『夫婦は他人』

2010年6月25日 読書
樹下太郎の『夫婦は他人』を読んだ。1962年。
夫婦間の物語が「夫婦は他人」にまとめられ、「風俗挿話」に当時の風俗ルポ的なものにストーリーを絡めた話を集めてある。ショートショートの味わいがある。
ネタバレしかしていないので、読みたい人は、まず読んでから。

*夫婦は他人
「雪子・夫」
新聞に『雪子ゆるすすぐ帰れ 夫」の広告。
幾人かの雪子がそれぞれの事情で離れていた夫のもとに戻って行く。それが自分に宛てた広告だと信じて。
実際に広告を出した男は、殺してしまった雪子が失踪しただけと思わせるために工作をしていたのだ。

「遺書計画」
夫婦円満の手段としてこれみよがしに遺書を書く、という手を教える人。
その遺書を利用して、偽装自殺をたくらんでいたのだ。

「イヤリング」
夫婦喧嘩のあと、必ずあるイヤリングをつける妻。
夫がこっそり鑑定をたのむと、相当な価値のあるものだとわかった。
妻は誰にこのイヤリングをもらったのか、と疑う夫。
妻は説明する。
これは拾ったイヤリングで、素晴らしい宝石なので、自分のものにしてしまった。喧嘩して夫と別れても、この宝石さえあれば寂しくない、と言い聞かせるためにつけていたのだ、と。
さて、実際は、このイヤリングは夫の上司からもらったもので、妻は夫から上司へと男をのりかえようとしていたのだ。

「自殺者の兄」
浮気相手の女の兄が会社にあらわれた。
女は自殺して遺書を残しているという。
その遺書には浮気のことが細かく書いてあった。
兄はその遺書を売り付ける。
さて、実は兄とは真っ赤な偽り。女の新しい情人でふたりでたくらんで金をまきあげたのだった。

「愛のメモ」
情事の現場を夫に見られた妻。
しかし夫は、風邪をひいたといってその場で寝てしまう。
もとより、夫はとうに妻への愛情などなくしていた。
後日、情夫を夫が脅す。
遺書としても利用できる文章を情夫に書かせたのだ。
だが、その行動自体を逆手にとって、情夫は立場を逆転。

「暗い窓の女」
電灯を消した家の窓から外を眺めている女。
野外で愛をかわすカップルを見て、自分の結婚を疑い、愛情が消えていることを憂う。
一方、野外で愛をかわしていたのは、家に姑が転がり込んできたので、おちおち家の中でいちゃつくこともできなくなった夫婦だった。
暗い窓から見ている女を見て、自分たちもあんな広い家に住みたいと願っていた。
ある日、野外の男が窓の女に声をかけ、むりやり家の中に入って犯そうとするが、抵抗される。
女は、そういうアバンチュールを望んではいるが、それは、家の中で犯されることではなく、野外で犯されることにあったのだ。

「うちのひとが」
妻の寝言『駄目よ、うちのひとが』を聞いて、妻が浮気しているんじゃないか、と疑う夫。
実は、夫にプレゼントしたウィスキーの瓶の形について話した会話が頭に残っていたのだ。
妻は角瓶を選んだが、酒屋の店員が『瓶は丸くてもすごくいいウィスキーがあるんですよ』と言ったのに対して、『駄目よ、うちのひとが四角い顔をしてるのに、丸い瓶なんて喜ぶはずないわ』と返事したのだ。

*風俗挿話
「テックへ行こう」
多摩テックの会員になって、ふだんのおとなしい運転の殻を破る青年。

「ヌード・モデル」
裸の写真で脅迫

「東京夜船」
戦時中、お守りとして女性の陰毛を貰った男。
20年ぶりに会ったふたりはお守りを返し、同時に美しい思い出もこわしてしまう。
おまけに、男はすぐに事故死してしまう。
お守りの効果はあらたかだったのだ。

「サーカスの汗」
サーカス団員だった男は戦争で足を負傷した。
どうせまける戦だったのなら、その足をサーカスに捧げたかった、と思う。

「オレンジスリップ」
派手なスリップを見つけた兄は、まるでパンパンガールみたいだ、と激怒する。
妹はだれのためでもなく、自分の隠れたおしゃれとして派手なスリップを着けていたにちがいない。
妹は兄の激怒のなかに、男の獣性をかぎつけて、出て行き、しばらくして妊娠したあげく自殺した。
と、ここまでは反省する兄の推論。
私は妹の転落にもっと強烈な動機があるのではないかと推測する。
妹は兄には内緒で肌を許している相手がいたのではないか。
そして、しゃれた下着のムードに酔ってしまい、男を欲したのではないか。


『夜の巣』

2010年6月24日 読書
樹下太郎の『夜の巣』を読んだ。1962年。書き下ろし長編。
静かなバー「真珠貝」の定連、木之内覚は店の前で女性から紙包みを渡される。彼女も真珠貝の定連で、2人は名前も素性も知らないが、ただ顔を見知っている程度の間柄だった。女は耳の大きな男に追われており、とっさに木之内に包みをあずけたのだ。
木之内は家に帰って包みの中味を確かめると、なんと札束が入っていた。
1週間後に真珠貝で女に返す約束はしているが、木之内は札束を自分のものにしようという誘惑に勝てなかった。
そして、札束を預けた女が、遊園地で死体となって発見される。
「著者のことば」の中に、「私の従来の作品にはムードに流れすぎるという欠点があった。この作品では極力それを押えようとつとめたのだが、果して成功しているかどうか」と書いてある。
樹下太郎作品では夫婦といえば必ず裏切りの不安がつきまとうが、この作品も例外ではない。こんな文章があった。

青空を仰いだ。
物干竿に、さだ恵(妻)の巨大なズロースがひるがえっていた。
左登子(愛人)のパンティにはレースがついていて、刺繍がほどこされていた。

そりゃ、裏切る気にもなろうというものだ。
その他、「いないよりはまし」扱いされる女が出てきたり、浮気相手の妻に情事の現場に踏み込まれて足蹴にされたことを恨んで殺害計画をたてる女の怨念が描かれていたり、男女の愛憎がこれでもかと暴かれる。
札束の争奪戦になるのかと思いきや、意外と殺害者をはじめ、登場人物たちは札束に執着しない。金がほしくて行動したわけではない、という信念があったり、うっかり札束を取って、そこから足がつくんじゃないか、とおそれる小市民的恐怖にとらわれているのだ。
著者が言うように、ここにはとびきりの悪人が登場するのではなく、主人公たちは誰もが平凡な人たちなのだ。

樹下太郎の『目撃者なし ホワイトカラー殺人事件』を読んだ。1961年
ネタバレするので要注意。
本の裏表紙に書いてあるあらすじからまとめると、こんな話。
水品尚策はサラリーマンの生活を愛していた。
美しい新妻しのぶとともに、世間並みの、ささやかではあるが平安な人生を送ろうとひたむきな努力を続けていた。
しかし、ある日、妻しのぶが自動車にはねられたことによって、一切が狂いはじめる。
妻の傷は幸い軽くすんだが、妻はなぜそんな時刻に、そんな場所にいたのか。
理由を聞こうとしたら、妻は「十日間待って」の電話を残して姿を消してしまう。
彼女の愛は偽りだったのか?
そして彼が10日めに見たものは?
と、いうサスペンスものみたいな筋書きだが、これがまあ、面白かった。
主人公のサラリーマンが汲々と保身に走る姿は一種異様である。
合理化の波で、ムダを排除し、新しい機械やシステムを導入することに対して、主人公は恐怖を示す。字がきれいに書けることや、そろばんの能力には自信があるが、さて新システム導入の話になると、その責任者になり、まかされることを極端におそれるのだ。
絶対に失敗などせずボロを出さずにサラリーマンで在り続けることに、主人公は異様な熱情を抱いている。
あらすじだけ読むと、平穏な生活に亀裂が入ったような印象を与えるが、ことの真相が明らかになると、最初から平穏とはほど遠い、恐ろしい亀裂の上で日々を過ごしてきたことがわかる。
実は主人公は学歴を詐称してあこがれのサラリーマンになっていた。
幼な馴染みの会社員がはずみで人を殺してしまい、その死体の隠匿に手を貸したところから、その秘密をネタに、社員として雇ってもらっていたのだ。
殺された男を愛していた女は、事の真相を探るため、重要容疑者の勤める会社の一員たる主人公に接触を試み、結婚までした。主人公の妻しのぶは愛する人の行方、ひいてはだれが殺したのかを探るために主人公と交際していたのだ。
妻が10日後に夫の前に戻ってからはどんでん返しの連続で、死体がまた増えて行くことになる。本書は夫と妻がそれぞれの視点で順番に事件を描いているが、それがうまく活かされている。
樹下太郎といえば、推理小説とサラリーマン小説との区別がつかない作品を多く書いた人、という感想がよくなされるが、僕が今まで読んだ本に関しては、初期作品から読んでいるせいか、純然たる推理小説ばかりだ。

『砂の中の顔』

2010年6月22日 読書
下村明の『砂の中の顔』を読んだ。1960年。
ネタバレするので、読みたい人は、まず読んでから。
以下、目次。

捕虜の歌
野性の熊
司令部通報
死の翳
黒い手の主
手紙
復員祭
死は繰返す
消えた彼
招かぬ客
架空の情事
青い獣
白雨
火唇
落人祭
砂の中の顔
ひとつの断層
時間の詐術
天国の門
復活
夜更けの知人
死を呼ぶ仲間
疑惑の影
死者と伝票
頭文字
中と外
血の湖
花とY
仮面
平凡な終章
五瓶高彦軍曹が終戦直後から復員して帰国し、別府で職を得るまでに起こる3つの事件を描いている。事件はそれぞれ別々だが、最初の事件で無実の罪で死んだ男の身内が次の事件の容疑者になったり、最初の事件で死んだと思われていた真犯人が最後の事件で復活して、最初の事件の真相をネタにゆすられていた、とか、多少の関連はある。
まず終戦直後、中国で起こった看護婦長殺害事件。
婦長は自分が殺されるかもしれない、と不安を抱いていた。
ある兵士が味方の兵士を殺した瞬間を目撃していたのだ。
生前、婦長はその兵士の名を明かさず、わずかな手がかりは、殺害者がゴボウ剣をさげていた、ということだけ。
婦長の死体を発見した男に嫌疑がかかり、逮捕に抵抗したため、銃殺されてしまう。
真犯人は別にいたのだ。
スポーツをしていて体力もあった婦長を殺すことができたのは、その締め技から柔道の使い手と見抜かれ、ある下士官が犯人として浮かび上がる。
味方の兵士を殺したとき、この下士官はまだ昇進していなかったので、軍刀でなくゴボウ剣をさげていたのだ。

復員後、田舎で起こった「千姫」とあだなをもつ女性殺害事件。
砂丘に顔を突っ込んだ形で死体が発見された。これがタイトルの「砂の中の顔」だ。
千姫と結婚の約束をした男も殺される。
その日は落人祭で、村人はみんな頭巾をかぶって祭用の衣裳を着ていた。
発見されないと思われていた凶器は頭巾に砂をつめて鈍器にしたものだった。
また、時計を30分遅らせることで、アリバイも作っていた。
だが、なぜ二人は殺されなければならなかったのか。
実は殺された二人は、血のつながりのある兄妹だったのだ。
それを知る二人の父親が、血の悲劇を知る前に天国に送ってやろうとして、殺害したのだ。

オキシフルを注射して自殺したと思われていた男。
いつもはゼドリンやヒロポンを1日に2本打っていたが(この頃、市販の覚醒剤には他にホスピタン、アゴチン、ネオアゴチンなどあったらしい)、その中味をオキシフルにすりかえられていたのだ。
捜査をすすめるうちに浮かび上がる頭文字「T」「Y」と、さらに殺された女が残した「花」の文字。
実は、大陸で婦長を殺した犯人が今は「花房」と名乗り、パチンコ店「ヤング」を経営していた。殺された男は花房を強請っており、事件の真相を知る高彦(T)があらわれたことを告げていた。

この物語で描かれる世代は、例外なく暗い青春を送っており、それは大正末期に生を享けて、狂った時代に人生の開花期を迎えた、戦後の二十代すべての不幸であった。それを吐露した部分があるので、引用しておこう。

彼らの記憶は、楠正成のメンコや、乃木大将の絵本にはじまる。日の丸、桜、菊の花、そういった神国日本的な雰囲気に包まれて、彼らの大和魂は、申し分なく発育した。木口小平や、一太郎やーいの軍国美談に胸躍らせ、やがて、彼ら自身も壮丁となり、単発の歩兵銃を担って祖国を立った。送る者は、無事を祈る千人針を渡しながら、一方では「お国のために立派に死ね」と、わけのわからぬ歓呼を送った。
訳はわからないが、世界中が敵だということで、事実その通りだから、悲壮感はたっぷりあった。彼らは勇み立ってよその国に上陸した。こっちが泥棒であることは棚に上げ、もっぱら相手を泥棒と決め込んで、天皇陛下万才を連呼し、万国無比と称する自殺的な肉迫攻撃をいたる所で繰り返した。蚊や蠅の命より簡単に、そのたびに、無数の青春が砲火に散った。
そして生き残った青春が、丸腰の捕虜となって本国に送り還された。ここでも、新しい戦場が、彼らを待っていた。戦況は、これまでに経験したどの戦場よりも悪かった。彼らは武器も食糧も持ち合わせず、歴戦の敵を相手に、いきなり素手で闘わされる羽目になった。平和の戦場は泥んこで、彼らの敵はゲリラのように執拗だった。

『不眠都市』

2010年6月17日 読書
樹下太郎の『不眠都市』を読んだ。1962年。
都市の物語を「周辺」「片隅」「裏街」の3つに大きくわけて描いている。

周辺
「殺害翌日」
夫のいないあいだに殺害した死体をなんとかこっそり埋めて隠そうとする女。
死体はなんと、犬だった。

「無分別」
虚栄心の強い女は不本意な相手との間に身ごもったことを隠すため、それ相応の相手をハントして、その相手と無理心中をしようとする。
すきま風を感じていた恰好の相手を見つけて心中しようとしたが、男は睡眠薬を吐き出し、眠りこける女を見て、何かおかしいと悟って、逃げてしまう。
そこにあらわれた、もともとの「不本意な相手」。女が寝ているのをいいことに同衾するが、女があらかじめセットしておいた練炭中毒の罠にかかって、女と共に死への旅へ。

「死体挿話」
ひょんなところで発見した死体が、かつての上官に似ていたことから暴露される人間関係。
発見者の妻はその上官に強姦され、そのときの子供が甥という名目で紹介されていたのだ。
発見者が甥のことをどうしても好きになれなかったのは、上官に似ていたからだった。

片隅
「夜の噴水」
妻はバリバリ働いて会社の実権を握るまでになり、仕事の疲れで夫の相手もできない。
夫の方はホステスに愛情の飢えを癒してもらおうとするが、結局はホステスも金目当てでしかなかった。
娘がチンピラと結ばれようとしているのを止めようとしても、チンピラにもすっかりなめられてしまって聞く耳もたない。
おまけに何度か命までこのチンピラに狙われていたのだ。

「嫌いな町」
いままでよりもっとましな生活をしたいと切望する女。
内職のかたわら、インスタント2号になって、別の場所に連れて行ってくれることを期待するが、男は人事異動でもう通ってこれなくなった。
女はそれでも決然とこの町から出て行くことを実行する。

「冬の人びと」
男を突き落として殺した、と女に容疑がかかった。
男はもうひとりの女とのあいだで三角関係を築いていたのだが、もうひとりの女にあっさりふられて、自殺したのだ。
女こそ本当は自分を突き落としたいのだろうな、と感じながら。

裏街
「昨夜のつづき」
拐帯の嫌疑をかけられている兄が失踪した。
兄の腕時計をはめている男を発見し、兄の生死を気遣う妹。
なんのことはない。やっぱり兄は金をくすねて隠れていただけだった。

「孤独な脚」
ビッコのため、結婚相手からも逃げられた男。
やっと相手が見つかったと思ったら、彼女は完全な娼婦だった。
『どうしたの?お兄さん、お金持ってるんでしょう。なにぐずぐずしてんのよ。あたいはビッコだからって余計もらったりしないんだよ』

「秋の雨」
渋谷に出てきて、大金入りのカバンを盗まれた男。
青年にだまされて金まで盗まれた女。
男は女を助けるが、女は再会した青年に再びだまされる。

「結婚して」
妻子もちの男性を好きになってしまった女。
ついに妻に直談判に行こうとする女。
実は結婚を迫られるのがいやで、嘘をついていた独身男性であった。

水木しげるの『屁のような人生』を読んだ。
生誕88年記念出版。
以下、目次
第1章 テーノーと呼ばれて 落第生の頃
第2章 軍隊はコッケイなところだった 二等兵の頃
第3章 金がないから散歩ばかりしていた 紙芝居の頃
第4章 ふくふくまんじゅうが生き甲斐だった 貸本漫画の頃
 幽霊一家 墓場の鬼太郎
 悪魔くん 蛙男の謎
 河童の三平(抄)
 鬼軍曹
 鬼軍曹 ちょいとスリル
第5章 奇妙な人がやけに多かった 「ガロ」の頃
 丸い輪の世界
 ハト
第6章 妖怪イソガシに追い回されて 「マガジン」「サンデー」の頃
 テレビくん
 墓場の鬼太郎 おばけナイター
 河童の三平 幽霊の手
第7章 漫画はオモチロくなければイカン 青年漫画の頃
 百点鬼 魔女花子のいじわるな一針(草稿)
 一陣の風
 イースター島奇談
第8章 妖怪サンに描かされているんです 画業60年をこえて
第9章 お化けを追いかけてシアワセになった 「怪-kwai-」とともに
第10章 幸福は80を過ぎてからです 家族とともに、妖怪とともに
 花町ケンカ大将
 落第王
 余生
参考資料 水木しげる年譜と昭和史
あとがき
(エッセイ 水木しげるの思ひで語り)
(あの頃の水木しげる 武良宗平、武良幸夫、武良布枝、桜井昌一、村澤昌夫、荒俣宏、京極夏彦、水木えつこ) 

この本の中で水木しげるは、たいていの病気はスイミンでなおる、と書いていて、僕はそれを藁にもすがるつもりで、睡眠を極力長くして、体調の復帰を待つ。            

『乱歩の軌跡』

2010年6月12日 読書
5月末からずっと体調が悪い。
今日は銭ゲバでイベントがあったのだが、どうしても寝床から出ることが出来なかった。
のどが渇いているのに体を起こすことも出来ず、このまま死んでしまうんじゃないか、とあやぶんだほどだ。
と、いうわけで、かろうじて読み終えた本だけを書いておこう。
『乱歩の軌跡』平井隆太郎
江戸川乱歩全集の月報に連載された文章に該当する『貼雑年譜』のページや写真等を配したもの。
以下、目次。

平井隆太郎先生と「貼雑年譜」/戸川安宣
1.貼雑帖事始
2.支那密航
3.帝国少年新聞
4.オルレアンの少女
5.加藤洋行
6.鳥羽造船所
7.社内報「日和」
8.続「日和」
9.学問ノ夢
10.三人書房
11.「東京パック」編輯長
12.智的小説刊行会
13.レコード音楽会
14.日本工人倶楽部
15.「二銭銅貨」
16.初めての原稿料
17.「心理試験」朗読
18.神楽坂時代
19.筑陽館
20.閑静美室交通至便
21.身辺多事
22.終の栖
23.怪人二十面相
24.続貼雑帖
あとがきに代えて
解説/浜田雄介
江戸川乱歩自筆年譜

佐野洋の『ミステリーとの半世紀』を読んだ。
佐野洋の作品、評論はかなりの数を読んでいるはずだが、その作品数はまだまだ多い。文章がすらすらと読みやすいのは、論理の持って行き方がスムーズで面白いせいでもあろうかと思う。
以下、目次。
数学・天文学・探偵小説
隠れファン
旧制一高とミステリー
趣味は探偵小説
札幌中央署のソファー
新聞記事とミステリー
三十歳までには…
札幌で出会った短編
だらしない奴
Dノート
『銅婚式』入選
怪物・江戸川乱歩
『銅婚式』の批評
乱歩さんとのこと(一)
乱歩さんとのこと(二)
乱歩さんとのこと(三)
乱歩さんとのこと(四)
三好徹さんとの出会い
新聞社を依願退職
探偵作家クラブ
他殺クラブの発足
他殺クラブの活動
推理作家協会への改組
三好徹さんの災難
三好徹さんの戦い
「推理小説特集」の初め
協会賞受賞のころ
冷や汗二題
『虚無への供物』及び講演旅行
乱歩さんの死
乱歩さんとのやりとり
長編と短編
生島治郎さんのこと
推理作家協会賞 よもやま話
協会理事長としての松本清張さん
寄り道(小説の題材)
理事長就任のころ
原稿料問題
協会書記局の移転
ミステリーの難しさ
シリーズ小説の裏側1
シリーズ小説の裏側2
協会賞の各部門
ミステリーと映像
作家のテレビ出演
論争あれこれ
ちょっとした自慢話
森村誠一さんの怒り
夏樹静子さんの知的好奇心
都筑さんとの「名探偵論争」
事件の論評
最終回にあたって

全体として非常に面白い本だったが、なかでも、書き留めておきたいことがいくつかあったので、ここでご紹介。

(ペンネームの由来)
最初、ミステリーをもじって「御洲輝夫」を考えたが却下。
新聞社の先輩「佐藤清彦」、同期の「平野」、総局長のご長男の「洋」それぞれからとった名前「佐野洋」が出来上がった。
まるで「サノヨイヨイ」みたいだという奥さんの言葉に「いいんだよ、その方が、覚えてもらい易いから」と、言っているうちに、ひらめいたことがあった。
「それに、小説を書いていることがばれた場合に『社の用』もちゃんとするつもりでつけたペンネームだと言えるから」

(生島治郎のペンネームについて)
本名の小泉太郎「KOIZUMI TARO」にUをつけ加えて「IKUJIMA TORU」とアナグラムし、既に三好徹が「トオル」を使っていたので、名前は「JIRO」にした。

(推理作家協会賞受賞の『華麗なる醜聞』について)
題名の「華麗なる」は、本人は「華やかな」にしたかったが、編集長の伊賀氏のすすめで「華麗なる」にした。
評者の大井氏は「もっとスマートな題のつけかたはなかったかと思うね」と評した。
佐野洋の作品で、文語体の題名をつけたのは、これだけだ、とのことである。

最初に書いたように、佐野洋の本は何冊も読んでいるはずなのに、なぜかすべて忘れてしまっている。近いうちに佐野洋を集中的に読んで、なんとかザル脳にきざんでおきたい。

『夜の挨拶』

2010年6月10日 読書
樹下太郎の『夜の挨拶』を読んだ。1960年
第1章 新製品委員会
第2章 夫の会社
第3章 聴取
第4章 傾城
第5章 二人目の死
第6章 夜の挨拶

岡田鯱彦の『幽溟荘の殺人』を読んだ。1955年
読者へ挑戦も入ったカー的趣向満載の本格。
クライマックスでの二転三転にはもじどおり腰を抜かしそうになった。
「死者は語るか」はダイイングメッセージもので、なぜラジオは処分されたのか、などの手がかりの出し方は泡坂妻夫級。

「幽溟荘の殺人」
1.美しい阿佐緒夫人
2.幻影の恐喝
3.恐るべき陥穽
4.名探偵の定義
5.第一の犠牲
6.半開きの裏木戸
7.夫人のアリバイ
8.意外な急展回
9.殺人第二号
10.毒コーヒー事件
11.美しい死顔
12.悪魔の使い
13.生きた証人
14.動かし難い物的証拠
「死者は語るか」
1.美しい姉の死
2.夫婦の生活とは?
3.官能的な魅力
4.誰かに殺される?
5.怪しい事実
6.解剖の結果
7.探索Ⅰ小沢乙彦
8.探索Ⅱ花田實
9.探索Ⅲ飯島・佐久良・萩村
10.探索Ⅳ湯の湖の宿
11.恐るべき殺人方法
12.『手の輪』の秘密

『落葉の柩』

2010年6月7日 読書
樹下太郎の『落葉の柩』を読んだ。1960年
第1章 斜面の宿
第2章 挫折の日
第3章 強くあれ
第4章 落葉の屍
第5章 被脅迫者
第6章 屍の手帖
第7章 大願成就

『愛する人』

2010年6月3日 読書
樹下太郎の『愛する人』を読んだ。1961年
黄昏れよとまれ
真夏の女
孤独な脱走者
雪空に花火を
残暑
日付けのない遺書

『最後の人』

2010年6月2日 読書
樹下太郎の『最後の人』を読んだ。1959年
第1章 白いもやの奥
第2章 灰いろの夜の底
第3章 おそらくは黒い手帖
第4章 金いろのまひるの花
第5章 銀いろの砂

岡田鯱彦の『噴火口上の殺人』を読んだ。1958年。
「噴火口上の殺人」
「地獄から来た女」
1.彼の殺した女
2.二年前の犯罪
3.わたしは誰?
4.殺人の機会
5.復讐の誓い

「毒唇」
1.逢いびきの男女
2.奇妙な夫婦生活
3.女中お絹
4.自殺か他殺か
5.女の怪気焔
6.人形は語らず

「死の湖畔」
1.気にかかる男女
2.男の語る死の真相
3.女中の語る裏の真相
4.エピローグ

「偽装強盗殺人事件」
1.妻を殺しに
2.四頭身の怪物
3.殺人の遂行
4.闇の中に

「巧弁」
1.霧の湖上
2.旦那と知って
3.十年間の辛酸
4.一生の手柄話
5.こわれた珠

「目撃者」
1.彼女は殺される
2.用意の拳銃
3.一つの林檎、一本のナイフ
4.驚かないでね
5.真相

「愛(イロス)の殺人」
1.犯罪の場
2.醜貌の人
3.第一の犠牲
4.チンピラ女優の疑義
5.佐世画伯の偽証
6.第二の犠牲
7.第三の犠牲
8.血をふく額
9.「怪人荘」へ
10.今夜、仏浦へ
11.第四の犠牲
12.魔物の正体
13.殺人者の告白

長谷部史親の『欧米推理小説翻訳史』を読んだ。
『翻訳の世界』に1989年から1992年に連載された部分に加筆、書き下ろしを加えたもの。
以下、目次。

アガサ・クリスティー
S・S・ヴァン・ダイン
ジョンストン・マッカレー
R・オースチン・フリーマン
ガストン・ルルー
フリーマン・ウィルス・クロフツ
フランス推理小説の怪人たち
J・S・フレッチャー
アルフレッド・マシャール
草創期の短篇作家たち
モーリス・ルブラン
エドガー・ウォーレス
ドイツ文化圏の作家たち
ディクスン・カー
G・K・チェスタトン

僕の今いちばんの興味は、綾辻ら新本格登場以前の探偵小説にある。
その振幅が強すぎて、戦前あたりの作品などが一番面白く思えてしまう状態だ。
もっとも、こういう傾向は幼い頃からずっとあったようだ。
中学の頃は偕成社のジュニア探偵小説シリーズを求めて遠くの本屋に行ったし、大学時代に選んだミステリーベスト10には、カミの名前が入っていたりした。
で、こういう本を読むと、今ではまったく流通していない作品がめちゃくちゃ面白そうに見えて困るのである。
ガストン・ルルーのルレタビーユ叢書とか(『ロシア陰謀団』『娘ナターシャ』『悪鬼の窟』『水中の密室』『都市覆滅機』)、地下鉄サムの全4冊本とか、ポンソン・デュ・テライユのロカンボール・シリーズ『遺産二千万』とか、春夢楼主人の『ジゴマ芸者』とか、フレッチャーの『謎の函』、マシャールの『鎖の環』とか、オーモニアの『暗い廊下』とか、セクストン・ブレーク譚『秘密の函』とか。
「ジゴマ」が教育上よろしくないというので、検閲が入ったことについて、作者はこう書いている。

たとえばポルノからマルチ商法に至るまで、とにかく「お上」に取り締まってもらわないかぎり収拾がつかないという日本民衆の精神構造、もしくは近代市民としての未成熟ぶりが、80年前も今も殆ど変わっていないことを示す一例と見ることもできよう。

本書が書かれた20年前から、多少状況は変わっている。
ディクスンカーの項でカーの不遇を解説した後、「今後カーの作品が新刊書店の店頭を賑わすようになるとは到底考えられない」とあるが、実際は未訳作品が次々と翻訳されていったことはご承知のとおり。
いい時代だ。
北町一郎の『探偵大いに笑う』を読んだ。1958年。
ユーモアミステリー集。
陰惨な事件はないけど、人間の醜い部分から事件が発生しているものもある。
でも、多くは真相が狂言だったり、売名行為だったりして、とりかえしのつかない事態にはなっていないものが多い。犯罪を扱っているが、人情話も多くて、そういう意味では第8話みたいな、時代小説が作者の資質にはあっているんじゃないか、と思えた。
名探偵の名前は樽見樽平。第9話では「いくら語呂があうからって、樽見樽平なんて、あんな名前をつけた親の気が知れないわ」と秘書の矢木洋子が言っている。

まず、目次の順で、簡単なメモ。
第1話 マネキン刺殺事件
 ミス・ミス子/探偵樽見樽平/銀座の殺人/マダム・サユリ/アパートの声/ミス・チグサ
第2話 令嬢失踪事件
 銀座のカメラ/黒い冷たい目/令嬢失踪/華族の家/憲法と自由
第3話 樽平探偵ノート
 1、三人の秘密
 2、恋は色盲
 3、犯人はおれだ
 4、白い粉
第4話 死刑囚脱走
 垣を越える男/学生寮/婦人警察官/疑惑の女/探偵の内職/フクちゃん出張/母と子と愛
第5話 樽平探偵コント集
 1、新婚幽霊屋敷
 2、新聞広告
 3、集団見合
 4、火の舌
 5、胃痛患者
第6話 疑問の乳房
第7話 殺人株式会社
 闇に消えた女/東京探偵局/危機一髪/銀座のお俊/私はねらわれている/殺人株式会社/桃色社長/殺人/犯人はあなただ/次の縁談
第8話 恋の名月
 国のとっぱずれ/銚子で見る月/一足おそかった/竹二郎の行状/黒潮娘の恋/疑問の手紙の筆跡/今月今夜のこの月を
第9話 探偵売り出す
 ドライブコース/箱根の惨劇/ホテルの客/樽見樽平/ちょっとした手続/危機一髪/ABCの謎/冷蔵人間/裸体問答
第10話 泥棒劇場
 危機/旗あげ興行/暗雲/強盗の嫌疑/曇後晴
第11話 銀貨と宝石
 旧友/訪ねる家/キス・ミー・ショウ/銀貨うらない/ドラムの秘密

1、デザイナーとしての評判をねたんで、マネキン刺して罪をなすりつけようとする。
2、死んだはずの令嬢が歩いていた、というショッキングな話は、映画女優として売り出すための売名行為だった。
3、血なまぐさい戦闘シーンかと思いきや、実は野球の話だったり、殺人の話かと思いきや手術の話だったり。赤色が異常に好きな女性をおかしいとおもってたら、窓硝子の色でみんな赤く見えていただけだったり、逃げる犯人の包囲網かと思いきや伝染病の感染経路の話だったり、酒を作る粉と称するものを買ってしまう詐欺の話とか。
4、これはちょっと興味深い話だった。
囚人が脱走したが、まあ凶悪な囚人ならいざ知らず、模範囚もひとり脱獄していた。
なぜ、彼は脱獄したのか、というのがこの物語の謎。
真相は、その囚人は家族にひとめ会っておきたくて、脱獄したのだ。
他の脱走囚に、「今度刑法が改正になって、ギャングをやった奴は、服役中でもみんな死刑になる」と嘘の情報をふきこまれたのだ。模範囚だった彼も「どうせ殺されるんなら、逃げよう」という唆しに乗ってしまったのだ。
どうせ死刑になるんだ、と思ってしまったら、たしかに、ひとり殺すのも二人殺すのも一緒だ、という気になっちゃうのと似ているかな。
5、樽見探偵が書いた短いミステリー集。
幽霊屋敷だと思ったら、天井を這う青大将と、土管にいた食用蛙だった。
お金を受け渡しする新聞広告につられて喫茶店に集まる人々。宣伝効果。
集団見合いなるものをのぞいてみようという申し合わせが、実は見合いは自分たち。
放火は牛の小便が生石灰にあって自然発火。
胃痛が食塩水の注射でなおったと知らされた探偵。胃痛になったら「食塩水を注射してください」と乞うようになる。
6、風呂で見た娘の乳房は、男を知った女のようになっていた。職場で扱う薬品に女性ホルモンが多量に含まれていたのだ。
7、「助けて!」の悲鳴とともに行方不明になったミッちゃんを捜す綿貫堅造。
綿貫は終戦後のドサクサに倉庫を襲撃した罪で刑務所に入っていた過去がある。
殺伐とした世相(線路で轢死した上山事件など。「上山」だよ!)の中、必殺仕置人みたいな「殺人株式会社」の噂もたっていた。
犯人は倉庫を襲った綿貫のかつての仲間。
鉄道でのアリバイを主張するが、列車宛てにうった電報を受取っていないことがバレてアリバイやぶれる。
8、樽見執筆による立花右近を主人公とした「印籠右近捕物帳」からの時代推理。
横恋慕した男の偽手紙による陰謀と、バクチ仲間が身代金目当てに誘拐、軟禁した事件。
9、一本道で消えた自動車。
道をそれて断崖から落ちていた。
国際密輸団の陰謀を明かそうとしたが、罠にはまったのだ。
10、刑務所を出てよるべのない者や、家に帰れない事情のある者を預かって自力更生のきっかけを作る団体が劇団を作って、旗揚げ興行することになった。
地元のヤクザが興行権がどうの、とねじこんできたり、近くで起きた事件に劇団が関係してるんじゃないか、と思われたり。
人情話じゃありませんか!
11、宝石泥棒がレビュー楽団内にいると知って、楽団に入る。
宝石は、音の響きの悪いドラムの中にあった。
銀貨占い(インチキ)もストーリーにからんでくる。

『海底散歩者』

2010年5月17日 読書
渡辺啓助の『海底散歩者』を読んだ。1959年。
「海底散歩者」
 渡辺啓助お得意の「海底」もの。水着きた女性の描写など、非常にモダンな感じで、つい最近のアニメ「RD」などを想起した。現代的な娘みずほと成井教授2つの話が収められている。
第1話 ヴィナスと宝石
 行方不明の姉夫婦を捜す天宮みずほと、それに振り回される形で手助けする成井教授。
 沈没した英国船内で姉夫婦の死体が発見される。
 事件は、宝石類の隠匿品に絡んでいた。
第2話 女体
 ウンコ、オナラ、ゲロなどのジョーク玩具を作る男が失踪した。
 事の真相はやはり大人向けの玩具たる、精巧にできたダッチワイフに絡んでいた。

「密室」
1.雨の夜
2.白豚(ホワイトピッグ)
3.怪しいランプ
4.露台から覗く
5.警部補の解釈
6.静かなプール

雨にうたれて弱った捨て猫を傘で突いて殺すシーンから本作ははじまる。
ウヒャー!
生きてるんだか死んでるんだかあやふやな中途半端なのが嫌い、とか言う理由で。
どうせ今助けてもすぐに死んでしまうから、ここで殺してしまった方がいい、と言い訳しながら。
まあ、そのシーンが事件とどう関わってくるかは別として、強烈な印象を残した。
本作は、密室殺人が起きるが、乱歩の長編にでも出てきそうなトリックがまず推理される。
(事件の前後に運ばれたタンスの中に犯人は隠れていた、という悪魔の紋章的トリック)
ところが、真相は、スリが日常行なっているような、三味線の糸を使ってカギをあける、というきわめてミステリらしくないものだった。
一種の本格推理、密室ものへのアンチとして発想された内容になっていた。
ただ、現実に立脚しているからといって、それがミステリとして面白いかどうかと言えば話は別だ。
トリック云々よりも、子猫を平気で殺してしまうような人間を出すことで、人殺しにもリアリティーがうんと増して迫力満点。

「クムラン洞窟」
ユダの福音書、死海写本が発見されたのがクムラン洞窟。
キリスト教考古学と、贋物、という、今なら国際的な陰謀に発展する一大エンタテインメントの題材だが、さすが、渡辺啓助。一種の学園ものにおさめている。
純粋培養でキリスト教を素朴に信じ込んでいる女性教師を、「ユダは裏切り者ではない」という説をまくしたてて、ぺっちゃんこにしてしまった学生時代の思い出。
それを出発点にして、長じて起こる事件。

甲賀三郎全集第5巻『琥珀のパイプ』を読んだ。
荒野の秘密(昭和6年)
三人の競売/最後の一人/悪夢/破滅とは/意外の訪問者/見覚えのある顔/昔の愛人?/母と子/未だ見ぬ伯父/山田村/狂った父/意外な要求/老いたる看護人/医師の来訪/墓場の脅迫/救いを求める/お力婆の話/母も一緒に/須田男爵/何の用?/消え失せた三人/月が沈んだら/恐ろしい告白/父の憤怒/忘れられぬ約束/女の忍び泣き/後門の狼/潜んでいた男/繁の通信/私は知っています/あの女の息子!/男爵の呪い/ほ、本当です/博徒の源公/繁の決心/父の悔悟/銃声/同じ目的/最後の告白/狂う男爵/証拠の短刀/晴天白日/四人目の競売者

とくに何もなさそうな荒れ野に隠された秘密。
と、言えばもうお察しのとおり、宝か死体が隠されているってことなのだが、必死で手に入れて証拠湮滅をはかる登場人物もラストあたりでは人間としてのまっとうな道を進もうとする。
まあ、結局殺したと思ってた奴は生きてたんですけど。

「死頭蛾の恐怖」(昭和10年)
奇怪な広告/私立探偵/昆虫飼育場/追憶/眼のない蛇/守袋/お願いが!/目的は?/赤死病/好敵手/初霜/アパート異変/死の手紙/誘拐/闇を衝いて/非常警戒/蛇の執念/赤死病蔓延/昆虫学者の秘密/運転手追及/敵か味方か/女の素性/法網を潜る/凱歌

学者が生物を巨大化することに成功。そのおかげで取るに足りない小さな熱帯の毒グモが猛毒をもつようになる。
で、タイトルにもなったドクロ模様の蛾は恐怖の象徴みたいなもので、実際には毒もなければ、害を及ぼすものでもない。まさに濡れ衣「ちょっ、俺、何もやってない!」
作中、こんなやりとりがある。

「そうして、それは何という恐ろしい運命だったのでしょう。豊は寒さと飢えで瀕死の状態になって、熊次の家の前に行き倒れたのでした」
「全く偶然だったのですか」
獅子内は驚き怪しみながら訊き返した。
「ええ、全く偶然でございます」
「妙な廻り合せですなア」
「全く神様の悪戯としか思われません」

登場人物までもが怪しむくらいに、甲賀三郎の作品には、偶然が爆発しているものが多い。
甲賀三郎の作品をいくつか続けて読んでみて思った特徴は、この「炸裂する偶然の嵐」と、「血管ぶちきれる複雑さ」である。

「悪戯」(大正15年)
将棋しててカッとなり、相手を殺して埋めてしまった男。
将棋の駒「角」と「歩」が足りない。
きっと持ち駒として手に握ってたのを気づかずに一緒に埋めてしまったんだ!
「歩」と「角」だけに、こいつア、不覚をとったわい!
掘り返したが、死体は駒を持っていない。
もうおしまいだ!と思って駒を並べてみると、あれ?全部揃ってる。
ところが、いざ将棋を指そうとしたら、なんとなんと、やっぱり歩と角が足りない!
呪いか?狂ったか?「歩」と「角」だけに、深く精神にダメージ受けた!
実は、イタズラで駒を隠されただけだったのだが、あまりのショックで犯行を暴露してしまったのでありました。

「古名刺奇譚」(大正15年)
列車の中でたまたま席が向いになった女性は、ぽろりと落とした名刺を見て、顔色変える。
その名刺は、以前旅行で列車に乗ったときに、偶然同席した見知らぬ乗客だった奥野という男とかわした名刺だったのだ。
主人公は女と途中下車して、アバンチュールを楽しもうとするが、入った宿で入浴中に、女はトンズラ!
ところが、最初乗ってた列車が脱線事故を起こしていた!途中下車のおかげで命は助かったが、途中下車の理由を説明できない!
家に帰ると、なんとすでに葬式の真っ最中。
妻はさっそく青木という男に言い寄られているではないか。
さて。
実は、列車で偶然一緒になった女は、奥野の妻だった。
女はある男の殺人現場に居合わせたのだが、夫の奥野は妻の犯行だと勘違いして、現場に残された証拠の類いを全部処分してしまう。そのせいで、奥野は犯人と目されて、服役中だったのだ。
無実の罪を晴らしたくても、アリバイを証明してくれるのは、見ずしらずの、列車でたまたま一緒になった男だけで、どこの誰ともわからない。って、このアリバイ証明する男って、主人公のことなんとちがうんか〜い!
女は奥野の名刺を見て、この主人公こそがアリバイを証明してくれる男だと思ったのだ。
そのことについて話そうとして途中下車を誘ったが、突然、自分の強引さに気がひけて、宿を後にした。で、女が主人公の家に行ってみると、なんと、殺人犯人の青木がいるではないか!
どれだけ、偶然が重なっとるねん!

「琥珀のパイプ」(大正13年)
甲賀三郎というと、理化学的トリックという中島河太郎あたりが広めたイメージが読む前から定着していたが、その代表的な作品はこれじゃないだろうか。
事の真相は複雑なので、またパワーがあるときにでも、追ってみるとするか。
ここでは、トリックの部分を大公開ランドスケープ。

「私達が最初に火を発見した時、砂糖の焦げる臭を嗅いだのです。所で現場を調べてみると、大きな硝子製の砂糖壷があって壊れた底に炭がついている。つまり私の考えでは、この塩酸加里が硫酸によって分解せられて、過酸化塩素を生ずる性質を利用して放火したのではないかと思うのです」
「直径1センチの硝子管、丁度この破片位の硝子管をU字形にまげて、一端を閉じ、傾けながら他の一端から徐々に水銀を入れて、閉じた方の管全部を水銀で充たします。そうして再びU字管をもとの位置に戻しますと、水銀柱は少しく下ります。もし両端とも開いておれば水銀柱は左右相等しい高さで静止する訳ですが、一端が閉じられているため、空気の圧力によって、水銀柱は一定の高さを保ち、左右の差が約760ミリあります。即ちこれが大気の圧力です。ですからもし大気の圧力が減ずれば水銀柱の高さは下るのは自明の理です。昨夜の2時頃は東京は正に低気圧の中心に入ったので(中略)」
「そこで開いた方の口の水銀の上へ少し許りの硫酸を充たして置けばどうでしょう。当然硫酸は溢れる訳です」

理化学的、たしかに。でも、思った以上に幼稚なトリックだったかな。
そうそう。暗号もあったよ!

「ニッケルの文鎮」(大正15年)
これも複雑な話。
ニッケルの文鎮で殴られて、先生が死んでいた。
先生の言により、高利貸しで嫌われものの清水が疑われる。
その頃、無電小僧と異名をとる泥棒が話題になっていた。
さて。
まず、トリックから。
先生は他殺でなく、自殺だった。
天井裏に仕掛けた電磁石で天井にニッケルの文鎮をくっつけておき、スイッチ切って頭に文鎮をぶつけたのだ。(ニッケルは磁石にくっつくのだ)
さて、複雑なストーリーをちょこっと追ってみよう。
先生はある素晴らしい研究をしていた。
その研究を嫌な男、清水が横取りした。
しかし、研究の内容がドイツ語で書かれていて読めないので、ドイツ語教師の古田を呼んで翻訳させていた。
高利貸しの清水をとっちめてやろう、と家に忍び込んだ、盗賊無電小僧。
清水宅にあった先生の研究の一部を盗み取る。
無電小僧騒ぎを利用して、古田は先生の研究をひとりじめしようとして、「また無電小僧に取られた」と狂言を演じる。
先生の研究をひとりじめしようとした無電小僧、自分と古田と清水と、三人で分けて所持している研究を一気に盗むため、清水のニセ手紙を書いて、三人を先生宅に集めようとする。
そんなときに起きた、先生の自殺。
先生としては、他殺にみせかけて、嫌な清水を容疑者にしてしっぺ返ししようとしていたのだ。(第2の遺言で、適度にこらしめた後、清水の冤罪を晴らそうとしていた)
先生宅には下村、内野の2人の書生がおり、先生事件のときは口論しており、事件のあった時刻には2人とも眠り込んでいた。
実は、下村は先生が雇った探偵で、ボディガードの名目だったが、真意は、清水をとっちめる役をやらせたかった。
実は、内野は無電小僧で、今回の事件でもトリック解明の際などのどさくさに、研究を盗もうとしていた。
実は、書生2人が口論していたので、小間使いは2人の飲む紅茶にカルモチンを入れて、眠らせていた。
ほんとに、こんな話だったのか?抜けてるところがこれでも多々あるし、適当にはしょってる部分もある。
なんちゅう複雑な話!あらすじ読むのと、本編読むのと、ほぼ同じ!


渡辺啓助の『足音が聞える』を読んだ。1959年。
「足音が聞える−放射能殺人事件−」
第1章 屋上の決闘/リリー天花嬢
第2章 今晩は/紺の婦人靴
第3章 日曜出勤者/夜の社長
第4章 東海村にて/歌う計数管
第5章 おとし穴/死神の予告
第6章 死の放射能/ボンソワールは誰?
第7章 死神の正体/さよなら、ボンソワール

「空家」
「悪魔の下車駅」
 誘惑ごっこ/賭ける女/木曜日の男/木曜日の女
「聖ジョン学院の悪魔」

甲賀三郎の随筆集『犯罪・探偵・人生』を読んだ。昭和9年。
以下、目次(旧漢字は新漢字にかえてます)
恐るべき犯罪
ヂウマのムシュウ・ジャッカル
探偵小説家の呪文
応用文学論
探偵小説と批評
偶然とは?
空似の恐怖
続空似の恐怖
食道楽
ハイデルベルク
随想二三
試験問題漏洩防止策
探偵小説眼に映ずる犯罪相
犯罪に対する恐怖と興味
顔を覚えない事
第六感の神秘
近代犯罪者の心理
犯罪技術の進歩
殺人鬼物語
 1、殺人鬼の分類
 2、殺人鬼の例
 3、真の殺人鬼
苦労性の独言
西洋笑話
勝負事と推理
犯罪と自動車
コナン・ドイルの事
探偵小説の二要素
探偵小説材料話
ピストルの話
迷信と犯罪
 長崎の幽霊堂/安平の石馬/台北の惨劇
殺人犯人の盲点
探偵小説にならない話
在る経験
二つの話
装身具
蚊には何故毒があるか
新聞紙に望む
勇猛果敢の脱獄
小賭博公許論
そんなことは嫌い
探偵時事
文芸作品に取り入れられた科学

「恐るべき犯罪」の項で、大阪市の灘萬ビルの怪事件が紹介されている。
「灘萬ビルは道頓堀の一角に立っている鉄筋コンクリートのビルヂングで、昼間は賑々しく営業をしているが、夜間一定の時間になると閉鎖して、少数の宿直員だけになって終う」
「犯罪は深夜に行なわれたが、宿直室には若い宿直員の惨殺死体が発見せられ、地下室には放火と思われる怪火が起り、更に屋上から隣家の低い家屋に向って、墜落したもう一人の宿直員の惨死体があった」
宿直員が仲間を殺して火をつけた後、屋上から逃げようとして死んだ、という筋道がなりたつが、死体を検視した医師の診断で、墜落した死体は、墜落前に致命傷を受けており、墜落時には既に死んでいたのがわかった。
この実話を思うに、鷲尾三郎の「歪んだ年輪」はこの事件にヒントを得たんじゃないか、と感じた。

また「新聞紙に望む」では、こんな文章がある。
「一体、我国民は当局者に対する同情の念が薄い。羨望や嫉妬が先になって、当局の身になったら、止むを得ないだろうと云う、当局者を思う念が少ない。この欠点が新聞紙に反映するのだろうが、新聞によると、どの内閣も、常に微力で、間違った事ばかりやっているような感を与え勝ちである」
「卑近な例を取ると、小学校で我が子が先生にぶたれたと云って、校長に捻ぢ込み、売子が不遜だと云っては、支配人に談じ込む。甚だしいに至っては、縁辺を頼って、上司から高圧的に処分させようと云うのがある。そう云う人に限って、当局者がどんなに苦心を拂っているかと云う事にお構いなしなのが多い」
昭和9年に出た本なのに、現代のことを言われているかのようだ。
日本人は当時から全く変わっていない、ということなんだろうな。

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