった。学校が好きな僕が、それを機に学校や教育というものにすっかり絶望してしまったんだから)。フライスラー本人の写真も映画での演技も、その悪役ぶりはすさまじい。
彼は1942年から死ぬまでに2295人に死刑判決を下した。
「フライスラーは、1945年2月3日に死亡したその日も、同じことをしている最中だった。公判の休憩中に、ベルリンの激しい空爆で爆弾の破片に当たり、フライスラーは死んだ」
この本はゾフィー、ハンス、プロープストがギロチンで処刑された2月22日に読みはじめた。プロープストなんか、ぜんぜん死刑にあたいしない罪だったのに、みせしめとして殺されたのである。無関心でいても殺されるだけなのだ。たまには政治のことも考えようっと。
ISBN:4480814922 単行本 日下 三蔵 筑摩書房 2007/10 ¥1,890
山田風太郎のエッセイ集成『昭和前期の青春』を読んだ。日下三蔵編。
山田風太郎によると、敗戦の昭和20年を境に昭和は前期と後記にわかれる、という。
前期は悲惨でむちゃくちゃ。後記は平和で幸せな時代。
ただ、この昭和20年までの「前期」は黒船、明治維新から続く1つの時代だとの認識で、太平洋戦争に負けた昭和の日本、軍隊を否定するなら、明治維新からの歴史を否定することになる、ということだ。
本書は3部にわかれている。1部は生い立ちなど。2部は太平洋戦争関連。3部は『同日同刻』に収められなかった、日々のサンプリング。
以下、目次。

1、私はこうして生まれた
中学生と映画
雨の国
故里と酒
退屈な古典を乱読
解剖風景
二十歳の原点
眼前に死があったから本を読んだ
帰らぬ六部
私はこうして生まれた
忘れられない本
停学
昭和六年の話
停学覚悟の大冒険
遠い日の関宮
新「古事記」時代
上方の味
郊外の丘の上から
僕の危機一髪物語
私の暗愁の時代
父のひざ
少年倶楽部の想い出
2、太平洋戦争私観
太平洋戦争、気ままな”軍談”
愚行の追試
気の遠くなる日本人の一流意識
太平洋戦争私観−「戦中派」の本音とたてまえ
「戦中派不戦日記」から三十五年
昭和前期の青春
私の記念日
私と昭和
一閃の大帝
太平洋戦争とは何だったのか
自作再見−『戦中派不戦日記』
戦時下の「青鉛筆」
もうひとつの「若しもあのとき物語」
3、ドキュメント
ドキュメント・1945年5月
山田風太郎略年譜

巻頭の「中学生と映画」は著者が中学生時代の原稿で、山田風太郎というペンネームを使った最初の作品になる。
戦争をことさらに悲惨に描いているわけでもないのに、やはり戦争に関するエッセイを読むと、息がつまる思いをする。ひょうひょうとはしているが、同時に生き生きともしているので、それが「青春」ともとれ、また息苦しさにもなるのだ。
昭和後期に若者がインスタントラーメンばかり食べて栄養失調になったニュースに、山田風太郎は憤慨する。戦時下でインスタントラーメンが食べれたら、それでモリモリ元気が出て敵に立ち向かっただろう、というのだ。
確かに。
日本国民が痩せることに血眼になっている現代は、戦時下から考えれば、冗談にしか思えないだろう。
そんな文章を読むと、体のためにダイエットしよう、とか、インスタントやファストフードは少なめにしよう、なんて気が起こらなくなってしまう。いや、最初からあまりそんなつもりはないのだが、いつか生活環境を見直そう、なんて面白くもないことを考えてる自分もいて、それが多少の重荷にもなっていたのだ。いい口実を見つけたものだ。僕がジャンクフードで肉体を肥え太らせているのは、いざというときのための蓄え、ラクダのコブなのだ、と。
ISBN:4062137763 単行本 本田 透 講談社 2006/12/20 ¥1,890
本田透の『喪男の哲学史』を読んだ。
以下、目次

序章 喪男とは何か
「モテ」の思想「喪」の思想/本当の哲学とは「モテない苦悩」から始まる/一元論という「王様の世界観」/映画「マトリックス」のネオもまた喪男哲学者である
第1章 世捨て人の出現
1、女からの「解脱」を説いた喪男ブッダ
なぜカースト制度が存在するか/ブッダの「悟り」と「電波男」/「モテの魔の手」と「護身」/人類史上最強の喪男/哲学の普及を阻む「組織化」「カリスマ化」「体系化」の三点セット/喪男哲学は現実への本物の怒りと悲しみから生まれる/「モテ」の欲望からの脱却を説いたブッダ
2、「現実こそが偽物」プラトンのイデア論
外見も発言も「喪」そのものだった師ソクラテス/「現実」のほかに真実の世界はある/現実こそがイデアの影/イデアという脳内世界の発見/プラトンの理想郷はアキバである/萌え哲学を創始したプラトン/解脱系思考の東洋とユートピア的二元論の西洋
3、ジーザス・キモイスト・喪男スター
ユダヤ教的な価値観をひっくり返した/神の愛/性愛と萌えを完全分離/「ダ・ヴィンチ・コード」がバチカンの怒りを買ったわけ/二元論をユダヤ教世界に持ち込む/キリスト教でも組織化が始まる/女性に厳しかった喪男宗教/喪男哲学から喪男宗教への変異
第2章 科学の誕生
1、科学はデカルトに始まる
押井守は「イノセンス」で何を語ったのか/世界は精神と物体の二種類でできている/心理とは「モテない」ものである/共通感覚/世界とは、モノにすぎない/人間機械論とデカルトの萌え伝説/科学によって理想の女性を作り出そう
2、リラダンの人形萌え
人形萌えの名作、リラダンの『未来のイブ』/世界も人間関係も不安定に
第3章 恋愛と資本主義
1、喪男芸術家 ダンテからゲーテへ
恋愛の登場/脳内に萌えの世界を発見したダンテ/萌え逃げの達人ゲーテ/ファウストの行き着いた先
2、カントからヘーゲルの「セカイ系哲学」へ
三次元世界もまた精神の生み出したものである/カントの理性主義/過激化する喪男哲学者たち/カントの観念論を全世界に拡張したヘーゲル/喪男の時代に現れた「絶対精神」
3、ヘーゲルの「セカイ系哲学」と、キルケゴールの「キモイ系哲学」
「俺がモテない現実をなんとかしろ」/ヘーゲルがモテに転じて/組織化はすべてごまかしだ/「乙女化」の先駆者アンデルセン
4、恋愛をも放棄した喪男ニーチェの崩壊
新しすぎて当時の哲学界からは無視される/ヘーゲル哲学よりいまの現実/恋愛と贅沢と資本主義/ショーペンハウエルの厭世主義/最初に哲学史を喪男の歴史として語ったニーチェ/神の代わりに永劫回帰を唱える/超人という「俺萌え」の道/女に捨てられ「超人」宣言
第4章 国家萌えと鬼畜
1、鬼畜哲学と喪男政治 喪男集団ナチス
ニーチェからナチスへ/生きたまま萌えキャラになったヒトラー/二次元で失敗し三次元の世界へ/近代国家と民族という幻想/二次元男が権力を握ってしまった悲劇/ヒトラーが登場した「時代の気分」/ニーチェは個人の闘争、ヒトラーは国家の闘争/「萌え」と「鬼畜」/喪男たちによる革命/ヒトラーが死んで「国家萌え」も終わった/キモメンたちが作ったイケメン王国/メディアによる大衆支配システム/自分のルサンチマンを他者に押し付けた悲劇
2、マルクス主義は喪ルクス主義
唯物史観と喪男問題/喪男革命宣言/二次元を無視して失敗/国家は喪男を救えなかった/哲学の終わり/モテない苦しみから世界を語る
第5章 喪男の精神に分け入る
1、フロイトの精神分析
デカルトとカントの二元論/ヘーゲルとマルクスの一元論/精神を二元論で捉えたフロイト/人間社会を発達させたエスの衝動/死の苦悩からいかに逃れるか/キリスト教も近代西洋も苦悩は救えなかった/人間は生まれつきみんな変態だ/超自我で人は世界と繋がる/エロスとタナトス/自分で自分を救う方法を持たせようとしたフロイト
2、哲学の終焉と「共同幻想」
政治の季節が終わり恋愛の時代へ/恋愛資本主義時代の哲学/唯脳論の登場/二次元による自己救済/自我を支える装置の歴史
第6章 文化は喪男が作り出す
1、哲学の仕事は「脳科学」と「物理学」に引き継がれた
「言語の体系」としての哲学は第二次世界大戦で終わった/物理学という新たな哲学/三次元も脳内現象である/恋愛資本主義の不毛/人は三次元と二次元を生きる二元的生物
2、日本で「仮想」=オタク文化が隆盛になった理由とその必然性
戦争に負けて三次元の虚しさを知る/手塚マンガの辿った道/二次元が自我安定装置として機能/脳内二次元がネットワーク化される時代

すごいですね。目次を読んだだけで、だいたい何が書いてあるのか思い出せてしまいますね。喪男というのは、独身者というのと似通った概念なので、オタク趣味と縁遠い人でも特別珍奇な発想というわけではないでしょう。まあ、外見にあれだけ拘泥する議論は独身者ではあまりなされなかったでしょうが。
実はこの本は1年くらい前に読みはじめて、「面白い、面白い」と読み進めていたんですが、ヒトラーとか国家萌えのあたりで、作者がこっちの予想以上に本気なのが伝わってきて、ええと、はっきり言えばしんどくなって途中でおいてたのです。
今回、最初から読み直して感じたのも、第4章あたりからの熱気で、風邪で熱があったせいかもしれないと疑いながら、ここを越えればゴールは近い、と自らにムチを打ち、心臓破りの「国家萌え」を乗り切ったのです。
非常に読みやすくてわかりやすい哲学史で、たとえにゲームやアニメがふんだんに使われ、哲学が決して雲の上のジャーゴンではないことを教えてくれます。
たとえば、よく使われていたのが「これは〜ではありません」という言い回しで、哲学をオタクのアイテムに引き寄せる書き方が、これが実に効果的でした。
いくつか引用してみると。

プラトンの『饗宴』
「ここで、『永遠』という概念が出てきます。恋愛とは永遠への憧れ、不死への憧れであると。これはTacticsのPCゲーム『ONE〜輝く季節へ〜』の話ではありません」

デカルトの共通感覚
「これは有明のコミックマーケットの世界を論じているのではありません。デカルトは全人類が同じイデア界を共有しているはずだと考えたのです」

リラダンの『未来のイブ』
「困ったエワルドは、なんと、エジソン博士に頼んで、人造美少女人形を作ってもらうのです!
エジソンかよっ!
これはコミケで売られている十八禁同人マンガのあらすじではありません」

ゲーテの『ファウスト』
「古くから伝わっていた民間説話のファウストは地獄へ落ちましたが、ゲーテはグレートヒェンという萌えキャラの愛によってファウストは救済されたと考えたのです。愛が、奇蹟を起こしたのです。
これはKeyの泣きゲーのシナリオの話ではありません」

フロイト
「フロイトによれば幼い子供にもちゃんと『小児性欲』があるというのです。これは梶原一騎の『カラテ地獄変』の話ではありません」

まだあったけど、まあ、これくらいで。
わかりやすさは半端じゃなく、この本を読んで、今まで専門書を読んでなんとなく理解していたつもりだったことが、コトンと胸に落ちる実感を得た部分もあります。
既に哲学書を何冊も読んで、本書でとりあげられる哲学などわかりきっている人には、本書は単なるわるふざけにしか見えないかもしれませんが、僕は悪ふざけが大好きなのです。
いつもとこの日記の文体が違っているのには、あまり意味はありません。
ISBN:4411003775 単行本 小幡谷 友二 駿河台出版社 2007/10 ¥1,785
ムスタファ・シェリフの『イスラームと西洋』を読んだ。
2003年5月、パリのアラブ世界研究所(イマ)で開催された「アルジェリア・フランス、文明の対話に尽力した重要人物へのオマージュ」というテーマのシンポジウムでの対談のレポート。
デリダはアルジェリア生まれでアルジェリア。
以下、目次

序論 何にもまして友情が大切である
第1章 諸文明の未来
第2章 討論
第3章 アルジェリア人としての経験と思い出
第4章 東洋と西洋、同質性と差異
第5章 不正行為と急進的潮流
第6章 区別するべきか、関連づけるべきか?
第7章 進歩は完全である一方で不完全でもある
結論 私たちの生活には異なる他者が不可欠である
対談後記 南海岸からのアデュー、ジャック・デリダへ
訳者あとがき
書誌 ムスタファ・シェリフ/ジャック・デリダ
年譜 デリダと南海岸

ムスタファ・シェリフはアルジェリアの哲学者でイスラーム学者。
「西洋における一部の人々は、あいかわらずイスラームとイスラーム文化の単純化した姿をこしらえることにこだわり続け、恣意的な基準から『発展途上』とみなされる東洋文化に『先に進んでいる』とされる西洋文化を機械的に対置し、自分だけが文明化していると言い張って、つねに自分たちの価値を力づくで押し付けようとしますが、それはなぜでしょうか?」
「現代ではどうやって生きていけばいいのかを学ぶことが実に難しく、説得力をもたずに、むしろ失望させたり心配させたりするモデルしかないというのに、イスラームに対してどうしてあのようなけんか腰になる必然性があるのでしょうか?なぜわざわざ、西洋化やヨーロッパ化やアメリカ化をすすめて進歩に順応し、文明化したと見られる必要があるのでしょうか?」
なんて質問したりする。
きっと純粋な目をうるませて、「僕、ちっとも悪くないのに、なぜ?」という疑問でいっぱいな様子だったんだろうな、と思わせる。小動物を見ているようで、可愛い。
デリダの発言もわかりやすく、これがあのデリダなのか、と思わせる普通っぷり。
デリダはこんなことを言っている。
「責任や決断は、言うなれば真っ暗で右も左も分からない暗闇の中で背負われるものなのです」(知識は必要だが、責任や決断を導くのは知識によってではない)
「私は多元性が文明の本質そのものであると思います。多元性と言っても私は他者性という意味で使っていますが、差異の原理、他者性への敬意、これらは文明の根源と言えます」(固有言語をマスターする必要があるが難しい、と言ってから)「たしかに固有言語は原則的に翻訳不可能なものです。けれども翻訳不可能なものだけが翻訳を必要としています」
デリダはヨーロッパ中心主義的伝統を疑い、来るべき民主主義をめざすことを説く。
たしかにデリダはデリダなのだが、受けた印象は「ダレダ?」でアルジェリア。
ISBN:4396207972 新書 石持 浅海 祥伝社 2005/05 ¥880
ISBN:4062133660 単行本 北村 薫 講談社 2006/03 ¥1,575
その前に、宣伝。
2月22日(金)

アイドルイベント「HELP!バレンタインだよ全員自決!」

難波BEARS
〒556-0011 大阪市浪速区難波中3-14-5新日本難波ビルB1
TEL&FAX 06-6649-5564
URL: http://home.att.ne.jp/orange/bears/

午後6時30分開場、7時開演

前売り1500円/当日2000円

出演/婀生守て乃、プリッピングポイン(chami+松尾優)、丼野M美、野中ひゆ、JK、奥村香織(満腹ミキティ)、桃ちゃん、AMU、ちやじはん

司会/保山ひャン、草壁コウジ、ぶっちょカシワギ

先着で入場者プレゼントあり。

ぜひぜひおこしください。
受付で「フルリレロ〜」と言えば、前売り料金で入れます。
ISBN:4150411409 文庫 松本 依子 早川書房 2007/04 ¥882
ISBN:4488017037 単行本 米澤 穂信 東京創元社 2004/02 ¥1,575
この本の感想を書くのはいつの日か。
体調に聞いとくれ。

遠い遠い街角

2008年2月7日 読書
ISBN:4488023894 単行本 井上 雅彦 東京創元社 2007/06 ¥1,785
ISBN:4652086075 単行本 鯨 統一郎 理論社 2007/06 ¥1,470
ISBN:4062705818 単行本 山口 雅也 講談社 2006/11/09 ¥2,625
ケラリーノサンドロヴィッチ監督の「グミ・チョコレート・パイン」を見た。大槻ケンヂ原作。
80年代の青春と、現代の中年になった現実とを描いている。
サブカル好きにはたまらない豪華チョイ役陣がひとつのみどころになっているが、ほとんどが本筋とは関係ないので、印象が散漫になってしまった、と思う。僕はケラさんとは何の面識もないのだが、そのくせ、「みのすけの役は、僕に話をもってきてくれたらよかったのに」とか思った。面識ないのにね!
ただ、音楽関係では、ゲイリー芦屋さんとか、お世話になった人の名前がいくつか見られる。
さて、映画の内容だが、原作には現代のストーリーは語られていないはずなので、その部分はケラさんの創作になる。で、原作通りにストーリーが運ぶ部分と、ケラさんがつけ加えた部分が、あまりにもはっきりと、「ここは大槻ケンヂ、ここはケラ」と色分けできた。1つの映画の中でオムニバスを見せられているような気分だ。
なお、映画の中で、今関あきよし監督の「フルーツバスケット」が一瞬映るシーンがある。劣化したビデオっぽい映像だった。今関監督といえば、素直に少女映画撮ってればよかったのに、チェルノブイリがらみの社会派映画を撮ってしまったがために、どこかの誰かさんに目をつけられて社会的に葬られてしまった悲劇の監督だ。誰か、フルーツバスケットを上映してくれないかな。

読んだ本は山口雅也の『ステーションの奥の奥』
ネタバレするので、未読の人は、まず読んでから。

前半は東京駅をめぐる帝都物語。(これがかなり面白い)
後半は吸血鬼ジュブナイル。
密室での首切り殺人、という本格推理マニアには垂涎もののシチュエーションが、吸血鬼という要素を盛り込むことで、ファンタジーにすりかわる。
「なぜ、首を切ったのか」のどに残る噛み痕を消すため。
「凶器はどこに消えた」血液をかためて作った杭が凶器だったので、バスタブで溶けて流れてしまった。
「密室からどうやって逃げた」コウモリに化けて。
ただ、本格推理っぽい面白さで言えば、夏なのに被害者がなぜ冬ものの制帽をかぶっていたのか、という謎を解くくだりがいい。
明らかに帽子と服装はチグハグで、ファッションに気をつかう女性被害者が適当に帽子を選んだはずもない。
さて。
この帽子の手がかりからわかるのは、つまり、被害者は、帽子を着用した姿を鏡で確認することができず、チグハグさに気づかなかったからなのである。
なぜ鏡を見なかったのか。
被害者も吸血鬼で、鏡に自分の姿が映らなかったからだ!
ワーオ!
ISBN:4061825348 新書 山田 正紀 講談社 2007/09 ¥945
ケーキバイキングで特定の人物を毒殺するためには、どこに毒を仕込んでおかねばならないか?
また後日書きます。
ISBN:4061825100 新書 鯨 統一郎 講談社 2006/11/08 ¥840
今日は夜勤明けの帰路にNHK-FMでシチェドリンの「ピアノ協奏曲第4番」
ピアノ/ニコライ・ペトロフ、管弦楽/ロシア・ナショナル管弦楽団、指揮/ミハイル・プレトニョフ。
ハチャトゥリアンやプロコフィエフ、カリンニコフも流れたが、やっぱり、シチェドリンのが一番。
帰宅後、ひきつづきFMで現代邦楽。
「太鼓の曲」                 杵屋正邦・作曲
                       (8分42秒)
                     (太鼓)望月 晴美
                    (三絃1)山本 普乃
                    (三絃2)上原潤之助
「“みだれ”による変容−十七絃のための−」  広瀬量平・作曲
                       (8分28秒)
                    (十七絃)高畠 一郎
「十七絃と小鼓のための二重奏曲」       杵屋正邦・作曲
                       (9分43秒)
                    (十七絃)高畠 一郎
                     (小鼓)望月 晴美
読んだ本は鯨統一郎の『タイムスリップ水戸黄門』
あいかわらずのスピード感あふれるコメディなのだが、今回は政官財の癒着をなんの衒いもなく正面からとらえる社会派だった。
江戸時代から水戸黄門が現代にタイムスリップ。なんと、現役の政治家と瓜二つだった。
テレビでは「ニセ黄門」が出てくる回があるが、これは逆パターンだ。
この現役政治家が、言わば悪代官みたいなタイプ。
この悪代官が自家用車撲滅のテロ集団に拉致されてしまい、急遽水戸黄門が替え玉に抜擢される。ところが、悪代官が強引におしすすめていた高速道路建設案を水戸黄門は白紙にもどしてしまう。
痛快な物語だった。
ゼネコンとか族議員とか、賄賂とか接待とか談合とか、誰でもが「よくない」と思っていることをどうやってもやめさせられないのは何故なのか。
僕の暮らす大阪日本橋周辺でも、常にどこか工事したり、建て替えたりしている。快適な暮らしを考えるなら、工事なんかやめてくれたほうが、騒音もないし、塵もないし、通行止めもないし、遥かにいいのに。
なお、カバーイラストは、荻野アサミちゃんではないので、お間違いなきよう。

痙攣的

2008年1月29日 読書
ISBN:4334924565 単行本 鳥飼 否宇 光文社 2005/04/20 ¥1,890

なんだ、これは!
いかにも「イカモノ」な後半の展開は、素晴らしい!
後日、詳しく書きます。
ISBN:4062879018 新書 小野 俊太郎 講談社 2007/07/19 ¥798
小野俊太郎の『モスラの精神史』を読んだ。
もう1回モスラ見たくてたまらなくなる、面白い本。
以下目次と、各章の説明あるいは引用。

プロローグ−モスラの飛んだ日
 ?961年7月30日、モスラは飛んだ。本書はモスラの謎を解き明かす書である。

第1章 三人の原作者たち
 モスラの原作を書いたのは、中村真一郎、福永武彦、堀田善衛という三人の文学者だった。映画のテーマを弱小民族の問題にとり、自然主義リアリズムを脱け出すために三人は怪獣映画の原作に関わる。コクトーの影響もあった。
三人は、モチーフの分担を中村が「変形譚」、福永が「ロマンス」、堀田が「ヒューマニズム」として執筆した。

第2章 モスラはなぜ蛾なのか
 モスラは養蚕と深い関係をもっている。
カイコガ、養蚕は「日本」「女性(母性)」と結びついている。「モスラ」の物語は冷戦下のアメリカとの複雑な対立関係を含んでおり、日本的なモスラはぴったりなのだ。

第3章 主人公はいったい誰か
 原作の主人公は言語学者で、インファント島の言語を解読する。そして、新聞記者と協力して、アカデミズムとジャーナリズムの連携でことをおさめようとする。
一方、映画の主人公はわかりやすく、活動的な新聞記者に設定された。

第4章 インファント島と南方幻想
 「『インファント島』は、時には水爆の実験で汚染されて放射能遮断服なしには訪問不能な島、また、時には『そっとしておいてやりたい』、守りたいユートピアの島である。この2つのイメージのあいだにインファント島は揺れている。これは、そのまま日本が内部に抱えた不安や願望を投影しているともいえる」

第5章 モスラ神話と安保条約
 モスラは発光妖精の小美人を救出するために、インファント島からやってくる。一方、小美人を連れ出したネルソンは外交特権を悪用して、治外法権的扱いを受ける。
「非常事態にいったい誰が誰を守るのかをめぐって、『モスラ神話』と『日米安保体制』がもつ価値観がぶつかる」

第6章 見世物にされた小美人と悪徳興行師
 弱小民族の怒りのテーマ。
「この映画は、小美人の公演を導入してレビューの雰囲気を伝えるとともに、そもそも映画自体が関与している『興行』というしかけそのものを二重写しにする」
 興行、東宝(東京宝塚)ならではのレビューシーン、舞台で見せる演目としての映画、ネルソンを演じた日米ハーフのジェリー伊藤。

第7章 『モスラ』とインドネシア
 モスラの歌はインドネシア語だ。
「この歌は、カロリン諸島から、スマトラ沖までの広い地政学的な幻想をまとめ、しかも、日本文化の基底層にある神話から軍政支配までの歴史を圧縮しているのだ」

第8章 小河内ダムから出現したわけ
 モスラは内陸のダムからあらわれる。そして、明治神宮や皇居をたくみに避けながら、東京タワーをめざす。
「モスラは最終的には空を飛ぶのだから、一種の大きな飛行機ともいえよう。空から攻撃する怪獣とは爆撃機にほかならない。そして、幼虫モスラによる小河内ダムから東京タワーへの突進は、成虫となって飛ぶための滑走となった、いわばカタパルト発進の発射台として東京タワーが必要だったのである」

第9章 国会議事堂か、東京タワーか
 原作ではモスラは国会議事堂に繭をつくる。原作者には、安保条約によってアメリカ軍に出動を要請し、安保反対の群集が取り囲み、国連ではソ連が日米安保の発動に拒否権を申し出る、など、政治的展開まで考えられていた。
東京タワーにかわった理由は3つ。1、当時、もっとも高い建物だった。2、塔のもつ宗教的、呪術的誘蛾灯の意味。3、映画をおびやかすテレビ塔だったこと。(この映画ではほとんどテレビを見るシーンが出て来ない)

第10章 同盟国を襲うモスラ
 モスラは「ロシリカ国」(ロシア+アメリカ。映画ではロリシカ)にネルソンを追って飛ぶ。これは日米合作映画のため、コロムビア映画の要求で、アメリカの観客のためにアメリカにモスラを飛来させたのだ。

第11章 平和主義と大阪万博
 続編以降、モスラは平和主義のシンボルになる。
田中友幸プロデューサーは大阪万博で三菱未来館のイベントプロデューサーとして活躍。
太陽の塔内部の生命の樹に展示されていた造形物は、円谷プロが作った。
モスラは大阪万博のリハーサルのひとつだったのではないか。

第12章  後継者としての王蟲
 ナウシカに引き継がれるモチーフ。
原作者堀田善衛が大きく影響を与えた宮崎駿との関係。

エピローグ−「もうひとつの主題歌」
 同時上映「アワモリ君売出す」の主題歌は坂本九の「上を向いて歩こう」だった。
「1961年8月という鎮魂の時期に、大平洋戦争を始めて20年を迎えようとした節目に登場した二つの作品が、それぞれのジャンルで日本を越えてアメリカを中心とした世界に届く作品となったわけだ」

以上。後半に行くにしたがって展開される牽強付会の方が興味をひいた。知識や情報よりも、着想に興奮してしまう僕の癖だ。

フィリップダン監督の「目かくし」を見た。1965年
ロック・ハドソン演ずる精神科医は、国家安全保障局の「将軍」に目かくしで「X基地」に連れてこられる。天才科学者の心の病を治療するためにだ。
クラウディア・カルディナーレは科学者の妹。兄が拉致監禁されていると思って、ロック・ハドソンに接近する。
そんなとき、CIAの局員と名乗る男が、「将軍」はくわせものだ、と情報をくれる。
いったい誰を信じればいいのだ?
映画のみどころは、目かくしされて連れていかれたX基地を潜在意識と推理によって特定していくところ。
大勢の人がパーティで笑い声をたてている、と思っていたのが、実は渡り鳥の雁の声だったとわかるところは感心した。マネキン人形に化けて検問を突破するシーンは、いかにもで笑える。
音楽はラロ・シフリン。すぐに「ラロ・シフリンだ!」とわかる音楽

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