2月27日~3月1日
2014年3月2日 日常2月27日(木)
燃え上がる生物
2月28日(金)
大森、川北
3月1日(土)
ポンピドゥー
昭和NIPPON
あがた森魚
2月27日
ubu webにジャック・スミスの「燃え上がる生物」があがっていたので、何十年ぶりかで見た。
当時は、幻のアングラ映画が奇跡的に見れる!と期待して見に行った(たしか、梅田のシネマ・ヴェリテ)のだが、実際に見てみると、わりと身近なところで似たようなパーティをしていそうな感覚を受けて、予想していたような衝撃は受けなかった。
久々に見てみると、そのほとんどのシーンはちゃんと覚えていなくて新鮮だったけど、やっぱり、これは映画として見るよりも、実際にこういうパーティに参加したいな、という感想だった。似たようなパーティの映画をあまり知らないので、やはりこれが伝説的な映画であることは間違いないんだろうが。
いつ削除されるかわからないけど、一応、ubu webのurlを貼っておくので、探してみてください。一応、18禁、ということにしておこう。
http://www.ubu.com/
2月28日
あべのハルカスのSpace9で「DAIGEI FILM AWARD 2014」のイベント「特撮公開講座 大森一樹×川北紘一トークショー」を見てきた。
主に両監督が関わった映像を上映しながら、思い出話や裏話などをまじえて、特撮の魅力を語った。怪獣映画はもちろんのこと、戦争や災害映画での特撮など、昭和の映画から、最近の「パシフィック・リム」「風立ちぬ」「永遠の0」の話まで、特撮への愛にあふれたトークが展開された。
イベントの進行は、ほぼ次のとおり。
川北監督がスタッフとして関わった作品「妖星ゴラス」「キングコング対ゴジラ」「海底軍艦」のハイライトを見ながらのトーク、
大森監督と川北監督が関わった作品「ゴジラVSビオランテ」「ゴジラVSキングギドラ」のハイライトとメイキングなどを見ながらのトーク、
「零戦燃ゆ」と8ミリフィルムで撮影したメイキングを見ながらのトーク、
「日本沈没」第5話の「いま、島が沈む」を見ながらのトーク、
川北監督の最新作ともいえる「戦え!太陽戦士アポロナイト」上映、
質疑応答など。
入場無料のうえ、来場者全員に「戦え!太陽戦士アポロナイト」(非売品)のDVDがプレゼントされた。
めっちゃ、お得!
http://daigei-film-award2014.jimdo.com/イベント/
燃え上がる生物
2月28日(金)
大森、川北
3月1日(土)
ポンピドゥー
昭和NIPPON
あがた森魚
2月27日
ubu webにジャック・スミスの「燃え上がる生物」があがっていたので、何十年ぶりかで見た。
当時は、幻のアングラ映画が奇跡的に見れる!と期待して見に行った(たしか、梅田のシネマ・ヴェリテ)のだが、実際に見てみると、わりと身近なところで似たようなパーティをしていそうな感覚を受けて、予想していたような衝撃は受けなかった。
久々に見てみると、そのほとんどのシーンはちゃんと覚えていなくて新鮮だったけど、やっぱり、これは映画として見るよりも、実際にこういうパーティに参加したいな、という感想だった。似たようなパーティの映画をあまり知らないので、やはりこれが伝説的な映画であることは間違いないんだろうが。
いつ削除されるかわからないけど、一応、ubu webのurlを貼っておくので、探してみてください。一応、18禁、ということにしておこう。
http://www.ubu.com/
2月28日
あべのハルカスのSpace9で「DAIGEI FILM AWARD 2014」のイベント「特撮公開講座 大森一樹×川北紘一トークショー」を見てきた。
主に両監督が関わった映像を上映しながら、思い出話や裏話などをまじえて、特撮の魅力を語った。怪獣映画はもちろんのこと、戦争や災害映画での特撮など、昭和の映画から、最近の「パシフィック・リム」「風立ちぬ」「永遠の0」の話まで、特撮への愛にあふれたトークが展開された。
イベントの進行は、ほぼ次のとおり。
川北監督がスタッフとして関わった作品「妖星ゴラス」「キングコング対ゴジラ」「海底軍艦」のハイライトを見ながらのトーク、
大森監督と川北監督が関わった作品「ゴジラVSビオランテ」「ゴジラVSキングギドラ」のハイライトとメイキングなどを見ながらのトーク、
「零戦燃ゆ」と8ミリフィルムで撮影したメイキングを見ながらのトーク、
「日本沈没」第5話の「いま、島が沈む」を見ながらのトーク、
川北監督の最新作ともいえる「戦え!太陽戦士アポロナイト」上映、
質疑応答など。
入場無料のうえ、来場者全員に「戦え!太陽戦士アポロナイト」(非売品)のDVDがプレゼントされた。
めっちゃ、お得!
http://daigei-film-award2014.jimdo.com/イベント/
2月24日~2月26日
2014年3月2日 芸術
2月24日(月)
ギャラリーノマル
フロクのミリョク
浜崎健立美術館
内田樹、中田考
2月25日(火)
母なる復讐
『ベルリン・デザインハンドブックはデザインの本ではない』
2月26日(水)
7番房の奇跡
2月24日
深江橋のGallery Nomart (ギャラリー・ノマル)に行って、「Ting-Ting Cheng : I know what you are trying to say II」を見てきた。台湾の現代美術画廊 "Galerie Grand Siècle (新苑藝術)"とギャラリーノマルによるエクスチェンジ・プログラム。
異文化のアイデンティティとコミュニケーションについての作品が並んでいた。
異なる言語で記された本の堆積や、新聞。1つのシーンを異なる言語で4パターンふきかえる映像。
それらは、「わからない」ということを改めて気づかされて新鮮。
また、会場の中央には、馴染みのない単語のカードが撒き散らされている。これは、内容や発音もあやふやなまま、そのカードを使って、文章や単語を作ってしまう、ゲーム的な作品になっていた。
これはやりはじめると面白くて、時間を忘れて単語を紡ぐツボにはまった。中毒性あり。
http://www.nomart.co.jp/gallery/exhibition/index.php
淀屋橋のoeyesギャラリーに行って、「Value added-フロクノミリョク」を見てきた。
現代作家が、新たに附録を作ってみたらどうなるか、という企画。
出品作家:大崎信之・金村 仁・木内貴志・日下部一司・児玉靖枝・田中朝子・冨倉崇嗣・松本良太
作品のなかには、遊び心が満載で、これが附録ならきっとその雑誌買っちゃうだろうな、と思わされるものもあった。
最近、本屋に行っても、豪華な附録を売りにして、それに薄いカタログ的な雑誌がくっついているムックが目につくようになった。附録の醍醐味は、その魅力と肩透かしが同居するところにあるのに!
作家さんの作品の部屋の隣には、昔なつかしい雑誌の附録が壁一面に展示即売されていた。これらも、表紙の絵やタイトルと中身のギャップも含めて、魅力のうちなのである。
協力:徳尾書店
http://www2.osk.3web.ne.jp/~oeyes/
南船場の浜崎健立現代美術館に行って、「LOU REED MEMORIAL EXHIBITION」を見てきた。
ルー・リード、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナのジャケットをモチーフにした作品が展示されていた。
また、レコードジャケットが壁一面に飾ってあり、2階では映像も流れていた。
たまたま2階に上がったとき、そこでは大画面でライブのラストの曲「SAD SONG」が流れており、ぴたりと足がとまった。続くアンコールの「candy says」は、2階に置いてあったルー・リード追悼雑誌の数々や、詩集で訳詞をぱらぱら見ながら聞いた。
そう言えば、ギャラリー・ノマルに行ったとき、先日アバンギルドで鈴木創士さんがルー・リード追悼の曲を歌った話題になった。今日はルー・リードの日だ、と思った。http://www.kenhamazaki.jp/index.htm
24日午後7時30分から、スタンダードブックストア心斎橋で開催された『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』刊行記念トークショー「内田樹×中田考」を見に行った。
見に行った、と言っても、数日前にチケットとったとき、既に立ち見になっており、あまり見えなかったけど。
内容は聞きやすいくだけたもので、中田考氏のライトノベル、アニメ、ゲームなどの若者向けコンテンツを利用した「カリフ制再興」の目論見や、内田樹氏が「これからあざとくイスラームにビジネスチャンスを見出し、解説する輩が続出する」予言などからはじまり、金本位制や贈与の話にまで発展した。
目からうろこが落ちたのは、金の利点は、その重量にある、という話だった。
つまり、人間が持ち歩くことができる財産には重量の限界がある、ということなのだ。
内田氏の言うような、イスラームのビジネス的伝道師のはしくれとなるために、ちょっとイスラームをかじってみるか、というような邪心もめばえたし、中田考氏のライトノベル『俺の妹がカリフなわけがない!』も読みたい気分になった。http://www.standardbookstore.com/archives/66134877.html
スタンダードブックストアのトークショー終わりで、帰宅中、高島屋のほうから歌が聞こえてきたので、あわてて駆けつけた。
歌は小田ゆりえの「マジック・ブレス」で、路上ライブをしていたのだ。
今回は、西川史絵(Fumika)も参加しており、最後の曲は、2人で踊ってみた、してた。
彼女たちの路上ライブは、3曲ほどやって、さっと終わってしまうので、ぼやぼやしてると逃してしまうのである。
とにかく、終わるまでに行けてよかった
http://ameblo.jp/yu-rin03/
2月25日
キム・ヨンハン監督の「母なる復讐」を見た。シネ・リーブル梅田での「未体験ゾーンの映画たち」の1本。
女子高生が輪姦された。裁判では少年法のために犯人たちは非常に軽い刑で済んだ。その後、また同じメンバーに輪姦され、女子高生は自殺。母親の復讐がはじまる。
感情を思いっきり刺激してくるセンセーショナルな演技に、疲れるほどだった。
母の復讐もほぼノープランだし、娘も自ら強姦犯にまた会いに行くなど、問題大ありなのだが、実際の事件というものは、こういうものなのだろう。
映画の最後には、少年法の庇護により、今までひどい性犯罪が見逃されてきた事例がリストであげられる。この映画は実話に基づいている、と最初に出るのは、こうした韓国での実情に基づいている、ということなのだろう。
ただ、この映画を見て、一足飛びに少年法を見直して、厳罰化を進めよう、と考えるのは、単純に過ぎるように思う。
被害者の少女は可愛くて、レイプ後に裸でチェロを弾かされるシーンは、スクリーン内では母親役がほえるように泣いていたが、僕はあまりのことに笑ってしまった。ひんしゅく!
2月26日
イ・ファンギョン監督の「7番房の奇跡」を見た。
知的障害を持つ父親と、6歳の娘。
父親は、冤罪で死刑判決を受ける。転んで死んだ少女に人工呼吸などしているところを目撃され、レイプして殺したと思われたのだ。
彼が収監された7番房の囚人たちは、彼のために、娘に会わせてやろう、と作戦をたてる。
「アイ・アム・サム」と「ライフ・イズ・ビューティフル」を足したような話で、「都合がいい」「単純」「いいとこどり」など、なんとでも言え!これだけ大衆娯楽に徹した作品に仕上げてくれれば、大満足だ。
韓国でのセーラームーン人気もうかがえる面白い映画だった。
泣ける映画、というのは大嫌いなのだが、この映画には泣かされてしまい、しかも、嫌な気分がしなかった。
これからは、ちゃんと、豆を食べる!
http://7banbou.com/
ギャラリーノマル
フロクのミリョク
浜崎健立美術館
内田樹、中田考
2月25日(火)
母なる復讐
『ベルリン・デザインハンドブックはデザインの本ではない』
2月26日(水)
7番房の奇跡
2月24日
深江橋のGallery Nomart (ギャラリー・ノマル)に行って、「Ting-Ting Cheng : I know what you are trying to say II」を見てきた。台湾の現代美術画廊 "Galerie Grand Siècle (新苑藝術)"とギャラリーノマルによるエクスチェンジ・プログラム。
異文化のアイデンティティとコミュニケーションについての作品が並んでいた。
異なる言語で記された本の堆積や、新聞。1つのシーンを異なる言語で4パターンふきかえる映像。
それらは、「わからない」ということを改めて気づかされて新鮮。
また、会場の中央には、馴染みのない単語のカードが撒き散らされている。これは、内容や発音もあやふやなまま、そのカードを使って、文章や単語を作ってしまう、ゲーム的な作品になっていた。
これはやりはじめると面白くて、時間を忘れて単語を紡ぐツボにはまった。中毒性あり。
http://www.nomart.co.jp/gallery/exhibition/index.php
淀屋橋のoeyesギャラリーに行って、「Value added-フロクノミリョク」を見てきた。
現代作家が、新たに附録を作ってみたらどうなるか、という企画。
出品作家:大崎信之・金村 仁・木内貴志・日下部一司・児玉靖枝・田中朝子・冨倉崇嗣・松本良太
作品のなかには、遊び心が満載で、これが附録ならきっとその雑誌買っちゃうだろうな、と思わされるものもあった。
最近、本屋に行っても、豪華な附録を売りにして、それに薄いカタログ的な雑誌がくっついているムックが目につくようになった。附録の醍醐味は、その魅力と肩透かしが同居するところにあるのに!
作家さんの作品の部屋の隣には、昔なつかしい雑誌の附録が壁一面に展示即売されていた。これらも、表紙の絵やタイトルと中身のギャップも含めて、魅力のうちなのである。
協力:徳尾書店
http://www2.osk.3web.ne.jp/~oeyes/
南船場の浜崎健立現代美術館に行って、「LOU REED MEMORIAL EXHIBITION」を見てきた。
ルー・リード、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナのジャケットをモチーフにした作品が展示されていた。
また、レコードジャケットが壁一面に飾ってあり、2階では映像も流れていた。
たまたま2階に上がったとき、そこでは大画面でライブのラストの曲「SAD SONG」が流れており、ぴたりと足がとまった。続くアンコールの「candy says」は、2階に置いてあったルー・リード追悼雑誌の数々や、詩集で訳詞をぱらぱら見ながら聞いた。
そう言えば、ギャラリー・ノマルに行ったとき、先日アバンギルドで鈴木創士さんがルー・リード追悼の曲を歌った話題になった。今日はルー・リードの日だ、と思った。http://www.kenhamazaki.jp/index.htm
24日午後7時30分から、スタンダードブックストア心斎橋で開催された『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』刊行記念トークショー「内田樹×中田考」を見に行った。
見に行った、と言っても、数日前にチケットとったとき、既に立ち見になっており、あまり見えなかったけど。
内容は聞きやすいくだけたもので、中田考氏のライトノベル、アニメ、ゲームなどの若者向けコンテンツを利用した「カリフ制再興」の目論見や、内田樹氏が「これからあざとくイスラームにビジネスチャンスを見出し、解説する輩が続出する」予言などからはじまり、金本位制や贈与の話にまで発展した。
目からうろこが落ちたのは、金の利点は、その重量にある、という話だった。
つまり、人間が持ち歩くことができる財産には重量の限界がある、ということなのだ。
内田氏の言うような、イスラームのビジネス的伝道師のはしくれとなるために、ちょっとイスラームをかじってみるか、というような邪心もめばえたし、中田考氏のライトノベル『俺の妹がカリフなわけがない!』も読みたい気分になった。http://www.standardbookstore.com/archives/66134877.html
スタンダードブックストアのトークショー終わりで、帰宅中、高島屋のほうから歌が聞こえてきたので、あわてて駆けつけた。
歌は小田ゆりえの「マジック・ブレス」で、路上ライブをしていたのだ。
今回は、西川史絵(Fumika)も参加しており、最後の曲は、2人で踊ってみた、してた。
彼女たちの路上ライブは、3曲ほどやって、さっと終わってしまうので、ぼやぼやしてると逃してしまうのである。
とにかく、終わるまでに行けてよかった
http://ameblo.jp/yu-rin03/
2月25日
キム・ヨンハン監督の「母なる復讐」を見た。シネ・リーブル梅田での「未体験ゾーンの映画たち」の1本。
女子高生が輪姦された。裁判では少年法のために犯人たちは非常に軽い刑で済んだ。その後、また同じメンバーに輪姦され、女子高生は自殺。母親の復讐がはじまる。
感情を思いっきり刺激してくるセンセーショナルな演技に、疲れるほどだった。
母の復讐もほぼノープランだし、娘も自ら強姦犯にまた会いに行くなど、問題大ありなのだが、実際の事件というものは、こういうものなのだろう。
映画の最後には、少年法の庇護により、今までひどい性犯罪が見逃されてきた事例がリストであげられる。この映画は実話に基づいている、と最初に出るのは、こうした韓国での実情に基づいている、ということなのだろう。
ただ、この映画を見て、一足飛びに少年法を見直して、厳罰化を進めよう、と考えるのは、単純に過ぎるように思う。
被害者の少女は可愛くて、レイプ後に裸でチェロを弾かされるシーンは、スクリーン内では母親役がほえるように泣いていたが、僕はあまりのことに笑ってしまった。ひんしゅく!
2月26日
イ・ファンギョン監督の「7番房の奇跡」を見た。
知的障害を持つ父親と、6歳の娘。
父親は、冤罪で死刑判決を受ける。転んで死んだ少女に人工呼吸などしているところを目撃され、レイプして殺したと思われたのだ。
彼が収監された7番房の囚人たちは、彼のために、娘に会わせてやろう、と作戦をたてる。
「アイ・アム・サム」と「ライフ・イズ・ビューティフル」を足したような話で、「都合がいい」「単純」「いいとこどり」など、なんとでも言え!これだけ大衆娯楽に徹した作品に仕上げてくれれば、大満足だ。
韓国でのセーラームーン人気もうかがえる面白い映画だった。
泣ける映画、というのは大嫌いなのだが、この映画には泣かされてしまい、しかも、嫌な気分がしなかった。
これからは、ちゃんと、豆を食べる!
http://7banbou.com/
2月22日~2月23日
2014年3月2日 アイドル
2月22日(土)
カールスルーエ
ウィリアム・ケントリッジ「時間の抵抗」
ウィリアム・ケントリッジの謎
ウィリアム・ケントリッジレクチャー
電子音楽のスタディーズ「シンセサイザーを再考する」
グザヴィエ・ドランオールナイト「マイ・マザー」「胸騒ぎの恋人」「わたしはロランス」
2月23日(日)
Berryz工房@キューズモール
ベビーテック
チッチとサリー
白玉ピロリン帝国、まりえ、ナトカン、10colors
LoopA 絢萌、木村、番匠谷
変カワ展 ゆめのシロップ
ベクシンスキー生誕85周年展
くりかまき
22日。京都、木屋町にある元・立誠小学校に行って、ウィリアム・ケントリッジ関連のイベントを見てきた。
まず、講堂で作品展示「時間の抵抗」。
5面スクリーンで展開される象徴的な映像(約30分)と、会場の真ん中で動き続ける巨大な木製機械。映像は、はやさの異なるメトロノームや、木炭アニメーション、メリエスを思わせる天文学映像、さまざまなシチュエーションやダンスを反復あるいは逆再生、それらがときに本のページに書き込まれるように映し出されたり、行進したり。
会場に入った人は、どこに立ってどこを見ていても自由だが、ひとつの映像を追うと、常に反対の面で起こっていることを見逃さざるを得ない。そうして、あっちこっちを見るうちに、知らず、自分の身体の上にも映像が投影されていて、別の鑑賞者からは、自分も映像の一部になっていることに気づかされるのだ。
これは必見!
3階のシアターでは、アレックス・ゲバッシィ監督の「ウィリアム・ケントリッジの謎」が上映されている。2000年。木炭アニメーションを作る過程などを、ドキュメンタリーで追っている。旧作のアニメーションも作品内で紹介されており、「時間の抵抗」以前のウィリアム・ケントリッジを知るうえで面白い。
また、午後1時からは、先斗町歌舞練場で、ウィリアム・ケントリッジによるレクチャーもあった。ウィリアム・ケントリッジは、松が描かれた背景の前で、アクションをたっぷりまじえたレクチャーをしていて、まるで舞を見ているようだった。
松の絵の背景が上にあがると、背後にはスクリーンが用意されており、ワークショップの映像や、「時間の抵抗」では使用されなかった映像の上映もされた。(男が、死んでしまった女性を解毒剤で生き返らせる映像を逆再生して、男が、女性に毒を飲ませて殺してしまう映像にしてしまう)
このレクチャーで、ウィリアム・ケントリッジは、いろいろ興味深い発言をしていた。
たとえば、2000光年離れた場所でキリストの姿を見ることができ、400光年離れた場所で関が原の合戦を見ることができるとするなら、宇宙はからっぽではなく、出来事のアーカイブが蓄えられた場なのではないか、とか。
天井から無数のプロジェクターで投射されるさまざまな映像を、観客は小さな手鏡をもって手元に写して見るようなプロジェクト、とか。
そうした刺激的なレクチャーを、僕は、広い桟敷席の座布団の上で、靴を脱いでゆったりと聞くことができた。(寝転んできくことも可能!)面白かった!
http://www.parasophia.jp/events/a/william-kentridge/
立誠小学校では、展覧会も開催されていた。
「□ったまま眠っている」と題した、芸術学部立体造形コース 3年生 18名による展覧会。有本憲人、氏原啓志、小澤友絵、大江亮太、川崎瑛弘、木村龍太郎、小西里佳、竹腰耕平、種田加奈、長塩ひかる、中村美央、唄ひかる、福島菜摘、藤井 暁、松本 創、森野茉央、吉岡 梓、吉川 瞳
普通は「立ったまま眠っている」なのだが、(血は立ったまま眠っている)、この展覧会では、「立」の部分にいろんな文字をあてはめるように、作品が展示されていた。あるいは、空欄に入るのが「立」の文字なのが正解だ、ということと、学校名の「立誠」をひっかけたのかもしれない。
ぎしぎしと足音のする小学校の校舎の教室や階段、廊下に不意にでくわすように作品が展示してあり、これはまるで、文化祭のお化け屋敷みたいだ、と思いながらあちこち探検した。作品それぞれも、意表をついたものが多くて、ますますお化け屋敷。たまたま時間帯がよくて、校舎めぐりをしているのが僕1人だけだったので、気分は「トイレの花子さん」だった。
22日(土)午後3時から、京都府民ホール「アルティ」でパーカッション・グループ「カールス・ルーエ」のコンサート。
カールス・ルーエは、カールスルーエ国立音楽大学教授もつとめる打楽器奏者・中村功を中心にしたパーカッション・グループ。「中村功と仲間たち」の名前で公演してきたが、昨年から「カールス・ルーエ」を名乗るようになった。メンバーは、中村功、前川典子、池上英樹、畑中明香、出井紗希子、ニルス・タナート。
プログラムは、次のとおり。
トリオ/ジョン・ケージ
イマジナリー・ランドスケープNo.2(行進曲No.1)/ジョン・ケージ
サード・コンストラクション/ジョン・ケージ
ドレッスーァ~木製楽器による打楽器トリオのために~/マウリッチオ・カーゲル
モザイク6/池上英樹(新作委嘱)
「ドレッスーァ」はメンバー自身が作った木製の机や椅子、木靴なども楽器として使われていた。
「モザイク6」はステージだけでなく、観客席後方や、出口付近など、会場を取り囲むような配置でパーカッションが設置され、いわば観客は打楽器で袋叩きにあう!言葉は悪いけど、そんな感じで、面白かった。演者は途中、移動もしていた。
http://www.alti.org/page/1382519840.html
22日、午後6時半から、京都MEDIA SHOPで「電子音楽のスタディーズ」第9回「シンセサイザーを再考する」を見てきた。
有馬純寿、川崎弘二、檜垣智也
ゲストにモジュラーシンセサイザーで電圧演奏をするunyo303。
今回のトークの内容は、シンセサイザーの歴史と電子音楽との関わりから、多様化する最近の動向まで。unyo303氏が実際にデモンストレーションで音を出しながらの説明。
あえての問題提起で、シンセサイザーが単に電子音を奏でる鍵盤楽器になってしまった傾向をどう受け止めるか(シンセサイザーとシンセの問題)、ワルター・カーロスや富田勲をどう受け止めるか、ボーカロイドの位置、と、いった話も出た。そうした、POP化、陳腐化と頽落の問題以前に、シンセサイザーの登場によって電子音楽は息の根をとめられたのではないか、という視点からの挑発的発言もあった。
しかし、この「電子音楽のスタディーズ」は、既に終わってしまった「電子音楽」について昔語りをする場ではなく、次回のテーマは「電子音楽の最近の動向~海外を中心に」なのである。終わったのではなく、定着して透明化したのだ、という言い方が穏当なのだが、わくわくする可能性の未来があるような気がしてならない。それは、今回unyo303氏が紹介された、何をどう使って何をするかユーザーが試されるような数々の新製品が輩出していることからもわかるように、未踏の地は常に用意されているのだ。また、YMOなどを通過せず、シンセサイザーをハードとして見たこともない世代の発想には大いに期待できるだろう。
最後には、モジュラーシンセとMax/MSPをリンクさせたライブ・セッションも行われた。
イベント後、間近でモジュラーシンセサイザーを見るが、あやしさ満点のモジュールだらけで面白かった。
http://www.unyo303.com/
22日(土)、午後11時45分から、京都みなみ会館で、グザヴィエ・ドラン監督特集のオールナイト上映を見てきた。
「マイ・マザー」2009年
グザヴィエ・ドラン監督、主演。
ゲイでマザコンで思春期。
母への愛憎は鮮烈!
「胸騒ぎの恋人」2010年
グザヴィエ・ドラン監督、主演。
嫉妬と三角関係と別れ。
胸騒ぎの張本人の青年の美しさと冷たさが秀逸!
「わたしはロランス」2012年
メルヴィル・プポー主演。ロランスの恋人フレッドを演じるのは、「マイ・マザー」にも出ていたスザンヌ・クレマン。
性同一性と、情熱的な恋人との別れたりくっついたり。
以上、3本、全部名作!
ストーリーが見事、登場人物が魅力的、音楽が秀逸、映像が鮮烈。
後姿とスローモーションとシンメトリーを多用した映像は、グザヴィエ・ドラン節とも呼べる特徴的なもので、たちまち真似したくなる素晴らしさ。
はじめてデレク・ジャーマン見たときと似たようなショックを受けた。
きっと、数多くの女性ファンが、グザヴィエ・ドランの同人誌を作るんじゃないか、と予感させるインパクトがあった。
見た順番もあるんだろうが、「わたしはロランス」の素晴らしさは十分にわかるが、「マイ・マザー」の驚きと「胸騒ぎの恋人」の興奮はロランス以上だったかも。
オールナイト終了は午前6時35分。
京都みなみ会館の方がわざわざ座席まで挨拶に来てくださってうれしかった。
入るときに受付で、「あ、保山さん来てくださった!」と即座に言われたので、僕も京都みなみ会館スタッフ界隈では、顔のとおった存在と見える。
http://www.ikilledmymother.net/
23日(日)午前11時45分から、心斎橋VARONで、「フリープラネット」
出演したアイドルは4組。
白玉ピロリン帝国
まりえ
ナト☆カン
10Color’s
白玉ピロリン帝国は「白玉メリーゴーランド」「しらたまーち」「白い雪のプリンセスは」の3曲。アイドルの魅力ピカイチ。
まりえは、「走れ」とオリジナル「エンプティ・ワールド」の2曲。
ナト☆カンは、「ナントカカントカ」とか3曲。DS担当の子が見れてよかった。
張り扇でお客さんを全力でしばくのだが、お客さんも喜んでそこに殺到するのが愉快。
10Color’sは山口県から。ピロリン帝国とかまりえ(32)とか適当アイドルとか、個性の強いネーミングの出演者の面々の後では、すごく正統派に見えた。
今回から新衣装で、これもまた可愛い。曲は「ODOD」とか3曲。
堀合琳華(りんりん)ばかり目が行った。
http://natokan.syncl.jp/
JR大阪三越伊勢丹6階のアート解放区で、向井正一展を見てきた。
ベビテクター(ベイビーとプロテクターを合成した造語で、鎧と特撮ヒーローをあわせたような外観)の展示。乳幼児体型の戦隊ヒーローみたいな作品でユーモラスな作品たち。ベイビーの装着するものだけに、作品のなかには必ず、乳幼児のモチーフが含まれていて、哺乳瓶やガラガラなどの玩具が使われていた。ふわふわの赤ん坊が笑顔を見せているのとは対照的に、何かから身を守り、攻撃的ですらある造型なのに、可愛いのである。
http://syoichi-mukai.jimdo.com/
JR大阪三越伊勢丹3階のDMO ARTSで、Cicci & Sulley「ふたりのシーズン」を見てきた。「ちっちとサリー」と言えば、つい最近読んだみつはしちかこの漫画「チッチとサリー小さな恋のものがたり」を思い浮かべるが、作風は全然違う。
足達清香(ちっち)の絵画、吉田恭子(サリー)のコラージュのアートユニット。
新書館のフォア・レディーズが現代版を出したら、きっと使われるであろう作品たち。会場においてあった今までの作品や展覧会の記録も見たけど、才能感じさせる面白さだった。
会場のすぐ近くにあちゃちゅむの売り場もあって、ひととおり物色した。(買わず)
http://www.dmoarts.com/exhibition/2014/01/3778/
23日(日)あべのキューズで、Berryz工房の新曲リリースイベントを見てきた。
到着したら、ちょうどリハーサル中で、新曲の「大人なのよ!」が聞けた。
午後1時の回
1.大人なのよ!
2.1億3千万総ダイエット王国
3.付き合ってるのに片思い
4.世の中薔薇色
5.ライバル
清水は眼帯をつけた状態でライブしていた。
午後3時30分の回
1.大人なのよ!
2.1億3千万総ダイエット王国
3.抱きしめて抱きしめて
4.恋の呪縛
5.chachaSing
1回目も2回目も、MCは桃子が中心で、ちなみとおしゃべりする形だった。
告知は熊井が行っていた。
そのトーク中、大阪の思い出で、空き時間に徳永千奈美は大阪の科学館に行ったことを話し、燃焼には酸素が必要だということを叩き込まれたみたいなことを言ってた。
ベリーズ工房はこの3月3日で10周年で、桃子はずっと変わらぬこのメンバーでおばあちゃんになってもハロープロジェクトのイベントに出たい、と言ってた。変わらぬメンバー、といっても、石村舞波は途中でやめてて、彼女だけいつまでも幼い記憶を残しているが。
恋の呪縛のイントロがかかったときの客席の盛り上がりぶりはすごかった!
さすがのクオリティーは、歌もダンスも余裕を感じさせた。
ライブハウスツアーもあるらしいが、兵庫と奈良には来ても、大阪の予定はないらしい。ベアーズとか紅鶴でしないかな。
23日(日)、アメリカ村のLoopAで、「LoopA music vol.1」を見てきた。
午後2時30分
絢萌(あやめ)
1.ビー・マイン
2.ラヴィン・ユー
3.ファー・アズ・ザ・スカイ(シャリース)
高校受験が終わり、今年初のライブで、3曲しか用意していない、ということで、トークを長めにとっていた。
午後3時10分
木村鞠菜(きむら・まりな)
1.やさしさに包まれたなら
2.I dreamed a dream 夢やぶれて
中学生シンガー。「まりな」という少女はどこか似たような雰囲気があるのは、単なる思い過ごしかな。
2曲目の途中で、歌がうまく歌えず、いったん歌をとめ、しばし休憩の後、歌おうとすると、また歌えずに泣いていたが、最後にはなんとか歌いきった。
午後4時40分
番匠谷紗衣(ばんじょうや・さえ)
1.誕生日
2.卒業写真
3.君へ
4.アイワナシーユー
ギター弾き語り。3曲目の「君へ」は自作のオリジナル曲。
4曲めは、立ってのギター弾き語り。
テレビ番組「関ジャニの仕分け」で知名度をあげたせいか、超満員。それだけの実力は、もちろんあるわけだが。弾き語りする姿は大人っぽいけど、まだ中学生なのである。
LoopAのライブ、木村鞠菜ちゃんと番匠谷紗衣ちゃんの間にヒサ絵ちゃんのライブもあったが、Berryz工房見るために抜けていたので、ヒサ絵ちゃんは最後の1曲しかちゃんと聞けなかった。また次回!
LoopAは入場無料で、出入り自由、道に面したスクリーンに、現在開催中の減災ファッションの展示の模様が映像として流れている。道行く人々が、歌声につられて、何をやっているのかな、と思っても、今日は超満員なので、中が見えない。で、スクリーンを見ると、歌のライブとは無関係なファッションイベントの模様が流されているのだ。それで納得して去っていく人も多いのが面白かった。
http://loop-a.jp/
23日、北堀江のARTHOUSEに行って開催中の展覧会を見てきた。
1階はくぼもとひろみの「ゆめのシロップ」
フェイクスイーツ作家meringue、刺繍作家小川依子とのコラボレーションで、とてつもなく可愛い世界が実現されていた。
日曜日だったので、マカロンや焼き菓子の販売もあり、それも可愛いかった。
2階は岩倉史朗とヒノマサヨによる「変カワ展」
1階の「ゆめのシロップ」が動物のいやおうなしの可愛さだったのに比べて、2階の「変カワ」はついつい「なんでやねん」と言いたくなる、人間のおかしさにつながる可愛さだった。
可愛さの原因と結果をそれぞれ1階と2階で代表しているような、面白い構成だった。
23日、午後5時からタワーレコード難波店で、くりかまきのインストアライブがあったので、見に行ってきた。
ドラヒップじゃないよ!くりかまきだよ!
このインストアライブは、来る3月12日発売の2nd Single「クマトナデシコ」の予約特典会ライブでもあった。番匠谷紗衣ちゃんのライブ終わりで駆けつけたものの、最初からは見れず、1曲聞き逃しているかもしれない。午後2時からの1回目を見逃してしまったので、2回目はちゃんと見ようと思ってたのに、なんてこった!
聞いたところから。
☆森のくまさん
☆クマトナデシコ
☆アナログマガール
僕はくりかまきの親しみやすさとか、MCになるとほぼ全員がさっと坐るような、ファンの人たちの心遣いが好きで、楽曲も親しみやすくていい。もっともっと関西でライブしてほしい。
http://kurikamaki.com/
23日、大阪日本橋のアートスペース亜蛮人に行って、「ベクシンスキー生誕85周年に寄せて 神の絶えた世界」を見た。
高田一樹、岡本梨奈、江川敏弘、CHiROL、とあるR、有我悟、みちよ、ニロタカ、加世田悠佑、Akago
テーマの「神の絶えた世界」も各作家さんはそれに応える力作を作っているな、と感じた。と、いうのは、とくに予備知識なく見に行って、見ている最中に、すべてが終わってしまった後の世界が描かれているようだな、と感想を持ったのだが、まさに、それは本展覧会のテーマに近しい内容だったからだ。
ベクシンスキーはポーランドの画家で、廃墟や滅びの作風、いかにも亜蛮人らしい企画公募だ、とあらためて思った。
http://www.aband.jp/exhibition.html
カールスルーエ
ウィリアム・ケントリッジ「時間の抵抗」
ウィリアム・ケントリッジの謎
ウィリアム・ケントリッジレクチャー
電子音楽のスタディーズ「シンセサイザーを再考する」
グザヴィエ・ドランオールナイト「マイ・マザー」「胸騒ぎの恋人」「わたしはロランス」
2月23日(日)
Berryz工房@キューズモール
ベビーテック
チッチとサリー
白玉ピロリン帝国、まりえ、ナトカン、10colors
LoopA 絢萌、木村、番匠谷
変カワ展 ゆめのシロップ
ベクシンスキー生誕85周年展
くりかまき
22日。京都、木屋町にある元・立誠小学校に行って、ウィリアム・ケントリッジ関連のイベントを見てきた。
まず、講堂で作品展示「時間の抵抗」。
5面スクリーンで展開される象徴的な映像(約30分)と、会場の真ん中で動き続ける巨大な木製機械。映像は、はやさの異なるメトロノームや、木炭アニメーション、メリエスを思わせる天文学映像、さまざまなシチュエーションやダンスを反復あるいは逆再生、それらがときに本のページに書き込まれるように映し出されたり、行進したり。
会場に入った人は、どこに立ってどこを見ていても自由だが、ひとつの映像を追うと、常に反対の面で起こっていることを見逃さざるを得ない。そうして、あっちこっちを見るうちに、知らず、自分の身体の上にも映像が投影されていて、別の鑑賞者からは、自分も映像の一部になっていることに気づかされるのだ。
これは必見!
3階のシアターでは、アレックス・ゲバッシィ監督の「ウィリアム・ケントリッジの謎」が上映されている。2000年。木炭アニメーションを作る過程などを、ドキュメンタリーで追っている。旧作のアニメーションも作品内で紹介されており、「時間の抵抗」以前のウィリアム・ケントリッジを知るうえで面白い。
また、午後1時からは、先斗町歌舞練場で、ウィリアム・ケントリッジによるレクチャーもあった。ウィリアム・ケントリッジは、松が描かれた背景の前で、アクションをたっぷりまじえたレクチャーをしていて、まるで舞を見ているようだった。
松の絵の背景が上にあがると、背後にはスクリーンが用意されており、ワークショップの映像や、「時間の抵抗」では使用されなかった映像の上映もされた。(男が、死んでしまった女性を解毒剤で生き返らせる映像を逆再生して、男が、女性に毒を飲ませて殺してしまう映像にしてしまう)
このレクチャーで、ウィリアム・ケントリッジは、いろいろ興味深い発言をしていた。
たとえば、2000光年離れた場所でキリストの姿を見ることができ、400光年離れた場所で関が原の合戦を見ることができるとするなら、宇宙はからっぽではなく、出来事のアーカイブが蓄えられた場なのではないか、とか。
天井から無数のプロジェクターで投射されるさまざまな映像を、観客は小さな手鏡をもって手元に写して見るようなプロジェクト、とか。
そうした刺激的なレクチャーを、僕は、広い桟敷席の座布団の上で、靴を脱いでゆったりと聞くことができた。(寝転んできくことも可能!)面白かった!
http://www.parasophia.jp/events/a/william-kentridge/
立誠小学校では、展覧会も開催されていた。
「□ったまま眠っている」と題した、芸術学部立体造形コース 3年生 18名による展覧会。有本憲人、氏原啓志、小澤友絵、大江亮太、川崎瑛弘、木村龍太郎、小西里佳、竹腰耕平、種田加奈、長塩ひかる、中村美央、唄ひかる、福島菜摘、藤井 暁、松本 創、森野茉央、吉岡 梓、吉川 瞳
普通は「立ったまま眠っている」なのだが、(血は立ったまま眠っている)、この展覧会では、「立」の部分にいろんな文字をあてはめるように、作品が展示されていた。あるいは、空欄に入るのが「立」の文字なのが正解だ、ということと、学校名の「立誠」をひっかけたのかもしれない。
ぎしぎしと足音のする小学校の校舎の教室や階段、廊下に不意にでくわすように作品が展示してあり、これはまるで、文化祭のお化け屋敷みたいだ、と思いながらあちこち探検した。作品それぞれも、意表をついたものが多くて、ますますお化け屋敷。たまたま時間帯がよくて、校舎めぐりをしているのが僕1人だけだったので、気分は「トイレの花子さん」だった。
22日(土)午後3時から、京都府民ホール「アルティ」でパーカッション・グループ「カールス・ルーエ」のコンサート。
カールス・ルーエは、カールスルーエ国立音楽大学教授もつとめる打楽器奏者・中村功を中心にしたパーカッション・グループ。「中村功と仲間たち」の名前で公演してきたが、昨年から「カールス・ルーエ」を名乗るようになった。メンバーは、中村功、前川典子、池上英樹、畑中明香、出井紗希子、ニルス・タナート。
プログラムは、次のとおり。
トリオ/ジョン・ケージ
イマジナリー・ランドスケープNo.2(行進曲No.1)/ジョン・ケージ
サード・コンストラクション/ジョン・ケージ
ドレッスーァ~木製楽器による打楽器トリオのために~/マウリッチオ・カーゲル
モザイク6/池上英樹(新作委嘱)
「ドレッスーァ」はメンバー自身が作った木製の机や椅子、木靴なども楽器として使われていた。
「モザイク6」はステージだけでなく、観客席後方や、出口付近など、会場を取り囲むような配置でパーカッションが設置され、いわば観客は打楽器で袋叩きにあう!言葉は悪いけど、そんな感じで、面白かった。演者は途中、移動もしていた。
http://www.alti.org/page/1382519840.html
22日、午後6時半から、京都MEDIA SHOPで「電子音楽のスタディーズ」第9回「シンセサイザーを再考する」を見てきた。
有馬純寿、川崎弘二、檜垣智也
ゲストにモジュラーシンセサイザーで電圧演奏をするunyo303。
今回のトークの内容は、シンセサイザーの歴史と電子音楽との関わりから、多様化する最近の動向まで。unyo303氏が実際にデモンストレーションで音を出しながらの説明。
あえての問題提起で、シンセサイザーが単に電子音を奏でる鍵盤楽器になってしまった傾向をどう受け止めるか(シンセサイザーとシンセの問題)、ワルター・カーロスや富田勲をどう受け止めるか、ボーカロイドの位置、と、いった話も出た。そうした、POP化、陳腐化と頽落の問題以前に、シンセサイザーの登場によって電子音楽は息の根をとめられたのではないか、という視点からの挑発的発言もあった。
しかし、この「電子音楽のスタディーズ」は、既に終わってしまった「電子音楽」について昔語りをする場ではなく、次回のテーマは「電子音楽の最近の動向~海外を中心に」なのである。終わったのではなく、定着して透明化したのだ、という言い方が穏当なのだが、わくわくする可能性の未来があるような気がしてならない。それは、今回unyo303氏が紹介された、何をどう使って何をするかユーザーが試されるような数々の新製品が輩出していることからもわかるように、未踏の地は常に用意されているのだ。また、YMOなどを通過せず、シンセサイザーをハードとして見たこともない世代の発想には大いに期待できるだろう。
最後には、モジュラーシンセとMax/MSPをリンクさせたライブ・セッションも行われた。
イベント後、間近でモジュラーシンセサイザーを見るが、あやしさ満点のモジュールだらけで面白かった。
http://www.unyo303.com/
22日(土)、午後11時45分から、京都みなみ会館で、グザヴィエ・ドラン監督特集のオールナイト上映を見てきた。
「マイ・マザー」2009年
グザヴィエ・ドラン監督、主演。
ゲイでマザコンで思春期。
母への愛憎は鮮烈!
「胸騒ぎの恋人」2010年
グザヴィエ・ドラン監督、主演。
嫉妬と三角関係と別れ。
胸騒ぎの張本人の青年の美しさと冷たさが秀逸!
「わたしはロランス」2012年
メルヴィル・プポー主演。ロランスの恋人フレッドを演じるのは、「マイ・マザー」にも出ていたスザンヌ・クレマン。
性同一性と、情熱的な恋人との別れたりくっついたり。
以上、3本、全部名作!
ストーリーが見事、登場人物が魅力的、音楽が秀逸、映像が鮮烈。
後姿とスローモーションとシンメトリーを多用した映像は、グザヴィエ・ドラン節とも呼べる特徴的なもので、たちまち真似したくなる素晴らしさ。
はじめてデレク・ジャーマン見たときと似たようなショックを受けた。
きっと、数多くの女性ファンが、グザヴィエ・ドランの同人誌を作るんじゃないか、と予感させるインパクトがあった。
見た順番もあるんだろうが、「わたしはロランス」の素晴らしさは十分にわかるが、「マイ・マザー」の驚きと「胸騒ぎの恋人」の興奮はロランス以上だったかも。
オールナイト終了は午前6時35分。
京都みなみ会館の方がわざわざ座席まで挨拶に来てくださってうれしかった。
入るときに受付で、「あ、保山さん来てくださった!」と即座に言われたので、僕も京都みなみ会館スタッフ界隈では、顔のとおった存在と見える。
http://www.ikilledmymother.net/
23日(日)午前11時45分から、心斎橋VARONで、「フリープラネット」
出演したアイドルは4組。
白玉ピロリン帝国
まりえ
ナト☆カン
10Color’s
白玉ピロリン帝国は「白玉メリーゴーランド」「しらたまーち」「白い雪のプリンセスは」の3曲。アイドルの魅力ピカイチ。
まりえは、「走れ」とオリジナル「エンプティ・ワールド」の2曲。
ナト☆カンは、「ナントカカントカ」とか3曲。DS担当の子が見れてよかった。
張り扇でお客さんを全力でしばくのだが、お客さんも喜んでそこに殺到するのが愉快。
10Color’sは山口県から。ピロリン帝国とかまりえ(32)とか適当アイドルとか、個性の強いネーミングの出演者の面々の後では、すごく正統派に見えた。
今回から新衣装で、これもまた可愛い。曲は「ODOD」とか3曲。
堀合琳華(りんりん)ばかり目が行った。
http://natokan.syncl.jp/
JR大阪三越伊勢丹6階のアート解放区で、向井正一展を見てきた。
ベビテクター(ベイビーとプロテクターを合成した造語で、鎧と特撮ヒーローをあわせたような外観)の展示。乳幼児体型の戦隊ヒーローみたいな作品でユーモラスな作品たち。ベイビーの装着するものだけに、作品のなかには必ず、乳幼児のモチーフが含まれていて、哺乳瓶やガラガラなどの玩具が使われていた。ふわふわの赤ん坊が笑顔を見せているのとは対照的に、何かから身を守り、攻撃的ですらある造型なのに、可愛いのである。
http://syoichi-mukai.jimdo.com/
JR大阪三越伊勢丹3階のDMO ARTSで、Cicci & Sulley「ふたりのシーズン」を見てきた。「ちっちとサリー」と言えば、つい最近読んだみつはしちかこの漫画「チッチとサリー小さな恋のものがたり」を思い浮かべるが、作風は全然違う。
足達清香(ちっち)の絵画、吉田恭子(サリー)のコラージュのアートユニット。
新書館のフォア・レディーズが現代版を出したら、きっと使われるであろう作品たち。会場においてあった今までの作品や展覧会の記録も見たけど、才能感じさせる面白さだった。
会場のすぐ近くにあちゃちゅむの売り場もあって、ひととおり物色した。(買わず)
http://www.dmoarts.com/exhibition/2014/01/3778/
23日(日)あべのキューズで、Berryz工房の新曲リリースイベントを見てきた。
到着したら、ちょうどリハーサル中で、新曲の「大人なのよ!」が聞けた。
午後1時の回
1.大人なのよ!
2.1億3千万総ダイエット王国
3.付き合ってるのに片思い
4.世の中薔薇色
5.ライバル
清水は眼帯をつけた状態でライブしていた。
午後3時30分の回
1.大人なのよ!
2.1億3千万総ダイエット王国
3.抱きしめて抱きしめて
4.恋の呪縛
5.chachaSing
1回目も2回目も、MCは桃子が中心で、ちなみとおしゃべりする形だった。
告知は熊井が行っていた。
そのトーク中、大阪の思い出で、空き時間に徳永千奈美は大阪の科学館に行ったことを話し、燃焼には酸素が必要だということを叩き込まれたみたいなことを言ってた。
ベリーズ工房はこの3月3日で10周年で、桃子はずっと変わらぬこのメンバーでおばあちゃんになってもハロープロジェクトのイベントに出たい、と言ってた。変わらぬメンバー、といっても、石村舞波は途中でやめてて、彼女だけいつまでも幼い記憶を残しているが。
恋の呪縛のイントロがかかったときの客席の盛り上がりぶりはすごかった!
さすがのクオリティーは、歌もダンスも余裕を感じさせた。
ライブハウスツアーもあるらしいが、兵庫と奈良には来ても、大阪の予定はないらしい。ベアーズとか紅鶴でしないかな。
23日(日)、アメリカ村のLoopAで、「LoopA music vol.1」を見てきた。
午後2時30分
絢萌(あやめ)
1.ビー・マイン
2.ラヴィン・ユー
3.ファー・アズ・ザ・スカイ(シャリース)
高校受験が終わり、今年初のライブで、3曲しか用意していない、ということで、トークを長めにとっていた。
午後3時10分
木村鞠菜(きむら・まりな)
1.やさしさに包まれたなら
2.I dreamed a dream 夢やぶれて
中学生シンガー。「まりな」という少女はどこか似たような雰囲気があるのは、単なる思い過ごしかな。
2曲目の途中で、歌がうまく歌えず、いったん歌をとめ、しばし休憩の後、歌おうとすると、また歌えずに泣いていたが、最後にはなんとか歌いきった。
午後4時40分
番匠谷紗衣(ばんじょうや・さえ)
1.誕生日
2.卒業写真
3.君へ
4.アイワナシーユー
ギター弾き語り。3曲目の「君へ」は自作のオリジナル曲。
4曲めは、立ってのギター弾き語り。
テレビ番組「関ジャニの仕分け」で知名度をあげたせいか、超満員。それだけの実力は、もちろんあるわけだが。弾き語りする姿は大人っぽいけど、まだ中学生なのである。
LoopAのライブ、木村鞠菜ちゃんと番匠谷紗衣ちゃんの間にヒサ絵ちゃんのライブもあったが、Berryz工房見るために抜けていたので、ヒサ絵ちゃんは最後の1曲しかちゃんと聞けなかった。また次回!
LoopAは入場無料で、出入り自由、道に面したスクリーンに、現在開催中の減災ファッションの展示の模様が映像として流れている。道行く人々が、歌声につられて、何をやっているのかな、と思っても、今日は超満員なので、中が見えない。で、スクリーンを見ると、歌のライブとは無関係なファッションイベントの模様が流されているのだ。それで納得して去っていく人も多いのが面白かった。
http://loop-a.jp/
23日、北堀江のARTHOUSEに行って開催中の展覧会を見てきた。
1階はくぼもとひろみの「ゆめのシロップ」
フェイクスイーツ作家meringue、刺繍作家小川依子とのコラボレーションで、とてつもなく可愛い世界が実現されていた。
日曜日だったので、マカロンや焼き菓子の販売もあり、それも可愛いかった。
2階は岩倉史朗とヒノマサヨによる「変カワ展」
1階の「ゆめのシロップ」が動物のいやおうなしの可愛さだったのに比べて、2階の「変カワ」はついつい「なんでやねん」と言いたくなる、人間のおかしさにつながる可愛さだった。
可愛さの原因と結果をそれぞれ1階と2階で代表しているような、面白い構成だった。
23日、午後5時からタワーレコード難波店で、くりかまきのインストアライブがあったので、見に行ってきた。
ドラヒップじゃないよ!くりかまきだよ!
このインストアライブは、来る3月12日発売の2nd Single「クマトナデシコ」の予約特典会ライブでもあった。番匠谷紗衣ちゃんのライブ終わりで駆けつけたものの、最初からは見れず、1曲聞き逃しているかもしれない。午後2時からの1回目を見逃してしまったので、2回目はちゃんと見ようと思ってたのに、なんてこった!
聞いたところから。
☆森のくまさん
☆クマトナデシコ
☆アナログマガール
僕はくりかまきの親しみやすさとか、MCになるとほぼ全員がさっと坐るような、ファンの人たちの心遣いが好きで、楽曲も親しみやすくていい。もっともっと関西でライブしてほしい。
http://kurikamaki.com/
23日、大阪日本橋のアートスペース亜蛮人に行って、「ベクシンスキー生誕85周年に寄せて 神の絶えた世界」を見た。
高田一樹、岡本梨奈、江川敏弘、CHiROL、とあるR、有我悟、みちよ、ニロタカ、加世田悠佑、Akago
テーマの「神の絶えた世界」も各作家さんはそれに応える力作を作っているな、と感じた。と、いうのは、とくに予備知識なく見に行って、見ている最中に、すべてが終わってしまった後の世界が描かれているようだな、と感想を持ったのだが、まさに、それは本展覧会のテーマに近しい内容だったからだ。
ベクシンスキーはポーランドの画家で、廃墟や滅びの作風、いかにも亜蛮人らしい企画公募だ、とあらためて思った。
http://www.aband.jp/exhibition.html
2月18日~2月21日
2014年3月2日 日常2月18日(火)
「アンナ・カレニナ」
2月19日(水)
「ROOM237」
「王将戦大盤解説会」
2月20日(木)
『つながりの戦後文化史』
2月21日(金)
「近代における「声」と語り」
あなるちゃんVSマジカルパワーマコ
ロドニー・アッシャー監督の「ROOM237」を見てきた。
スタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」を陰謀論的に読み解く複数の語り手。これぞ、オカルトの真髄なのかも。
ある語り手は、「シャイニング」の映像から、ミノタウルスやギリシア神話にまつわるモチーフが隠されていることを暴く。映画では、原作にない巨大迷路が出てくるのだが、もちろん、それはミノタウルスと関連している。
また、ある語り手は、映像から建物の見取り図を書いてみせるが、それは、ありえない空間を現出する。あるはずのないところに窓があり、元の場所に戻っているはずの動きで、全然違う場所に到達している。この建物は一体?!
また、ある語り手は、「シャイニング」のあちこちに隠された、先住民族のモチーフを発見する。
また、ある語り手は、ナチスによるホロコーストの象徴をあちこちに見出す。
などなど。
勝手にキューブリックの映像を使いまくって、謎や矛盾を解読し、とんでもない推理を展開する映画で、ある語り手など、映画をラストから逆回しにして、通常の映像と重ね合わせてみせて、分析する。それぞれの解釈に納得するかどうかは、見てのお楽しみ、ということで。
タイトルの「ROOM237」は主人公が幽霊をみる客室のナンバーだが、もともとはROOM217だったのを、舞台になったホテルから、「217号室に幽霊が出ると思われるから、違う番号にしてくれ」と要請があって、変えたのだ、とキューブリックは説明していたそうだ。ところが、実際には、そのホテルには、217号室も237号室もなかったのだ。なぜ、キューブリックは「237」にこだわったのか。もちろん、その謎もある語り手によって意外な仮説が述べられる。
面白かったのは、ある語り手による次にような推論だ。
アポロ計画で、月面に人間が到達した映像は、捏造である。キューブリックはその映像作りに加担していたが、「シャイニング」は、その罪ほろぼしに、アポロ計画映像捏造のヒントをちりばめて作られている。で、言われてみれば、たしかに、いろいろな手掛かりが見つかるのだ。
「シャイニング」を見る目が確実にかわってしまう映画だった。「シャイニング」また見たい!
http://www.room237.jp/
19日、午後2時から大阪鰻谷のスポニチプラザで、将棋王将戦第4局の大盤解説会があったので、見に行ってきた。渡辺明王将に羽生三冠が挑むシリーズ。
解説は、久保利明九段。聞き手は室田伊緒女流初段。
途中、「次の一手」問題で棋士のサイン色紙がもらえたりする特典もあった。僕は指し手をはずして、あいにくともらえなかったけど!
夜から仕事だったので、午後5時頃まで見て、帰宅せざるをえなかったのが残念。
羽生三冠が、対局後に、83手め4二香成りと「角を取ったところはよくなったんじゃないか」と振り返ったあたりまで見れたので、まあ、満足かな。ただし、大盤解説では、「まだまだ長くなりそう」と言ってたので、羽生優勢ながら、勝負はまだ不明、な局面だった。まだまだ長くなりそうな、その変化を渡辺王将が選択せず、あれれ、と思ったけど。
http://kifulog.shogi.or.jp/ousho/
午後6時から、京都造形芸術大学、京都芸術劇場春秋座に行って、「近代日本語における〈声〉と〈語り〉」の第6回研究会「折口信夫と三島由紀夫」を聞いてきた。
タイトルにある「三島由紀夫」は、次回にまわされ、折口についての回になった。
以下、プログラム。
モデレーター渡邊守章よりご挨拶とゲスト講師の紹介
問題提起講演(松浦寿輝)
問題提起講演(安藤礼二)
朗読・折口信夫『死者の書』抜粋(後藤加代、渡邊守章)
討議(松浦寿輝、安藤礼二、石田英敬、浅田彰、渡邊守章)
終了は午後9時。
松浦氏の講演では、折口のわからなさと声の問題について語られていた。
本居宣長の『古事記伝』、デリダの『グラマトロジーについて』などから、声とエクリチュールのことにふれられ、『死者の書』には人称も構成もない、という特徴をあげられた。
安藤氏の講演では、折口をマックス・ミューラーの比較神話学(比較言語学)と、岡正雄、エリアーデ(ヒエロファニー)につながる神がかりの線につないで問題提起された。
朗読は、渡邊氏演出の作品より、『死者の書』を1時間強におさめて演じられたもので、多くのエピソードは削られているが、後藤加代の朗読は迫力があって圧倒された。
従来、折口といえば民俗学と国文学の立場から、日本古代のテーマで語られることが多いが、今回の討議では、折口のハイカラさに注目された。先の問題提起講演であげられたようなデリダやマックス・ミューラー、フランス象徴主義、マラルメやアルトー、金髪の青年はラファエル前派などなど。
こういう切り口は、渡邊氏が言うように「異端」なのかもしれないが、面白い。浅田彰氏は折口のコスモポリタニズムに着目されていた。
また、松浦氏は『死者の書』を芸術家小説ととらえる視点をあげて、幸田露伴の『風流仏』や、北村透谷の『蓬莱曲』との親縁性を指摘されていた。
興味深い話題は尽きなかったが、なかでも浅田彰氏のかゆいところに手が届く明晰さは、見事だった。たとえば、今回は取り上げなかった三島由紀夫と折口の比較も最後にさらっとまとめていたし、朗読で強い調子で発せられた「した した した」の違和感の正体も明かされていたし、折口と言えば同性愛の話題は避けて通れないが、そのことにもふれて解説していた。
http://www.kyoto-art.ac.jp/events/376
京都造形芸術大学後、なんと、歩いて15分程度のところでライブがあると知り、駆けつけた。
元田中のbar HAWKWINDで、「あなるちゃん VS マジカル・パワー・マコ」
到着時、今まさに、あなるちゃんのライブがはじまる直前、というタイミング。
マジカルパワーマコの演奏をバックに、あなるちゃんが、玩具を多用して、ものごころつく以前の人間を思わせるパフォーマンスを展開する。「あなるちゃん」の名前は、フロイトの肛門期からとったのかどうか、本人に確かめたことはまだないけど、それを思わせる怪演だった。また、あなるちゃんのマジカルステッキともいえる、ハタキも数本用意され、振り回す姿は巫女さんのお祓いにも似ていた。「ハライ」を「ハタキ」でやってのけているようだった。
終電ぎりぎりまで粘ったけど、2回目のステージはほとんど見れず。でも、1回目で大満足!http://easywind.exblog.jp/19425902/
「アンナ・カレニナ」
2月19日(水)
「ROOM237」
「王将戦大盤解説会」
2月20日(木)
『つながりの戦後文化史』
2月21日(金)
「近代における「声」と語り」
あなるちゃんVSマジカルパワーマコ
ロドニー・アッシャー監督の「ROOM237」を見てきた。
スタンリー・キューブリックの映画「シャイニング」を陰謀論的に読み解く複数の語り手。これぞ、オカルトの真髄なのかも。
ある語り手は、「シャイニング」の映像から、ミノタウルスやギリシア神話にまつわるモチーフが隠されていることを暴く。映画では、原作にない巨大迷路が出てくるのだが、もちろん、それはミノタウルスと関連している。
また、ある語り手は、映像から建物の見取り図を書いてみせるが、それは、ありえない空間を現出する。あるはずのないところに窓があり、元の場所に戻っているはずの動きで、全然違う場所に到達している。この建物は一体?!
また、ある語り手は、「シャイニング」のあちこちに隠された、先住民族のモチーフを発見する。
また、ある語り手は、ナチスによるホロコーストの象徴をあちこちに見出す。
などなど。
勝手にキューブリックの映像を使いまくって、謎や矛盾を解読し、とんでもない推理を展開する映画で、ある語り手など、映画をラストから逆回しにして、通常の映像と重ね合わせてみせて、分析する。それぞれの解釈に納得するかどうかは、見てのお楽しみ、ということで。
タイトルの「ROOM237」は主人公が幽霊をみる客室のナンバーだが、もともとはROOM217だったのを、舞台になったホテルから、「217号室に幽霊が出ると思われるから、違う番号にしてくれ」と要請があって、変えたのだ、とキューブリックは説明していたそうだ。ところが、実際には、そのホテルには、217号室も237号室もなかったのだ。なぜ、キューブリックは「237」にこだわったのか。もちろん、その謎もある語り手によって意外な仮説が述べられる。
面白かったのは、ある語り手による次にような推論だ。
アポロ計画で、月面に人間が到達した映像は、捏造である。キューブリックはその映像作りに加担していたが、「シャイニング」は、その罪ほろぼしに、アポロ計画映像捏造のヒントをちりばめて作られている。で、言われてみれば、たしかに、いろいろな手掛かりが見つかるのだ。
「シャイニング」を見る目が確実にかわってしまう映画だった。「シャイニング」また見たい!
http://www.room237.jp/
19日、午後2時から大阪鰻谷のスポニチプラザで、将棋王将戦第4局の大盤解説会があったので、見に行ってきた。渡辺明王将に羽生三冠が挑むシリーズ。
解説は、久保利明九段。聞き手は室田伊緒女流初段。
途中、「次の一手」問題で棋士のサイン色紙がもらえたりする特典もあった。僕は指し手をはずして、あいにくともらえなかったけど!
夜から仕事だったので、午後5時頃まで見て、帰宅せざるをえなかったのが残念。
羽生三冠が、対局後に、83手め4二香成りと「角を取ったところはよくなったんじゃないか」と振り返ったあたりまで見れたので、まあ、満足かな。ただし、大盤解説では、「まだまだ長くなりそう」と言ってたので、羽生優勢ながら、勝負はまだ不明、な局面だった。まだまだ長くなりそうな、その変化を渡辺王将が選択せず、あれれ、と思ったけど。
http://kifulog.shogi.or.jp/ousho/
午後6時から、京都造形芸術大学、京都芸術劇場春秋座に行って、「近代日本語における〈声〉と〈語り〉」の第6回研究会「折口信夫と三島由紀夫」を聞いてきた。
タイトルにある「三島由紀夫」は、次回にまわされ、折口についての回になった。
以下、プログラム。
モデレーター渡邊守章よりご挨拶とゲスト講師の紹介
問題提起講演(松浦寿輝)
問題提起講演(安藤礼二)
朗読・折口信夫『死者の書』抜粋(後藤加代、渡邊守章)
討議(松浦寿輝、安藤礼二、石田英敬、浅田彰、渡邊守章)
終了は午後9時。
松浦氏の講演では、折口のわからなさと声の問題について語られていた。
本居宣長の『古事記伝』、デリダの『グラマトロジーについて』などから、声とエクリチュールのことにふれられ、『死者の書』には人称も構成もない、という特徴をあげられた。
安藤氏の講演では、折口をマックス・ミューラーの比較神話学(比較言語学)と、岡正雄、エリアーデ(ヒエロファニー)につながる神がかりの線につないで問題提起された。
朗読は、渡邊氏演出の作品より、『死者の書』を1時間強におさめて演じられたもので、多くのエピソードは削られているが、後藤加代の朗読は迫力があって圧倒された。
従来、折口といえば民俗学と国文学の立場から、日本古代のテーマで語られることが多いが、今回の討議では、折口のハイカラさに注目された。先の問題提起講演であげられたようなデリダやマックス・ミューラー、フランス象徴主義、マラルメやアルトー、金髪の青年はラファエル前派などなど。
こういう切り口は、渡邊氏が言うように「異端」なのかもしれないが、面白い。浅田彰氏は折口のコスモポリタニズムに着目されていた。
また、松浦氏は『死者の書』を芸術家小説ととらえる視点をあげて、幸田露伴の『風流仏』や、北村透谷の『蓬莱曲』との親縁性を指摘されていた。
興味深い話題は尽きなかったが、なかでも浅田彰氏のかゆいところに手が届く明晰さは、見事だった。たとえば、今回は取り上げなかった三島由紀夫と折口の比較も最後にさらっとまとめていたし、朗読で強い調子で発せられた「した した した」の違和感の正体も明かされていたし、折口と言えば同性愛の話題は避けて通れないが、そのことにもふれて解説していた。
http://www.kyoto-art.ac.jp/events/376
京都造形芸術大学後、なんと、歩いて15分程度のところでライブがあると知り、駆けつけた。
元田中のbar HAWKWINDで、「あなるちゃん VS マジカル・パワー・マコ」
到着時、今まさに、あなるちゃんのライブがはじまる直前、というタイミング。
マジカルパワーマコの演奏をバックに、あなるちゃんが、玩具を多用して、ものごころつく以前の人間を思わせるパフォーマンスを展開する。「あなるちゃん」の名前は、フロイトの肛門期からとったのかどうか、本人に確かめたことはまだないけど、それを思わせる怪演だった。また、あなるちゃんのマジカルステッキともいえる、ハタキも数本用意され、振り回す姿は巫女さんのお祓いにも似ていた。「ハライ」を「ハタキ」でやってのけているようだった。
終電ぎりぎりまで粘ったけど、2回目のステージはほとんど見れず。でも、1回目で大満足!http://easywind.exblog.jp/19425902/
3月2日10minutes
2014年2月24日 アイドルたいへんお待たせしました!
3月2日(日)10minutesの詳細です。
14:30 open~物販
15:00 start~保山挨拶
15:30
須磨日和
RiMi☆Cherry
16:00
北村來嶺彩
えりこぎたー
Bugって花井
みちゃこ
17:00
恋村虚無子
ツインテイルズ
大塚亜美
プリズムパワーズ
18:00
はっち
秋山衣梨佳
終了後物販
前売り予約1500円/当日2000円
ドリンク代なし、飲食物持込可、再入場可
なんばBEARS
大阪府大阪市浪速区難波中3-14-5 新日本難波ビルB1
06-6649-5564
(浪速区役所筋向かい、ジンオートレンタカー隣のビル地下1階)
http://namba-bears.main.jp/contact.html
3月2日(日)10minutesの詳細です。
14:30 open~物販
15:00 start~保山挨拶
15:30
須磨日和
RiMi☆Cherry
16:00
北村來嶺彩
えりこぎたー
Bugって花井
みちゃこ
17:00
恋村虚無子
ツインテイルズ
大塚亜美
プリズムパワーズ
18:00
はっち
秋山衣梨佳
終了後物販
前売り予約1500円/当日2000円
ドリンク代なし、飲食物持込可、再入場可
なんばBEARS
大阪府大阪市浪速区難波中3-14-5 新日本難波ビルB1
06-6649-5564
(浪速区役所筋向かい、ジンオートレンタカー隣のビル地下1階)
http://namba-bears.main.jp/contact.html
「みんなのサザエさん展」@大丸心斎橋店~「地球防衛未亡人」
2014年2月17日 映画大丸心斎橋店で「みんなのサザエさん展」を見てきた。
入場時にもらったしおりは、タラちゃんのしおり。ランダムにキャラクターがかわるようだ。
キャラクターの紹介や、サザエさんのお茶の間を再現した「磯野家」、「あさひが丘商店街」ではお店の人がサザエさんのエピソードを語ってくれる。
また、おはぎを取ると、波平が出てきて「バカモーン!」と怒鳴ったり、サザエさん神社で鈴をふると、占いを聞くこともできる。
間違いさがしのクイズや、詰め将棋もあった。
昭和44年のアニメ第一話「75点の天才!」の上映もあった。
ふだんテストで悪い点数のカツオが、75点をとって有頂天になり、サザエに気違い扱いされる。磯野家の面々はカツオの優等生ぶりを証明するために、75点の答案用紙を見せようとするが、0点の答案用紙の束と一緒にカツオが天井裏に隠してしまったために、家捜しの大騒ぎになる。今では考えられないスラップスティックな味わいだった。http://www.sazaesan45.com/
河崎実監督の「地球防衛未亡人」を見てきた。
主演は壇蜜。
森次晃嗣が壇蜜に「ダン隊員!」と何度も言うおかしみ。
思いもかけぬ電エース登場(超特急のユースケが変身する)。
三角諸島をめぐる日本、中国、アメリカ、台湾、韓国のおもわく。
核廃棄物を食糧にする怪獣ベムラスのとりあい。
オスプレイとメスプレイの出動。
怪獣を攻撃するとエクスタシーを感じる壇蜜。
アメノウズメノミコトやクラインの壷などの屁理屈。
総理や大統領、元都知事のそっくりさんが交わすむちゃくちゃな会話。
とにかく、ツッコミながら見ているだけで映画が終わってしまう、大バカ映画だった。
よくぞ、これだけネタを詰め込んだものだと感心した!http://cbm-movie.com/
入場時にもらったしおりは、タラちゃんのしおり。ランダムにキャラクターがかわるようだ。
キャラクターの紹介や、サザエさんのお茶の間を再現した「磯野家」、「あさひが丘商店街」ではお店の人がサザエさんのエピソードを語ってくれる。
また、おはぎを取ると、波平が出てきて「バカモーン!」と怒鳴ったり、サザエさん神社で鈴をふると、占いを聞くこともできる。
間違いさがしのクイズや、詰め将棋もあった。
昭和44年のアニメ第一話「75点の天才!」の上映もあった。
ふだんテストで悪い点数のカツオが、75点をとって有頂天になり、サザエに気違い扱いされる。磯野家の面々はカツオの優等生ぶりを証明するために、75点の答案用紙を見せようとするが、0点の答案用紙の束と一緒にカツオが天井裏に隠してしまったために、家捜しの大騒ぎになる。今では考えられないスラップスティックな味わいだった。http://www.sazaesan45.com/
河崎実監督の「地球防衛未亡人」を見てきた。
主演は壇蜜。
森次晃嗣が壇蜜に「ダン隊員!」と何度も言うおかしみ。
思いもかけぬ電エース登場(超特急のユースケが変身する)。
三角諸島をめぐる日本、中国、アメリカ、台湾、韓国のおもわく。
核廃棄物を食糧にする怪獣ベムラスのとりあい。
オスプレイとメスプレイの出動。
怪獣を攻撃するとエクスタシーを感じる壇蜜。
アメノウズメノミコトやクラインの壷などの屁理屈。
総理や大統領、元都知事のそっくりさんが交わすむちゃくちゃな会話。
とにかく、ツッコミながら見ているだけで映画が終わってしまう、大バカ映画だった。
よくぞ、これだけネタを詰め込んだものだと感心した!http://cbm-movie.com/
「17歳」「マイティ・ソー ダーク・ワールド」
2014年2月16日 映画フランソワ・オゾン監督の「17歳」を見てきた。
「17歳」?今関あきよし監督にも「十七歳」という映画があったけど、それだけ、17歳の少女は映画的な年齢なのかも。
夏にボーイフレンドと初体験をすませたばかりの少女は、インターネットと携帯電話を利用して、なんと、娼婦になってしまう。
常連の優しい年上の男性が、腹上死して、売春をしていたことが警察にも家族にばれてしまう。
その後の精神科医との接見やら、新しい恋とか。
家族などの普通の大人たちの動揺に比べて、少女のなんという、まっすぐな生き方なのか!
こういう思春期と呼ばれる時期の、性愛をからめた話になると、すぐに、肉体と心のアンバランス、みたいな話をされるが、そんな学校の保健体育的な話は信じない!
僕は相手が小学生だろうと、お年寄りであろうと、対等の人間として接するつもり。それで問題が生じるとすれば、普段他人に接するありかたが、そもそも間違っているので、修正すべきは、年少や年長への接し方ではなく、それ以外の人々への接し方だと思う。
なお、予備知識なしで見にいったおかげで、後半に、思いもかけぬシャーロット・ランプリングの登場に心躍った。正直に言って、主人公の少女よりもシャーロット・ランプリングに魅力を感じた。
http://www.17-movie.jp/
アラン・テイラー監督の「マイティ・ソー ダーク・ワールド」を見てきた。
2015年の「アベンジャーズ」に向けてのマーベル総力をあげてのアベンジャーズ・プロジェクト。
惑星直列のときに宇宙を闇にかえるエーテルのパワーが発動する!
5千年に一度のチャンスに甦ったダーク・エルフの長、マレキスの野望を、挫くことができるのか?!
対するはマイティ・ソーと、かつての敵役のロキ。
このロキというのが、ドラゴンボールでのピッコロやベジータとは違って、その能力や情報はマレキス打倒に必要とされるものの、いつ裏切るかわからない、厄介な存在なのである。
また、惑星直列でパワーが甦る、というのは、よくある設定で、まるで劇場版ポケモンでも見ているような気分だった。
ただ、映像のクオリティーはさすがで、とくに、空間を転移しながらの空中バトルは相当な迫力があった。一撃で数十メートルぶっとばされるのが、最近のトレンドらしい。
なお、この映画の前に、「エンドクレジットの後も映像があります」と日本語でわざわざ断りがあったのは、クレジットが流れ出すとすぐに席を立ってしまう人が多いということなので、情けない気がした。どういうわけか、映画の真っ最中にトイレに行く人も多いしね。生理現象とはいえ、テレビ見てるのと、同じ感覚なんだろうか。
http://www.marvel-japan.com/movies/thor/
「17歳」?今関あきよし監督にも「十七歳」という映画があったけど、それだけ、17歳の少女は映画的な年齢なのかも。
夏にボーイフレンドと初体験をすませたばかりの少女は、インターネットと携帯電話を利用して、なんと、娼婦になってしまう。
常連の優しい年上の男性が、腹上死して、売春をしていたことが警察にも家族にばれてしまう。
その後の精神科医との接見やら、新しい恋とか。
家族などの普通の大人たちの動揺に比べて、少女のなんという、まっすぐな生き方なのか!
こういう思春期と呼ばれる時期の、性愛をからめた話になると、すぐに、肉体と心のアンバランス、みたいな話をされるが、そんな学校の保健体育的な話は信じない!
僕は相手が小学生だろうと、お年寄りであろうと、対等の人間として接するつもり。それで問題が生じるとすれば、普段他人に接するありかたが、そもそも間違っているので、修正すべきは、年少や年長への接し方ではなく、それ以外の人々への接し方だと思う。
なお、予備知識なしで見にいったおかげで、後半に、思いもかけぬシャーロット・ランプリングの登場に心躍った。正直に言って、主人公の少女よりもシャーロット・ランプリングに魅力を感じた。
http://www.17-movie.jp/
アラン・テイラー監督の「マイティ・ソー ダーク・ワールド」を見てきた。
2015年の「アベンジャーズ」に向けてのマーベル総力をあげてのアベンジャーズ・プロジェクト。
惑星直列のときに宇宙を闇にかえるエーテルのパワーが発動する!
5千年に一度のチャンスに甦ったダーク・エルフの長、マレキスの野望を、挫くことができるのか?!
対するはマイティ・ソーと、かつての敵役のロキ。
このロキというのが、ドラゴンボールでのピッコロやベジータとは違って、その能力や情報はマレキス打倒に必要とされるものの、いつ裏切るかわからない、厄介な存在なのである。
また、惑星直列でパワーが甦る、というのは、よくある設定で、まるで劇場版ポケモンでも見ているような気分だった。
ただ、映像のクオリティーはさすがで、とくに、空間を転移しながらの空中バトルは相当な迫力があった。一撃で数十メートルぶっとばされるのが、最近のトレンドらしい。
なお、この映画の前に、「エンドクレジットの後も映像があります」と日本語でわざわざ断りがあったのは、クレジットが流れ出すとすぐに席を立ってしまう人が多いということなので、情けない気がした。どういうわけか、映画の真っ最中にトイレに行く人も多いしね。生理現象とはいえ、テレビ見てるのと、同じ感覚なんだろうか。
http://www.marvel-japan.com/movies/thor/
NHK大阪で、バリバラSP「SHOW-1グランプリ2014」の収録を見てきた。
一番面白い障碍者を選ぶグランプリ。
出場するTASKEに招待されて見に行ったのだが、出場者8組のうち、3組が知人だった。約半分。率高い!
出場者とか、優勝者とか、3月の放送まで明かさないほうがいいのかもしれないので、ここではレポートしませんが、みんなめちゃくちゃ面白かった。
3月に2週にわけて4組ずつ放送があるらしい。
これは楽しみにしておいて損はない!http://www.nhk.or.jp/baribara/special/showone.html
京都アバンギルドに行って、「カオス・ライヴシリーズ Roarology 01」を見てきた。
満員の大賑わい。どれもかっこよくて、大満足。
出演は、
goat
EP-4 unit3
鈴木創士グループ(鈴木創士、ユン・ツボタジ、河端一、タバタミツル、PIKA☆、sara、橋本孝之)
オープニングアクト:KATSUNOVA
映像:細井尚登(EP-4 unit3)
仙石彬人 AKITO SENGOKU [TIME PAINTING, Visual](鈴木創士グループ)
NHK収録が終わって駆けつけたので、goatがはじまったあたりから見ることができた。
入るなり、goatの音に蜂の巣にされた感じ。
EP-4 unit3はアルトーの意味不明な表音文などが映像であらわされていた。
音の壁を構築する試み。
鈴木創士グループは、やりたいことをそれぞれやったら、こうなった、というような感じ。音楽の方向性の違いはそれぞれあるにちがいないのに、1つにまとまると、かっこいい音楽になってしまうのはさすが。橋本氏が踊りまくってたのには驚いた。
客席側にも、友人が多数おり、楽しかった。
今日は天気も悪かったが、やはり、こういう日こそ、外出すべきだな、と実感した。
https://www.facebook.com/events/1442542182630320/?ref_dashboard_filter=upcoming
一番面白い障碍者を選ぶグランプリ。
出場するTASKEに招待されて見に行ったのだが、出場者8組のうち、3組が知人だった。約半分。率高い!
出場者とか、優勝者とか、3月の放送まで明かさないほうがいいのかもしれないので、ここではレポートしませんが、みんなめちゃくちゃ面白かった。
3月に2週にわけて4組ずつ放送があるらしい。
これは楽しみにしておいて損はない!http://www.nhk.or.jp/baribara/special/showone.html
京都アバンギルドに行って、「カオス・ライヴシリーズ Roarology 01」を見てきた。
満員の大賑わい。どれもかっこよくて、大満足。
出演は、
goat
EP-4 unit3
鈴木創士グループ(鈴木創士、ユン・ツボタジ、河端一、タバタミツル、PIKA☆、sara、橋本孝之)
オープニングアクト:KATSUNOVA
映像:細井尚登(EP-4 unit3)
仙石彬人 AKITO SENGOKU [TIME PAINTING, Visual](鈴木創士グループ)
NHK収録が終わって駆けつけたので、goatがはじまったあたりから見ることができた。
入るなり、goatの音に蜂の巣にされた感じ。
EP-4 unit3はアルトーの意味不明な表音文などが映像であらわされていた。
音の壁を構築する試み。
鈴木創士グループは、やりたいことをそれぞれやったら、こうなった、というような感じ。音楽の方向性の違いはそれぞれあるにちがいないのに、1つにまとまると、かっこいい音楽になってしまうのはさすが。橋本氏が踊りまくってたのには驚いた。
客席側にも、友人が多数おり、楽しかった。
今日は天気も悪かったが、やはり、こういう日こそ、外出すべきだな、と実感した。
https://www.facebook.com/events/1442542182630320/?ref_dashboard_filter=upcoming
「昭和の日曜日~家族旅行、百貨店、映画~」~民族誌映画特集「映像でみる世界の文化」~「熱情と冷静のアヴァンギャルド」~タムラサトル個展「愛マシーン」~「地球防衛未亡人」公開記念イベント
2014年2月14日 映画
今日は大雪。大阪くらしの今昔館に行って、企画展「昭和の日曜日~家族旅行、百貨店、映画~」を見てきた。最終日のすべりこみ。
昭和の家族にとっての3つの憧れ、家族旅行(電車の切符、ペナント、絵葉書、おみやげもの、駅弁、鉄道グッズなど)、百貨店(高級玩具、生活用品など)、映画スター(映画看板、ポスターなど)。そして、番外編として子どもの玩具(ボードゲーム、すごろく、面子など)が展示してあり、子どもの玩具は手にとって遊ぶこともできた。(ダイヤモンドゲーム、けんだま、万華鏡、平賀源内など)
すごろくに描かれていた絵が、「あ、宇宙エースとホッパとパピイとオスパーだ」「あ、サンダーバードと光速エスパー」と、わかってしまうのは、僕にとっては懐かしのレトロな世界でなく、つい先日の話だからだろう。
映画の細長いポスターで気になった映画は、轟夕起子主演の「女子寮祭」。それほど浮かれた感じでもないポスターだったので、青春の問題作なのかも。
http://konjyakukan.com/kikakutenji.html
大阪・九条のシネ・ヌーヴォXで、民族誌映画特集「映像でみる世界の文化」から、3本を見た。
村尾静二制作・撮影の「老いの時空」(インドネシア)
影絵人形を操る老人の暮らし。石鹸もつけずに剛毛のブラシで体を洗ったりしてた。なんと強い肉体なのか。
森田良成制作・撮影の「アナ・ボトル-西ティモールの町と村で生きる」(インドネシア)
廃品回収で生計をたてる男たちは、「空き瓶の子(アナ・ボトル)」と呼ばれる。少年から50代まで年齢層は広いが、映画では、若い男性と少年が撮影されていた。ごみだめの中で寝起きしているように見える生活、重い金属や空き瓶を運ぶ肉体労働なのに、彼らの表情はどこか飄々としており、余裕がある。そして、稼いだお金をお祝いで吐き出してケロリとしている。強い!
南出和余制作・撮影の「シムルの夢と葛藤」(バングラデシュ、ギリシャ)
バングラデシュからギリシャに出稼ぎに行った男たち。当初の予想とは大きくかけはなれた現実のきびしさにあって、たいして金儲けもできず、何年も国に帰れない彼ら。この映画では、ギリシャで働くシムルと、バングラデシュで何年も待ち続ける若い妻を撮影し、映像で繋いだりする。
この特集は、全部で10本の映画が上映され、全部見たかったのだが、最終日にやっと3本だけ見れた。どこかで見る機会があればいいのに。
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/minzokushi/minzokushi.htm
南堀江のdddギャラリーで「熱情と冷静のアヴァンギャルド」を見てきた。
大阪新美術館建設準備室デザインコレクション。
ロシア・アヴァンギャルド
エル・リシツキーとアレクサンドル・ロトチェンコ
チェコ・アヴァンギャルド
ヤン・チヒョルトとマックス・ビル
バウハウス
デ・スティル
オランダ・グラフィックの諸相
スイス・スタイル
以上の項目にわけて展示されていた。
dddギャラリーらしく、タイポグラフィーに特徴のある展示が目立った。http://www.dnp.co.jp/gallery/ddd/
TEZUKAYAMA GALLERYでタムラサトル個展「愛マシーン」を見てきた。
チェーンの回転で描かれる「愛」の文字やハート形、「LOVE」や「!」など。
今日は最終日で、午後4時からクロージング特別企画として、タムラサトルと國府理(こくふ・おさむ)のトークイベントがあった。
2人のアーチストは、どちらも機械を作品に用いているが、機械と作品に関するスタンスは大きく違っており、面白かった。
幼い頃から機械いじりが大好きで、そのままアーチストになったかのような國府理は、トークで聞くかぎり、どこか自意識の高い職人のようなイメージ。
その都度、一番やりたいことをやる、という感じ。
一方、タムラサトルは、たとえばワニを回転させたい、などの思い付きを力わざで実現させるために機械に触れ、過程も楽しむタイプに見えた。
一番やりたいことをやるのは、國府理と同様だが、その前に、今までやってきたことに「飽きる」という転換点があるように思えた。
おおざっぱな印象だけで言うと、機械に淫する國府理と、作業に淫するタムラサトル、かな。違うような気もするけど、まあ、いいか。
http://tezukayama-g.com/exhibitions-current/
午後7時半から、なんば紅鶴で、特撮ヒーロー広報部番外編「地球防衛未亡人」公開記念イベント
河崎実監督をお招きして、紅鶴レギュラーメンバーと、安斎レオさんが一般の舞台挨拶では聞けない深くて、濃く、しかもバカなトークを繰り広げた。
「地球防衛」で硬いイメージをぶちあげて「未亡人」やら「少女イコちゃん」など柔らかい言葉で緩急、硬軟のギャップを生み出すネーミングは、「早朝ソープ」から思いついた、とか、口からでまかせなのか、本当にそうなのかわからないトークは、まるで、ほらふき男爵の演説を聞いているかのような趣きだった。
面白い!
なんだかわからないままに、15日から公開される「地球防衛未亡人」を見たくなってきたから、これは魔法だ。
http://benitsuru.net/archives/5894
昭和の家族にとっての3つの憧れ、家族旅行(電車の切符、ペナント、絵葉書、おみやげもの、駅弁、鉄道グッズなど)、百貨店(高級玩具、生活用品など)、映画スター(映画看板、ポスターなど)。そして、番外編として子どもの玩具(ボードゲーム、すごろく、面子など)が展示してあり、子どもの玩具は手にとって遊ぶこともできた。(ダイヤモンドゲーム、けんだま、万華鏡、平賀源内など)
すごろくに描かれていた絵が、「あ、宇宙エースとホッパとパピイとオスパーだ」「あ、サンダーバードと光速エスパー」と、わかってしまうのは、僕にとっては懐かしのレトロな世界でなく、つい先日の話だからだろう。
映画の細長いポスターで気になった映画は、轟夕起子主演の「女子寮祭」。それほど浮かれた感じでもないポスターだったので、青春の問題作なのかも。
http://konjyakukan.com/kikakutenji.html
大阪・九条のシネ・ヌーヴォXで、民族誌映画特集「映像でみる世界の文化」から、3本を見た。
村尾静二制作・撮影の「老いの時空」(インドネシア)
影絵人形を操る老人の暮らし。石鹸もつけずに剛毛のブラシで体を洗ったりしてた。なんと強い肉体なのか。
森田良成制作・撮影の「アナ・ボトル-西ティモールの町と村で生きる」(インドネシア)
廃品回収で生計をたてる男たちは、「空き瓶の子(アナ・ボトル)」と呼ばれる。少年から50代まで年齢層は広いが、映画では、若い男性と少年が撮影されていた。ごみだめの中で寝起きしているように見える生活、重い金属や空き瓶を運ぶ肉体労働なのに、彼らの表情はどこか飄々としており、余裕がある。そして、稼いだお金をお祝いで吐き出してケロリとしている。強い!
南出和余制作・撮影の「シムルの夢と葛藤」(バングラデシュ、ギリシャ)
バングラデシュからギリシャに出稼ぎに行った男たち。当初の予想とは大きくかけはなれた現実のきびしさにあって、たいして金儲けもできず、何年も国に帰れない彼ら。この映画では、ギリシャで働くシムルと、バングラデシュで何年も待ち続ける若い妻を撮影し、映像で繋いだりする。
この特集は、全部で10本の映画が上映され、全部見たかったのだが、最終日にやっと3本だけ見れた。どこかで見る機会があればいいのに。
http://www.cinenouveau.com/sakuhin/minzokushi/minzokushi.htm
南堀江のdddギャラリーで「熱情と冷静のアヴァンギャルド」を見てきた。
大阪新美術館建設準備室デザインコレクション。
ロシア・アヴァンギャルド
エル・リシツキーとアレクサンドル・ロトチェンコ
チェコ・アヴァンギャルド
ヤン・チヒョルトとマックス・ビル
バウハウス
デ・スティル
オランダ・グラフィックの諸相
スイス・スタイル
以上の項目にわけて展示されていた。
dddギャラリーらしく、タイポグラフィーに特徴のある展示が目立った。http://www.dnp.co.jp/gallery/ddd/
TEZUKAYAMA GALLERYでタムラサトル個展「愛マシーン」を見てきた。
チェーンの回転で描かれる「愛」の文字やハート形、「LOVE」や「!」など。
今日は最終日で、午後4時からクロージング特別企画として、タムラサトルと國府理(こくふ・おさむ)のトークイベントがあった。
2人のアーチストは、どちらも機械を作品に用いているが、機械と作品に関するスタンスは大きく違っており、面白かった。
幼い頃から機械いじりが大好きで、そのままアーチストになったかのような國府理は、トークで聞くかぎり、どこか自意識の高い職人のようなイメージ。
その都度、一番やりたいことをやる、という感じ。
一方、タムラサトルは、たとえばワニを回転させたい、などの思い付きを力わざで実現させるために機械に触れ、過程も楽しむタイプに見えた。
一番やりたいことをやるのは、國府理と同様だが、その前に、今までやってきたことに「飽きる」という転換点があるように思えた。
おおざっぱな印象だけで言うと、機械に淫する國府理と、作業に淫するタムラサトル、かな。違うような気もするけど、まあ、いいか。
http://tezukayama-g.com/exhibitions-current/
午後7時半から、なんば紅鶴で、特撮ヒーロー広報部番外編「地球防衛未亡人」公開記念イベント
河崎実監督をお招きして、紅鶴レギュラーメンバーと、安斎レオさんが一般の舞台挨拶では聞けない深くて、濃く、しかもバカなトークを繰り広げた。
「地球防衛」で硬いイメージをぶちあげて「未亡人」やら「少女イコちゃん」など柔らかい言葉で緩急、硬軟のギャップを生み出すネーミングは、「早朝ソープ」から思いついた、とか、口からでまかせなのか、本当にそうなのかわからないトークは、まるで、ほらふき男爵の演説を聞いているかのような趣きだった。
面白い!
なんだかわからないままに、15日から公開される「地球防衛未亡人」を見たくなってきたから、これは魔法だ。
http://benitsuru.net/archives/5894
久生十蘭の『十蘭万華鏡』を読んだ。
花束町一番地
贖罪
大竜巻
ヒコスケと艦長
三笠の月
少年
花合せ
再会
天国の登り口
雲の小径
川波
一の倉沢
戦争を題材にとった作品や、遣唐使の時代の話など。
読んでいて、あれ、と思ったところがあったので、引用しておく。
「花合せ」1946年5月『婦人文庫』
「雲の小径」1956年1月『別冊小説新潮』
ちなみに、「花合せ」に出てくる『山鷸嬢』(ラ・ベカシイヌ)は、ベカシーヌちゃんの漫画物語のこと。
引用したのを読み比べてみると、似たような言い回しを使っているのがわかる。本書の編集者が、それを見越して、同じ1冊にいれたのだろうが、十蘭が別の作品で同じような言い回しをまさに使いまわしていた、というのが面白い。
もうひとつ。
「再会」1953年6月『文藝春秋』
花束町一番地
贖罪
大竜巻
ヒコスケと艦長
三笠の月
少年
花合せ
再会
天国の登り口
雲の小径
川波
一の倉沢
戦争を題材にとった作品や、遣唐使の時代の話など。
読んでいて、あれ、と思ったところがあったので、引用しておく。
「石壇にいるうちに思いだしてくださるかと期待していたら、とうとうだめでしたわ。あなたはいけないかたなのよ、むかしから」
「それは無理だ。僕が見たころのあなたは『山鷸嬢』を読んでいたひとでしょう。雀斑っていうなら、だいいち、その雀斑だって無いじゃありませんか。むかしのおもかげなんかどこにだって残っていませんよ」
「むかしのおもかげって、あなた、むかしのあたくしごぞんじのつもり。あのころあなたはカジノにばかり夢中になって、たまにお食堂でお目にかかっても、あたくしのほうなんかいちどだってごらんにならなかったわ」
「花合せ」1946年5月『婦人文庫』
「大阪を飛びだすときから、気がついてくださるかと、期待していたんですけど、だめだったわ」
「もう、5年になりますか。お宅へ伺ってsたころは、ディヴァンに寝そべって、漫画の本を読んでいたひとでしょう。ひどく大人くさくなって、むかしの面影なんか、どこにもないから、思いだせといったって、それは無理です」
「むかしの面影って、むかしのあたしを知っているつもり?うちの香世子にばかり夢中になって、ときたま食堂でなんかお逢いしても、あたしのほうなんか、見たことがなかったじゃ、ありませんか」
「雲の小径」1956年1月『別冊小説新潮』
ちなみに、「花合せ」に出てくる『山鷸嬢』(ラ・ベカシイヌ)は、ベカシーヌちゃんの漫画物語のこと。
引用したのを読み比べてみると、似たような言い回しを使っているのがわかる。本書の編集者が、それを見越して、同じ1冊にいれたのだろうが、十蘭が別の作品で同じような言い回しをまさに使いまわしていた、というのが面白い。
もうひとつ。
津村は美男というのではないが、柔和な、爽やかな感じのする青年だった。金持の馬鹿息子の通弊で相当にずぼらなところがあり、ぬうとした掴みどころのないようすをしているが、ときにはこの男がと思うような鋭い才気を見せることがあった。病気のせいで頬が巴旦杏色に艶に赤らみ、眼のなかがいつもしっとりと濡れて、男の色気といったようなものを感じさせたが、そのころのおもかげは、いまもまだ残っている。
「再会」1953年6月『文藝春秋』
治兵衛は豊川財閥の二代目からの分家の当主で、金持ちの馬鹿息子に共通したずぼらなところがあり、ぬうっとした見かけをしているが、ときには、この男がと思うような鋭い才気を見せることもあった。色が白く、頬が巴旦杏色に艶に赤らみ、彫のある曰くありげな指輪をはめたりしているのも、板について気障な感じがしなかった。
「川波」1956年『別冊文藝春秋』
「光にふれる」「鉄くず拾いの物語」
2014年2月12日 映画チャン・ロンジー監督の「光にふれる」を見てきた。ウォン・カーウァイ製作総指揮。
生れつき目が不自由なピアニスト、ホアン・ユィシアンの実話をもとに作られており、主人公はユィシアン自身が演じている。
幼いときに出たピアノのコンクールで「目が不自由だから入賞した」という陰口を聞いてしまったユィシアンは、それ以降、コンクールにも出ず、表舞台に立つこともなかった。
そんなユィシアンが、ダンサーになりたい夢を抱く少女や、大学でのスーパーミュージック(略してSM)のサークル仲間との交流を経て、再び人前でピアノを弾くきっかけを得ていく。
少女にダンスを教えてもらったり、信号をどうやって感知するかを教えたりするシーンもあるし、また、SMの仲間のオタク丸出しの痛ファッションが、ほほえましい。
特別にお涙ちょうだいのドラマに仕立てることもなく、敵役や悪役を出すこともないストーリーが気持よかった。
障碍をもつ人が何か成果をあげると、すぐに感動の物語に仕立て上げたりする陳腐さとは無縁なのが、いい。
音楽に同情などお門違いなのだ。同情するなら、音を聞け!
http://hikari-fureru.jp/
ダニス・タノヴィッチ監督の「鉄くず拾いの物語」を見た。
ボスニア・ヘルツェゴビナに暮らすロマの一家の実話。
妻が流産したが、保険もなく、手術代が支払えず、門前払い!
電気料金未納で、電気をとめられてしまう!
寒い気候で、車を出すにもまずフロントガラスの氷を削り取るところからはじめるくらいなのに、電気を止められて真っ暗ななかで子どもたちは「寒い」と言う。
この映画は実話に基づいており、その当事者の一家がそのまま本人を演じている。
貧しい暮らしなのだが、悲惨で深刻なドラマの演出はしていない。
映画は一家の家事や子育てをありのままに記録している。一家が作るチーズを練りこんだパンはおいしそうだし、子どもたちはお転婆で、涙にくれる暇もなさそうだ。
最後には、主人公は、大切なはずの自分の車をあっさりと解体して、それを電気代と薬代にあてるが、そのときも一切逡巡を見せない。
同情するなら、金をくれ!
http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/
生れつき目が不自由なピアニスト、ホアン・ユィシアンの実話をもとに作られており、主人公はユィシアン自身が演じている。
幼いときに出たピアノのコンクールで「目が不自由だから入賞した」という陰口を聞いてしまったユィシアンは、それ以降、コンクールにも出ず、表舞台に立つこともなかった。
そんなユィシアンが、ダンサーになりたい夢を抱く少女や、大学でのスーパーミュージック(略してSM)のサークル仲間との交流を経て、再び人前でピアノを弾くきっかけを得ていく。
少女にダンスを教えてもらったり、信号をどうやって感知するかを教えたりするシーンもあるし、また、SMの仲間のオタク丸出しの痛ファッションが、ほほえましい。
特別にお涙ちょうだいのドラマに仕立てることもなく、敵役や悪役を出すこともないストーリーが気持よかった。
障碍をもつ人が何か成果をあげると、すぐに感動の物語に仕立て上げたりする陳腐さとは無縁なのが、いい。
音楽に同情などお門違いなのだ。同情するなら、音を聞け!
http://hikari-fureru.jp/
ダニス・タノヴィッチ監督の「鉄くず拾いの物語」を見た。
ボスニア・ヘルツェゴビナに暮らすロマの一家の実話。
妻が流産したが、保険もなく、手術代が支払えず、門前払い!
電気料金未納で、電気をとめられてしまう!
寒い気候で、車を出すにもまずフロントガラスの氷を削り取るところからはじめるくらいなのに、電気を止められて真っ暗ななかで子どもたちは「寒い」と言う。
この映画は実話に基づいており、その当事者の一家がそのまま本人を演じている。
貧しい暮らしなのだが、悲惨で深刻なドラマの演出はしていない。
映画は一家の家事や子育てをありのままに記録している。一家が作るチーズを練りこんだパンはおいしそうだし、子どもたちはお転婆で、涙にくれる暇もなさそうだ。
最後には、主人公は、大切なはずの自分の車をあっさりと解体して、それを電気代と薬代にあてるが、そのときも一切逡巡を見せない。
同情するなら、金をくれ!
http://www.bitters.co.jp/tetsukuzu/
「南方熊楠とエコロジー」
2014年2月11日 学校・勉強関西大学で、シンポジウム「南方熊楠とエコロジー」を聞いてきた。
堺エコロジー大学の共催 。
内容としては、熊楠をエコロジーの先駆として安易に評価する最近の傾向を冷静に分析してみるものになった。
基調講演
「南方熊楠と二つのエコロジー」
講師:田村義也氏(南方熊楠顕彰会常任理事・成城大学非常勤講師)
エコロジー思想の先史として、ヘンリー・デヴィッド・ソロー、アルド・レオポルド、レイチェル・カーソンをとりあげる。
また、OED(オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー)から、19世紀から使われてきた生物学の一部門としての「エコロジー」と、近年使われるようになった、「エコ」「グリーン」としての「エコロジー」と2つあることを指摘されていた。
講演
「持続可能な南方熊楠論」
講師:安田忠典氏(関西大学人間健康学部准教授)
南方熊楠の業績をふりかえると共に、今世紀に入ってからの研究による評価を語られていた。比較説話学、文芸研究、国文学研究、欧米文学、植物病理学、それぞれの立場からの評価に共通してみられるのは、熊楠が資料を等価に扱う、いわば「読み」の不在であり、そこに問題点をみる人もあれば、また、永続的な資料収集という面から、援用可能な価値を見出す人もある。
聴講にきていた専門家の先生たちにもマイクをふって意見を聞くスタイルは新鮮だった。
実践報告
「堺市と関西大学との地域連携事業 熊野本宮子どもエコツアー」
報告者:関西大学人間健康学部 安田ゼミ3年生一同
最後に、田村氏によって、神社合祀反対運動にからめて、熊楠の時代に撮影された神社などの写真と、現在の写真を比較するスライド説明がされた。
このシンポジウムには、座席の後方に、関西大学の学生たちも聴講に多数きていたが、いかんせん、興味があって来た学生ばかりとは言えず、講演中もずっと私語がたえなかった。ゼミの取組を発表、アピールするせっかくの機会だったのに、そうした私語する女子学生によって、受けた印象といえば、「学生はダメだな」になってしまったのが、残念だ。http://www.minakata.org/cnts/news/index.cgi?c=o140123
堺エコロジー大学の共催 。
内容としては、熊楠をエコロジーの先駆として安易に評価する最近の傾向を冷静に分析してみるものになった。
基調講演
「南方熊楠と二つのエコロジー」
講師:田村義也氏(南方熊楠顕彰会常任理事・成城大学非常勤講師)
エコロジー思想の先史として、ヘンリー・デヴィッド・ソロー、アルド・レオポルド、レイチェル・カーソンをとりあげる。
また、OED(オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー)から、19世紀から使われてきた生物学の一部門としての「エコロジー」と、近年使われるようになった、「エコ」「グリーン」としての「エコロジー」と2つあることを指摘されていた。
講演
「持続可能な南方熊楠論」
講師:安田忠典氏(関西大学人間健康学部准教授)
南方熊楠の業績をふりかえると共に、今世紀に入ってからの研究による評価を語られていた。比較説話学、文芸研究、国文学研究、欧米文学、植物病理学、それぞれの立場からの評価に共通してみられるのは、熊楠が資料を等価に扱う、いわば「読み」の不在であり、そこに問題点をみる人もあれば、また、永続的な資料収集という面から、援用可能な価値を見出す人もある。
聴講にきていた専門家の先生たちにもマイクをふって意見を聞くスタイルは新鮮だった。
実践報告
「堺市と関西大学との地域連携事業 熊野本宮子どもエコツアー」
報告者:関西大学人間健康学部 安田ゼミ3年生一同
最後に、田村氏によって、神社合祀反対運動にからめて、熊楠の時代に撮影された神社などの写真と、現在の写真を比較するスライド説明がされた。
このシンポジウムには、座席の後方に、関西大学の学生たちも聴講に多数きていたが、いかんせん、興味があって来た学生ばかりとは言えず、講演中もずっと私語がたえなかった。ゼミの取組を発表、アピールするせっかくの機会だったのに、そうした私語する女子学生によって、受けた印象といえば、「学生はダメだな」になってしまったのが、残念だ。http://www.minakata.org/cnts/news/index.cgi?c=o140123
東京女子流@あべのキューズモール~「大脱出」
2014年2月10日 アイドル午後6時から、あべのキューズモールで、東京女子流のリリースイベント。
東京女子流のこういうミニライブは、曲中心で1時間してくれるので、もはや「ミニ」つけずにれっきとしたライブと言っていいだろう。
6時前に行ったら、「チムチムチェリー」の曲でリハーサル中だった。
以下、セットリスト
1.Don’t be Cruel
2.それでいいじゃん
3.チムチムチェリー
4.Get the Star
5.ふたりきり
6.ロリータ、ストロベリー・イン・サマー
7.Partition Love
8.ライヤー
9.ヒマワリと星屑
メンバーは、顔から湯気のたつ熱演!
ミカエル・ハフストローム監督の「大脱出」を見てきた。
脱獄のプロ(シルベスター・スタローン)が罠にはまって、まさに難攻不落の監獄に入れられてしまう。彼自身が脱獄の方法と対策を記した本を参考にして作られているだけに、穴らしきものが見当たらないのだ。
監獄内で、彼に接近してくる男(アーノルド・シュワルツェネッガー)がいた。彼は監獄内でも一目置かれる存在のようだ。
スタローンは、シュワルツェネッガーの助けを借りて、脱獄を実行にうつそうとする。
一体、どんな方法で?!
と、いうわけで、わかりやすい娯楽映画でドキドキハラハラしながら楽しむことができた。スタローンを陥れた悪い奴は、一目瞭然の悪い奴の顔をしているし、スタローンに接触するシュワルツェネッガーの真意も、予想どおりの展開。
こういう、閉じ込められたところからいかに脱出するかが中心になる話は大好きで、ゲームなら「ミスト」とか、漫画ならワイルド7の「緑の墓」とか、子どもの頃から熱狂したものだ。
この作品でも、スタローンが、監獄の場所を特定していくくだりなど、ほほ~と思わされるところがあって、熱くなった。
http://dassyutsu.gaga.ne.jp/
アンドレアス・グルスキー展、郭徳俊「ニコッとシェー 1960年代絵画を中心に」、「コレクション4 現代美術100年の実り、「Japan Electroacoustic Music Concert 」
2014年2月9日 芸術
国立国際美術館で、アンドレアス・グルスキー展を見てきた。
ドイツの現代写真家なのだが、写真作品にみられる「ありのままをうつす」ことや「一瞬の云々」「光と影の云々」といったこととは違って、デジタル処理、合成によって、点でなく面で視覚を絨毯爆撃してくる。
展示の方法も、年代順でなく、いろんな年代のいろんな大きさの作品が、わざとバラバラに並べてあった。シリーズものも会場のあちこちに分散されて展示してあるのだ。
そういうふうなことを呑み込んだうえで鑑賞していると、展覧会場のわれわれ鑑賞者の動きまでも、全体の作品のひとつに思えてくるから不思議だ。
ポスターにもなった写真「カミオカンデ」は岐阜県にあるニュートリノ検出装置スーパーカミオカンデを題材にしている。5万トンの純水を蓄えることができる円筒形のタンクにセンサがびっしり埋められているのを、平面的に構成している。
また、「大聖堂」は巨大なステンドグラスの下方に撮影クルーを配することで、人間との対比でステンドグラスの大きさを感じさせる作品だが、この撮影クルーはヴィム・ヴェンダースなのだそうだ。
ムージルの小説『特性のない男』から断片的に複数のテクストをコラージュして、実際にはないページを作品にしたものもあった。
どれもこれも、チャクラが1つ開いたのかと思わせるような視覚体験で、崇高な印象すら受けた。
http://gursky.jp/
グルスキー展のあと、郭徳俊「ニコッとシェー 1960年代絵画を中心に」、「コレクション4 現代美術100年の実り」を見た。
郭徳俊「ニコッとシェー 1960年代絵画を中心に」は、絵画だけでなく、雑誌の表紙を飾った歴代大統領の顔写真に自分の顔を半分つなぎあわせるシリーズから「ブッシュ2001と郭」や、比叡山の空気を詰めて美術家に渡すメールアートの記録、「自画像78」の映像などが展示されていた。さらに、彼の名前「KWAK DUCK JUN」に由来する、アヒルグッズが並べてある棚もあった。
「コレクション4」の構成は次のとおり。
1.パリに集った芸術家たち
2.戦後美術の新しい波
3.アメリカの美術革命
4.現代美術としての写真の展開
5.美術は今 ヨーロッパを中心に
セザンヌから、デュシャン、ウォーホル、グルスキーまで、現代美術の歩みをたどる。
http://www.nmao.go.jp/exhibition/exhibition_b2_2.html
国立国際美術館講堂で、「Japan Electroacoustic Music Concert
日本の若き電子音楽作曲家による、アクースモニウム空間音響芸術演奏会」
前半は、若手による作品、後半はその先生にもあたるような、ゲストの作品。
演奏前に、檜垣智也さんによる、アクースモニウムへのガイダンスもあった。
以下、演奏順に。
1-1 林恭平
異邦人
1-2 渡邊裕美
Chute - eclaboussement - aspersion (落下-しぶき-飛散)
1-3 永松ゆか
Foot steps
1-4 中田耕太郎
「終わることのない日々」
1-5 高野大夢
5th piece from "Crack in the Daydream"
3rd piece from "Crack in the Daydream"
1-6 新居政教
Liquids
1-7 永野隆満
To:momota
1-8 林恭平
薔薇殺しのアヴァンギャルド 映像ステレオ作品
2-1 石上和也
圧縮されたオモダルノカミ 演奏:林恭平
2-2 檜垣智也
1.Tsunami
2.こだま
2-3 上原和夫
Assemblage 2004 アッサンブラージュ2004 演奏:檜垣智也
16時00分
アフター・トーク:川崎 弘二、檜垣 智也、森下 明彦、林 恭平
アフター・トークでは、前半と後半の作品の傾向の違いや、アクースモニウムならではの特色、音楽と美術の最近の若手の傾向にみられるシンクロニシティなどについて刺激的な意見がかわされた。それぞれの特徴を危険性と受け取るか、それとも新しい可能性と見て取るかによって評価も大きく変わってくることが、トークでも語られていた。僕個人の印象では、前半の若手の作品が半径5メートルの私的領域っぽいのに対して、後半の先生方の作品の普遍性が心地よい感動を生んだのだが、それこそ、自分の評価軸が固定しつつある黄信号なのかも、と振り返るきっかけにもなった。
ドイツの現代写真家なのだが、写真作品にみられる「ありのままをうつす」ことや「一瞬の云々」「光と影の云々」といったこととは違って、デジタル処理、合成によって、点でなく面で視覚を絨毯爆撃してくる。
展示の方法も、年代順でなく、いろんな年代のいろんな大きさの作品が、わざとバラバラに並べてあった。シリーズものも会場のあちこちに分散されて展示してあるのだ。
そういうふうなことを呑み込んだうえで鑑賞していると、展覧会場のわれわれ鑑賞者の動きまでも、全体の作品のひとつに思えてくるから不思議だ。
ポスターにもなった写真「カミオカンデ」は岐阜県にあるニュートリノ検出装置スーパーカミオカンデを題材にしている。5万トンの純水を蓄えることができる円筒形のタンクにセンサがびっしり埋められているのを、平面的に構成している。
また、「大聖堂」は巨大なステンドグラスの下方に撮影クルーを配することで、人間との対比でステンドグラスの大きさを感じさせる作品だが、この撮影クルーはヴィム・ヴェンダースなのだそうだ。
ムージルの小説『特性のない男』から断片的に複数のテクストをコラージュして、実際にはないページを作品にしたものもあった。
どれもこれも、チャクラが1つ開いたのかと思わせるような視覚体験で、崇高な印象すら受けた。
http://gursky.jp/
グルスキー展のあと、郭徳俊「ニコッとシェー 1960年代絵画を中心に」、「コレクション4 現代美術100年の実り」を見た。
郭徳俊「ニコッとシェー 1960年代絵画を中心に」は、絵画だけでなく、雑誌の表紙を飾った歴代大統領の顔写真に自分の顔を半分つなぎあわせるシリーズから「ブッシュ2001と郭」や、比叡山の空気を詰めて美術家に渡すメールアートの記録、「自画像78」の映像などが展示されていた。さらに、彼の名前「KWAK DUCK JUN」に由来する、アヒルグッズが並べてある棚もあった。
「コレクション4」の構成は次のとおり。
1.パリに集った芸術家たち
2.戦後美術の新しい波
3.アメリカの美術革命
4.現代美術としての写真の展開
5.美術は今 ヨーロッパを中心に
セザンヌから、デュシャン、ウォーホル、グルスキーまで、現代美術の歩みをたどる。
http://www.nmao.go.jp/exhibition/exhibition_b2_2.html
国立国際美術館講堂で、「Japan Electroacoustic Music Concert
日本の若き電子音楽作曲家による、アクースモニウム空間音響芸術演奏会」
前半は、若手による作品、後半はその先生にもあたるような、ゲストの作品。
演奏前に、檜垣智也さんによる、アクースモニウムへのガイダンスもあった。
以下、演奏順に。
1-1 林恭平
異邦人
1-2 渡邊裕美
Chute - eclaboussement - aspersion (落下-しぶき-飛散)
1-3 永松ゆか
Foot steps
1-4 中田耕太郎
「終わることのない日々」
1-5 高野大夢
5th piece from "Crack in the Daydream"
3rd piece from "Crack in the Daydream"
1-6 新居政教
Liquids
1-7 永野隆満
To:momota
1-8 林恭平
薔薇殺しのアヴァンギャルド 映像ステレオ作品
2-1 石上和也
圧縮されたオモダルノカミ 演奏:林恭平
2-2 檜垣智也
1.Tsunami
2.こだま
2-3 上原和夫
Assemblage 2004 アッサンブラージュ2004 演奏:檜垣智也
16時00分
アフター・トーク:川崎 弘二、檜垣 智也、森下 明彦、林 恭平
アフター・トークでは、前半と後半の作品の傾向の違いや、アクースモニウムならではの特色、音楽と美術の最近の若手の傾向にみられるシンクロニシティなどについて刺激的な意見がかわされた。それぞれの特徴を危険性と受け取るか、それとも新しい可能性と見て取るかによって評価も大きく変わってくることが、トークでも語られていた。僕個人の印象では、前半の若手の作品が半径5メートルの私的領域っぽいのに対して、後半の先生方の作品の普遍性が心地よい感動を生んだのだが、それこそ、自分の評価軸が固定しつつある黄信号なのかも、と振り返るきっかけにもなった。
詫摩昭人個展 「差異と反復/進化する絵画」~「サプライズド・ボディー」
2014年2月8日 芸術詫摩昭人個展 「差異と反復/進化する絵画」 を見てきた。
まず、大阪心斎橋のギャラリー井上、ヨシアキイノウエギャラリー(2階、3階)で、詫摩昭人展 「Lines of Flight」
作品は、描いた絵画が乾かぬうちに、ザ~ッと刷毛で消すようにして仕上げる「逃走の線」のシリーズ。
京都に移動して、アンスティチュ・フランセ関西で、同じく「逃走の線」シリーズ展示を見た。
京都の雅景錐(ガケイ・ギムレット)でも開催されており、大阪、京都3箇所であわせて37点を展示している。大阪は旧作含む代表作、京都は新しい大作中心のようだ。(今日はイベントのため、雅景錐はお休みだった)
午後4時から、アンスティチュ・フランセ関西1階稲畑ホールで、詫摩昭人と上野俊哉による「ジル・ドゥルーズについての講演&クロストーク」
「逃走の線」というタイトルはドゥルーズの言葉からとったもので、詫摩昭人の言葉によると「常に我々は二項対立に悩まされています。そこを飛び越えることが重要です」とあり、ドゥルーズの「逃走線」にそのヒントを得たらしい。
まず、詫摩昭人が「生成変化」「行動表」といった過去の作品からの経歴をたどりながら、講演。管理できないものへの魅力を語った。
続いて、上野俊哉がドゥルーズの『ディアローグ』を即興的に開きながら、講演。
「逃走線」は、「漏出線」とも翻訳されており、イメージとしては、ひびが入った湯のみから、お茶が漏れ出るような感じなのだという。
知覚しえないもの(道具、動物など)になること。
奇妙なエコロジー
自然に反する融即
逃走線は裏切り=意図せざる暴露を含む。
裏切りあいから生れる関係
などなど、ドゥルーズの再読解へのキーワードを話された。
2人の講演の後は、2人によるクロストーク。
ここでは、ベイトソンの名前も出てきて、クライマックスのない喧嘩、be動詞と戦い続けたドゥルーズ、それぞれがオリジナルなことをしているつもりで皆同じことをしてしまっている=管理社会などなど、時間いくらあっても足りないけど、ここは自分で本を読んで考える時間が必要だな、と思わせた。
ちなみに、詫摩昭人が作品を作る際に使う2メートルの刷毛は、いくつもの刷毛をつないで作った自作らしい。
イベント後は、会場を3階にうつして、ワインやフードの出るレセプションもあって、いやしい僕は去りがたかったが、次の用事があったので、泣く泣く会場をあとにした。
http://www.institutfrancais.jp/kansai/events-manager/詫摩昭人個展-「差異と反復/進化する絵画」/
京都芸術センターで、フランチェスコ・スカベッタ振付、モノクロームサーカス&Wee共同制作の「サプライズド・ボディー」を見てきた。
ダンス公演なのだが、今まで見てきたいろんなダンス、舞踊、舞踏の概念を考えなおさずにはおれない、すごい公演だった。
何かの物語を表現するわけではなく、何かを象徴するわけでもない。
それぞれ優れたダンサーたちが、まるでブラウン運動のように、身体を自由に風に舞わせ続けるのだ。筋肉や関節、重力の限界などをまったく感じさせない。最初のうちは、「まるで水中で泳いでいるようだ」と思ったのだが、水中だと、まだ水の抵抗がある。こりゃ、ゼロ・グラビティだ。
音楽は、キム・ミールがコンピュータやギター、はたまた小道具使って、一人で担当。これがまた、よかった。
大興奮。
http://www.monochromecircus.com/sbp/index.html
「空間と体感」~「ウルフ・オブ・ウォールストリート」
2014年2月7日 映画日本橋のアートスペース亜蛮人で、田中誠人インスタレーション作品展「空間と体感」を見てきた。
1階に1つ、2階に1つ、2つの大型作品が展示されていたが、どちらも体験型の作品だった。見に来た人がその場で、はからずも作品を形成するもので、つまりは、人によって見えるものが違い、人が作品に関わることで、作品が変化していくのだ。面白かった!
2階の作品は、手をいれる人。(似たようなタイトルの宍戸留美ちゃんの作品がある!)作品の外観は、まるで多孔型の乱歩の鏡地獄。
1階の作品は、全身で描く重力の軌跡とでもいった作品。吊橋効果で、愛さえもめばえかねない。
マーティン・スコセッシ監督の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」を見てきた。
レオナルド・ディカプリオ主演。
ジョーダン・ベルフォート(実在)の栄光と転落の物語。
ディカプリオはギャツビーでも贅沢な豪遊してたし、こういう役柄はハマリ役なのかもしれない。
金と女と薬におぼれる豪遊部分は痛快で、一転して家族のいる自宅に軟禁され、ノンアルコールビールを飲むシーンの、なんと地味でくすんでいることか。
しかし映画見ていると、女も薬も欲望を満たす一方で、落とし穴でもあり、苦しさも招くので平均すると、トントンなのかな、とか思わせる。欲望は満たせるが、必ずしもそれは幸福を意味しない、って、今、僕、非常につまらないことを書いたような気が。
まあ、金、女、薬、どれにもめぐりあわずにフワフワとここまで生きてきた僕にはわからない部分もあるのかも。
使われている音楽も面白かった。DEVOとか、プラスティック・ベルトランとか、アガる曲も多かったな。
http://www.wolfofwallstreet.jp/
1階に1つ、2階に1つ、2つの大型作品が展示されていたが、どちらも体験型の作品だった。見に来た人がその場で、はからずも作品を形成するもので、つまりは、人によって見えるものが違い、人が作品に関わることで、作品が変化していくのだ。面白かった!
2階の作品は、手をいれる人。(似たようなタイトルの宍戸留美ちゃんの作品がある!)作品の外観は、まるで多孔型の乱歩の鏡地獄。
1階の作品は、全身で描く重力の軌跡とでもいった作品。吊橋効果で、愛さえもめばえかねない。
マーティン・スコセッシ監督の「ウルフ・オブ・ウォールストリート」を見てきた。
レオナルド・ディカプリオ主演。
ジョーダン・ベルフォート(実在)の栄光と転落の物語。
ディカプリオはギャツビーでも贅沢な豪遊してたし、こういう役柄はハマリ役なのかもしれない。
金と女と薬におぼれる豪遊部分は痛快で、一転して家族のいる自宅に軟禁され、ノンアルコールビールを飲むシーンの、なんと地味でくすんでいることか。
しかし映画見ていると、女も薬も欲望を満たす一方で、落とし穴でもあり、苦しさも招くので平均すると、トントンなのかな、とか思わせる。欲望は満たせるが、必ずしもそれは幸福を意味しない、って、今、僕、非常につまらないことを書いたような気が。
まあ、金、女、薬、どれにもめぐりあわずにフワフワとここまで生きてきた僕にはわからない部分もあるのかも。
使われている音楽も面白かった。DEVOとか、プラスティック・ベルトランとか、アガる曲も多かったな。
http://www.wolfofwallstreet.jp/
「皇帝と公爵」、『トラベリング・パンツ』『オカルトゼネコン富田林組』
2014年2月6日 映画
バレリア・サルミエント監督の「皇帝と公爵」を見てきた。
ラウル・ルイスが企画準備していたが、撮影目前で他界、妻のバレリアが完成させた作品。
ナポレオンの時代、マッセナ元帥率いるフランス軍のポルトガル侵攻に対し、ウェリントン将軍率いるイギリス軍が戦った「ブサコの戦い」が舞台。
ブサコはポルトガルの地名だよ!
この映画はナポレオンやウェリントンを主人公にするのではなく、戦いのなかで、人々はどう生きたか、どう死んだか、そして、どう殺し、どう殺されたかを描いている。
ジョン・マルコヴィッチ、マチュー・アマルリック、メルヴィル・プポー、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミシェル・ピコリ、キアラ・マストロヤンニ、そして、気づけばいつでもそこにいるイザベル・ユペールなど、錚々たる出演者。
ビジュアル版歴史スペシャル、お正月オールスター時代劇特番みたいな雰囲気だった。
http://www.alcine-terran.com/koutei/
蒲原二郎の『オカルトゼネコン富田林組』を読んだ。
うむ。確かに不動産業とオカルトは、切ってもきれない。目からウロコのコミカルな冒険小説。
以下、目次
プロローグ
第1章 さわやかニューカマー
第2章 ドキドキの入社式
第3章 欲望の聖地
第4章 突然の見舞客
第5章 初仕事
第6章 大事な施設管理
第7章 資料室の謎
第8章 運命のインビテーション
第9章 初出張
第10章 極限の攻防戦
第11章 地獄の漫遊記
エピローグ
ラウル・ルイスが企画準備していたが、撮影目前で他界、妻のバレリアが完成させた作品。
ナポレオンの時代、マッセナ元帥率いるフランス軍のポルトガル侵攻に対し、ウェリントン将軍率いるイギリス軍が戦った「ブサコの戦い」が舞台。
ブサコはポルトガルの地名だよ!
この映画はナポレオンやウェリントンを主人公にするのではなく、戦いのなかで、人々はどう生きたか、どう死んだか、そして、どう殺し、どう殺されたかを描いている。
ジョン・マルコヴィッチ、マチュー・アマルリック、メルヴィル・プポー、カトリーヌ・ドヌーヴ、ミシェル・ピコリ、キアラ・マストロヤンニ、そして、気づけばいつでもそこにいるイザベル・ユペールなど、錚々たる出演者。
ビジュアル版歴史スペシャル、お正月オールスター時代劇特番みたいな雰囲気だった。
http://www.alcine-terran.com/koutei/
蒲原二郎の『オカルトゼネコン富田林組』を読んだ。
うむ。確かに不動産業とオカルトは、切ってもきれない。目からウロコのコミカルな冒険小説。
以下、目次
プロローグ
第1章 さわやかニューカマー
第2章 ドキドキの入社式
第3章 欲望の聖地
第4章 突然の見舞客
第5章 初仕事
第6章 大事な施設管理
第7章 資料室の謎
第8章 運命のインビテーション
第9章 初出張
第10章 極限の攻防戦
第11章 地獄の漫遊記
エピローグ
「さよなら、アドルフ」、『フェルメールの暗号』
2014年2月5日 映画
ケイト・ショートランド監督の「さよなら、アドルフ」を見た。
戦後のナチス幹部の一家の物語。
幹部だった父親と、母親は戦争犯罪人として出頭し、子ども達だけで遠く離れた祖母の家を目指す。そのなかには赤ん坊もいて、えんえんと続く泣き声が不穏なムードをかきたてる。一番年長の少女ローレが、この映画の原題で、主人公。
ナチスを信じていた子どもたちは、ナチスのやったことを知り衝撃を受けるとともに、周囲の人々から敵対視されるようになる。
唯一頼りになるのは、途中から逃避行に参加したユダヤ人青年だけだった。
全編息がつまるような映画だった。いや~、肩こった!
祖母の家に行く途中で目にする、ユダヤ人虐殺の死体写真や、総統の死の報せを聞いて拳銃自殺した男の死体や、レイプされて殺害された女性の死体や、さらには子どもたちのなかにも犠牲者が出て、それらが情け容赦ない映像で映し出される。
そういえば、冒頭から、一家が逃げ出すにあたって、まず、飼い犬を撃ち殺すシーンがあって、一気にニコニコしながら見る映画じゃない、と覚悟を決めさせられた。
ナチスを信じて、総統をたたえる歌なども歌っていた子どもたちだったが、この旅を経て波乱の体験をした少女は、ついに反抗心にめざめるのだった。
この映画、ドイツじゃなくて、日本バージョンで成立するのかどうかを考えさせられた。ネット右翼のみなさんからは酷評されるだろうな。
邦題が、ちょっとソフトなイメージだったのでだまされたけど、かなりシビアな映画だった。体力あるときに、ぜひ。
http://www.sayonara-adolf.com/
ブルー・バリエットの『フェルメールの暗号』を読んだ。
以下、目次
三通の手紙
手紙は死んだ
シカゴ美術館
ピカソの嘘
虫、ヘビ、ニチニチソウ
天文学者の箱
壁の男
ハロウィン
青は秘密のしるし
カエルの紙ナプキン
悪夢
四時にお茶を
専門家なんていらない
フラッシュライト
殺人とココア
朝から真っ暗闇
フェルメールのジレンマ
よけいなおせっかい
古い階段
イカれた自己陶酔者
ぴったりの大きさ
12,12,12
助けて!
パズルのピース
フェルメールの作品が盗まれた。
そして、フェルメールがその生涯で残した35枚の絵のうち、9枚はフェルメール自身の作品ではないのではないか、という疑問。
本書は、美術盗難にまつわる少年少女たちの活躍を描いたものだが、歴史の謎に迫るような、あるいは、スケールの大きな、ダン・ブラウン的な物語はここでは展開しない。
しかし、コロコロ的な遊び要素満載で、彼ら自身が暗号でやりとりしているのを解いたり、ブレット・ヘルキストの挿絵の中にもパズル的要素があったりして、楽しみながら読むことができる。
戦後のナチス幹部の一家の物語。
幹部だった父親と、母親は戦争犯罪人として出頭し、子ども達だけで遠く離れた祖母の家を目指す。そのなかには赤ん坊もいて、えんえんと続く泣き声が不穏なムードをかきたてる。一番年長の少女ローレが、この映画の原題で、主人公。
ナチスを信じていた子どもたちは、ナチスのやったことを知り衝撃を受けるとともに、周囲の人々から敵対視されるようになる。
唯一頼りになるのは、途中から逃避行に参加したユダヤ人青年だけだった。
全編息がつまるような映画だった。いや~、肩こった!
祖母の家に行く途中で目にする、ユダヤ人虐殺の死体写真や、総統の死の報せを聞いて拳銃自殺した男の死体や、レイプされて殺害された女性の死体や、さらには子どもたちのなかにも犠牲者が出て、それらが情け容赦ない映像で映し出される。
そういえば、冒頭から、一家が逃げ出すにあたって、まず、飼い犬を撃ち殺すシーンがあって、一気にニコニコしながら見る映画じゃない、と覚悟を決めさせられた。
ナチスを信じて、総統をたたえる歌なども歌っていた子どもたちだったが、この旅を経て波乱の体験をした少女は、ついに反抗心にめざめるのだった。
この映画、ドイツじゃなくて、日本バージョンで成立するのかどうかを考えさせられた。ネット右翼のみなさんからは酷評されるだろうな。
邦題が、ちょっとソフトなイメージだったのでだまされたけど、かなりシビアな映画だった。体力あるときに、ぜひ。
http://www.sayonara-adolf.com/
ブルー・バリエットの『フェルメールの暗号』を読んだ。
以下、目次
三通の手紙
手紙は死んだ
シカゴ美術館
ピカソの嘘
虫、ヘビ、ニチニチソウ
天文学者の箱
壁の男
ハロウィン
青は秘密のしるし
カエルの紙ナプキン
悪夢
四時にお茶を
専門家なんていらない
フラッシュライト
殺人とココア
朝から真っ暗闇
フェルメールのジレンマ
よけいなおせっかい
古い階段
イカれた自己陶酔者
ぴったりの大きさ
12,12,12
助けて!
パズルのピース
フェルメールの作品が盗まれた。
そして、フェルメールがその生涯で残した35枚の絵のうち、9枚はフェルメール自身の作品ではないのではないか、という疑問。
本書は、美術盗難にまつわる少年少女たちの活躍を描いたものだが、歴史の謎に迫るような、あるいは、スケールの大きな、ダン・ブラウン的な物語はここでは展開しない。
しかし、コロコロ的な遊び要素満載で、彼ら自身が暗号でやりとりしているのを解いたり、ブレット・ヘルキストの挿絵の中にもパズル的要素があったりして、楽しみながら読むことができる。
『ソネット集』『マニフェスト』『夢野久作全集第1巻』
2014年2月4日 読書
ポーランド文学古典叢書、アダム・ミツキェーヴィチの『ソネット集』を読んだ。
恋愛などを題材にした叙情的なソネットと、クリミアを題材にした叙事詩的なソネット。
これが同じ人物による作品なのか、と思わせる傾向が。
ミツキエーヴィチは『パン・タデウシュ』でおなじみの作家。
以下、目次
アダム・ミツキェーヴィチのソネット
I ラウラに
II
III
IV 林のなかで逢う
V
VI 朝と夕
VII ペトラルカに倣って
VIII ニェメン川に
IX 射手
X 祝福
XI あきらめ
XII ***に
XIII
IV
XV おはよう
XVI おやすみ
XVII こんばんは
XVIII D.D.に
XIX 訪問者たちに
XX 別れ
XXI ダナオスの娘たち
XXII 言い訳
クリミア・ソネット
I アケルマン草原
II 凪
III 航海
IV 嵐
V コズウォフ草原からの山々の眺め
VI バフチサライ
VII バフチサライ――夜
VIII ポトツカの墓
IX 後宮の墓所
X バイダル盆地
XI アウシュタ――昼
XII アウシュタ――夜
XIII チャティルダフ山
XIV 巡礼
XV チュフト=カレの懸崖上の道
XVI キキネイス岳
XVII バワクワヴァの城跡
XVIII アユダフ山
補遺1『アダム・ミツキェーヴィチのソネット』以前のソネット-1819~22
思い出
ニェメン川に
補遺2『アダム・ミツキェーヴィチのソネット』と同時期のソネット
ソネット
ソネット
鷹
ソネット
補遺3『アダム・ミツキェーヴィチのソネット』以後のソネット―1832
孤独に
チリの詩人、ビセンテ・ウイドブロの『マニフェスト ダダからクレアシオニスムへ』を読んだ。
クレアシオニスムについて作者はこう書いている。
「クレアシオニスムの詩は超意識の状態、つまり詩的譫妄からのみ生れる」
「詩人に課された最初の条件は創造することであり、第二も創造すること、第三もまた創造することである」
「詩人は、彼がいなければけっして言われなかったはずのことを言わなくてはならない」
「クレアシオニストは、あらゆる構成要素が著者による発明である詩を芸術にもたらした最初の詩人たちであった」
また、自身で詩論の本質を語る部分をひいてみると、
第一項 事物を人間化すること
第二項 曖昧なものが明確になる
第三項 抽象は具体に、具体は抽象になる
第四項 創造されるのに詩的であり過ぎるものは、その通常の価値を変えることで創造されたものになれる
以下、目次。
マニフェスト・マニフェスト
クレアシオニスム
わたしは思う
未来派と機械
狂人たちの詩
詩人の手になる詩学の必要
創造の時代
旅行者への通告
マニフェスト、おそらくは
詩人の七つの言葉
「未来派と機械」のなかに、興味深い記述があった。
「機械礼賛について、いくつかのことを言っておく必要がある。
新しさをもたらすのは主題ではなく、それを生み出す方法である。
機械が現代的であるからそれを歌えば自身も現代的となると考えている詩人たちは、完全に誤謬を犯している」
なるほど、現代でも、この提言は有効だ!
恋愛などを題材にした叙情的なソネットと、クリミアを題材にした叙事詩的なソネット。
これが同じ人物による作品なのか、と思わせる傾向が。
ミツキエーヴィチは『パン・タデウシュ』でおなじみの作家。
以下、目次
アダム・ミツキェーヴィチのソネット
I ラウラに
II
III
IV 林のなかで逢う
V
VI 朝と夕
VII ペトラルカに倣って
VIII ニェメン川に
IX 射手
X 祝福
XI あきらめ
XII ***に
XIII
IV
XV おはよう
XVI おやすみ
XVII こんばんは
XVIII D.D.に
XIX 訪問者たちに
XX 別れ
XXI ダナオスの娘たち
XXII 言い訳
クリミア・ソネット
I アケルマン草原
II 凪
III 航海
IV 嵐
V コズウォフ草原からの山々の眺め
VI バフチサライ
VII バフチサライ――夜
VIII ポトツカの墓
IX 後宮の墓所
X バイダル盆地
XI アウシュタ――昼
XII アウシュタ――夜
XIII チャティルダフ山
XIV 巡礼
XV チュフト=カレの懸崖上の道
XVI キキネイス岳
XVII バワクワヴァの城跡
XVIII アユダフ山
補遺1『アダム・ミツキェーヴィチのソネット』以前のソネット-1819~22
思い出
ニェメン川に
補遺2『アダム・ミツキェーヴィチのソネット』と同時期のソネット
ソネット
ソネット
鷹
ソネット
補遺3『アダム・ミツキェーヴィチのソネット』以後のソネット―1832
孤独に
チリの詩人、ビセンテ・ウイドブロの『マニフェスト ダダからクレアシオニスムへ』を読んだ。
クレアシオニスムについて作者はこう書いている。
「クレアシオニスムの詩は超意識の状態、つまり詩的譫妄からのみ生れる」
「詩人に課された最初の条件は創造することであり、第二も創造すること、第三もまた創造することである」
「詩人は、彼がいなければけっして言われなかったはずのことを言わなくてはならない」
「クレアシオニストは、あらゆる構成要素が著者による発明である詩を芸術にもたらした最初の詩人たちであった」
また、自身で詩論の本質を語る部分をひいてみると、
第一項 事物を人間化すること
第二項 曖昧なものが明確になる
第三項 抽象は具体に、具体は抽象になる
第四項 創造されるのに詩的であり過ぎるものは、その通常の価値を変えることで創造されたものになれる
以下、目次。
マニフェスト・マニフェスト
クレアシオニスム
わたしは思う
未来派と機械
狂人たちの詩
詩人の手になる詩学の必要
創造の時代
旅行者への通告
マニフェスト、おそらくは
詩人の七つの言葉
「未来派と機械」のなかに、興味深い記述があった。
「機械礼賛について、いくつかのことを言っておく必要がある。
新しさをもたらすのは主題ではなく、それを生み出す方法である。
機械が現代的であるからそれを歌えば自身も現代的となると考えている詩人たちは、完全に誤謬を犯している」
なるほど、現代でも、この提言は有効だ!