大阪プロレス調印式、ストリートキャノンボール
2007年1月27日 ライブLABI1なんばで大阪プロレスの「大阪ハリケーン」調印式。
メ−ンの「ビリーケン・キッド VSタイガースマスク」もいいが、昔からのプロレスファンとしては、セミファイナルの「スペル・デルフィン&ザ・グレート・サスケVSウルティモ・ドラゴン&グラン浜田」が楽しみ。
場外乱闘があるわけでもなく、厳粛ななかに調印式は終了。
その後は、ベッキー、くいしんぼう仮面、タコヤキーダーが出てきてビンゴ大会。雰囲気はがらっと変わったが、なんだかベッキー1人が元気だったような印象がぬぐえない。
イベント後にツバサとラ・内田が客席後方に出てきた。背広着たマスクマンとレスラー。客とそんなに体格が変わらないのが、また新鮮。背広着ているので、比較が普通にできてしまった。
湊町リバープレイスで「ストリート・キャノンボール」
sky、たらびー、FAIN DAY’S、ダイナマイトC
skyの途中で到着。
中津のVi-codeでライブがあるそうだが、うむむ。仕事で行けない。
気温が低くなってきて、寒がりの僕は近くの本屋やコンビニに入っていったん暖をとってからまたライブ聞いたりしていたが、最後までお客さんはそれほど減らずに残っていた。
トリはダイナマイトC。
エンジェルプロの、なおちゃんがダイナマイトCのPVに出演していると聞いて、その歌「幸福バラード」を「ああ、この歌か。何度も聞いた歌だな」と確認し、なおちゃんがどんな映像でこの歌にのせて演じているのかを想像していた。
メ−ンの「ビリーケン・キッド VSタイガースマスク」もいいが、昔からのプロレスファンとしては、セミファイナルの「スペル・デルフィン&ザ・グレート・サスケVSウルティモ・ドラゴン&グラン浜田」が楽しみ。
場外乱闘があるわけでもなく、厳粛ななかに調印式は終了。
その後は、ベッキー、くいしんぼう仮面、タコヤキーダーが出てきてビンゴ大会。雰囲気はがらっと変わったが、なんだかベッキー1人が元気だったような印象がぬぐえない。
イベント後にツバサとラ・内田が客席後方に出てきた。背広着たマスクマンとレスラー。客とそんなに体格が変わらないのが、また新鮮。背広着ているので、比較が普通にできてしまった。
湊町リバープレイスで「ストリート・キャノンボール」
sky、たらびー、FAIN DAY’S、ダイナマイトC
skyの途中で到着。
中津のVi-codeでライブがあるそうだが、うむむ。仕事で行けない。
気温が低くなってきて、寒がりの僕は近くの本屋やコンビニに入っていったん暖をとってからまたライブ聞いたりしていたが、最後までお客さんはそれほど減らずに残っていた。
トリはダイナマイトC。
エンジェルプロの、なおちゃんがダイナマイトCのPVに出演していると聞いて、その歌「幸福バラード」を「ああ、この歌か。何度も聞いた歌だな」と確認し、なおちゃんがどんな映像でこの歌にのせて演じているのかを想像していた。
モーニング娘。と「ソトコト」の熱っちい地球を冷ますんだっ。大作戦!
2007年1月26日 読書
ISBN:4907818440 単行本 ソトコト編集部 木楽舎 ¥500
『モーニング娘。と「ソトコト」の熱っちい地球を冷ますんだっ大作戦!』を読んだ。
地球温暖化を防ぐためのいろんな方法を、モーニング娘。が会話形式で教えてくれる。
まあ、名前を借りて書かれているだけなんだろうけど。
わたしたちにできること!
「使ってないコンセントは抜きます!」辻
「ごはんを食べたら、洗う前にお皿を拭きます!」新垣
「早寝早起きします!」道重
「ゴミはちゃんと分けて、捨てます!」加護
「ごはんを、大切に、おいしく食べます!」小川
「おうちで、植物を育てます!」田中
「季節にあった服装で、おしゃれを楽しみます!」矢口
これは「熱っちい地球を冷ますんだっ文化祭2004」の公式ガイドブックだった本だ。
このときに結成された石川と道重のエコモニが妖精のような可愛さで、大好きだった。今なら久住が担っているところだろう。
エコロジーの取り組みとして「コンサートのチラシはちゃんと持って帰」ることなどが書いてあって、面白い。
エコロジーというと、すぐに狂信的な潔癖主義を思い出してしまって、拒否反応が起きるが、モーニング娘。が言うなら、やってみてもいいかな、と思った。地球を危機に陥らせているのは人間なんだから、本当に地球を守りたいなら、人間を退治するしかない、という結論になってしまうのが、エコロジーの怖さだ。資本主義とエコロジーはいかにして両立できるのか。
どっちも積極的には守れないなあ。両立どころか、どっちも捨ててみる道もあるかもよ。
『モーニング娘。と「ソトコト」の熱っちい地球を冷ますんだっ大作戦!』を読んだ。
地球温暖化を防ぐためのいろんな方法を、モーニング娘。が会話形式で教えてくれる。
まあ、名前を借りて書かれているだけなんだろうけど。
わたしたちにできること!
「使ってないコンセントは抜きます!」辻
「ごはんを食べたら、洗う前にお皿を拭きます!」新垣
「早寝早起きします!」道重
「ゴミはちゃんと分けて、捨てます!」加護
「ごはんを、大切に、おいしく食べます!」小川
「おうちで、植物を育てます!」田中
「季節にあった服装で、おしゃれを楽しみます!」矢口
これは「熱っちい地球を冷ますんだっ文化祭2004」の公式ガイドブックだった本だ。
このときに結成された石川と道重のエコモニが妖精のような可愛さで、大好きだった。今なら久住が担っているところだろう。
エコロジーの取り組みとして「コンサートのチラシはちゃんと持って帰」ることなどが書いてあって、面白い。
エコロジーというと、すぐに狂信的な潔癖主義を思い出してしまって、拒否反応が起きるが、モーニング娘。が言うなら、やってみてもいいかな、と思った。地球を危機に陥らせているのは人間なんだから、本当に地球を守りたいなら、人間を退治するしかない、という結論になってしまうのが、エコロジーの怖さだ。資本主義とエコロジーはいかにして両立できるのか。
どっちも積極的には守れないなあ。両立どころか、どっちも捨ててみる道もあるかもよ。
アメリカ映画「フロッグマン」を見た。2004年。
B級丸出しの映画。
アマゾンのあらすじをそのまま書くと、こう。
「驚異的な進化を遂げた“カエル”が登場するアクションホラー。とある町で大量発生した奇形生物の調査に乗り出したバーバラは、その原因が薬品工場が廃棄した化学物質にあることを突き止める。そして、その化学物質は一匹のカエルを驚異的に進化させ…」
この人間大になったカエルこそ、フロッグマンだ。
フロッグマンは遺伝子の設定上、女性を襲わずにはいられない。
いちゃいちゃしている男女を見つけると、たまらずにフロッグマンはそこに介入し、男をたたき出して、女と交わる。
女性の観客が集まるアメリカンフットボールの試合に乱入して、プレイ中の選手をなぎ倒す。
挙げ句の果てには、クリスチャン学校の女子寮に侵入する。
(中年女性の寮監は、殴られただけで襲われていない。不審に思ってたら、バーバラが解明する。「彼女はもう枯れているのよ!」)
主人公のバーバラはいきなり胸をはだけて、フロッグマンをおびき寄せて、攻撃する。
最後には、女を襲う輩を退治する昔ながらの方法で、フロッグマンも最期を迎える。父親が出てきてライフルで射殺だ。あっさりフロッグマンもやられる。
ラストは、フロッグマンと交わった女性が、半魚人のようなこどもを生んで絶叫するシーンで終わっている。お約束!カエルが巨大化したはずだから、オタマジャクシがうまれるのかと思っていたが、直立二足歩行するカエルの子はカエルだったのか。
エンドロールでは、フロッグマンがマイケル・ジャクソンばりのダンスを見せる。まさに人を小馬鹿にしたような映像だが、本当にマイケルのファンだったらしくて、2005年のマイケル・ジャクソンの裁判時に、野次馬として駆け付けたフロッグマンの姿がスクープされている。
最近はじまったテレビ番組でホリケンと、AKB48の峯岸みなみと篠田麻里子が出ている「ファイテンション・デパート」というのがある。そこで流れるアニメを作っているのもフロッグマン名義で、サブカルの匂いがぷんぷんするが、映画の方のフロッグマンも負けてはいない。
監督はコーディ・ジャレット。これが2作めになる。1作めが「Surfbroads」というタイトルなので、水ものが好きなのかもしれない。
このコーディ・ジャレット、監督だけじゃなく、脚本も書いているしプロデューサーでもあるし、音楽だってやっている。
エンドクレジットで確認すると、劇中にも流れるGlam Spice GenerationやTeen Machineの曲を書いていた。曲名も「The Flog That You Love」とか「Go Falcons!」とか、そんなシーン、どこにあったのか?と思わせるものだ。なお、Teen Machineはアルバムも出しているハリウッドのパワーポップバンドで、コーディ・ジャレットはそのメンバーとして活躍もしているのだ。
多才と呼んでいいのか?いいズラ!
コーディ・ジャレットは監督4作めの新作「Suger Boxx」では自ら出演もしている。
(1990年「フォード・フェアレーンの冒険」でも俳優として出演していたらしい。それ以外は、スタンドインなどで一応、スクリーンには出ていたようだが)
ところで、このコーディ・ジャレット、「白熱」でジェームズ・キャグニーが演じた悪役の名前そのまんまだ。本名?芸名?
http://www.froggg.com/
B級丸出しの映画。
アマゾンのあらすじをそのまま書くと、こう。
「驚異的な進化を遂げた“カエル”が登場するアクションホラー。とある町で大量発生した奇形生物の調査に乗り出したバーバラは、その原因が薬品工場が廃棄した化学物質にあることを突き止める。そして、その化学物質は一匹のカエルを驚異的に進化させ…」
この人間大になったカエルこそ、フロッグマンだ。
フロッグマンは遺伝子の設定上、女性を襲わずにはいられない。
いちゃいちゃしている男女を見つけると、たまらずにフロッグマンはそこに介入し、男をたたき出して、女と交わる。
女性の観客が集まるアメリカンフットボールの試合に乱入して、プレイ中の選手をなぎ倒す。
挙げ句の果てには、クリスチャン学校の女子寮に侵入する。
(中年女性の寮監は、殴られただけで襲われていない。不審に思ってたら、バーバラが解明する。「彼女はもう枯れているのよ!」)
主人公のバーバラはいきなり胸をはだけて、フロッグマンをおびき寄せて、攻撃する。
最後には、女を襲う輩を退治する昔ながらの方法で、フロッグマンも最期を迎える。父親が出てきてライフルで射殺だ。あっさりフロッグマンもやられる。
ラストは、フロッグマンと交わった女性が、半魚人のようなこどもを生んで絶叫するシーンで終わっている。お約束!カエルが巨大化したはずだから、オタマジャクシがうまれるのかと思っていたが、直立二足歩行するカエルの子はカエルだったのか。
エンドロールでは、フロッグマンがマイケル・ジャクソンばりのダンスを見せる。まさに人を小馬鹿にしたような映像だが、本当にマイケルのファンだったらしくて、2005年のマイケル・ジャクソンの裁判時に、野次馬として駆け付けたフロッグマンの姿がスクープされている。
最近はじまったテレビ番組でホリケンと、AKB48の峯岸みなみと篠田麻里子が出ている「ファイテンション・デパート」というのがある。そこで流れるアニメを作っているのもフロッグマン名義で、サブカルの匂いがぷんぷんするが、映画の方のフロッグマンも負けてはいない。
監督はコーディ・ジャレット。これが2作めになる。1作めが「Surfbroads」というタイトルなので、水ものが好きなのかもしれない。
このコーディ・ジャレット、監督だけじゃなく、脚本も書いているしプロデューサーでもあるし、音楽だってやっている。
エンドクレジットで確認すると、劇中にも流れるGlam Spice GenerationやTeen Machineの曲を書いていた。曲名も「The Flog That You Love」とか「Go Falcons!」とか、そんなシーン、どこにあったのか?と思わせるものだ。なお、Teen Machineはアルバムも出しているハリウッドのパワーポップバンドで、コーディ・ジャレットはそのメンバーとして活躍もしているのだ。
多才と呼んでいいのか?いいズラ!
コーディ・ジャレットは監督4作めの新作「Suger Boxx」では自ら出演もしている。
(1990年「フォード・フェアレーンの冒険」でも俳優として出演していたらしい。それ以外は、スタンドインなどで一応、スクリーンには出ていたようだが)
ところで、このコーディ・ジャレット、「白熱」でジェームズ・キャグニーが演じた悪役の名前そのまんまだ。本名?芸名?
http://www.froggg.com/
ISBN:4488104053 文庫 井上 勇 東京創元社 ¥735
エラリー・クイーンの処女作『ローマ帽子の謎』を読んだ。国名シリーズの第1作め。1929年。戦前の作品ですよ!まさにヴィンテージ。
表紙は現在の写真バージョンじゃなくて、真鍋博のシルバーのイラストレーション。井上勇の翻訳も1960年のもので、ネグリジェやカフェオーレが原語のまま使われて、(部屋着)とか注釈がついている。古風。
ローマ劇場の客席で毒殺。
手がかりは、被害者のシルクハットがどこを探しても見当たらないこと。
あるはずの帽子がどこにもない、という謎だけで長編を持たせて、しかも犯人まで推理できちゃうんだから、すごい。
ネタバレするので、読む人は要注意。
この本には、みどころがたんまりとある。
まず、クイーン父子のバランス。
父のリチャード・クイーン警視が大活躍して、エラリーは事件の解決よりも書物に夢中なスタンスを取りつづける。
事件の真相も、エラリーの推理をリチャードが代わりに語るのだ。(その頃エラリーは旅行中)
この比重は、名探偵が登場する推理小説としては、見事な設定だと思う。
それと、クイーン家の給仕、召使いジューナのキャラクター。
19歳の少年で、クイーン父子を尊敬し、絶対服従している。
これがドジで可愛い面をみせて、どことなく同性愛&ショタコンのターゲットとなるにふさわしく、キャラ萌え必至。同人誌などで、ジューナ本とか出ているんじゃないだろうか。
あんまり活躍せずに、ジュブナイルでかろうじて出演するけど、クイーンの主要作品からは姿を消してしまうキャラクターなのだ。
第2章「ではひとりのクイーンが働き、いまひとりのクイーンが見物すること」
エラリーが書物をなでながら言う。
「シュテンドハウゼの私家版だ」
訳注で「Stendhauseなるものがなにものか、浅学にしてついにわからなかった」と書いてある。
Stendhalならスタンダールなんだけど、惜しい。
ただ、このStendhause、読み方を変えれば、シュテンドォーズになる。「酒呑童子」?
第3章「では『牧師』が災難のこと」
アイスクリ−ム屋の娘の名前が「エリナー・リッビー」
教会で米粒拾う孤独な女かと思いきや、劇場のオレンジェード売りの少年とよろしくやってる。
第6章「では地方検事が伝記者となること」
ラストの思わせぶりな決め会話。シビレル!
「モーガンが論理的には容疑者であることは認めます。ただ、皆さん、ひとつの点を除いてはですがね」とエラリーはつけ加えた。
「例の帽子だろう」と警部は即座にいった。
「いいえ」とエラリーはいった。「べつの帽子です」
なお、この章に、犯人を決定する手がかりがある。
それは、こんなくだり。
「もう今は、みんな出はらいましたよ。ギャラリ−席の連中も、従業員たちも、俳優連も…奇妙な人種ですね、役者って。ひと晩じゅう、神さまを演じていたくせに、それが突然に、ごくありふれた往来の人たちと同じ服装になりさがり、生き身の人間につきものの災難不幸、なんにでもとりつかれるんですものね」
このどうでもいいような文章のどこが伏線だというのか!最後の推理のときになって、「ああ!あれはそういうことだったのか!」と目からウロコが落ちる。
第7章「クイーン父子の鑑定」
なくなった帽子は、犯人が持ち去ったものと思われるが、帽子の重要性についてあらかじめ犯人は予測していなかった、という推理をエラリーが展開する。
そのしめくくりの言葉に注目。
「してみれば、これまた、犯人がローマ劇場に来るまえは、帽子または、その中身を持ち去らねばならない羽目になるのを知らなかったという、有力な裏付け証拠だと、ぼくには思われるのです。quod erat demonstrandum」
推理小説ファンなら、誰しも虜になる「Q.E.D.」(証明終わり)をクイーンが使った最初の例が、ここにある!
第13章「クイーン対クイーン」
毒物学者ジョーンズ博士が推理作家を皮肉る。
「わしは、われわれの友人の推理小説家がごひいきの頼みの綱クラーレのことまで考えた。例の南アメリカの毒薬で、五つの推理小説のうち四つまで、この部類に入る」
クラーレは、僕も推理小説で知った毒だ。
でも、作中、エラリーは言う。
「私は自分の小説に一度もクラーレなんか使ったことはありませんから」
さて、事件の真相。
犯人は被害者にゆすられており、殺害してシルクハットに隠された書類を奪った。犯人は奪ったシルクハットをかぶって、来たときにかぶっていた自分のシルクハットを置いて帰ったのだ。ただし、そんな余分の帽子はどこにもない。あるとしたら、劇で使う帽子だけ!
犯人は俳優で、夜会服を着て帰った男だった。
で、ゆすりのネタがまた、すごい。
犯人はちょびっとだけ、黒人の血をひいているのだ。
それを隠すために、大金はらったり、人殺ししなくてはならないなんて、ああ、アメリカよ!
エラリー・クイーンの処女作『ローマ帽子の謎』を読んだ。国名シリーズの第1作め。1929年。戦前の作品ですよ!まさにヴィンテージ。
表紙は現在の写真バージョンじゃなくて、真鍋博のシルバーのイラストレーション。井上勇の翻訳も1960年のもので、ネグリジェやカフェオーレが原語のまま使われて、(部屋着)とか注釈がついている。古風。
ローマ劇場の客席で毒殺。
手がかりは、被害者のシルクハットがどこを探しても見当たらないこと。
あるはずの帽子がどこにもない、という謎だけで長編を持たせて、しかも犯人まで推理できちゃうんだから、すごい。
ネタバレするので、読む人は要注意。
この本には、みどころがたんまりとある。
まず、クイーン父子のバランス。
父のリチャード・クイーン警視が大活躍して、エラリーは事件の解決よりも書物に夢中なスタンスを取りつづける。
事件の真相も、エラリーの推理をリチャードが代わりに語るのだ。(その頃エラリーは旅行中)
この比重は、名探偵が登場する推理小説としては、見事な設定だと思う。
それと、クイーン家の給仕、召使いジューナのキャラクター。
19歳の少年で、クイーン父子を尊敬し、絶対服従している。
これがドジで可愛い面をみせて、どことなく同性愛&ショタコンのターゲットとなるにふさわしく、キャラ萌え必至。同人誌などで、ジューナ本とか出ているんじゃないだろうか。
あんまり活躍せずに、ジュブナイルでかろうじて出演するけど、クイーンの主要作品からは姿を消してしまうキャラクターなのだ。
第2章「ではひとりのクイーンが働き、いまひとりのクイーンが見物すること」
エラリーが書物をなでながら言う。
「シュテンドハウゼの私家版だ」
訳注で「Stendhauseなるものがなにものか、浅学にしてついにわからなかった」と書いてある。
Stendhalならスタンダールなんだけど、惜しい。
ただ、このStendhause、読み方を変えれば、シュテンドォーズになる。「酒呑童子」?
第3章「では『牧師』が災難のこと」
アイスクリ−ム屋の娘の名前が「エリナー・リッビー」
教会で米粒拾う孤独な女かと思いきや、劇場のオレンジェード売りの少年とよろしくやってる。
第6章「では地方検事が伝記者となること」
ラストの思わせぶりな決め会話。シビレル!
「モーガンが論理的には容疑者であることは認めます。ただ、皆さん、ひとつの点を除いてはですがね」とエラリーはつけ加えた。
「例の帽子だろう」と警部は即座にいった。
「いいえ」とエラリーはいった。「べつの帽子です」
なお、この章に、犯人を決定する手がかりがある。
それは、こんなくだり。
「もう今は、みんな出はらいましたよ。ギャラリ−席の連中も、従業員たちも、俳優連も…奇妙な人種ですね、役者って。ひと晩じゅう、神さまを演じていたくせに、それが突然に、ごくありふれた往来の人たちと同じ服装になりさがり、生き身の人間につきものの災難不幸、なんにでもとりつかれるんですものね」
このどうでもいいような文章のどこが伏線だというのか!最後の推理のときになって、「ああ!あれはそういうことだったのか!」と目からウロコが落ちる。
第7章「クイーン父子の鑑定」
なくなった帽子は、犯人が持ち去ったものと思われるが、帽子の重要性についてあらかじめ犯人は予測していなかった、という推理をエラリーが展開する。
そのしめくくりの言葉に注目。
「してみれば、これまた、犯人がローマ劇場に来るまえは、帽子または、その中身を持ち去らねばならない羽目になるのを知らなかったという、有力な裏付け証拠だと、ぼくには思われるのです。quod erat demonstrandum」
推理小説ファンなら、誰しも虜になる「Q.E.D.」(証明終わり)をクイーンが使った最初の例が、ここにある!
第13章「クイーン対クイーン」
毒物学者ジョーンズ博士が推理作家を皮肉る。
「わしは、われわれの友人の推理小説家がごひいきの頼みの綱クラーレのことまで考えた。例の南アメリカの毒薬で、五つの推理小説のうち四つまで、この部類に入る」
クラーレは、僕も推理小説で知った毒だ。
でも、作中、エラリーは言う。
「私は自分の小説に一度もクラーレなんか使ったことはありませんから」
さて、事件の真相。
犯人は被害者にゆすられており、殺害してシルクハットに隠された書類を奪った。犯人は奪ったシルクハットをかぶって、来たときにかぶっていた自分のシルクハットを置いて帰ったのだ。ただし、そんな余分の帽子はどこにもない。あるとしたら、劇で使う帽子だけ!
犯人は俳優で、夜会服を着て帰った男だった。
で、ゆすりのネタがまた、すごい。
犯人はちょびっとだけ、黒人の血をひいているのだ。
それを隠すために、大金はらったり、人殺ししなくてはならないなんて、ああ、アメリカよ!
ISBN:4757726686 単行本 押井 守 エンターブレイン ¥1,575
押井守の『勝つために戦え!』を読んだ。
各章のしめくくりにある「勝利のために」を記しておく。
1、プロスポーツの勝敗は虚構であると心得よ
2、自分にとっての『勝利』とは何かを見極めよ
3、とにかく勝負に勝ちたい、というのが人間の本質である
4、自分の戦い方に自覚的であるべし
5、オリンピックだけが最高のステージである時代は終わった。自分にとっての最大の勝負の場を見極めよ
6、勝負のフォーマットは審判が決める。審判との戦いを制すべし
7、戦う相手は何なのか、何と戦うべきなのか、しっかり見極めるべし。
8、ゲームをやるなら『俺ルール』を作って、勝ち方にもこだわるべし。
9、『勝つこと』自体を目的として戦うべし。
10、勝つことに特化する男に刮目せよ!
11、勝負と商売は別モノ。二兎を追う者は一兎をも得ず。
12、目の前の勝負に負けても、リターンマッチを確保せよ!
13、自分の決めた生き方を貫徹するなら、ニートでも負け組ではない。
14、試合には必ず獲得目標がある。それのためには捨て試合も必要。
15、民主主義はそもそも勝敗論とは相いれないシステムである。
16、イメージと現実の落差を直視せよ。(でも若者には無理?)
17、物事の基準を明快にして、責任の所在を明らかにすべし。
18、勝利条件のない戦いはすべからず。
『エース特濃』連載の前半はサッカーの話題が中心で、勝敗論はそれに附随するおまけみたいなものだが、後半のプロダクションI.Gのwebサイトでの連載分は、映画の話や、時事ネタ、戦争など、話題が広がって、とても面白かった。
「勝ち組、負け組」なんて言葉が流行していたらしいが、少なくとも僕のまわりで、そんな下品な言葉を使う人間は存在しなかった。
そんな言葉が流行していたなんて、何かの勘違いじゃないのか、と思っている。
本書では、世間一般が簡単に「勝った、負けた」と言っていることに対して、「勝敗」とは何かを問いかけている。
たとえば、ベトナム戦争では、アメリカは軍事的には作戦がすべて成功して、勝利している。では、アメリカはベトナム戦争の勝利者なのか。
「イノセンス」公開時に、その興業成績で「劇場版ナルト」のスタッフは「勝った!」と喜んでいたらしい。では、「劇場版ナルト」は「イノセンス」に勝ったのか。
なにをもって「勝ち」とするのか。
負けず嫌いの僕にとって、格好の読み物であった。
押井守の『勝つために戦え!』を読んだ。
各章のしめくくりにある「勝利のために」を記しておく。
1、プロスポーツの勝敗は虚構であると心得よ
2、自分にとっての『勝利』とは何かを見極めよ
3、とにかく勝負に勝ちたい、というのが人間の本質である
4、自分の戦い方に自覚的であるべし
5、オリンピックだけが最高のステージである時代は終わった。自分にとっての最大の勝負の場を見極めよ
6、勝負のフォーマットは審判が決める。審判との戦いを制すべし
7、戦う相手は何なのか、何と戦うべきなのか、しっかり見極めるべし。
8、ゲームをやるなら『俺ルール』を作って、勝ち方にもこだわるべし。
9、『勝つこと』自体を目的として戦うべし。
10、勝つことに特化する男に刮目せよ!
11、勝負と商売は別モノ。二兎を追う者は一兎をも得ず。
12、目の前の勝負に負けても、リターンマッチを確保せよ!
13、自分の決めた生き方を貫徹するなら、ニートでも負け組ではない。
14、試合には必ず獲得目標がある。それのためには捨て試合も必要。
15、民主主義はそもそも勝敗論とは相いれないシステムである。
16、イメージと現実の落差を直視せよ。(でも若者には無理?)
17、物事の基準を明快にして、責任の所在を明らかにすべし。
18、勝利条件のない戦いはすべからず。
『エース特濃』連載の前半はサッカーの話題が中心で、勝敗論はそれに附随するおまけみたいなものだが、後半のプロダクションI.Gのwebサイトでの連載分は、映画の話や、時事ネタ、戦争など、話題が広がって、とても面白かった。
「勝ち組、負け組」なんて言葉が流行していたらしいが、少なくとも僕のまわりで、そんな下品な言葉を使う人間は存在しなかった。
そんな言葉が流行していたなんて、何かの勘違いじゃないのか、と思っている。
本書では、世間一般が簡単に「勝った、負けた」と言っていることに対して、「勝敗」とは何かを問いかけている。
たとえば、ベトナム戦争では、アメリカは軍事的には作戦がすべて成功して、勝利している。では、アメリカはベトナム戦争の勝利者なのか。
「イノセンス」公開時に、その興業成績で「劇場版ナルト」のスタッフは「勝った!」と喜んでいたらしい。では、「劇場版ナルト」は「イノセンス」に勝ったのか。
なにをもって「勝ち」とするのか。
負けず嫌いの僕にとって、格好の読み物であった。
新人お笑い尼崎大賞予選3日め、寺山修司 青春書簡―恩師・中野トクへの75通
2007年1月22日 読書
ISBN:4544023289 単行本 九條 今日子 二玄社 ¥1,575
今日は新人お笑い尼崎大賞の予選第3日めを見に行った。
やっぱりお客さんはあまりいない。月曜日の朝10時から4時過ぎまで、というスケジュールでは、学生も社会人も集まりにくいのだろう。
それぞれ面白かったが、お笑いのネタが漫才師の世界等身大の反映であるかぎり、その世界の狭さ、浅さが気になる。
学校ネタ、バイトネタでは引き出しが少なすぎるのだ。
また、テレビで見たことをネタにそのまんま反映させているのも多く、客の共感を得るためには仕方ないとはいえ、教室で面白いクラスメートのおしゃべりを聞いているレベル以上のものがないと、芸としては成立しないんじゃないか、と思えてきた。
お笑いでも、数をみると、似たようなものが多くて食傷してしまうのであった。
まったく異質なものを出してくる人に反応してしまう、僕の好みの問題もあるだろうが。
『寺山修司 青春書簡』を読んだ。
「恩師・中野トクへの75通」とサブタイトルにある。
第1章 青高時代から早大入学、そして歌壇デビューへ(昭和28年1月2日〜昭和30年1月21日)
第2章 入院療養時代1−十九歳の苦悩(昭和30年3月15日〜昭和31年1月1日)
第3章 入院療養時代2−二十歳、第一作品集『われに五月を』刊行へ(昭和31年1月27日〜昭和31年12月20日)
第4章 回復へ向かって−『空には本』刊行、そして飛躍(昭和32年1月1日〜昭和38年5月27日)
手紙の大半は入院療養中に書かれている。
高校生のときの実直な文字から、歌壇デビューしてからの奔放な文字、最後の手紙は印刷、と変遷を目で味わえるのも興味深い。
また、19通めで自分を「ナルシス」と呼びながら、「さみしいぞ」「僕はもうだめだア」と揺れ動くのも、いかにも十代の少年らしい。
寺山が恩師に衣服やお金をおねだりする手紙の多さにも驚いた。
芸術家はいかに人にお金を出してもらえるか、という手腕も才能のうちだ。
それをもって「ヒモ」を連想するか「パトロン」を連想するかは、その人の資質ってものだろう。
僕のような非才な人間にだって、学生時代に本や服、大量の原稿用紙を買ってくれる人がいた。アーチストになってからも、僕が展覧会をひらいたら、その作品を買い占めてくれた人もいた。
とてもありがたい。僕の才能を買ってくれていたからだ。
寺山のように「この手紙、将来。書簡集出るとき売れます、きっと」(41通め)なんて自信はなく、「今日鏡を見たら、僕の目はすてきだと発見」(21通め)と臆面もなく書けるほどのナルシスでもないけれど、「ぼくはだめだ。いや、だめではありませんがユーウツです。ユーウツであるぞ。乞食公子。一寸いいな。屋根裏でも借りて」(18通め)にみられる弱気とミックスされた感情なら、僕にもあてはまるようだ。
精神年齢は、まだ十代?
今日は新人お笑い尼崎大賞の予選第3日めを見に行った。
やっぱりお客さんはあまりいない。月曜日の朝10時から4時過ぎまで、というスケジュールでは、学生も社会人も集まりにくいのだろう。
それぞれ面白かったが、お笑いのネタが漫才師の世界等身大の反映であるかぎり、その世界の狭さ、浅さが気になる。
学校ネタ、バイトネタでは引き出しが少なすぎるのだ。
また、テレビで見たことをネタにそのまんま反映させているのも多く、客の共感を得るためには仕方ないとはいえ、教室で面白いクラスメートのおしゃべりを聞いているレベル以上のものがないと、芸としては成立しないんじゃないか、と思えてきた。
お笑いでも、数をみると、似たようなものが多くて食傷してしまうのであった。
まったく異質なものを出してくる人に反応してしまう、僕の好みの問題もあるだろうが。
『寺山修司 青春書簡』を読んだ。
「恩師・中野トクへの75通」とサブタイトルにある。
第1章 青高時代から早大入学、そして歌壇デビューへ(昭和28年1月2日〜昭和30年1月21日)
第2章 入院療養時代1−十九歳の苦悩(昭和30年3月15日〜昭和31年1月1日)
第3章 入院療養時代2−二十歳、第一作品集『われに五月を』刊行へ(昭和31年1月27日〜昭和31年12月20日)
第4章 回復へ向かって−『空には本』刊行、そして飛躍(昭和32年1月1日〜昭和38年5月27日)
手紙の大半は入院療養中に書かれている。
高校生のときの実直な文字から、歌壇デビューしてからの奔放な文字、最後の手紙は印刷、と変遷を目で味わえるのも興味深い。
また、19通めで自分を「ナルシス」と呼びながら、「さみしいぞ」「僕はもうだめだア」と揺れ動くのも、いかにも十代の少年らしい。
寺山が恩師に衣服やお金をおねだりする手紙の多さにも驚いた。
芸術家はいかに人にお金を出してもらえるか、という手腕も才能のうちだ。
それをもって「ヒモ」を連想するか「パトロン」を連想するかは、その人の資質ってものだろう。
僕のような非才な人間にだって、学生時代に本や服、大量の原稿用紙を買ってくれる人がいた。アーチストになってからも、僕が展覧会をひらいたら、その作品を買い占めてくれた人もいた。
とてもありがたい。僕の才能を買ってくれていたからだ。
寺山のように「この手紙、将来。書簡集出るとき売れます、きっと」(41通め)なんて自信はなく、「今日鏡を見たら、僕の目はすてきだと発見」(21通め)と臆面もなく書けるほどのナルシスでもないけれど、「ぼくはだめだ。いや、だめではありませんがユーウツです。ユーウツであるぞ。乞食公子。一寸いいな。屋根裏でも借りて」(18通め)にみられる弱気とミックスされた感情なら、僕にもあてはまるようだ。
精神年齢は、まだ十代?
R1ぐらんぷり1回戦最終日
2007年1月21日 趣味 コメント (2)R1ぐらんぷり1回戦最終日を見てきた。
baseよしもとに入るのはこれがはじめてではなかろうか。
若手漫才師ファンのギャルたちでいつもいっぱいのイメージがあって、奥手な僕はドキドキしてなかなか入れなかった場所だ。
入場料を払うと、オロナミンCと交感できるコインをくれた。
なるほど。こういうシステムか。
今日出演のなかでお目当てはクリスチャン・バイオレット(村上三奈)だった。
最初、いつものヘルメットにメガホンのアホドル姿で出てきて、「カボチャのバカ」を一節歌う。
そのあと、衣装をかえて、ニセ外国人クリスチャン・バイオレットのネタに入る。
ネタのあちこちに「秘密基地」だの「アホドル」だの、村上三奈を検索するうえでのキーワードのようなものが頻出する。
ネタというより、ほとんど、宣伝だ。
そのまま、タイムオーバーで真っ赤に暗転「ドーン!」
残念ながら、2回戦には進めなかった。
「カボチャのバカ」を歌っているときには笑いをとっていたので、アホドルネタで行けば2回戦に行けたはずなのに、と思った。
今回、面白かった人は幾人もいたが、誰が誰なのか、よくわからない。
出場者には出番の確認のために、出演表が配られているが、一般客には、何もないのだ。
チャングム料理教室のネタの高倉愛が面白かったが、タイムオーバーでオチまで行かずに真っ赤に「ドーン!」
2回戦まで進めず。
あと、ネタをふっておいて、それをちっとも回収せずに好き放題の人とか、農業ネタの人とか、面白かった。
2回戦を見に行ったりして確認しないと、誰なのか不明。
2回戦進出者は、次のとおり。
タンベ(アマチュア)
のりちゃん(のりしゅう劇団)
コヴァンサン・カッセル(チョップリン)(松竹芸能)
石田明(NON STYLE)(吉本興業 大阪)
福井俊太郎(吉本興業 大阪)
DJケリー(吉本興業 大阪)
ちゃいますねん八木(吉本興業 大阪)
山口了(NSC)
モロトゆーき(フリー)
ナツメグ(藤崎マーケット)(吉本興業 大阪)
ぬまっち(フリー)
デンジャラス武智(吉本興業 大阪)
斉藤けいいち(吉本興業 東海支社)
水口(ソラシド)(吉本興業 大阪)
田中一彦(吉本興業 大阪)
おーる虚人(吉本興業 東京)
ダイアン西澤(吉本興業 大阪)
土肥ポン太(吉本興業 大阪)
タラスコバギー(アマチュア)
三根孝彦(吉本興業 東海支社)
笑福亭瓶成(松竹芸能)
ウィンドブレカー石田(アマチュア)
コア・ファイター西井(松竹芸能)
私服警察(鎌鼬 濱家)(吉本興業 大阪)
もったに(アマチュア)
村越周司(フリー)
天竺鼠川原(吉本興業 大阪)
ナニーナ(吉本興業 大阪)
とろサーモン村田(吉本興業 大阪)
まいど吉本(すとりーく)(吉本興業 大阪)
加藤誉子(吉本興業 大阪)
生江ミョウジ(吉本興業 大阪)
田崎ソムリエ佑一(吉本興業 大阪)
増井源(NSC)
ハンサム釜口(吉本興業 大阪)
魔界岩棲(アマチュア)
田中ボックス(吉本興業 大阪)
五十嵐サキ(吉本興業 大阪新喜劇)
お兄ちゃん(吉本興業 大阪)
西洋平(アマチュア)
ストリーク山田(吉本興業 大阪)
帰路、携帯ラジオで「現代の音楽」を聞く。
宗教音楽っぽい。
これが既存のキリスト教や仏教などの宗教音楽でなく、それとは全く違う新宗教の音楽であれば、面白かろう、と思った。
baseよしもとに入るのはこれがはじめてではなかろうか。
若手漫才師ファンのギャルたちでいつもいっぱいのイメージがあって、奥手な僕はドキドキしてなかなか入れなかった場所だ。
入場料を払うと、オロナミンCと交感できるコインをくれた。
なるほど。こういうシステムか。
今日出演のなかでお目当てはクリスチャン・バイオレット(村上三奈)だった。
最初、いつものヘルメットにメガホンのアホドル姿で出てきて、「カボチャのバカ」を一節歌う。
そのあと、衣装をかえて、ニセ外国人クリスチャン・バイオレットのネタに入る。
ネタのあちこちに「秘密基地」だの「アホドル」だの、村上三奈を検索するうえでのキーワードのようなものが頻出する。
ネタというより、ほとんど、宣伝だ。
そのまま、タイムオーバーで真っ赤に暗転「ドーン!」
残念ながら、2回戦には進めなかった。
「カボチャのバカ」を歌っているときには笑いをとっていたので、アホドルネタで行けば2回戦に行けたはずなのに、と思った。
今回、面白かった人は幾人もいたが、誰が誰なのか、よくわからない。
出場者には出番の確認のために、出演表が配られているが、一般客には、何もないのだ。
チャングム料理教室のネタの高倉愛が面白かったが、タイムオーバーでオチまで行かずに真っ赤に「ドーン!」
2回戦まで進めず。
あと、ネタをふっておいて、それをちっとも回収せずに好き放題の人とか、農業ネタの人とか、面白かった。
2回戦を見に行ったりして確認しないと、誰なのか不明。
2回戦進出者は、次のとおり。
タンベ(アマチュア)
のりちゃん(のりしゅう劇団)
コヴァンサン・カッセル(チョップリン)(松竹芸能)
石田明(NON STYLE)(吉本興業 大阪)
福井俊太郎(吉本興業 大阪)
DJケリー(吉本興業 大阪)
ちゃいますねん八木(吉本興業 大阪)
山口了(NSC)
モロトゆーき(フリー)
ナツメグ(藤崎マーケット)(吉本興業 大阪)
ぬまっち(フリー)
デンジャラス武智(吉本興業 大阪)
斉藤けいいち(吉本興業 東海支社)
水口(ソラシド)(吉本興業 大阪)
田中一彦(吉本興業 大阪)
おーる虚人(吉本興業 東京)
ダイアン西澤(吉本興業 大阪)
土肥ポン太(吉本興業 大阪)
タラスコバギー(アマチュア)
三根孝彦(吉本興業 東海支社)
笑福亭瓶成(松竹芸能)
ウィンドブレカー石田(アマチュア)
コア・ファイター西井(松竹芸能)
私服警察(鎌鼬 濱家)(吉本興業 大阪)
もったに(アマチュア)
村越周司(フリー)
天竺鼠川原(吉本興業 大阪)
ナニーナ(吉本興業 大阪)
とろサーモン村田(吉本興業 大阪)
まいど吉本(すとりーく)(吉本興業 大阪)
加藤誉子(吉本興業 大阪)
生江ミョウジ(吉本興業 大阪)
田崎ソムリエ佑一(吉本興業 大阪)
増井源(NSC)
ハンサム釜口(吉本興業 大阪)
魔界岩棲(アマチュア)
田中ボックス(吉本興業 大阪)
五十嵐サキ(吉本興業 大阪新喜劇)
お兄ちゃん(吉本興業 大阪)
西洋平(アマチュア)
ストリーク山田(吉本興業 大阪)
帰路、携帯ラジオで「現代の音楽」を聞く。
宗教音楽っぽい。
これが既存のキリスト教や仏教などの宗教音楽でなく、それとは全く違う新宗教の音楽であれば、面白かろう、と思った。
新人お笑い尼崎大賞予選
2007年1月20日 趣味第7回新人お笑い尼崎大賞の予選会第1日めを見に行った。
90組弱のエントリーがある。
朝10時から夕方5時までの長丁場だが、僕は昼過ぎにぶらぶらと出かけて行った。
R1グランプリ予選で見た人も出場している。
僕が見たのは30組くらいだが、そのなかで印象に残ったのは、
川角まり(ゆうこりんのものまねネタ)
http://plaza.rakuten.co.jp/monroe/
ちゃんこスープ(ポップスター)
http://orange.ap.teacup.com/chankosupu/
覆面マスク(マナカナ&プロレス。松竹芸能)
他にも面白いのがいろいろあって、楽しめた。
それにしても、入場無料なのに客の少ないことと言ったら!
ストリートで客いじりばっかりやってる原show太も出場しており、僕も「朝青龍のこどもさん」だの「サンタクロース」だの「からし色」だの、いろいろいじられたが、客が少ないので、困ったことだろう。
お金を使うペースをあやまって、100円の出費も惜しくなり、今日、他にも行きたかった、そしおアメリカ村のライブとか、campの上映会とか、全部パスせざるを得なかった。
したがって、夜以降はテレビ見たりして、いつになくまったりと過ごしたのであった。
今日のトピックとして面白かったのは2つ。
まず、1つめは。
キラキラアイドルリカちゃんのゲームで、小学生女児と並んでプレイ。
女児はゲームにあわせて歌っていた。
思わぬジョイント・セッションで、熱くなった。
もう1つは。
尼崎のショッピングセンターで、中学生男子たちが、警備員をからかって遊んでいた。
「アホ〜、デブ〜」
と、囃し立てて、警備員が追い掛けると、みんなでわっと逃げる、まるでおにごっこのような光景。
義務教育の生徒たちは、面白い。
90組弱のエントリーがある。
朝10時から夕方5時までの長丁場だが、僕は昼過ぎにぶらぶらと出かけて行った。
R1グランプリ予選で見た人も出場している。
僕が見たのは30組くらいだが、そのなかで印象に残ったのは、
川角まり(ゆうこりんのものまねネタ)
http://plaza.rakuten.co.jp/monroe/
ちゃんこスープ(ポップスター)
http://orange.ap.teacup.com/chankosupu/
覆面マスク(マナカナ&プロレス。松竹芸能)
他にも面白いのがいろいろあって、楽しめた。
それにしても、入場無料なのに客の少ないことと言ったら!
ストリートで客いじりばっかりやってる原show太も出場しており、僕も「朝青龍のこどもさん」だの「サンタクロース」だの「からし色」だの、いろいろいじられたが、客が少ないので、困ったことだろう。
お金を使うペースをあやまって、100円の出費も惜しくなり、今日、他にも行きたかった、そしおアメリカ村のライブとか、campの上映会とか、全部パスせざるを得なかった。
したがって、夜以降はテレビ見たりして、いつになくまったりと過ごしたのであった。
今日のトピックとして面白かったのは2つ。
まず、1つめは。
キラキラアイドルリカちゃんのゲームで、小学生女児と並んでプレイ。
女児はゲームにあわせて歌っていた。
思わぬジョイント・セッションで、熱くなった。
もう1つは。
尼崎のショッピングセンターで、中学生男子たちが、警備員をからかって遊んでいた。
「アホ〜、デブ〜」
と、囃し立てて、警備員が追い掛けると、みんなでわっと逃げる、まるでおにごっこのような光景。
義務教育の生徒たちは、面白い。
マチルダは小さな大天才 ロアルド・ダールコレクション 16
2007年1月19日 読書
ISBN:4566014258 単行本 宮下 嶺夫 評論社 ¥1,470
ロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』を読んだ。
こどもを理解せず、横暴に権力をふりかざす大人に対して、頭のいいマチルダが、仕返しをする、痛快な物語。
マチルダは早熟な天才で、人より早く文字も覚え、計算もでき、図書館の本を読破していくが、両親はそんなマチルダをまったく評価しない。
これ、よくある話だと思う。
マチルダが家庭と学校で受ける屈辱は、思い出すのも腹がたつので、ここには記さない。
それに対するマチルダのいたずらをいくつか挙げておこう。
父親の帽子に瞬間接着剤をつけておいて、頭からはずせなくする。
母親の髪染めを父親のヘアートニックとすりかえて、父親の髪の色を変える。
ことばをしゃべるオウムを煙突に隠しておいて、誰もいないはずの部屋から声が聞こえる、と幽霊騒動を起こす。
校長の飲み水を入れた壜にイモリをいれておく。
などなど。
それ以外の印象に残ったシーンは、なんといっても、これ。
横暴な校長が、ケーキを盗み食いした生徒を壇上に呼び出し、巨大ケーキを与え、食べきるまでは全校生徒を帰らせない、と言う。
あまりにも大きなケーキで、生徒が音をあげるかと思えば、その生徒はなんとかそのケーキを食べきってしまう。
これは愉快。
途中から、マチルダと担任の教師とのあいだに交流が生じる。
担任は、ひどい貧乏生活をしており、それは親戚の校長による悪意ある仕打ちで、財産をだまし取られているからだと判明する。
ここで、血のつながった年長の人物からの虐待と、学校でのいじめという2つの流れが校長退治で合流する。こどもにとっての敵は、家庭と学校なのだ。血と年齢と序列なのだ。
マチルダは、突然身についた念力によって、校長を脅して、担任を救う。
そして、マチルダのことを「かさぶた」と呼んでやっかいもの扱いしていた両親が不法行為がばれて高飛びしようとする際に、親にはついて行かず担任と暮らす道を選ぶのだ。
いや〜、この話もめちゃくちゃ面白かった。
あとがきを読んで、これが映画「マチルダ」の原作だとはじめて知った。
映画は映画で面白かった記憶があるけど、小説の方が格段に面白い、と感じた。
今まで読んだダールの中でも1、2を争う大傑作だろう。
途中、マチルダが、ナルニア国物語やトールキンについて、滑稽味がないのがよくない、と言うが、まさにそのとおりだろう。
シリアスぶっているものごと全てを笑いのめしたい。
ロアルド・ダールの『マチルダは小さな大天才』を読んだ。
こどもを理解せず、横暴に権力をふりかざす大人に対して、頭のいいマチルダが、仕返しをする、痛快な物語。
マチルダは早熟な天才で、人より早く文字も覚え、計算もでき、図書館の本を読破していくが、両親はそんなマチルダをまったく評価しない。
これ、よくある話だと思う。
マチルダが家庭と学校で受ける屈辱は、思い出すのも腹がたつので、ここには記さない。
それに対するマチルダのいたずらをいくつか挙げておこう。
父親の帽子に瞬間接着剤をつけておいて、頭からはずせなくする。
母親の髪染めを父親のヘアートニックとすりかえて、父親の髪の色を変える。
ことばをしゃべるオウムを煙突に隠しておいて、誰もいないはずの部屋から声が聞こえる、と幽霊騒動を起こす。
校長の飲み水を入れた壜にイモリをいれておく。
などなど。
それ以外の印象に残ったシーンは、なんといっても、これ。
横暴な校長が、ケーキを盗み食いした生徒を壇上に呼び出し、巨大ケーキを与え、食べきるまでは全校生徒を帰らせない、と言う。
あまりにも大きなケーキで、生徒が音をあげるかと思えば、その生徒はなんとかそのケーキを食べきってしまう。
これは愉快。
途中から、マチルダと担任の教師とのあいだに交流が生じる。
担任は、ひどい貧乏生活をしており、それは親戚の校長による悪意ある仕打ちで、財産をだまし取られているからだと判明する。
ここで、血のつながった年長の人物からの虐待と、学校でのいじめという2つの流れが校長退治で合流する。こどもにとっての敵は、家庭と学校なのだ。血と年齢と序列なのだ。
マチルダは、突然身についた念力によって、校長を脅して、担任を救う。
そして、マチルダのことを「かさぶた」と呼んでやっかいもの扱いしていた両親が不法行為がばれて高飛びしようとする際に、親にはついて行かず担任と暮らす道を選ぶのだ。
いや〜、この話もめちゃくちゃ面白かった。
あとがきを読んで、これが映画「マチルダ」の原作だとはじめて知った。
映画は映画で面白かった記憶があるけど、小説の方が格段に面白い、と感じた。
今まで読んだダールの中でも1、2を争う大傑作だろう。
途中、マチルダが、ナルニア国物語やトールキンについて、滑稽味がないのがよくない、と言うが、まさにそのとおりだろう。
シリアスぶっているものごと全てを笑いのめしたい。
モダンのクールダウン
2007年1月18日 読書
ISBN:4757101805 単行本(ソフトカバー) 稲葉 振一郎 NTT出版 ¥2,310
稲葉振一郎の『モダンのクールダウン』を読んだ。
サブタイトルには「片隅の啓蒙」とある。
以下、目次にメモをちょこっと加える。
第1章 ポストモダンとは何(だったの)か
モダニズムとポストモダニズムのちがい
「大衆社会論」のいかがわしさ
大きな物語の普及と腐朽
機能主義、合理主義、効率主義を「近代主義」とまとめるとすれば、「モダニズム」は、そういった「近代主義」への反逆である。
と、同時にモダニズムはエリート主義的大衆批判でもあった。
ポストモダニズムは、「近代主義」「モダニズム」両方への反逆である。
ポストモダニズムはニーチェやオルテガ・イ・ガセットの喜劇的再現、との指摘も。
第2章 物語の解体と消費
「大きな非物語」としての「データベース」
虚構とポストモダン
東浩紀のポストモダン論をキーワード「キャラ萌え」から見て行く。
第3章 「リアリズム」と「お約束」
「リアリズム」小説のリアリティ
SF・ファンタジーのリアリティ
SF・ファンタジーによる「寓話の復興」
共有されていく「お約束」
リアリズムの作品での公共世界は、この現実世界と変わらない。虚構は私的世界の中で息づく。
じゃあ、SFやファンタジーは?
と、いうことで「作中世界の実現可能性へのこだわり」の濃い、薄いと「作中世界の現実性への懐疑」の濃い、薄いで4つに分類する。
(濃い濃い)メタSF、(濃い薄い)本格SF、(薄い濃い)幻想文学、メタフィクション、(薄い薄い)ジャンルSF、ジャンルファンタジー
たとえば、幻想文学だと、作中世界の実現可能性へのこだわりは薄いけど、作中世界の現実性への懐疑は濃い、という具合。
濃い濃いがディックやレムなら、薄い薄いはライトノベル、って感じかな。
第4章 表現における「公共性」
「公共性の文学」としての近代文学
近代・常識・お約束
「表現」の隘路としてのモダン・アート
何も表現しない表現
以下、とくにメモは不要と判断。
第5章 テーマパーク化する世界
ハンナ・アレントの「文化の危機」
「テーマパーク」化するエンターテインメント
「テーマパーク型権力」と「環境管理型権力」
第6章 人工環境と「現実世界」
「テーマパーク」的世界とリアリズム文学
リアリズム文学とエンターテインメント
サバルタンの語りの「不可能性」
理念的な文学(芸術)の機能
第7章 「動物化」論の着地点
「根源的」で無意味なもの
幽霊と不眠症
「ゲーム的リアリズム」の可能性
「脳内恋愛」としての「萌え」
外部が存在しないという妄想
第8章 等質空間からの脱出
エリートと大衆
リアリティを失った二分法
ヴァーチャル・リアリズム
虚構世界は安全圏か
「外部」を作りつづけること
「内なる外部」は「個室化」するのか?
ところで、本書で頻繁に出てきて気になった言葉がある。
「乱暴に言うと、ここには近代的な意味での公と私の区分とはずいぶん異なる構造が支配しています」(第1章)
「ここまでの考察をもとにそれらを乱暴にシャッフルして新たな問題設定へと組み替えてみましょう」(第2章)
「このように乱暴に図式化したとき、『現実世界』を舞台とする近代リアリズム文学については、とりあえず二つの方向から光をあてることができます」(第4章)
「非常に乱暴に言えばポストモダニスト東に対して、モダニスト、というよりもストレートなブルジョワ的近代主義者大塚、という対比が成り立ちますが」(第7章)
「以下乱暴に、図式的に論を進めます」(第8章)
語り口は「ですます」で丁寧なのだが、とても「乱暴」だ。
精密に厳密に論をすすめて、些末なことまでネチネチやられるのは御免なので、乱暴なのは大歓迎だが、あまりにも乱暴すぎないか?
バイオレンス好きの僕にはぴったりか!
いや、著者が言うほどその内容は乱暴でも大雑把でもなく、書きながら「あ〜、厳密に言うと違うんだけどな〜」と言ってる姿が目に浮かんでくる。
細かいところまで見えているがゆえの「乱暴」だ。
本当なら、もっと乱暴に論をすすめて、「おいおい、それはいくらなんでも!」と言わせてもらいたい。
通勤時はNHK-FM。
− シベリウス・ウィーク −(3)
「交響曲 第5番 変ホ長調 作品82」 シベリウス作曲
(30分36秒)
「交響曲 第6番 ニ短調 作品104」 シベリウス作曲
(26分20秒)
「悲しいワルツ 作品44 第1」 シベリウス作曲
(4分52秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
<2006/6/4>
「交響詩“タピオラ”作品112」 シベリウス作曲
(16分16秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜フィンランド・ヘルシンキ
フィンランディアホールで収録〜
<2006/5/12>
(フィンランド放送協会提供)
「逢引きから帰った乙女 作品37 第5」 シベリウス作曲
(3分17秒)
「もう聞くことはない 作品17 第1」 シベリウス作曲
(2分10秒)
「夢なりしか 作品37 第4」 シベリウス作曲
(2分10秒)
(ソプラノ)ビルギット・ニルソン
(ピアノ)ヤーノシュ・ショーヨム
<キング KKCC−2059>
稲葉振一郎の『モダンのクールダウン』を読んだ。
サブタイトルには「片隅の啓蒙」とある。
以下、目次にメモをちょこっと加える。
第1章 ポストモダンとは何(だったの)か
モダニズムとポストモダニズムのちがい
「大衆社会論」のいかがわしさ
大きな物語の普及と腐朽
機能主義、合理主義、効率主義を「近代主義」とまとめるとすれば、「モダニズム」は、そういった「近代主義」への反逆である。
と、同時にモダニズムはエリート主義的大衆批判でもあった。
ポストモダニズムは、「近代主義」「モダニズム」両方への反逆である。
ポストモダニズムはニーチェやオルテガ・イ・ガセットの喜劇的再現、との指摘も。
第2章 物語の解体と消費
「大きな非物語」としての「データベース」
虚構とポストモダン
東浩紀のポストモダン論をキーワード「キャラ萌え」から見て行く。
第3章 「リアリズム」と「お約束」
「リアリズム」小説のリアリティ
SF・ファンタジーのリアリティ
SF・ファンタジーによる「寓話の復興」
共有されていく「お約束」
リアリズムの作品での公共世界は、この現実世界と変わらない。虚構は私的世界の中で息づく。
じゃあ、SFやファンタジーは?
と、いうことで「作中世界の実現可能性へのこだわり」の濃い、薄いと「作中世界の現実性への懐疑」の濃い、薄いで4つに分類する。
(濃い濃い)メタSF、(濃い薄い)本格SF、(薄い濃い)幻想文学、メタフィクション、(薄い薄い)ジャンルSF、ジャンルファンタジー
たとえば、幻想文学だと、作中世界の実現可能性へのこだわりは薄いけど、作中世界の現実性への懐疑は濃い、という具合。
濃い濃いがディックやレムなら、薄い薄いはライトノベル、って感じかな。
第4章 表現における「公共性」
「公共性の文学」としての近代文学
近代・常識・お約束
「表現」の隘路としてのモダン・アート
何も表現しない表現
以下、とくにメモは不要と判断。
第5章 テーマパーク化する世界
ハンナ・アレントの「文化の危機」
「テーマパーク」化するエンターテインメント
「テーマパーク型権力」と「環境管理型権力」
第6章 人工環境と「現実世界」
「テーマパーク」的世界とリアリズム文学
リアリズム文学とエンターテインメント
サバルタンの語りの「不可能性」
理念的な文学(芸術)の機能
第7章 「動物化」論の着地点
「根源的」で無意味なもの
幽霊と不眠症
「ゲーム的リアリズム」の可能性
「脳内恋愛」としての「萌え」
外部が存在しないという妄想
第8章 等質空間からの脱出
エリートと大衆
リアリティを失った二分法
ヴァーチャル・リアリズム
虚構世界は安全圏か
「外部」を作りつづけること
「内なる外部」は「個室化」するのか?
ところで、本書で頻繁に出てきて気になった言葉がある。
「乱暴に言うと、ここには近代的な意味での公と私の区分とはずいぶん異なる構造が支配しています」(第1章)
「ここまでの考察をもとにそれらを乱暴にシャッフルして新たな問題設定へと組み替えてみましょう」(第2章)
「このように乱暴に図式化したとき、『現実世界』を舞台とする近代リアリズム文学については、とりあえず二つの方向から光をあてることができます」(第4章)
「非常に乱暴に言えばポストモダニスト東に対して、モダニスト、というよりもストレートなブルジョワ的近代主義者大塚、という対比が成り立ちますが」(第7章)
「以下乱暴に、図式的に論を進めます」(第8章)
語り口は「ですます」で丁寧なのだが、とても「乱暴」だ。
精密に厳密に論をすすめて、些末なことまでネチネチやられるのは御免なので、乱暴なのは大歓迎だが、あまりにも乱暴すぎないか?
バイオレンス好きの僕にはぴったりか!
いや、著者が言うほどその内容は乱暴でも大雑把でもなく、書きながら「あ〜、厳密に言うと違うんだけどな〜」と言ってる姿が目に浮かんでくる。
細かいところまで見えているがゆえの「乱暴」だ。
本当なら、もっと乱暴に論をすすめて、「おいおい、それはいくらなんでも!」と言わせてもらいたい。
通勤時はNHK-FM。
− シベリウス・ウィーク −(3)
「交響曲 第5番 変ホ長調 作品82」 シベリウス作曲
(30分36秒)
「交響曲 第6番 ニ短調 作品104」 シベリウス作曲
(26分20秒)
「悲しいワルツ 作品44 第1」 シベリウス作曲
(4分52秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
<2006/6/4>
「交響詩“タピオラ”作品112」 シベリウス作曲
(16分16秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜フィンランド・ヘルシンキ
フィンランディアホールで収録〜
<2006/5/12>
(フィンランド放送協会提供)
「逢引きから帰った乙女 作品37 第5」 シベリウス作曲
(3分17秒)
「もう聞くことはない 作品17 第1」 シベリウス作曲
(2分10秒)
「夢なりしか 作品37 第4」 シベリウス作曲
(2分10秒)
(ソプラノ)ビルギット・ニルソン
(ピアノ)ヤーノシュ・ショーヨム
<キング KKCC−2059>
ISBN:489815185X 単行本 梅 佳代 リトルモア ¥1,890
心斎橋アセンスで「うめめ」展を見てきた。
梅佳代の写真展。梅佳代は情熱大陸14日放送分に出演していたそうだが、それは見逃した。僕が「うめめ」を知ったのは、「矢口ひとり」だった。本の紹介コーナーで、作品の写真はあんまりうつらなかったが、それでも、興味をひくにはじゅうぶんだった。
面白い写真というと、コラージュして笑えるように加工したものとか、写真にコメントやツッコミを入れて笑わせるものとか、VOW的なものとか、いろいろあるが、梅佳代の写真は、その手の中学生っぽい作品とはぜんぜん違う。
写真をして語らしめよ、というわけで、この写真展で見るかぎりは、タイトルもついていない。言葉は不要だし、それどころか、言葉がつくと、台なしになってしまいそうだ。
たとえば、学校の教室のなんでもない1枚の写真。
うしろには、生徒たちの習字が貼り出してある。
半紙に書かれた文字は「ビル」
さあ、これだけの情景を言葉で読んで、面白さが伝わるだろうか。
伝わるはずがない。
これが写真を見たら、一目瞭然で、笑いがこみあげてくるんだから、すごい。
梅佳代の作品は、本来の写真の醍醐味である、シャッターチャンスの妙が味わえるのが気持良い。
とおりすがりに見つけた展覧会だったけど、これは大きな収穫だった。
http://www.littlemore.co.jp/book/kobetsu/art/umeme.html
さて、今日もシベリウスを聞くはずだったが、ラジオをつけるとN響のコンサート生放送をしている。チャイコフスキーのような俗っぽい音楽は大好きなんだけど、やっぱり、今、旬のシベリウス聞きたかったな。
− 第1587回N響定期公演 −
「優雅で感傷的なワルツ」 ラヴェル作曲
「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」 ラヴェル作曲
(ピアノ)ジャン・フィリップ・コラール
「交響曲 第6番 ロ短調 作品74“悲愴”」
チャイコフスキー作曲
(管弦楽)NHK交響楽団
(指揮)シャルル・デュトワ
〜東京・サントリーホールから中継〜
心斎橋アセンスで「うめめ」展を見てきた。
梅佳代の写真展。梅佳代は情熱大陸14日放送分に出演していたそうだが、それは見逃した。僕が「うめめ」を知ったのは、「矢口ひとり」だった。本の紹介コーナーで、作品の写真はあんまりうつらなかったが、それでも、興味をひくにはじゅうぶんだった。
面白い写真というと、コラージュして笑えるように加工したものとか、写真にコメントやツッコミを入れて笑わせるものとか、VOW的なものとか、いろいろあるが、梅佳代の写真は、その手の中学生っぽい作品とはぜんぜん違う。
写真をして語らしめよ、というわけで、この写真展で見るかぎりは、タイトルもついていない。言葉は不要だし、それどころか、言葉がつくと、台なしになってしまいそうだ。
たとえば、学校の教室のなんでもない1枚の写真。
うしろには、生徒たちの習字が貼り出してある。
半紙に書かれた文字は「ビル」
さあ、これだけの情景を言葉で読んで、面白さが伝わるだろうか。
伝わるはずがない。
これが写真を見たら、一目瞭然で、笑いがこみあげてくるんだから、すごい。
梅佳代の作品は、本来の写真の醍醐味である、シャッターチャンスの妙が味わえるのが気持良い。
とおりすがりに見つけた展覧会だったけど、これは大きな収穫だった。
http://www.littlemore.co.jp/book/kobetsu/art/umeme.html
さて、今日もシベリウスを聞くはずだったが、ラジオをつけるとN響のコンサート生放送をしている。チャイコフスキーのような俗っぽい音楽は大好きなんだけど、やっぱり、今、旬のシベリウス聞きたかったな。
− 第1587回N響定期公演 −
「優雅で感傷的なワルツ」 ラヴェル作曲
「左手のためのピアノ協奏曲 ニ長調」 ラヴェル作曲
(ピアノ)ジャン・フィリップ・コラール
「交響曲 第6番 ロ短調 作品74“悲愴”」
チャイコフスキー作曲
(管弦楽)NHK交響楽団
(指揮)シャルル・デュトワ
〜東京・サントリーホールから中継〜
ISBN:433473734X 文庫 小林 信彦 光文社 ¥540
小林信彦の『回想の江戸川乱歩』を読んだ。
(イラストレーション)江戸川乱歩邸応接間の図/小林泰彦
(対談)もう一人の江戸川乱歩/小林信彦&小林泰彦
(エッセイ)回想の江戸川乱歩/小林信彦
(小説)半巨人の肖像/小林信彦
江戸川乱歩略年譜
小林信彦は『ヒッチコックマガジン』の編集を乱歩からまかされていた。
この本ではその頃の乱歩の貴重な証言が得られる。
実際の乱歩というのは、どの本見ても、猟奇的な作品とはうらはらの、普通の常識人だった、ということを強調している。この本でもしかり。
特に、最後の小説では乱歩は「氷川鬼道」の名で登場し、いろんなエピソードが描かれている。小説ゆえに、虚構がまじっているかもしれないのが心配だが、そのエピソードはきわめて人間的であり、怪物を描くような筆致ではない。
土蔵の中で蝋燭立てて執筆していた、という虚像が、目薬の宣伝から来ていたことも書かれている。
また、何か犯罪があるたびに、マスコミは鬼道(乱歩)の名をあげて、その影響を云々した、とか。
ところで、対談で、乱歩が週1でTBSの番組に出演してたのって、番組名は何なんだろう。
ヒッチコック劇場みたいな番組だったらしいけど。
通勤時間を利用して聞いたのは、NHK-FMの「ベストオブクラシック」
− シベリウス・ウィーク −(2)
「交響曲 第4番 イ短調 作品63」 シベリウス作曲
(32分23秒)
「交響曲 第2番 ニ長調 作品43」 シベリウス作曲
(40分12秒)
「鶴のいる風景 作品44 第2」 シベリウス作曲
(4分55秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
<2006/6/3>
(フィンランド放送協会提供)
「組曲“フロレスタン”」 シベリウス作曲
(9分57秒)
(ピアノ)舘野 泉
<ポニーキャニオン PCCL−00328>
小林信彦の『回想の江戸川乱歩』を読んだ。
(イラストレーション)江戸川乱歩邸応接間の図/小林泰彦
(対談)もう一人の江戸川乱歩/小林信彦&小林泰彦
(エッセイ)回想の江戸川乱歩/小林信彦
(小説)半巨人の肖像/小林信彦
江戸川乱歩略年譜
小林信彦は『ヒッチコックマガジン』の編集を乱歩からまかされていた。
この本ではその頃の乱歩の貴重な証言が得られる。
実際の乱歩というのは、どの本見ても、猟奇的な作品とはうらはらの、普通の常識人だった、ということを強調している。この本でもしかり。
特に、最後の小説では乱歩は「氷川鬼道」の名で登場し、いろんなエピソードが描かれている。小説ゆえに、虚構がまじっているかもしれないのが心配だが、そのエピソードはきわめて人間的であり、怪物を描くような筆致ではない。
土蔵の中で蝋燭立てて執筆していた、という虚像が、目薬の宣伝から来ていたことも書かれている。
また、何か犯罪があるたびに、マスコミは鬼道(乱歩)の名をあげて、その影響を云々した、とか。
ところで、対談で、乱歩が週1でTBSの番組に出演してたのって、番組名は何なんだろう。
ヒッチコック劇場みたいな番組だったらしいけど。
通勤時間を利用して聞いたのは、NHK-FMの「ベストオブクラシック」
− シベリウス・ウィーク −(2)
「交響曲 第4番 イ短調 作品63」 シベリウス作曲
(32分23秒)
「交響曲 第2番 ニ長調 作品43」 シベリウス作曲
(40分12秒)
「鶴のいる風景 作品44 第2」 シベリウス作曲
(4分55秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
<2006/6/3>
(フィンランド放送協会提供)
「組曲“フロレスタン”」 シベリウス作曲
(9分57秒)
(ピアノ)舘野 泉
<ポニーキャニオン PCCL−00328>
シベリウス・ウィーク
2007年1月15日 音楽
録画しておいた「N響アワー」を見た。
テーマは「北欧音楽の魅力」
北欧音楽というと、大好きなポップスやプログレのイメージ。クラシックだって、北欧のものは、面白く聞ける。
その代表的作品が20世紀に作られたものであるせいか。今年没後50年になるシベリウスはもちろん、ラウタヴァーラは現代音楽だし。
N響アワーでお茶の間に現代音楽が流れる快挙。
指揮者にも素晴らしい人材が揃っているとして、ユッカ・ペッカ・サラステ、エサ・ペッカ・サロネン、サカリ・オラモ、オスモ・ヴァンスカ、ミッコ・フランク、オッコ・カムらの名前が挙げられた。
60年代以降国をあげて音楽教育を充実させたそうで、シベリウス音楽院の指揮科では練習時にピアノ相手ではなく、ちゃんとオーケストラ相手に指揮棒を振ることができるらしい。
音楽を育む環境がきっちりと用意されているのだ。
「交響詩“フィンランディア”作品26」 シベリウス作曲
(指揮)シャルル・デュトワ
(管弦楽)NHK交響楽団
「“ペール・ギュント”組曲 第2番 作品55」 グリーグ作曲
(指揮)広上 淳一
(管弦楽)NHK交響楽団
「輪になって歩く乙女たち」 スウェーデン民謡
(合唱)スウェーデン放送合唱団
「“ブック・オブ・ビジョンズ”から 第4曲“運命の物語”」
ラウタヴァーラ作曲
(指揮)ウラディーミル・アシュケナージ
(管弦楽)NHK交響楽団
「組曲“カレリア”から“行進曲風に”」 シベリウス作曲
(指揮)サカリ・オラモ
(管弦楽)NHK交響楽団
【司会】池辺晋一郎
高橋 美鈴
そして、NHK-FMでは、シベリウス・ウィークと題して、シベリウスの交響曲全7曲プラスアルファを放送する。
今日は第1回。
− シベリウス・ウィーク −(1)
「交響曲 第1番 ホ短調 作品39」 シベリウス作曲
(35分36秒)
「交響曲 第3番 ハ長調 作品52」 シベリウス作曲
(29分32秒)
「交響詩“フィンランディア”作品26」 シベリウス作曲
(7分32秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
<2006/6/2>
「バイオリンと管弦楽のための2つのセレナード 作品69」
シベリウス作曲
(12分29秒)
(バイオリン)パトリツィア・コパチンスカヤ
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜フィンランド・ヘルシンキ
フィンランディアホールで収録〜
<2006/5/12>
(フィンランド放送協会提供)
テーマは「北欧音楽の魅力」
北欧音楽というと、大好きなポップスやプログレのイメージ。クラシックだって、北欧のものは、面白く聞ける。
その代表的作品が20世紀に作られたものであるせいか。今年没後50年になるシベリウスはもちろん、ラウタヴァーラは現代音楽だし。
N響アワーでお茶の間に現代音楽が流れる快挙。
指揮者にも素晴らしい人材が揃っているとして、ユッカ・ペッカ・サラステ、エサ・ペッカ・サロネン、サカリ・オラモ、オスモ・ヴァンスカ、ミッコ・フランク、オッコ・カムらの名前が挙げられた。
60年代以降国をあげて音楽教育を充実させたそうで、シベリウス音楽院の指揮科では練習時にピアノ相手ではなく、ちゃんとオーケストラ相手に指揮棒を振ることができるらしい。
音楽を育む環境がきっちりと用意されているのだ。
「交響詩“フィンランディア”作品26」 シベリウス作曲
(指揮)シャルル・デュトワ
(管弦楽)NHK交響楽団
「“ペール・ギュント”組曲 第2番 作品55」 グリーグ作曲
(指揮)広上 淳一
(管弦楽)NHK交響楽団
「輪になって歩く乙女たち」 スウェーデン民謡
(合唱)スウェーデン放送合唱団
「“ブック・オブ・ビジョンズ”から 第4曲“運命の物語”」
ラウタヴァーラ作曲
(指揮)ウラディーミル・アシュケナージ
(管弦楽)NHK交響楽団
「組曲“カレリア”から“行進曲風に”」 シベリウス作曲
(指揮)サカリ・オラモ
(管弦楽)NHK交響楽団
【司会】池辺晋一郎
高橋 美鈴
そして、NHK-FMでは、シベリウス・ウィークと題して、シベリウスの交響曲全7曲プラスアルファを放送する。
今日は第1回。
− シベリウス・ウィーク −(1)
「交響曲 第1番 ホ短調 作品39」 シベリウス作曲
(35分36秒)
「交響曲 第3番 ハ長調 作品52」 シベリウス作曲
(29分32秒)
「交響詩“フィンランディア”作品26」 シベリウス作曲
(7分32秒)
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
<2006/6/2>
「バイオリンと管弦楽のための2つのセレナード 作品69」
シベリウス作曲
(12分29秒)
(バイオリン)パトリツィア・コパチンスカヤ
(管弦楽)フィンランド放送交響楽団
(指揮)サカリ・オラモ
〜フィンランド・ヘルシンキ
フィンランディアホールで収録〜
<2006/5/12>
(フィンランド放送協会提供)
次世代ワールドホビーフェア〜R1ぐらんぷり1回戦
2007年1月14日 趣味 コメント (3)朝早くから京セラドーム大阪で次世代ワールドホビーフェア。
たまごっちスクールにじゅくたまから「ちゃおっち」を転入させたり、たまごっち10周年記念カード「大きいケーキ」をもらったり、バトエンマンだのコナンだのなーさんだの、着ぐるみがあっちこっちにいるし、きらりんレボリューションの先行発売文具を見たり、神羅万象チョコの特別試食品をもらって食べたり、あっちでこっちで特別ステージやってるし、まさに天国。
こどもでないとゲームがプレイできなかったり、例年楽しみにしていた「おはスタステージ」が見れなかったり、残念な部分もあったが、入場無料でこれだけの快楽を得られれば、文句は無い。
夕方までここで遊んでいてもよかったが、谷町九丁目に向かう。
ランチをチョコレートファウンテンが売りのサイドメニュー&デザート食べ放題のレストランでとる。
メインの食事そのものが特においしいわけではないのだが、お手軽にチョコレートファウンテンを楽しめるのが、いい。
感覚としては、サラダバー、スープバー、ドリンクバーつきのファミリーレストランで、デザートバイキングも同時に楽しめる店、という感じ。これで千円程度、という安価な値段設定が泣かせるのだ。
さて、大阪国際交流センター小ホールでR1ぐらんぷり2007の1回戦。
今回は邪王院弘と松原タニシを見に行った。
あいにくとタニシの出番には間に合わなかったが、邪王院のダンスには間に合った。
昨日の出演者に比べて、いかにも芸人さんらしい演芸が多数を占めていた。それは、1回戦を突破した人を見たら、吉本や松竹の人が多いのを見てもわかる。
ちなみに1回戦突破は、次の25名。
パンヂー陳(アマチュア)
日本一おもしろい高校生(アマチュア)
虎谷新之助(フリー)
シロート松尾(アマチュア)
南川(松竹芸能)
泉聡(吉本興業 大阪)
吉田ジョージ(オフィスキーワード)
桂珍念(吉本興業 大阪)
松原タニシ(松竹芸能)
ホルスタイン河口(松竹芸能)
ケンパル(おしどり)(吉本興業 大阪)
ペーパーサーバー(アマチュア)
きのたん(アマチュア)
衣笠雅子(おしどり)(吉本興業 大阪)
JP(ワタナベエンターテインメント)
ゆみっち(松竹芸能)
フジカワ(松竹芸能)
ちゃんこスープ(フリー)
藤田コオキチ(ケーエープロダクション)
かみじょうたけし(松竹芸能)
福田転球(吉本興業 大阪)
竹井輝彦(松竹芸能)
みわゆーすけ(松竹芸能)
中川春団治(ランディーズ)(吉本興業 大阪)
RJ藤本(アマチュア)
邪王院は残念だったけど、タニシは順当に突破した。おめでとう!
人形を自動で動かしていた人とか、女子高生でマリオの夢を見たネタの子とか、皇室ネタの人(牛スケ・ヨンタマリア?)が印象に残った。
(追記)
人形動かしてた人、しましまんずは「ポチダ☆ポチオ」って言ってたけど、「ちゃんこスープ」だ!
http://orange.ap.teacup.com/chankosupu/
1回戦突破、おめでとう!
全体に昨日の出演者の方が、演芸をはみ出るカオス満載で面白かったような気がした。
アングラ?
帰宅して、NHK-FMで「現代の音楽」
アンサンブル・ヴィエナ・コラージュ演奏会から。
R1見に行って、出場者のノーマルさに食傷気味だった気分が、一気に不思議空間にいざなわれる。これはいい!
それにしても、いいかげんラジカセ買い替えないと。
今のラジカセでは録音できないので、リアルタイムで聞くしか手がない!
録音しておかないと、2度と放送されないに決まっているのに。
たまごっちスクールにじゅくたまから「ちゃおっち」を転入させたり、たまごっち10周年記念カード「大きいケーキ」をもらったり、バトエンマンだのコナンだのなーさんだの、着ぐるみがあっちこっちにいるし、きらりんレボリューションの先行発売文具を見たり、神羅万象チョコの特別試食品をもらって食べたり、あっちでこっちで特別ステージやってるし、まさに天国。
こどもでないとゲームがプレイできなかったり、例年楽しみにしていた「おはスタステージ」が見れなかったり、残念な部分もあったが、入場無料でこれだけの快楽を得られれば、文句は無い。
夕方までここで遊んでいてもよかったが、谷町九丁目に向かう。
ランチをチョコレートファウンテンが売りのサイドメニュー&デザート食べ放題のレストランでとる。
メインの食事そのものが特においしいわけではないのだが、お手軽にチョコレートファウンテンを楽しめるのが、いい。
感覚としては、サラダバー、スープバー、ドリンクバーつきのファミリーレストランで、デザートバイキングも同時に楽しめる店、という感じ。これで千円程度、という安価な値段設定が泣かせるのだ。
さて、大阪国際交流センター小ホールでR1ぐらんぷり2007の1回戦。
今回は邪王院弘と松原タニシを見に行った。
あいにくとタニシの出番には間に合わなかったが、邪王院のダンスには間に合った。
昨日の出演者に比べて、いかにも芸人さんらしい演芸が多数を占めていた。それは、1回戦を突破した人を見たら、吉本や松竹の人が多いのを見てもわかる。
ちなみに1回戦突破は、次の25名。
パンヂー陳(アマチュア)
日本一おもしろい高校生(アマチュア)
虎谷新之助(フリー)
シロート松尾(アマチュア)
南川(松竹芸能)
泉聡(吉本興業 大阪)
吉田ジョージ(オフィスキーワード)
桂珍念(吉本興業 大阪)
松原タニシ(松竹芸能)
ホルスタイン河口(松竹芸能)
ケンパル(おしどり)(吉本興業 大阪)
ペーパーサーバー(アマチュア)
きのたん(アマチュア)
衣笠雅子(おしどり)(吉本興業 大阪)
JP(ワタナベエンターテインメント)
ゆみっち(松竹芸能)
フジカワ(松竹芸能)
ちゃんこスープ(フリー)
藤田コオキチ(ケーエープロダクション)
かみじょうたけし(松竹芸能)
福田転球(吉本興業 大阪)
竹井輝彦(松竹芸能)
みわゆーすけ(松竹芸能)
中川春団治(ランディーズ)(吉本興業 大阪)
RJ藤本(アマチュア)
邪王院は残念だったけど、タニシは順当に突破した。おめでとう!
人形を自動で動かしていた人とか、女子高生でマリオの夢を見たネタの子とか、皇室ネタの人(牛スケ・ヨンタマリア?)が印象に残った。
(追記)
人形動かしてた人、しましまんずは「ポチダ☆ポチオ」って言ってたけど、「ちゃんこスープ」だ!
http://orange.ap.teacup.com/chankosupu/
1回戦突破、おめでとう!
全体に昨日の出演者の方が、演芸をはみ出るカオス満載で面白かったような気がした。
アングラ?
帰宅して、NHK-FMで「現代の音楽」
アンサンブル・ヴィエナ・コラージュ演奏会から。
R1見に行って、出場者のノーマルさに食傷気味だった気分が、一気に不思議空間にいざなわれる。これはいい!
それにしても、いいかげんラジカセ買い替えないと。
今のラジカセでは録音できないので、リアルタイムで聞くしか手がない!
録音しておかないと、2度と放送されないに決まっているのに。
R1グランプリ1回戦〜STSライブ
2007年1月13日 アイドル コメント (1)ピン芸人たちが競う「R1グランプリ」の予選1回戦を見に行った。
いつも僕のベアーズライブに出演してくれるNo.305くんが出場しているのだ。
各持ち時間2分と短いけれど、今日だけで6時間くらいやっている。
この1回戦は東京と大阪で何度にも分けて行われている、というから、すごい。
僕は午前11時半頃から、5時頃まで見た。最初と最後の方を見逃しているわけだが、特に「惜しい」とも思わないほどの物量だった。
比較的最初の方に出たNo.305と、最後の方で出たHOP CLUBの滝口ミラちゃんが目当てだったので、ちゃんと両方見れたのだ。
滝口ミラちゃんは、先日のQBIC-Timeのステージで欠席していたため、大いに期待して見に行った。一流アイドルと自分を比較する自虐ネタだけど、他の出演者で感じたリアルなルサンチマンを感じないし、私生活の自虐じゃないので、素直に笑うことができた。
出場者は玉石混交で、審査員の判断を待つまでもなく絶対に2回戦に進めないだろうな、と思える出場者も多かった。
ステージでネタを忘れて、それのフォローも出来ない、なんていうレベルの出場者や、自虐的なネタが多いのには辟易した。お客さんは全体的にあまり沸かず、その寒さをステージ上で口に出す出場者が多いのにも閉口した。
結局、観客席がどうであろうと、自分のやるべきことをしっかりとやり通した出場者が面白くて、ちゃんと笑いもとっているのがよくわかり、大いに参考になった。
結局、1回戦を突破したのは次の28人。
インチキ君(アマチュア)
押田佑希(アマチュア)
森田展義(吉本興業 大阪新喜劇)
小森園洋志(松竹芸能)
阪口誠(NSC)
久保てんき(アマチュア)
ヤマダ電機・市川(吉本興業 大阪)
旭堂南半球(フリー)
ぴっかり?木(アマチュア)
リトルこいし(松竹芸能)
西森洋一(吉本興業 大阪)
がっきー(アマチュア)
大木三朗(アマチュア)
さとっち(アマチュア)
クリスタル大坪(東京ザ・ニュース)
村本大輔ーズ(吉本興業 大阪)
中山女子短期大学(アマチュア)
坂口竜二(アマチュア)
山本俊治(アマチュア)
滝口ミラ( ホリプロ 大阪)
白川悟実($10) (吉本興業 大阪)
緑川まり( NSC)
しんのすけ(アマチュア)
ハロー植田(吉本興業 大阪)
清美ちゃん(吉本興業 東京)
おぎの信号(吉本興業 大阪)
宮下覚(山中企画)
天津木村(吉本興業 大阪)
以上。
滝口ミラちゃん、2回戦進出、おめでとう!
そのチャレンジ精神は、ほめたたえるに値します!
誰がどのネタやった人なのかわからないけど、ネタを名前にしているヤマダ電機・市川(ヤマダ電機の店員のパロディ)と、リトルこいし(こいし師匠のパロディ)は、確かに面白かった。
発光ダイオード漫談の人面白かったなあ。
わざとタイムオーバーで失格になったけど、ガンダム古典芸能の人と、シューベルトの「魔王」ネタの人は今回のなかでもかなり面白かった。
No.305の敗因は、ネタ部分(歌)で爆笑させたところで終わっておけばよかったのに、その後、自分はミュージシャンなのです、と自己紹介をはじめちゃったところにあると思う。あれは一言「ミクシーやってまーす!」で終わっておけば決勝だって夢じゃなかったはず。はっきり言って、2回戦進出したいくつかの出場者より笑いをきっちりとっていたので、惜しかった!
まあ、後になればいくらでも「ああすればよかった」てのは思い付くって話ですが。
ヨシモト∞ホールをあとにして、向かったのは、スタジオSTS。
STSライブ52thを見てきた。
行くのが遅かったので、もう長蛇の列。
並ぶ場所が先月は工事中だったのが、ちゃんとマンションが建っていた。
これがゆったりくつろげる足湯屋だったりしたら、楽しそうなのに。
第1部
1.Hung Up/スーパーバブルス
2.It’s In The Star/タイフーンJr.&ラズベリーズ
3.浪漫/プリティーズ
4.TURN ME ON/ステッパーズ選抜(ステッパーズも高度なダンスをするようになったもんだ、と感心した)
5.恋のヴィクトリー/チックス
6.桜援歌(オウエンカ)/忍者選抜(と、いうより、くの一だ!)
7.ドゥーユーリメンバーミー/川田梨由&山口満里奈(このデュエットは可憐でよかった!制服向上委員会のThe Duetよりも、この2人の方がいい)
8.A Perfect Sky/キューティーミニ
9.オトメロディー/ミニミニclub
10.CRAZY ABOUT YOU/ペトラキッズ
11.sensei/sensei選抜
第2部
1.Open Your Mind/ジュニアスペシャルダンスチーム
2.愛が教えてくれた/聖(今回のゲスト)
3.約束/聖
4.Just lovin’ You/桐生彩加
5.LOVE IS A MERODY/クランベリーズ
6.Breakin’ out to the Morning/プリッツ(鳥肌もの!プリッツはいつも選曲がうまいな、と思わせる)
7.realize/フレーズ
8.センチメタルボーイ/そら&あいな
9.タイムリミット/TOUCH(ダンスの高度さでは頭抜けているのに、楽曲のまずさで損してるなあ、と思う)
10.Color of season/いちごっ娘(いちごっ娘はTOUCHとは逆で、この楽曲の楽しさで印象がかなり上がっている、と思った。Uki Uki Baby以来のヒットだと思う)
TOUCHの5人は忍者選抜、sensei選抜、ジュニアスペシャルダンスチームでも踊っており、それらが結局はTOUCH with 選抜チーム、と言ってもいいくらいなので、さすがだ。
ゲストの聖は今月新しいCDが発売され、キャンペーンイベントもあるので、楽しみ。
聖のラジオ番組が夜の9時45分からラジオ大阪である、というので、帰宅後聞いてみた。
大阪弁丸出しの楽しいトークで、ラジオ番組としてかなり楽しかったので、今後もチェックだ!
今回もプリティーズやチックス、ペトラキッズ、フレーズなど(あと1つ、なんだったか?)のサイン入りカレンダーが用意されていた。
こういう小学生の女の子たちが自分のサインをちゃんと持っているのは、よく考えてみたらすごいことだ。
今日のライブのベスト3は、迷ったあげくに、1、いちごっ娘、2、プリッツ、3、TOUCHの順。プリッツ聞いたあとは、だれが何と言おうとプリッツが1位だ!と確信してたんだけど。
ブラックベリーズ解散をうけて、今回のトップがどのユニットになるのか、興味津々なところ。
客席には元ブラックベリーズのメンバーや、ゆきなが来ていて、新年1回目のライブに花をそえていた。
次回のスタジオライブは2月10日。
areaが京都の春の大茶会で歌う日じゃないか!
いつも僕のベアーズライブに出演してくれるNo.305くんが出場しているのだ。
各持ち時間2分と短いけれど、今日だけで6時間くらいやっている。
この1回戦は東京と大阪で何度にも分けて行われている、というから、すごい。
僕は午前11時半頃から、5時頃まで見た。最初と最後の方を見逃しているわけだが、特に「惜しい」とも思わないほどの物量だった。
比較的最初の方に出たNo.305と、最後の方で出たHOP CLUBの滝口ミラちゃんが目当てだったので、ちゃんと両方見れたのだ。
滝口ミラちゃんは、先日のQBIC-Timeのステージで欠席していたため、大いに期待して見に行った。一流アイドルと自分を比較する自虐ネタだけど、他の出演者で感じたリアルなルサンチマンを感じないし、私生活の自虐じゃないので、素直に笑うことができた。
出場者は玉石混交で、審査員の判断を待つまでもなく絶対に2回戦に進めないだろうな、と思える出場者も多かった。
ステージでネタを忘れて、それのフォローも出来ない、なんていうレベルの出場者や、自虐的なネタが多いのには辟易した。お客さんは全体的にあまり沸かず、その寒さをステージ上で口に出す出場者が多いのにも閉口した。
結局、観客席がどうであろうと、自分のやるべきことをしっかりとやり通した出場者が面白くて、ちゃんと笑いもとっているのがよくわかり、大いに参考になった。
結局、1回戦を突破したのは次の28人。
インチキ君(アマチュア)
押田佑希(アマチュア)
森田展義(吉本興業 大阪新喜劇)
小森園洋志(松竹芸能)
阪口誠(NSC)
久保てんき(アマチュア)
ヤマダ電機・市川(吉本興業 大阪)
旭堂南半球(フリー)
ぴっかり?木(アマチュア)
リトルこいし(松竹芸能)
西森洋一(吉本興業 大阪)
がっきー(アマチュア)
大木三朗(アマチュア)
さとっち(アマチュア)
クリスタル大坪(東京ザ・ニュース)
村本大輔ーズ(吉本興業 大阪)
中山女子短期大学(アマチュア)
坂口竜二(アマチュア)
山本俊治(アマチュア)
滝口ミラ( ホリプロ 大阪)
白川悟実($10) (吉本興業 大阪)
緑川まり( NSC)
しんのすけ(アマチュア)
ハロー植田(吉本興業 大阪)
清美ちゃん(吉本興業 東京)
おぎの信号(吉本興業 大阪)
宮下覚(山中企画)
天津木村(吉本興業 大阪)
以上。
滝口ミラちゃん、2回戦進出、おめでとう!
そのチャレンジ精神は、ほめたたえるに値します!
誰がどのネタやった人なのかわからないけど、ネタを名前にしているヤマダ電機・市川(ヤマダ電機の店員のパロディ)と、リトルこいし(こいし師匠のパロディ)は、確かに面白かった。
発光ダイオード漫談の人面白かったなあ。
わざとタイムオーバーで失格になったけど、ガンダム古典芸能の人と、シューベルトの「魔王」ネタの人は今回のなかでもかなり面白かった。
No.305の敗因は、ネタ部分(歌)で爆笑させたところで終わっておけばよかったのに、その後、自分はミュージシャンなのです、と自己紹介をはじめちゃったところにあると思う。あれは一言「ミクシーやってまーす!」で終わっておけば決勝だって夢じゃなかったはず。はっきり言って、2回戦進出したいくつかの出場者より笑いをきっちりとっていたので、惜しかった!
まあ、後になればいくらでも「ああすればよかった」てのは思い付くって話ですが。
ヨシモト∞ホールをあとにして、向かったのは、スタジオSTS。
STSライブ52thを見てきた。
行くのが遅かったので、もう長蛇の列。
並ぶ場所が先月は工事中だったのが、ちゃんとマンションが建っていた。
これがゆったりくつろげる足湯屋だったりしたら、楽しそうなのに。
第1部
1.Hung Up/スーパーバブルス
2.It’s In The Star/タイフーンJr.&ラズベリーズ
3.浪漫/プリティーズ
4.TURN ME ON/ステッパーズ選抜(ステッパーズも高度なダンスをするようになったもんだ、と感心した)
5.恋のヴィクトリー/チックス
6.桜援歌(オウエンカ)/忍者選抜(と、いうより、くの一だ!)
7.ドゥーユーリメンバーミー/川田梨由&山口満里奈(このデュエットは可憐でよかった!制服向上委員会のThe Duetよりも、この2人の方がいい)
8.A Perfect Sky/キューティーミニ
9.オトメロディー/ミニミニclub
10.CRAZY ABOUT YOU/ペトラキッズ
11.sensei/sensei選抜
第2部
1.Open Your Mind/ジュニアスペシャルダンスチーム
2.愛が教えてくれた/聖(今回のゲスト)
3.約束/聖
4.Just lovin’ You/桐生彩加
5.LOVE IS A MERODY/クランベリーズ
6.Breakin’ out to the Morning/プリッツ(鳥肌もの!プリッツはいつも選曲がうまいな、と思わせる)
7.realize/フレーズ
8.センチメタルボーイ/そら&あいな
9.タイムリミット/TOUCH(ダンスの高度さでは頭抜けているのに、楽曲のまずさで損してるなあ、と思う)
10.Color of season/いちごっ娘(いちごっ娘はTOUCHとは逆で、この楽曲の楽しさで印象がかなり上がっている、と思った。Uki Uki Baby以来のヒットだと思う)
TOUCHの5人は忍者選抜、sensei選抜、ジュニアスペシャルダンスチームでも踊っており、それらが結局はTOUCH with 選抜チーム、と言ってもいいくらいなので、さすがだ。
ゲストの聖は今月新しいCDが発売され、キャンペーンイベントもあるので、楽しみ。
聖のラジオ番組が夜の9時45分からラジオ大阪である、というので、帰宅後聞いてみた。
大阪弁丸出しの楽しいトークで、ラジオ番組としてかなり楽しかったので、今後もチェックだ!
今回もプリティーズやチックス、ペトラキッズ、フレーズなど(あと1つ、なんだったか?)のサイン入りカレンダーが用意されていた。
こういう小学生の女の子たちが自分のサインをちゃんと持っているのは、よく考えてみたらすごいことだ。
今日のライブのベスト3は、迷ったあげくに、1、いちごっ娘、2、プリッツ、3、TOUCHの順。プリッツ聞いたあとは、だれが何と言おうとプリッツが1位だ!と確信してたんだけど。
ブラックベリーズ解散をうけて、今回のトップがどのユニットになるのか、興味津々なところ。
客席には元ブラックベリーズのメンバーや、ゆきなが来ていて、新年1回目のライブに花をそえていた。
次回のスタジオライブは2月10日。
areaが京都の春の大茶会で歌う日じゃないか!
ISBN:486188408X オンデマンド 千之 ナイフ 青林堂 ¥1,260
千之ナイフの『sepia』を読んだ。
1994年にシュベール出版から出されたコミックスを青林堂が新装丁で復活させた本。
美少女が登場する不思議でエロチックな漫画で、題材となるのは、同性愛、近親相姦、人形愛、座敷わらし、吸血鬼、透明人間、女性の体内にとじこめられた男性などなど。
千之ナイフは『レモンピープル』誌などでよく読んでいたが、なんだかわけのわからない文字(千之スクリットと呼ぶらしい!)で書かれた文章が、まったく解読できず、秘密めいた印象があった。
この文字を解読したとき、各場面がぜんぜん違う意味を持つんじゃないか、と。
この『sepia』あたりになると、千之スクリットは姿を消し、エピソードも整理されていて、かなりわかりやすくなっている。
読みやすくて、たいへんいいことだと思うのだが、最初に千之ナイフ作品を読んだときの、居心地の悪さがなんだか懐かしい。
千之ナイフの『sepia』を読んだ。
1994年にシュベール出版から出されたコミックスを青林堂が新装丁で復活させた本。
美少女が登場する不思議でエロチックな漫画で、題材となるのは、同性愛、近親相姦、人形愛、座敷わらし、吸血鬼、透明人間、女性の体内にとじこめられた男性などなど。
千之ナイフは『レモンピープル』誌などでよく読んでいたが、なんだかわけのわからない文字(千之スクリットと呼ぶらしい!)で書かれた文章が、まったく解読できず、秘密めいた印象があった。
この文字を解読したとき、各場面がぜんぜん違う意味を持つんじゃないか、と。
この『sepia』あたりになると、千之スクリットは姿を消し、エピソードも整理されていて、かなりわかりやすくなっている。
読みやすくて、たいへんいいことだと思うのだが、最初に千之ナイフ作品を読んだときの、居心地の悪さがなんだか懐かしい。
ロマネスクの図像学〈下〉
2007年1月10日 読書
ISBN:4336038929 単行本 成瀬 駒男 国書刊行会 ¥4,893
エミール・マールの『ロマネスクの図像学』下巻。
本書は中世図像体系3部作の1冊め(取扱っている時代がもっとも古いという意味。執筆順では最後になる)で、以前とりあげた岩波文庫版の『ヨーロッパのキリスト教美術』の元になった大著だ。(その日記、内容について何も書けなかった!)
詳細目次
第7章 図像の多様化−イタリアの巡礼路
1.ローマ/コンスタンティヌス像と誤解されたマルクス・アウレリウス像/それはフランス西部の諸教会において模倣された
2.ローマ/聖ペトロ像
3.ルッカ/ルッカの奇跡の十字架とその影響
4.ガルガーノ山と聖ミカエル崇拝/イタリア型聖ミカエル像の伝播/ノルマンディーのモン・サン・ミッシェル
5.イタリア諸街道におけるフランス叙事詩/『ロランの歌』とブリンディジのモザイク/ヴェローナの大聖堂におけるロランとオリヴィエ/モデナの大聖堂における「円卓の騎士」/ペザーロにおける『トロイ物語』/オトラントとボルゴ・サン・ドンニーノにおける『アレクサンドロス大王物語』/
6.フランス芸術は巡礼路を通じてイタリアに浸透した/説話的タンパン/彫刻された弧帯/扉口の彫像群/アンテラミはパルマとボルゴ・サン・ドンニーノにおいてフランス芸術を模倣した
このあたりの章は、巡礼路にそって、キリスト教美術を解読していく旅のガイドブックみたいなものだ。
中世の人々から最初のキリスト教皇帝コンスタンティヌスの像として讃美されていた騎馬像が、ミケランジェロの忠告によって場所替えしたエピソードは、『ヨーロッパのキリスト教美術』でも取り上げられていた、面白いエピソード。その像はコンスタンティヌス像ではなく、マルクス・アウレリウスの像だったのだ。マルクス・アウレリウスは、ストア派哲学者でキリスト教を迷信として迫害したローマ皇帝である。正反対だ!
第8章 図像の多様化−フランスとスペインの巡礼路
1.聖母ゆかりの巡礼地/シャルトル。パリやブールジュで模倣されたシャルトルのタンパンの聖母/クレルモン。クレルモンの聖母とオーヴェルニュにおけるその影響/ル・ピュイ
2.サンティヤゴ・デ・コンポステーラへの道/巡礼たちが訪れる聖地/聖ヤコブ伝説の起源/クリュニー修道会による巡礼の組織化
3.聖ヤコブの芸術とその諸経路/巡礼によって創造された使徒聖ヤコブの新しい図像
4.サンティヤゴ街道にある大教会/それらの大教会はトゥールのサン・マルタン教会に由来する/サンティヤゴ巡礼路のロマネスク彫刻/ゴシック彫刻は、サンティヤゴ巡礼路をとおってフランス南部とスペインに浸透する
5.巡礼と叙事詩/ガティネ地方フェリエール教会の扉口に見られる小ピピン伝説/シャルルマーニュのエルサレム巡礼とサン・ドニ教会のステンドグラス/モーのサン・ファロン修道院のオジエの墓/ロンスヴォー修道院内のロラン像、またはおそらくはリモージュのノートルダム・ド・ラ・レーグルにも/コンク、ブリウド、アジャンの教会の柱頭に関する推測/アンボアーズの『狐物語』/教会の中に彫像化された旅芸人たち
第9章 芸術における百科全書的性格−世界と自然
1.12世紀の宇宙観/ランスのサン・ルミのモザイク−自然の中の楽人ダビデ/クリュニーの柱頭彫刻/音楽に表わされた世界
2.12世紀の地理/古代の伝説/クテシアス、メガステネス、プリニウス、ソリヌスたちの怪物についての架空譚/この世の不思議を描いたスーヴィニーの石柱/ヴェズレーのタンパンと使徒たちに教化されたさまざまな民族
3.「動物寓意譚」に見られる動物たち/その象徴的意味/「動物寓意譚」の写本挿絵の影響/寓話/ロバの楽士
4.柱頭彫刻の動物たち/そこに象徴的意味はない/その動物たちはオリエントの織物から借りてきた/西欧におけるオリエントの織物/西欧の芸術がそれに負うているもの/向かい合った動物たち/双頭の鷲/西欧の柱頭彫刻に見られるカルデア芸術とアッシリア芸術の影響/二頭のライオンを絞め殺す英雄ギルガメッシュ/アッシリアのスフィンクスと人面の牛/頸を絡ませた鳥たち/頭が1つ、胴が2つの動物たち/二頭の動物の闘い
5.古典装飾は12世紀芸術にはほとんど見られない/器の両側で向かい合うグリフォンたち/オリエント装飾が13世紀まで支配的である
12世紀の宇宙観はそのまま古代の宇宙観でもある。
恒星と惑星が円を描く天動説。土・火・水・空気の四元素とその中間的元素からなる宇宙。
ピタゴラスの神秘的数学に夢中だった12世紀のヨーロッパ人は、四元素に四方位に四季に四体液(血液/粘液/胆汁/黒胆汁)に魂の四枢要徳(思慮/正義/勇気/節制)などを結び付けて「4」の神秘を感じ、惑星の数とグレゴリオ聖歌(宇宙の調和を象徴する)の音の数から「7」を神秘化した。
また、宇宙と人体との照応を感じ取っていた。
この章は、こういった中世の宇宙観や、怪物たちの記述が多くて楽しい。
上にもあげたが、それらオリエント由来の怪物たちの装飾芸術は特に教化を意図したものではなく、人々を楽しませるためのものだったのだ。
エミール・マールはこう言い切っている。
「歴史の中には三大装飾芸術しか存在しない。ギリシア、オリエント、そしてフランスの芸術である」
第10章 修道院の刻印
1.修道院生活における超自然/天使と悪魔の役割/サタンの類型/モアサック芸術における悪魔/ブルゴーニュ芸術における悪魔/修道士の夜の幻視と芸術
2.修道士と女性/誘惑/オータンの大聖堂とヴェズレーの修道院の柱頭彫刻/蛇のからみつく女性
本章は短いが、とても面白い。
修道士たちの生活の不思議さが語られている。
日常的に死者と会話し、亡霊と出逢い、天使を迎え入れ、悪魔に誘惑される。
また、修道士を誘惑する悪魔の手先として、女性も恐れられていた。
教会に女性が入ってきたらミサは中断され、院長は罷免され、修道士たちは断食させられたのだ。
修道院長が厳しく女人禁制を課する理由をエミール・マールはひとことで解説している。
「修道士が誘惑に負けることがあまりに確実だったからである」
第11章 図像に飾られた12世紀の扉口
1.フランス南西部の扉口の三つの型/モアサックのタンパンの「ヨハネの幻視」/そのモチーフはピレネー山脈まで広まる/それはフランスの西部と中部にも広まる/シャルトル、ル・マン、アンジェ、サン・ルー・ド・ノー、プロヴァン、ブールジュにおけるモアサックとカレナックのタンパンの模倣/クリュニーの壮大なタンパンはモアサックのタンパンを模倣していたにちがいない/ブール・アルジャンタル、シャルリューにおけるクリュニーのタンパンの模倣/ブルゴーニュにおけるイル・ド・フランスのタンパンの模倣/サン・ドニ、シャルトル、ル・マンの人像円柱/それらは旧約の諸人物を表現している/鵞鳥の足を持つ女王
2.「キリストの昇天」/カオールのタンパン/モーリアックとアングレームで模倣されたカオールのタンパン/アングレームの「昇天」図の二つの意味/カオールの「昇天」図を模倣したシャルトルの「昇天」図/ブルゴーニュの「昇天」図
3.「最後の審判」/ボーリューのタンパン/サン・ドニで模倣されたボーリューのタンパン/コルベイユとランの「最後の審判」図/コンクの「最後の審判」図/そのオーヴェルニュ起源/聖ミカエルと秤/ブルゴーニュの「最後の審判」図/オータンとマコンの「最後の審判」図
4.ブルゴーニュの扉口タンパンにおける「最後の晩餐」と「弟子の足を洗う」/これらの扉口は異端者たちに対して秘跡という神の制度を顕示する/「パンの増加」と「キリストの磔刑」を刻む浮彫はそれと同じ性格を持つ/クリュニーの役割/クリュニーの刻印/ヌヴェールのサン・ソヴールのタンパン
5.聖母に捧げられた扉口/12世紀の聖母崇敬/「マギの礼拝」、聖母崇敬の最初の形/タンパンにおける「荘厳の聖母」/ブルゴーニュに現われた聖母立像/「テオフィロスの夢」/「聖母の死」、「聖母の葬送」、「聖母の戴冠」/サンリスの扉口
6.フランス西部の諸教会と図像を刻むその弧帯の意味
7.13世紀の扉口の諸要素はすべて12世紀に存在していた
扉口の上の半円型の彫刻部分をタンパンと呼ぶ。
教会に入ろうとするものは、まずタンパンを下から仰ぎ見ることになる。ロマネスクの芸術家はタンパンに偉大な理念を凝縮させようとしていたのだ。
12世紀、南フランスで創り出された3つの型は「ヨハネの黙示録」「昇天するキリスト」「最後の審判」だ。
偉大なる13世紀においては、これらのうち、「最後の審判」だけが特権的に選択され、さらに「聖母」を主題とする芸術が開花するのである。
さーて、上下読んだが、三部作の中ではたぶんこれが一番地味な巻なんじゃないか、と思う。岩波文庫版を読んでいるかぎり、次のゴシック論では、「おお、そう来るか!」と腰をぬかすアプローチが展開されるはずなのだ。
エミール・マールの『ロマネスクの図像学』下巻。
本書は中世図像体系3部作の1冊め(取扱っている時代がもっとも古いという意味。執筆順では最後になる)で、以前とりあげた岩波文庫版の『ヨーロッパのキリスト教美術』の元になった大著だ。(その日記、内容について何も書けなかった!)
詳細目次
第7章 図像の多様化−イタリアの巡礼路
1.ローマ/コンスタンティヌス像と誤解されたマルクス・アウレリウス像/それはフランス西部の諸教会において模倣された
2.ローマ/聖ペトロ像
3.ルッカ/ルッカの奇跡の十字架とその影響
4.ガルガーノ山と聖ミカエル崇拝/イタリア型聖ミカエル像の伝播/ノルマンディーのモン・サン・ミッシェル
5.イタリア諸街道におけるフランス叙事詩/『ロランの歌』とブリンディジのモザイク/ヴェローナの大聖堂におけるロランとオリヴィエ/モデナの大聖堂における「円卓の騎士」/ペザーロにおける『トロイ物語』/オトラントとボルゴ・サン・ドンニーノにおける『アレクサンドロス大王物語』/
6.フランス芸術は巡礼路を通じてイタリアに浸透した/説話的タンパン/彫刻された弧帯/扉口の彫像群/アンテラミはパルマとボルゴ・サン・ドンニーノにおいてフランス芸術を模倣した
このあたりの章は、巡礼路にそって、キリスト教美術を解読していく旅のガイドブックみたいなものだ。
中世の人々から最初のキリスト教皇帝コンスタンティヌスの像として讃美されていた騎馬像が、ミケランジェロの忠告によって場所替えしたエピソードは、『ヨーロッパのキリスト教美術』でも取り上げられていた、面白いエピソード。その像はコンスタンティヌス像ではなく、マルクス・アウレリウスの像だったのだ。マルクス・アウレリウスは、ストア派哲学者でキリスト教を迷信として迫害したローマ皇帝である。正反対だ!
第8章 図像の多様化−フランスとスペインの巡礼路
1.聖母ゆかりの巡礼地/シャルトル。パリやブールジュで模倣されたシャルトルのタンパンの聖母/クレルモン。クレルモンの聖母とオーヴェルニュにおけるその影響/ル・ピュイ
2.サンティヤゴ・デ・コンポステーラへの道/巡礼たちが訪れる聖地/聖ヤコブ伝説の起源/クリュニー修道会による巡礼の組織化
3.聖ヤコブの芸術とその諸経路/巡礼によって創造された使徒聖ヤコブの新しい図像
4.サンティヤゴ街道にある大教会/それらの大教会はトゥールのサン・マルタン教会に由来する/サンティヤゴ巡礼路のロマネスク彫刻/ゴシック彫刻は、サンティヤゴ巡礼路をとおってフランス南部とスペインに浸透する
5.巡礼と叙事詩/ガティネ地方フェリエール教会の扉口に見られる小ピピン伝説/シャルルマーニュのエルサレム巡礼とサン・ドニ教会のステンドグラス/モーのサン・ファロン修道院のオジエの墓/ロンスヴォー修道院内のロラン像、またはおそらくはリモージュのノートルダム・ド・ラ・レーグルにも/コンク、ブリウド、アジャンの教会の柱頭に関する推測/アンボアーズの『狐物語』/教会の中に彫像化された旅芸人たち
第9章 芸術における百科全書的性格−世界と自然
1.12世紀の宇宙観/ランスのサン・ルミのモザイク−自然の中の楽人ダビデ/クリュニーの柱頭彫刻/音楽に表わされた世界
2.12世紀の地理/古代の伝説/クテシアス、メガステネス、プリニウス、ソリヌスたちの怪物についての架空譚/この世の不思議を描いたスーヴィニーの石柱/ヴェズレーのタンパンと使徒たちに教化されたさまざまな民族
3.「動物寓意譚」に見られる動物たち/その象徴的意味/「動物寓意譚」の写本挿絵の影響/寓話/ロバの楽士
4.柱頭彫刻の動物たち/そこに象徴的意味はない/その動物たちはオリエントの織物から借りてきた/西欧におけるオリエントの織物/西欧の芸術がそれに負うているもの/向かい合った動物たち/双頭の鷲/西欧の柱頭彫刻に見られるカルデア芸術とアッシリア芸術の影響/二頭のライオンを絞め殺す英雄ギルガメッシュ/アッシリアのスフィンクスと人面の牛/頸を絡ませた鳥たち/頭が1つ、胴が2つの動物たち/二頭の動物の闘い
5.古典装飾は12世紀芸術にはほとんど見られない/器の両側で向かい合うグリフォンたち/オリエント装飾が13世紀まで支配的である
12世紀の宇宙観はそのまま古代の宇宙観でもある。
恒星と惑星が円を描く天動説。土・火・水・空気の四元素とその中間的元素からなる宇宙。
ピタゴラスの神秘的数学に夢中だった12世紀のヨーロッパ人は、四元素に四方位に四季に四体液(血液/粘液/胆汁/黒胆汁)に魂の四枢要徳(思慮/正義/勇気/節制)などを結び付けて「4」の神秘を感じ、惑星の数とグレゴリオ聖歌(宇宙の調和を象徴する)の音の数から「7」を神秘化した。
また、宇宙と人体との照応を感じ取っていた。
この章は、こういった中世の宇宙観や、怪物たちの記述が多くて楽しい。
上にもあげたが、それらオリエント由来の怪物たちの装飾芸術は特に教化を意図したものではなく、人々を楽しませるためのものだったのだ。
エミール・マールはこう言い切っている。
「歴史の中には三大装飾芸術しか存在しない。ギリシア、オリエント、そしてフランスの芸術である」
第10章 修道院の刻印
1.修道院生活における超自然/天使と悪魔の役割/サタンの類型/モアサック芸術における悪魔/ブルゴーニュ芸術における悪魔/修道士の夜の幻視と芸術
2.修道士と女性/誘惑/オータンの大聖堂とヴェズレーの修道院の柱頭彫刻/蛇のからみつく女性
本章は短いが、とても面白い。
修道士たちの生活の不思議さが語られている。
日常的に死者と会話し、亡霊と出逢い、天使を迎え入れ、悪魔に誘惑される。
また、修道士を誘惑する悪魔の手先として、女性も恐れられていた。
教会に女性が入ってきたらミサは中断され、院長は罷免され、修道士たちは断食させられたのだ。
修道院長が厳しく女人禁制を課する理由をエミール・マールはひとことで解説している。
「修道士が誘惑に負けることがあまりに確実だったからである」
第11章 図像に飾られた12世紀の扉口
1.フランス南西部の扉口の三つの型/モアサックのタンパンの「ヨハネの幻視」/そのモチーフはピレネー山脈まで広まる/それはフランスの西部と中部にも広まる/シャルトル、ル・マン、アンジェ、サン・ルー・ド・ノー、プロヴァン、ブールジュにおけるモアサックとカレナックのタンパンの模倣/クリュニーの壮大なタンパンはモアサックのタンパンを模倣していたにちがいない/ブール・アルジャンタル、シャルリューにおけるクリュニーのタンパンの模倣/ブルゴーニュにおけるイル・ド・フランスのタンパンの模倣/サン・ドニ、シャルトル、ル・マンの人像円柱/それらは旧約の諸人物を表現している/鵞鳥の足を持つ女王
2.「キリストの昇天」/カオールのタンパン/モーリアックとアングレームで模倣されたカオールのタンパン/アングレームの「昇天」図の二つの意味/カオールの「昇天」図を模倣したシャルトルの「昇天」図/ブルゴーニュの「昇天」図
3.「最後の審判」/ボーリューのタンパン/サン・ドニで模倣されたボーリューのタンパン/コルベイユとランの「最後の審判」図/コンクの「最後の審判」図/そのオーヴェルニュ起源/聖ミカエルと秤/ブルゴーニュの「最後の審判」図/オータンとマコンの「最後の審判」図
4.ブルゴーニュの扉口タンパンにおける「最後の晩餐」と「弟子の足を洗う」/これらの扉口は異端者たちに対して秘跡という神の制度を顕示する/「パンの増加」と「キリストの磔刑」を刻む浮彫はそれと同じ性格を持つ/クリュニーの役割/クリュニーの刻印/ヌヴェールのサン・ソヴールのタンパン
5.聖母に捧げられた扉口/12世紀の聖母崇敬/「マギの礼拝」、聖母崇敬の最初の形/タンパンにおける「荘厳の聖母」/ブルゴーニュに現われた聖母立像/「テオフィロスの夢」/「聖母の死」、「聖母の葬送」、「聖母の戴冠」/サンリスの扉口
6.フランス西部の諸教会と図像を刻むその弧帯の意味
7.13世紀の扉口の諸要素はすべて12世紀に存在していた
扉口の上の半円型の彫刻部分をタンパンと呼ぶ。
教会に入ろうとするものは、まずタンパンを下から仰ぎ見ることになる。ロマネスクの芸術家はタンパンに偉大な理念を凝縮させようとしていたのだ。
12世紀、南フランスで創り出された3つの型は「ヨハネの黙示録」「昇天するキリスト」「最後の審判」だ。
偉大なる13世紀においては、これらのうち、「最後の審判」だけが特権的に選択され、さらに「聖母」を主題とする芸術が開花するのである。
さーて、上下読んだが、三部作の中ではたぶんこれが一番地味な巻なんじゃないか、と思う。岩波文庫版を読んでいるかぎり、次のゴシック論では、「おお、そう来るか!」と腰をぬかすアプローチが展開されるはずなのだ。
ロマネスクの図像学〈上〉
2007年1月9日 読書
ISBN:4336038910 単行本 成瀬 駒男 国書刊行会 ¥4,893
エミール・マールの『ロマネスクの図像学』を読んだ。今日はその上巻について。
本書は12世紀の宗教芸術について書かれている。
12世紀の教会建築の美術の由来が多くはオリエントからであり、写本挿絵を彫刻化するところにあったと詳述する。後に、典礼劇、フランスの聖人崇拝、巡礼、異端との戦い、修道士の学識や夢などにより、単なる模倣から離脱していく。
当時はキリスト教の芸術について、オリエントなど外国からの影響など考えてもいなかった時代であった。すべてはローマからはじまったと思われていた時代ゆえに、本書では多くの例証をあげて、オリエントからの影響をまず解き明かしていく。
詳細目次
第1章 モニュメンタルな大彫刻の誕生と写本群の影響
1.古代世界の末期に彫刻は消滅した/オリエント芸術の勝利/写本挿絵の影響のもとに、彫刻は11世紀末の南フランスにふたたび出現する
2.スペインのベアトゥスによる『黙示録』の写本挿絵/フランスとスペインの関係/モアサックのタンパンはベアトゥスの『黙示録』写本挿絵の模倣である/ベアトゥスの『黙示録』写本挿絵を発想源としたモアサックの修道院回廊の柱頭彫刻/ベアトゥスの『黙示録』はサン・ブノア・シュル・ロアール、ラ・ランド・ド・キュブザック、ポアティエのサン・ティレールでも模倣された
3.モアサック芸術における他の写本挿絵の影響/スイヤックの中央柱とリモージュのサン・マルシアルの聖書/モアサックの「悪しき金持ち」と諸写本
4.諸写本挿絵とオーヴェルニュの柱頭彫刻/クレルモン及びロアイアの柱頭彫刻/ノートルダム・デュ・ポールのタンパン
5.諸写本挿絵とロ−ヌ河流域の芸術/ヴァランスのタンパン/アルルとニームの浮彫彫刻/サン・ジルの受難図とオーセールの南フランス系写本
6.壁画とブルゴーニュ彫刻の関係/シャルリューの扉口とラヴォデューの壁画/アンズィ・ル・デュックの扉口/ヴェズレーの扉口と写本挿絵
7.外国からの借用例/リポールの浮彫は『ファルファ聖書』の模倣である
8.写本挿絵から借りられた装飾的モチーフ/ライオンの背中の上に立つ柱/がんぎ刳り形と銃眼模様雷文/束ね柱/タンパンの形態
9.写本挿絵の模倣ということが12世紀彫刻のいくつかの性格を説明する
気になる最初の1と最後の9について簡単に解説しておこう。
1、男性的な彫刻を主としたギリシア文化が、装飾的なオリエント文化(モザイクやタペストリーなど)にとってかわられたため、なんと500年以上ものあいだ彫刻を背後におしやってきた。
つまり、キリスト教が造形美術を弾圧してきたからなんていう理由ではなかったのだ。
11世紀のクリュニー大修道院が彫刻を再発見するまで、彫刻は表舞台から姿を消していた。
9、体に貼付けられた布、胸やひざのまわりの同心円を描く襞、風にめくり上げられた衣服の裾、シンメトリーを描く長い襞を風になびかせている衣服。
これらフランスの初期彫刻の特徴は、写本挿絵を彫刻として再現したことによるものである。
写本挿絵は優雅な輪郭線や繊細な鑿使いを芸術家たちに示唆することになった。
第2章 12世紀の図像の複合性−そのヘレニズム的、シリア的、ビザンティン的起源
1.12世紀の図像は写本の挿絵によって説明される
2.初期の時代の2つの図像/ヘレニズム的図像/カタコンベの芸術/ヘレニズム的キリスト教芸術におけるギリシア精神/キリストの類型
3.シリア的図像/エルサレムのモザイクとモンツァの香油瓶/写本挿絵と壁画におけるシリアの影響/シリア的図像の性格/民族的特徴/巡礼の記憶/神学的偉大さ/混合的作品
4.「受胎告知」のヘレニズム型とシリア型/その両方がフランス芸術の中に見いだされる/「御訪問」の二つの型/「キリスト降誕」の二つの型/「マギの礼拝」の二つの型/「マギの旅」とそのオリエント的起源/「イエス・キリストの洗礼」の二つの型/「エルサレム入城」の二つの型/「弟子の足を洗う」の二つの型/履物を脱ぐ使徒たち/「磔刑」の二つの型/二つの型の融合/十字架上の死せるキリスト/「墓における聖女たち」/ヘレニズム芸術とシリア芸術における墓の形/「昇天」の二つの型
5.ビザンティンの図像とその影響/「キリストの変容」/ゲッセマネの園での「イエスの就縛」/「黄泉へ下る」
ヘレニズム芸術とシリア芸術の違いについて解説しておこう。
シリア(エルサレム)芸術は、福音書の舞台そのものから生まれているため、現実的な調子を帯びている。
たとえば、キリストを描く際、ヘレニズム(ギリシア)では若者として描かれるが、シリアでは、ひげをはやし、長髪の壮年として描いている。
ヘレニズムは優美で、シリアは荘厳なのだ。
12世紀の宗教芸術は、このオリエントの2つの流派に起源をもつものである。ビザンティン芸術は、後にこのヘレニズムとシリアの両方を受け継いで洗練されたものであるが、直接12世紀宗教芸術に影響を与えたとは言い難い。
第3章 フランスの芸術家たちによるオリエントの図像の修正
フランスの芸術家たちによって単純化された「降誕図」/「キリストの降誕」に取り入れられた新しい要素/「最後の晩餐」の新しい表現/ユダにパン切れを与えるイエス/「黄泉へ下る」とレヴィアタンの口/「羊飼いへのお告げ」における牧歌的魅力/単純化された「受胎告知」、「御訪問」につけ加えられた微妙な差異、改変された「キリストの変容」
第4章 図像の多様化−典礼と典礼劇
1.この研究の難しさ/芸術と典礼/主の奉献の祝日の蝋燭/「イエス・キリストの洗礼」と洗礼式
2.典礼劇/復活祭の朝の劇と復活の新しい図像/石棺の出現/「香料を買う聖女たち」/失神して墓の上に倒れるマグダラのマリア/「エマオの巡礼」の劇/キリストと巡礼の衣装
3.降誕祭の典礼劇/「マギの礼拝」の新しい図像/預言者の行列/その図像はフランスではポアティエのノートルダム・ラ・グランド教会の扉口に見られる/イタリアのクレモナ、フェラーラ、ヴェローナの場合/額に角の生えた姿で描かれたモーセ/司教の服を着たアロン
4.芸術における「賢い乙女と愚かな乙女」
第5章 図像の多様化−シュジェールとその影響
1.サン・ドニ大聖堂と中世芸術/シュジェールの役割/ゴドフロワ・ド・クレールの手になるサン・ドニの黄金の大十字架
2.シュジェールの影響下で新約聖書と旧約聖書の象徴的対比がサン・ドニにふたたび現われる
3.13世紀の象徴的なステンドグラスはサン・ドニに始まる
4.サン・ドニの象徴主義のフランスとヨーロッパへの波及
5.「エッサイの木」はおそらくはサン・ドニで生まれた/その典礼劇との関係/「エッサイの木」がヨーロッパ中にひろがる
6.ボーリューの「最後の審判」図の模倣としてのサン・ドニの「最後の審判」図/「賢い乙女と愚かな乙女」
7.十字架にかかった子を抱く父なる神がサン・ドニに現われる/シュジェールの創造と思われる「聖母の戴冠」図
シュジェールはサン・ドニ教会の大修道院長。
彼の天才によって13世紀に受け継がれる芸術的主題や型、組み合わせが提示された。
エミール・マールによると、シュジェールは「象徴主義の領域における創始者」なのだ。
サン・ドニのメダイヨンの下に次のような詩句が記されている。
「モーセがヴェールで覆ったものが、キリストの教えによってあらわにされる」
これこそがシュジェールの思想であり、新約と旧約の象徴的対比なのだ。
第6章 図像の多様化と聖人たち
1.ラングドック地方の聖人−聖セルナン、聖女フォア、聖カプレ、聖ヴァンサン、聖モラン/ピレネ−地方の聖人−聖ヴォリュジャン、聖アヴァンタン、コマンジュの聖ベルトラン/
スペインから南フランスにかけての聖人たち−聖フルクトーソ、聖アウグリオ、聖エウロヒオ、聖フストと聖パストール、聖女エウラリア
2.アキテ−ヌ地方の聖人−リモージュの聖マルシアル、聖女ヴァレリー、聖アマドゥール、聖女ヴェロニカ/マシフ・サントラルの聖人−コンクの聖女フォア、聖シャフル、聖ボディーム、ミュレの聖エティエンヌ、聖カルマン
3.ポアトゥー地方の聖人−聖イレール、聖トリエーズ、聖サヴァン
4.ベリー地方の聖人−聖ウストリーユ、聖ウジーヌ
5.オーヴェルニュ地方の聖人−聖オストルモアーヌ、聖ネクテール、聖プリエスト
6.プロヴァンス地方の聖人−マグダラのマリア、マルタ、ラザロたちの聖人伝/聖人伝説がブルゴーニュ地方のヴェズレーに生まれる/オータンとアヴァロンのラザロ/ディジョンの聖ベニーニュ/アンズィ・ル・デュックの聖ユーグ
7.イル・ド・フランスと近隣の聖人−聖ドニ、サン・ルー・ド・ノーの聖ルー
8.ル・マンの聖ジュリアン/聖マルタン
9.「聖人伝のための挿絵入り写本」−聖オメールの生涯/聖女ラドゴンドの生涯、聖オバンの生涯
10.修道士聖人/サン・ブノア・シュル・ロアール、モアサック、ヴェズレーに見られる聖ベネディクトゥスの生涯を刻んだ柱頭彫刻/砂漠の聖人たち/ヴェズレーとサン・ポール・ド・ヴァラの聖アントニオスと隠者聖パウロス/トゥールーズに見られるエジプトの聖母マリア/ヴェズレーの聖女エウゲニア
それぞれの地方にいた聖人たちの物語は、教会にその奇蹟と、殉教の場面を刻まれている。
聖セルナンは、トゥールーズ総督の娘アウストリウスを洗礼して彼女の癩病をなおした。
聖女フォアは偶像崇拝を拒否して殉教。などなど。
これら聖人の多くはフランスの聖人であり、彼らの生涯を描くときに、手本となるオリエントの作品は存在しなかった。彼らは新たに創造して聖人像を刻むことによって、オリエントの影響から脱して、独自の道を切り開くにいたったのだ。
ふむ。上巻だけでかなり時間とってしまったなあ。下巻は簡単にまとめるとするか。
エミール・マールの『ロマネスクの図像学』を読んだ。今日はその上巻について。
本書は12世紀の宗教芸術について書かれている。
12世紀の教会建築の美術の由来が多くはオリエントからであり、写本挿絵を彫刻化するところにあったと詳述する。後に、典礼劇、フランスの聖人崇拝、巡礼、異端との戦い、修道士の学識や夢などにより、単なる模倣から離脱していく。
当時はキリスト教の芸術について、オリエントなど外国からの影響など考えてもいなかった時代であった。すべてはローマからはじまったと思われていた時代ゆえに、本書では多くの例証をあげて、オリエントからの影響をまず解き明かしていく。
詳細目次
第1章 モニュメンタルな大彫刻の誕生と写本群の影響
1.古代世界の末期に彫刻は消滅した/オリエント芸術の勝利/写本挿絵の影響のもとに、彫刻は11世紀末の南フランスにふたたび出現する
2.スペインのベアトゥスによる『黙示録』の写本挿絵/フランスとスペインの関係/モアサックのタンパンはベアトゥスの『黙示録』写本挿絵の模倣である/ベアトゥスの『黙示録』写本挿絵を発想源としたモアサックの修道院回廊の柱頭彫刻/ベアトゥスの『黙示録』はサン・ブノア・シュル・ロアール、ラ・ランド・ド・キュブザック、ポアティエのサン・ティレールでも模倣された
3.モアサック芸術における他の写本挿絵の影響/スイヤックの中央柱とリモージュのサン・マルシアルの聖書/モアサックの「悪しき金持ち」と諸写本
4.諸写本挿絵とオーヴェルニュの柱頭彫刻/クレルモン及びロアイアの柱頭彫刻/ノートルダム・デュ・ポールのタンパン
5.諸写本挿絵とロ−ヌ河流域の芸術/ヴァランスのタンパン/アルルとニームの浮彫彫刻/サン・ジルの受難図とオーセールの南フランス系写本
6.壁画とブルゴーニュ彫刻の関係/シャルリューの扉口とラヴォデューの壁画/アンズィ・ル・デュックの扉口/ヴェズレーの扉口と写本挿絵
7.外国からの借用例/リポールの浮彫は『ファルファ聖書』の模倣である
8.写本挿絵から借りられた装飾的モチーフ/ライオンの背中の上に立つ柱/がんぎ刳り形と銃眼模様雷文/束ね柱/タンパンの形態
9.写本挿絵の模倣ということが12世紀彫刻のいくつかの性格を説明する
気になる最初の1と最後の9について簡単に解説しておこう。
1、男性的な彫刻を主としたギリシア文化が、装飾的なオリエント文化(モザイクやタペストリーなど)にとってかわられたため、なんと500年以上ものあいだ彫刻を背後におしやってきた。
つまり、キリスト教が造形美術を弾圧してきたからなんていう理由ではなかったのだ。
11世紀のクリュニー大修道院が彫刻を再発見するまで、彫刻は表舞台から姿を消していた。
9、体に貼付けられた布、胸やひざのまわりの同心円を描く襞、風にめくり上げられた衣服の裾、シンメトリーを描く長い襞を風になびかせている衣服。
これらフランスの初期彫刻の特徴は、写本挿絵を彫刻として再現したことによるものである。
写本挿絵は優雅な輪郭線や繊細な鑿使いを芸術家たちに示唆することになった。
第2章 12世紀の図像の複合性−そのヘレニズム的、シリア的、ビザンティン的起源
1.12世紀の図像は写本の挿絵によって説明される
2.初期の時代の2つの図像/ヘレニズム的図像/カタコンベの芸術/ヘレニズム的キリスト教芸術におけるギリシア精神/キリストの類型
3.シリア的図像/エルサレムのモザイクとモンツァの香油瓶/写本挿絵と壁画におけるシリアの影響/シリア的図像の性格/民族的特徴/巡礼の記憶/神学的偉大さ/混合的作品
4.「受胎告知」のヘレニズム型とシリア型/その両方がフランス芸術の中に見いだされる/「御訪問」の二つの型/「キリスト降誕」の二つの型/「マギの礼拝」の二つの型/「マギの旅」とそのオリエント的起源/「イエス・キリストの洗礼」の二つの型/「エルサレム入城」の二つの型/「弟子の足を洗う」の二つの型/履物を脱ぐ使徒たち/「磔刑」の二つの型/二つの型の融合/十字架上の死せるキリスト/「墓における聖女たち」/ヘレニズム芸術とシリア芸術における墓の形/「昇天」の二つの型
5.ビザンティンの図像とその影響/「キリストの変容」/ゲッセマネの園での「イエスの就縛」/「黄泉へ下る」
ヘレニズム芸術とシリア芸術の違いについて解説しておこう。
シリア(エルサレム)芸術は、福音書の舞台そのものから生まれているため、現実的な調子を帯びている。
たとえば、キリストを描く際、ヘレニズム(ギリシア)では若者として描かれるが、シリアでは、ひげをはやし、長髪の壮年として描いている。
ヘレニズムは優美で、シリアは荘厳なのだ。
12世紀の宗教芸術は、このオリエントの2つの流派に起源をもつものである。ビザンティン芸術は、後にこのヘレニズムとシリアの両方を受け継いで洗練されたものであるが、直接12世紀宗教芸術に影響を与えたとは言い難い。
第3章 フランスの芸術家たちによるオリエントの図像の修正
フランスの芸術家たちによって単純化された「降誕図」/「キリストの降誕」に取り入れられた新しい要素/「最後の晩餐」の新しい表現/ユダにパン切れを与えるイエス/「黄泉へ下る」とレヴィアタンの口/「羊飼いへのお告げ」における牧歌的魅力/単純化された「受胎告知」、「御訪問」につけ加えられた微妙な差異、改変された「キリストの変容」
第4章 図像の多様化−典礼と典礼劇
1.この研究の難しさ/芸術と典礼/主の奉献の祝日の蝋燭/「イエス・キリストの洗礼」と洗礼式
2.典礼劇/復活祭の朝の劇と復活の新しい図像/石棺の出現/「香料を買う聖女たち」/失神して墓の上に倒れるマグダラのマリア/「エマオの巡礼」の劇/キリストと巡礼の衣装
3.降誕祭の典礼劇/「マギの礼拝」の新しい図像/預言者の行列/その図像はフランスではポアティエのノートルダム・ラ・グランド教会の扉口に見られる/イタリアのクレモナ、フェラーラ、ヴェローナの場合/額に角の生えた姿で描かれたモーセ/司教の服を着たアロン
4.芸術における「賢い乙女と愚かな乙女」
第5章 図像の多様化−シュジェールとその影響
1.サン・ドニ大聖堂と中世芸術/シュジェールの役割/ゴドフロワ・ド・クレールの手になるサン・ドニの黄金の大十字架
2.シュジェールの影響下で新約聖書と旧約聖書の象徴的対比がサン・ドニにふたたび現われる
3.13世紀の象徴的なステンドグラスはサン・ドニに始まる
4.サン・ドニの象徴主義のフランスとヨーロッパへの波及
5.「エッサイの木」はおそらくはサン・ドニで生まれた/その典礼劇との関係/「エッサイの木」がヨーロッパ中にひろがる
6.ボーリューの「最後の審判」図の模倣としてのサン・ドニの「最後の審判」図/「賢い乙女と愚かな乙女」
7.十字架にかかった子を抱く父なる神がサン・ドニに現われる/シュジェールの創造と思われる「聖母の戴冠」図
シュジェールはサン・ドニ教会の大修道院長。
彼の天才によって13世紀に受け継がれる芸術的主題や型、組み合わせが提示された。
エミール・マールによると、シュジェールは「象徴主義の領域における創始者」なのだ。
サン・ドニのメダイヨンの下に次のような詩句が記されている。
「モーセがヴェールで覆ったものが、キリストの教えによってあらわにされる」
これこそがシュジェールの思想であり、新約と旧約の象徴的対比なのだ。
第6章 図像の多様化と聖人たち
1.ラングドック地方の聖人−聖セルナン、聖女フォア、聖カプレ、聖ヴァンサン、聖モラン/ピレネ−地方の聖人−聖ヴォリュジャン、聖アヴァンタン、コマンジュの聖ベルトラン/
スペインから南フランスにかけての聖人たち−聖フルクトーソ、聖アウグリオ、聖エウロヒオ、聖フストと聖パストール、聖女エウラリア
2.アキテ−ヌ地方の聖人−リモージュの聖マルシアル、聖女ヴァレリー、聖アマドゥール、聖女ヴェロニカ/マシフ・サントラルの聖人−コンクの聖女フォア、聖シャフル、聖ボディーム、ミュレの聖エティエンヌ、聖カルマン
3.ポアトゥー地方の聖人−聖イレール、聖トリエーズ、聖サヴァン
4.ベリー地方の聖人−聖ウストリーユ、聖ウジーヌ
5.オーヴェルニュ地方の聖人−聖オストルモアーヌ、聖ネクテール、聖プリエスト
6.プロヴァンス地方の聖人−マグダラのマリア、マルタ、ラザロたちの聖人伝/聖人伝説がブルゴーニュ地方のヴェズレーに生まれる/オータンとアヴァロンのラザロ/ディジョンの聖ベニーニュ/アンズィ・ル・デュックの聖ユーグ
7.イル・ド・フランスと近隣の聖人−聖ドニ、サン・ルー・ド・ノーの聖ルー
8.ル・マンの聖ジュリアン/聖マルタン
9.「聖人伝のための挿絵入り写本」−聖オメールの生涯/聖女ラドゴンドの生涯、聖オバンの生涯
10.修道士聖人/サン・ブノア・シュル・ロアール、モアサック、ヴェズレーに見られる聖ベネディクトゥスの生涯を刻んだ柱頭彫刻/砂漠の聖人たち/ヴェズレーとサン・ポール・ド・ヴァラの聖アントニオスと隠者聖パウロス/トゥールーズに見られるエジプトの聖母マリア/ヴェズレーの聖女エウゲニア
それぞれの地方にいた聖人たちの物語は、教会にその奇蹟と、殉教の場面を刻まれている。
聖セルナンは、トゥールーズ総督の娘アウストリウスを洗礼して彼女の癩病をなおした。
聖女フォアは偶像崇拝を拒否して殉教。などなど。
これら聖人の多くはフランスの聖人であり、彼らの生涯を描くときに、手本となるオリエントの作品は存在しなかった。彼らは新たに創造して聖人像を刻むことによって、オリエントの影響から脱して、独自の道を切り開くにいたったのだ。
ふむ。上巻だけでかなり時間とってしまったなあ。下巻は簡単にまとめるとするか。
護くんに女神の祝福を!
2007年1月8日 アニメ・マンガ コメント (1)
DVD 角川エンタテインメント 2007/02/23 ¥8,190
ゲーマーズなんば店イベントスペースで「護くんに冬休みの祝福を!」イベント。
http://www.megadere.com/
アニメ「護くんに女神の祝福を!」の上映と、グッズ争奪じゃんけん大会。
入場無料。
上映されたのは2話。
第8話「湯煙パニック!」
温泉入浴中の女子たちに、シャンプーを届ける護くん。
途中には罠がいっぱい仕掛けてある。
カナダライにハリセンに、雪つぶてに地雷に!
仲間たちが途中でみんな倒れていき、護くんはみんなの思いを背負って、温泉に向かう!
そのときの中島みゆきばりの歌がそれらしくてツボ。それと同時にフラッシュバックする、なかったはずの仲間たちとの回想シーンが面白い。
第11話「吉村護ろめろめ作戦」
エメレンツィアが目的をもって護くんを誘惑する回。
護くんを「ろめろめにする!」と宣言するエメレンツィア(「めろめろですよ」と即座につっこみ入るが、聞いちゃいない)
マニュアル本片手に誘惑を繰り返すが、全部失敗。
途中、語尾に「にゃ」や「にょ」をつけると男の気をひくことができる、というので、レストランで温野菜をさして「ブロッコリーにょ」とエメレンツィアが言うのが名シーン。
解説しよう。このアニメは音響制作をブロッコリーが担当しており、エメレンツィアの声をあてているのが、真田アサミなのだ。真田アサミはブロッコリーのアニメ「デ・ジ・キャラット」シリーズの「でじこ」の声優さんで、「でじこ」の口癖がまさに語尾に「にょ」なのだ。「護くん」を見てたらいきなりエメレンツィアがでじこになった台詞を聞ける、楽屋落ち的サービスカットが、このシーンなのだ。
アニメの多くは、こういう楽屋落ちがどこかに隠されているものだ。
じゃんけん大会で、「護くん」と「NHKにようこそ」のクリアファイルとハルヒの水をゲットした!
全員に「護くん」と「風の聖痕」(森永理科ちゃんも声優で入っている!)のプレスボードと、ハルヒのポストカードが配られた。
やった〜。
それにしても、このイベントに参加した人たち、全員といっていいほど、無帽で黒い服を着ていた。ユニフォームなのか?
ゲーマーズなんば店イベントスペースで「護くんに冬休みの祝福を!」イベント。
http://www.megadere.com/
アニメ「護くんに女神の祝福を!」の上映と、グッズ争奪じゃんけん大会。
入場無料。
上映されたのは2話。
第8話「湯煙パニック!」
温泉入浴中の女子たちに、シャンプーを届ける護くん。
途中には罠がいっぱい仕掛けてある。
カナダライにハリセンに、雪つぶてに地雷に!
仲間たちが途中でみんな倒れていき、護くんはみんなの思いを背負って、温泉に向かう!
そのときの中島みゆきばりの歌がそれらしくてツボ。それと同時にフラッシュバックする、なかったはずの仲間たちとの回想シーンが面白い。
第11話「吉村護ろめろめ作戦」
エメレンツィアが目的をもって護くんを誘惑する回。
護くんを「ろめろめにする!」と宣言するエメレンツィア(「めろめろですよ」と即座につっこみ入るが、聞いちゃいない)
マニュアル本片手に誘惑を繰り返すが、全部失敗。
途中、語尾に「にゃ」や「にょ」をつけると男の気をひくことができる、というので、レストランで温野菜をさして「ブロッコリーにょ」とエメレンツィアが言うのが名シーン。
解説しよう。このアニメは音響制作をブロッコリーが担当しており、エメレンツィアの声をあてているのが、真田アサミなのだ。真田アサミはブロッコリーのアニメ「デ・ジ・キャラット」シリーズの「でじこ」の声優さんで、「でじこ」の口癖がまさに語尾に「にょ」なのだ。「護くん」を見てたらいきなりエメレンツィアがでじこになった台詞を聞ける、楽屋落ち的サービスカットが、このシーンなのだ。
アニメの多くは、こういう楽屋落ちがどこかに隠されているものだ。
じゃんけん大会で、「護くん」と「NHKにようこそ」のクリアファイルとハルヒの水をゲットした!
全員に「護くん」と「風の聖痕」(森永理科ちゃんも声優で入っている!)のプレスボードと、ハルヒのポストカードが配られた。
やった〜。
それにしても、このイベントに参加した人たち、全員といっていいほど、無帽で黒い服を着ていた。ユニフォームなのか?
ISBN:4499280869 大型本 ルイス・キャロル 大日本絵画 ¥3,990
昨年からにわかに書店をにぎわしたのは、ロバート・サブダのとびだす絵本『ふしぎの国のアリス』だ。(ルイス・キャロル原作)
テニエル卿による挿絵をもとにして、サブダの絵本は描かれている。
今までにもアリスの飛び出す絵本はあったが、サブダの飛び出す絵本は、そのダイナミックさにおいて、ちょっと頭抜けているように思えた。面白い!
前からちらちらと見てはいたが、じっくりと読んで遊んだのは、今日がはじめて。
なにより、開けたときの衝撃が他のアリスとは違う。
ロバート・サブダはミシガン出身の絵本作家。
http://robertsabuda.com/
幼いときにダンススクール発表会の背景を手伝ったりして、美術への関心を育てていた。
歯医者の待ち合い室で飛び出す絵本を読んで衝撃を受ける。(絵本作家にならなかったら、思い出しもしない過去なんだろうけど)
ニューヨークのプラット校で美術を学び、そのときにバーバラ・クーニー、トマス・ロッカー、ジェームズ・マーシャルに出会い、影響を受ける。
(バーバラ・クーニー)
http://www.ortakales.com/illustrators/Cooney.html
(トマス・ロッカー)
http://www.thomaslocker.com/
(ジェームズ・マーシャル)
http://www.carolhurst.com/newsletters/42enewsletters.html
卒業後は婦人用下着のパッケージデザインの仕事をしながら、児童向けの絵本作りの夢を育て、1988年に絵本『The Fiddlers’ Son』を出版。
飛び出す絵本としては1994年に『クリスマス・アルファベット』を出版している。
サブダの飛び出す絵本は、アリス以外にも恐竜や昆虫やクリスマスやオズの魔法使いやマザーグースやディズニーなど、多数ある。
『ふしぎの国のアリス』は2003年に出版された飛び出す絵本で、日本版は翌年の2004年に出ている。
サブダのヒットに気をよくしたのか、書店ではいろんな飛び出す絵本を並べて売るようになったようだ。
興味深かったのはアルフレッド・ヒチコックの映画を飛び出す絵本に仕立てたものだ。飛び出す絵本にとって、仕掛けの多いヒチコック作品はうってつけの題材なんだな、と実感した。
東京では昨年末にサブダのしかけ絵本の展覧会があったようだ。そうか。それでやたら騒いでいたわけだな。
大阪でも3月29日から4月11日までの日程で八尾西武で「ロバート・サブダしかけ絵本の世界展」が開催されるそうだ。
これは、必見!
http://www.shikake-ehon.jp/
昨年からにわかに書店をにぎわしたのは、ロバート・サブダのとびだす絵本『ふしぎの国のアリス』だ。(ルイス・キャロル原作)
テニエル卿による挿絵をもとにして、サブダの絵本は描かれている。
今までにもアリスの飛び出す絵本はあったが、サブダの飛び出す絵本は、そのダイナミックさにおいて、ちょっと頭抜けているように思えた。面白い!
前からちらちらと見てはいたが、じっくりと読んで遊んだのは、今日がはじめて。
なにより、開けたときの衝撃が他のアリスとは違う。
ロバート・サブダはミシガン出身の絵本作家。
http://robertsabuda.com/
幼いときにダンススクール発表会の背景を手伝ったりして、美術への関心を育てていた。
歯医者の待ち合い室で飛び出す絵本を読んで衝撃を受ける。(絵本作家にならなかったら、思い出しもしない過去なんだろうけど)
ニューヨークのプラット校で美術を学び、そのときにバーバラ・クーニー、トマス・ロッカー、ジェームズ・マーシャルに出会い、影響を受ける。
(バーバラ・クーニー)
http://www.ortakales.com/illustrators/Cooney.html
(トマス・ロッカー)
http://www.thomaslocker.com/
(ジェームズ・マーシャル)
http://www.carolhurst.com/newsletters/42enewsletters.html
卒業後は婦人用下着のパッケージデザインの仕事をしながら、児童向けの絵本作りの夢を育て、1988年に絵本『The Fiddlers’ Son』を出版。
飛び出す絵本としては1994年に『クリスマス・アルファベット』を出版している。
サブダの飛び出す絵本は、アリス以外にも恐竜や昆虫やクリスマスやオズの魔法使いやマザーグースやディズニーなど、多数ある。
『ふしぎの国のアリス』は2003年に出版された飛び出す絵本で、日本版は翌年の2004年に出ている。
サブダのヒットに気をよくしたのか、書店ではいろんな飛び出す絵本を並べて売るようになったようだ。
興味深かったのはアルフレッド・ヒチコックの映画を飛び出す絵本に仕立てたものだ。飛び出す絵本にとって、仕掛けの多いヒチコック作品はうってつけの題材なんだな、と実感した。
東京では昨年末にサブダのしかけ絵本の展覧会があったようだ。そうか。それでやたら騒いでいたわけだな。
大阪でも3月29日から4月11日までの日程で八尾西武で「ロバート・サブダしかけ絵本の世界展」が開催されるそうだ。
これは、必見!
http://www.shikake-ehon.jp/