樹下太郎の『さがしている』を読んだ。1961年。
表題作の中編と、短編が収録されている。
ガーヴやシムノンに影響を受けた、と言ってた著者だが、ガーブ、シムノンを読んだあとでは、「なるほど、ガーヴだ。シムノンだ」と納得できるところが多々あった。
ガーヴやシムノンに比べて、文章が格段に読みやすいのは、樹下太郎の特色である。
今日も朝から警察に用事があって、いろいろと手続きした。
僕も全財産が入った財布と、極悪盗人を「さがしている」のだ。
順番に簡単なネタバレメモ。

「さがしている」
いなくなった
教えてくれ
あまり騒ぐな
寝ていたひと
とじこめられて

いなくなった恋人をさがす男。
恋人がコールガール組織の魔の手にかかった、と知って、救出に向う男。
住んでいるアパートが共同トイレで、便所の前に部屋は臭いがひどくて家賃が安い、とか時代を感じる。

「お墓に青い花を」
うっとうしくなってきた歌手志望の恋人を殺そうとして、遺書とみまがう歌詞の歌を提供する男。
いよいよ毒を飲まそうとしたとき、女は「歌詞は最後、こうやって覚えるの」と言って、自筆の歌詞カードをのみこんでしまった。
遺書がなくなり、殺害計画は中止。
でも、なぜか彼女はその歌がヒットして成功し、作詞家とくっついてしまう。
地団駄ふむ男。

「白い幻影」
自転車にのって、女性の腿を刺す通り魔事件が続出。
小柄で野球帽、制服を着ているので、こどものしわざと思われたが、実は、小柄なオッサンのしわざだった。
このオッサンは、昔にちょっと頭の弱い女がズロースをめくって見せた太ももの魅力に囚われており、こんな凶行に走っていたのだ。
妻はすぐに見抜き、犯人である夫をストリップに連れて行き、「ピチピチした女の裸が見たかったら、いくらでも、ストリップを見に行けばいい。そして、わたしを痛めつけて抱けばいい」という。でも、犯人の夫は、「あんな裸じゃなくて、ズロースをぴらっとめくって見せるエロチシズムがいいのに!そして、おまえのようなでかい身体でむっちりしてない太ももの女なんか抱いても楽しくない」と頭で思うが、もう事件は起こせないな、と観念する。

「噂」
男には好きな女がいた。しかし、職場恋愛はなにかと噂になってたいへんなのだ。
ところが、その女が別の男と噂になっているのを知って、真偽をただそうとする。
女は、しつこくつきまとわれているだけで、自分も困っている、と言い、今日も誘われているので、助けてくれ、と懇願する。
しつこく誘う男から女を救出する男。
それ以来、噂はとだえたが、実は、女は別にしつこいとも思ってなくて、2人の男と、さらには上司までも手玉にとっていたのだ。

「無能な犬」
上司の言葉をたまたま聞いてしまった男。
『あたしのところではもう面倒みきれません』
『かみつくことだけは一人前』
『全く手を焼いてるんです』
男にはわかった。自分のことを言ってる!しかも、まるで犬っころ扱い!
怒った男は上司の殺害計画をたてて、階段から突き落とす。
その後、ふとかえりみて思う。
あれは、本当に、犬の話をしてたんじゃなかったか。

「白昼十五分間計画」
金庫のダイアルをこっそりと調べて、工場のあき時間に盗み出す計画。
まんまと盗めるが、まんまと仲間の女にだしぬかれる。
でも、あっさりと犯人がわかりそうであり、女の夢も破れるのはすぐの話か。

「感謝の方法」
襲撃事件で、凶器をもって現場にいた男がつかまった。
何者かが凶器を突然渡して、逃げた、と主張したが、だれもそんなことは信じない。
ところが、一部始終を目撃していた人物がいた。
だが、逢い引きの最中の目撃であり、警察に行けば逢い引きがバレてしまうのだ。
真犯人をあげることで、彼を救おうとする目撃者。

「『白』の空間」
何からも自由になり、何をしても自由な新興宗教。
自分のなまえも捨ててしまいなさい、というすすめによって、覚え書きを書く信者。
この宗教団体は、実は殺し屋集団で、「さよなら、わたし」的な文を書かせたあと、殺して、自殺とみせかけるのである。

「薄暮の恋」
頭の弱い「ノロジョウ」と呼ばれる男が殺された。
ノロジョウは、近くの森で逢い引きして情事にふける男女を覗き見するのが楽しみだった。
ところが、そんな情事にふけっている女の旦那が森に乗り込んできて、妻の浮気相手だと思い込んで、ノロジョウを殺してしまったのだ。

『怪盗レトン』

2010年8月31日 読書
ジョルジュ・シムノンの『怪盗レトン』を読んだ。1929年。
メグレ警部が主人公をはる最初の作品。
本に書いてあった、ストーリー紹介。
「全ヨーロッパをまたにかけて荒らしまわる怪盗ピエトル・ル・レトン。この怪盗がパリに潜入するとの緊急連絡がパリ警視庁にとどいた。ところがパリ北停車場に着いた国際快速列車『北極星号』の洗面室には、レトンとうり二つの死体が残されてあった。メグレ警部は首をかしげた。そのレトンが堂々と衣服の折り目正しく、パリの一流ホテルに姿をあらわしたからだ…その態度はとりすまして、メグレのしつような視線に身じろぎもせず、ひそかに嘲笑しているようであった」
さて、ここからはネタバレ。
何の証拠もないはずだ、と堂々とするレトンと、賭けをし、間隙をみせる瞬間を待つメグレの息詰まる対決。
レトンは変装の名人で、警察の見張りなどあっさりかいくぐってしまうだけの能力を持っている。
一般に「怪盗」は人を傷つけない、というルパンや二十面相からの連想があるが、このレトンは、人は殺すし、メグレだって襲撃されて肋骨を折りながらレトンを追いつめていく。けっこう、メグレって肉体派なのだ。
さて、この小説では、レトンが結局つかまってしまうかどうか、というのはあまりみどころではない。レトンが最後に物語る、おいたちからの話が主眼なのである。
うりふたつの死体は、レトンのふたごの兄になるが、この兄弟、悪者は兄のほうであり、弟は暴君兄に支配された人生をおくっていたのである。
兄のいいなりにばかりなっていた弟が、いかにして兄を殺し、メグレと対決するにいたったか、というのが読んでいて面白く、またしんみりとしてしまうのである。

ところで、この『怪盗レトン』を読みはじめてから、財布を盗まれる、という言語に絶するひどい目にあった。盗まれたのははじめてなのに、「また盗まれてる〜!」と携帯ゲームみたいなリアクションをしてしまったが、『怪盗レトン』を早く読み終わらないと、またレトンに狙われるかもしれない、と必死になって読んだ。
また、そういうときに限って、精神が安定していないものだから、読書に集中できないのであった。
以前、トークセッションで質問があったので、意識したのかもしれないが、文中によく「賭けられているのは」とか「賭金」という言い回しが出てくる。
無意識だったんだろうけど、読んでて、気になった。
そういう言い回しによって、論理の飛躍を隠蔽してるんじゃないか、とまで疑ってしまったのだ。
詳細は後日

『黄金の褒賞』

2010年8月26日 読書
ガーヴ。
異様なほどの面白さ。

『奥の横道』

2010年8月25日 読書
宇野亜喜良の『奥の横道』を読んだ。詳しくは後日。
今敏監督のことが書いてあったり、また、今はもうなくなってしまった「インナートリップ」のこととか、読んでいて興奮した。
時間を見つけて箕面のお菓子屋さんに行ってみよう。
あと、寺山の句の素晴らしさにページが止まった瞬間を何度も体験した。
ガーヴ。
レアンダは人名。

『おろち』

2010年8月20日 読書
嶽本野ばら君の小説作品。
おろちのボケボケぶりは、野ばら君の持味が出ていて面白かった。

『道の果て』

2010年8月19日 読書
アンドリュウ・ガーヴは今のところ、はずれ無し。
こんな本読んでると、『ヒルダよ眠れ』なんかガーヴの代表作でも何でもないような気がしてくる。
後日
ブラッドベリ『たんぽぽのお酒』の続き。(未発表、醗酵分)
最終的にチンポの話になるとは。
今年読んだ本のなかでも最も面白い部類かな。
後日
凡百の現代ミステリの元ネタ
後日
『日本思想という病』
1章 保守・右翼・ナショナリズム 中島岳志
2章 中今・無・無責任 片山杜秀
3章 文系知識人の受難----それはいつから始まったか 高田里惠子
4章 思想史からの昭和史 植村和秀
5章 ニッポンの意識----反復する経済思想 田中秀臣
マム(母)が死んでからの「喪」に関するカードの手記をまとめたもの。
これだけ読んでいたら、1年以上もずっと喪に服しているみたいで、ちょっと信じられないのだが、あえてそういうテーマの記述を集めたから、と言うよりも、本当にず〜っと悲しんでいるみたいで、驚いた。
たまたま読んだ岸田秀の本で、想像力の強い人間ほど悲しみは大きい、みたいなことが書いてあって、なるほど、確かに僕は人間の感情をもちあわせていない冷血漢だが、それは想像力が乏しいことに起因しているのか、と腑に落ちた。
内田樹。
ブログ読んでるくせに、この人の本をまだほとんど読んでいない。
いずれ、まとめて読む予定。
「おお、そういう使い方しますか」
「なるほど、そういう考え方もありか」
と思わせてくれた本。
内容以上に、そんな動かされる感じが楽しい。
『ホロー荘の殺人』
後日
後日
後日
垂水作品第2弾。
腹いせに飼い犬を拉致誘拐したら、そこの一家は遺産相続をめぐってどろどろしてた、という話。面白かったので、詳しくまた書けたらいいのに。

映画「華麗なるアリバイ」は次週にもう1回見て、簡単な感想書いてみた。

『紙の墓標』

2010年8月3日 読書
垂水堅二郎の『紙の墓標』を読んだ。1962年。僕が読んだ昭和37年発行の浪速書房分では、本文入る前のタイトルと奥付の書名が『紙の墓碑』になっていた。第7回江戸川乱歩賞に応募した際は、この『墓碑』のほうのタイトルだったようだ。ちなみに、このとき乱歩賞をとったのは、陳舜臣の『枯草の根』。垂水堅二郎は後に芳野昌之と改名して『ミステリマガジン』で翻訳時評「What is your poison?」を連載したり、クリスティーの解説書いたりしている。
ネタバレあり。要注意。とにかく、めちゃくちゃ面白かった。
まず、目次。
第1部 ある男の出所
 第1章 陽気なBG
 第2章 せむしの工員
 第3章 狂った主婦
 第4章 野心的な事業家
第2部 ある男の行方
 第5章 三谷亜津子
 第6章 岩西初衛
 第7章 見出された糸
第3部 追及
 第8章 最後の男
 第9章 最後の女
 第10章 望月富美子

巻頭、男が出所するシーンが描かれるが、それがいったい物語とどういう関連があるのかわからないまま、この物語の探偵役を演じる「デイリー・ルポルタージュ社」の面々が紹介される。
疋田秋人(痔の手術で入院してた。なお、物語と痔は結局無関係だった)
細永春也(痩身長躯。おしゃれで蝶ネクタイ結んでいる)
貞方夏次郎(細永とは対照的に、肥満。いつもよれよれの服で精力的)
扇町冬子(有能な新入り)
ネーミングに四季をとりいれている!
事件は、それぞれバラバラと思われた連続殺人事件。
まず、猪飼まり子(陽気なBG)。
彼女は会社の上司の秘書にして愛人で、ヒステリーと色仕掛けで専務をいいように操っている。
「一生を滅茶滅茶にしておいて!」「あたしをこんな目に合わせたのは一体どこのだれなの!」「殺してやりたいわ」「またごまかそうというのね」「それならきょうのところは許してあげるわ」と、ヒステリーを爆発させた後、「あたしお願いがあるのだけどな。悪いなあ、いっちゃおうかしら。来月はまり子の誕生月。何もおねだりしません。でも、たった一つ、指輪がほしいの」と、甘い声でねだる。
まり子は指の爪の三日月形の弧が欠けていることに気づき、何かの凶兆を感じ取る。
そして、何者かにずっと見られていることに気づく。
正体不明の人物に、黒いリボンでくくった造花をプレゼントされたりもする。
まり子は、逢い引きのために入った旅館の風呂で、何者とも知れぬ女に襲われて、ガス中毒死する。胸にはりついていた紙には「ロ0928」とマジックインキで書かれていた。
次の犠牲者は獺口昌助(おそぐち・しょうすけ)(せむしの工員)。見習い工員や女工員から「獺口昌助さんはなんで背が低い」とはやしたてられ、からかわれる毎日。手先が器用でなく、後から来た新入りに技術的に次々と追い抜かれていく。頑張ってもつい失敗してしまい、まわりから叱責をくらう。家に帰ると、義姉が半人前扱いをし、ガミガミ怒る。
唯一の心の安らぐ場所、水族館で魚を見ていると、「兄に似ている」と声をかけてくる女がいた。彼女の兄もせむしで、水族館に来るのが好きだったというのだ。思わぬ女性からのアプローチに、たちまちのぼせる獺口。水族館出たあと、「散歩しましょう」と持ちかけられて、ホイホイと裏山までついていく。足場の悪い山登りで体がきつくなってきたときに、女は獺口の向こうずねを力まかせに蹴りつける。獺口は激痛のため、口もきけないでいると、女は「ごめんなさい、そんな気はなかったの」そのとき、獺口は、彼女の名前も聞いていない、そして教えてくれないことに気づく。追いすがろうとする獺口は、異様に冷たい女の気迫に押されて後ずさりし、野井戸に転落。頭蓋の割れる音。女は、マジックインキで「ロ0930」と書いた紙をひらひらと落とす。
さて、次の被害者は、大場まつ枝(狂った主婦)。我が子を抱いて銭湯にいるときのこと。つい赤ん坊を泣かしてしまうと、湯槽から「ひどい人だよ、あの人は」と聞こえよがしに声がした。「ひどい人だよ、あの人は」「ひどい」「あの人は」「あの人は」「ひどい人だよ」「ひどい」
脱衣場で乳児用ベッドに赤ん坊を寝かそうとして、小女にタオルを敷いてくれと頼むが、小女も手いっぱいでなかなかタオルを広げることができない。
「タオルをひろげてちょうだいっ!」「今、手がはなせません」「この子が寒がるじゃないの、早くして」「だって手がはなせないのよ」「その子を置いてやってくれたらいいじゃないの」「置けませんわ」「なぜ置けないの」「そういってる間にタオルぐらい自分でひろげられるわよ」みたいなやりとり。
「こどもがかわいそうね」「あれじゃあねえ」「あれじゃあ」と声が聞えてきて、まつ枝はきっと振り向いて「あたしの子だから放っておいて!」と叫ぶ。

「なんですか?」比較的落ち着いた声がたずねた。
「あたしの子だといってるのです」
「それが、どうしたのですか?」
相手がたたみかけてたずねてきた時、大場まつ枝の怒りは絶頂に達したのである。
「蔭口はやめてよ」
「蔭口ですって?」
「そうよ。蔭口ですとも」
「だれも貴女の蔭口はきいていません」
「この耳で聞いたからいってるのよ。たった今その口でいったばかりじゃないの。いけ図々しいったら」
「いやなこといわないで。うちの親類のこどもの話をしていたのですよ」

外に出ると、腕白な子供たちが乳母車に乗って遊んでいた。「何をするの!」と怒って子供を追い払い、市場に行くまつ枝。そこで、「お買い物が終わるまで、乳母車見ていてあげるわ」と申し出る女に出会う。まつ枝は、女に乳母車をあずけ、市場でさんざん値切りに値切りたおして買い物をし、試食品を全部食べて、出てくると、女の姿もわが子の姿もない。乳母車だけがもみくちゃの状態で発見された。
さんざん探すが、赤ん坊も女も見つからない。
家に帰ると、「その女は何者だ。いったい何だってそんな女にこどもをまかしたのだ。ばか者め!」と罵られる。
こどもは、死体となって発見される。「ロ0932」と書いた紙片があった。
こどもの死体を見たまつ枝は、ついに発狂して、工事現場から墜落して死んでしまう。
さて、次の被害者も、女に殺されてしまう。それぞれの被害者をつなぐ共通点はなかなかわからない。ただ、紙片に記された謎の記号だけが手がかりになった。
このあたり、正体不明の女の殺し屋、謎の紙片、それぞれ厄介な被害者、とサスペンスは盛り上がり、さながら、こわい映画を見ているような気分になった。
三谷亜津子の死の状況も面白かった。つわりのため、食べ物などの匂いに敏感になっている彼女は、妊娠していることをまだ知らない夫にとっては、わがままばかり言う、どうしようもない妻としかうつっていない。出世のチャンスになる出張の話をしても、彼女は家でひとりきりになることを嫌って、「行かないで」と懇願する。
夫は、「君は最近わがままだぞ。好き嫌いは強いし、口ごたえはするし、同僚を連れて帰ればいい顔をしない。少しは考えたらどうなのだ。靴だってそうだ。いわなきゃ磨かない。いつまでもお嬢さんのつもりでお高くとまってられた日にはかなわないよ」
さらに「とにかく、だ。主人の栄達をよろこばぬ妻がいるとはきょうの日まで考えたこともなかったよ。時代はかわったものだ」「おれの母親は偉かったよ。無教養で女学校も出ていなかったが、かゆいところに手の届くように親父の世話をやいていたからなあ」「おれは不幸だ、実に不幸だ」と、出張に出かけてしまう。
そもそもこの家は、夫の先輩が海外駐在員になったのでその留守番がわりに住むようになった家だった。他人の家具の中で住むことの落ち着きのなさを亜津子は感じており、また、妊娠を自覚して敏感になってからは、深夜にみしみしと柱のはぜる音がしたり、原因不明の家鳴りが聞えたりするのが、妙に気にさわっていた。
夫は、家でひとり留守番するのを極端にいやがる妻のために、弟に連絡して、出張中いてやるように指示していた。だが、この弟というのが、酒びたりで見知らぬ飲み仲間を連れて帰ってきたり、雨に濡れて泥だらけのまま家にあがりこもうとしたり、亜津子の寝室のある2階に勝手にあがりこもうとしたり、亜津子の神経にさわることばかりするのだ。
おまけに彼女に慣れない、嫌いな飼い犬がいたりする。
そんなとき、義弟が酔いつぶれている夜中に、素性の知れない飲み仲間が、2階に上がろうとしていた。亜津子は、われを忘れて絶叫し、置き時計を投げ付けて、男を階段から落としてしまう。彼女は、隣家の電話を借りて、救急車を呼ぼうとして、外に出た。
うるさくする飼い犬は、錠をはずして外に追いやっていた。
空は暗く、ついさっきまでは大雨が降っており、今は強い風だけが吹きつのっている。
隣家の灯は消えており、どこに家があるのかもわからぬくらい真っ暗。

彼女は手さぐりで庭をぬけ、門までたどりついた。その時、亜津子の手は木の戸でないもの、何か柔らかなものに触れたような気がした。生温かい手ざわり…。人が立っていた。
黒っぽいレーンコートの女の姿が浮かんでいた。亜津子の呼吸は今にもとまりそうだった。つわりの嘔吐がまるで節足動物のように胸のなかをはいのぼってきた。
亜津子は本能的に自家の方にむきを変えて、2、3歩もどりかけた。しかしすぐに泥に足をとられて前のめりに倒れた。
泥のなかから顔をあげようと亜津子は必死になって藻掻いた。だが、後髪をつかんでしっかりと押しつけてくる狂暴な力に抗しきれなかった。苦痛にゆがんだデスマスクを泥のなかに押しつけられたまま、亜津子の体は動かなくなった。

こわい!
記号の正体は、商品券の番号であることがわかった。
被害者は、岩西という男が商品券を送ったリストに全員入っていたのだ。
だが、卒中でよだれをたらして「あウ、あウ」しか口をきけなかった岩西もまた殺されてしまう。

岩西初衛の老妻は障子を張りかえていたが、母屋の伜夫婦が誘いに来たので中風の老人を一人残して安物あさりに出向いていった。30分後に一人先にもどってきて、病人の横にのりの刷毛が投げ捨てられてあるのを見た。にじり寄ってみると、岩西初衛の鼻口にうず高くのりの塊がぬりつけられ、始終よだれを流しっ放しの口は和紙がべっとりはりつけられて呼吸をふさいでいたのである。苦悶を刻みつけたまま窒息死した怖しい形相

岩西が商品券を送った7人は、みんな地方検察審査会員であったことが判明する。
そして、相川という男の選挙違反から業務上横領の罪をあばきだしていたのだ。
ここで、巻頭、刑務所を出てきたのが、相川であったことがわかるのである。
いったんは検察によって不起訴となっていた相川の罪を、地方検察審査会が問題視し、結局は有罪を宣告させるにいたるのだ。
岩西は、多数決の評をとるために、会員に商品券をおくって、相川を有罪にしようと画策していたのだ。
じゃあ、今回の連続殺人は、相川がやったのか、と思いきや、相川も出所後、すぐに死んでいたことがわかる。
じゃあ、相川の妹が、復讐のためにやったのか?
いや、妹も死んでいた。
これはいったい!
相川という男のどこまでも罪深い正体とか、相川にだまされて踊らされた男女たち、真犯人判明後も、最後の最後までどんでん返しは続くのである。

樹下太郎の『暗い道 コンサルタント殺人事件』を読んだ。
章が変わるごとに、視点が変わる、樹下太郎おなじみの構成。
ネタバレするので、要注意。
以下、目次にメモ。
第1章 船村孝男
 船村はごく普通のサラリーマン。暗い夜道を歩いていたら、いきなり酒に酔った暴漢に襲われる。抵抗したら、暴漢は下水溝に転落。ほうっといて帰宅。翌日、下水溝で死体が発見されたことがニュースになっていた。死体の身許は、コンサルタントの甲村進。船村はもののはずみとは言え、人を殺してしまったのではないか。だが、船村の情婦の坂峯子は、そんな事故で死んだのではない、とうすうす感づいていた。
第2章 甲村進
 甲村はコンサルタント。ある同族会社の合理化をまかされた。成果をあげるために、人事にも関わるなど、強い態度と権力でことにあたる。社長から、「なんとかうまく辞めさせたい」と思っている社員が2人いる、と告げられる。特に名前は聞かなかったが、1人は川口常務、1人は吉川係長であることが判明。
第3章 吉川勇吉
 吉川は、なぜか出世コースからはずされた負け犬係長。あまりにも不遇なため、ひねくれた根性が身についている。社長としては、やめさせたいが、仕事に何の落ち度もないので困っている存在。甲村コンサルタントが殺された事件で、真っ先に嫌疑をかけられる。
第4章 毛利貴久代
 毛利は社長秘書で、社長の姪にあたる。吉川と不倫関係にある。坂峯子とも友人で、甲村殺しに船村という男が関わっている事実を知ったが、また船村が真犯人でないこともよくわかっていた。甲村殺しの真相を探るため、甲村の部下の檜コンサルタントに色仕掛けで接近を試みたりする。
第5章 雪森朝美
 雪森は、船村の婚約者。船村の親が強引に決めた縁談で、2人のあいだに愛情らしきものは存在していない。その証拠に、船村には坂峯子という愛人がおり、また雪森にも愛する別の男性、森元俊の存在があった。
第6章 坂峯子
 坂峯子は船村の恋人。甲村コンサルタント殺しの真相を探る。船村は真犯人の罠にかかったのだと推理している。
第7章 暗い道
 真相。甲村を殺したのは雪森と森元の共犯。
 甲村は森元に会いに来た雪森を犯し、それ以来雪森、森元カップルの殺意をかっていたのだ。コンサルタントとか、会社の合理化が動機じゃなかったのか!
 雪森は愛情を感じていない婚約者の船村を容疑者にしたてるような計画をたてる。船村を夜道で襲ったのは森元で、船村の抵抗に対してあっさり下水溝にとびおりて、倒れたふりをしていた。暗かったので、暴漢の顔などよく見えなかったのだ。船村が去ったあとに、かねて襲撃しておいた前後不覚の甲村を下水溝にセットし、とどめをさす。
 雪森にとっては、憎い甲村を殺し、また、邪魔者だった船村を事件の容疑者として逮捕=破談によって晴れて森元とくっつくことができるのだ。
 だが、森元の方は、良心のかけらが残っており、自首する、と言い出す。雪森は、何のために!と悲しむ。
第8章 再び吉川勇吉
 吉川は辞表を提出する。そして、社長に問いただす。
「ぼくは一係長です。無能で、おまけに少々怠け者だったことは認めますが、しかしそれだけでは一係長が社長の眼触りになる理由としては薄弱すぎるように思えるのです。社長のお気に召さなかった決定的ななにかがぼくにあったと思うのです。参考までに教えていただけないでしょうか」
 これに対する社長の答がビックラ。社長はかつてある男をひどいめにあわせたことがある。その男に吉川はうりふたつだったのだ。本人のせいじゃなくて、ある男性に似ていたから、なにかとうっとうしく思えて、会社を辞めてもらいたくなったのだ。
 似ているからって!あれ?同じような動機を最近、どこかで聞いたような。「4匹の蠅」だ!
「あとがき」で、作者は、権力的なコンサルタントは実在しており、現に知人がコンサルタントの圧力で退職させられた、と語る。でも、殺人の動機は、別だったことをお忘れなく!


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