1日は映画の日。田中光敏監督の「利休にたずねよ」を見てきた。
市川海老蔵、中谷美紀主演。
原作は直木賞受賞の山本兼一『利休にたずねよ』(未読)
大阪弁では、とくに上方落語では、きっと、「利休にたんねよ」と発音するだろうな、と思いながら見た。(どうでもいい!)
切腹を間近に控えた利休に妻がたずねる。「あなた様にはずっと想い人がいらっしゃったのでは」。
映画は、利休切腹に至るカウントダウンみたいな前半を経て、後半、利休の「想い人」の話に遡る。
囚われの身となった高麗の女性を好きになり、高麗に帰してあげようと逃げ出すふたり。
それこそ、昨日見た「マイヤーリング」みたいに、これ、実現しない望みなのである。
そうした悲恋の物語を見た後では、切腹する利休は、期限を延長されていた死を迎えただけであり、やっとのことで昔の恋が成就した、とも言えるのだ。
残された妻の立場はいったい!わりをくったのは妻だけ!
と思ったりもしたが、長年にわたってこの妻は「利休にはきっと、想い人がいるに違いない」と思って暮らしていたことになる。僕には、そういう持続する疑惑がまったく理解できない。愛しているなら、信じるはずだ。そして、死の前に、「あんた、ウチ以外に好きな人おんねんやろ」とは、なんと自己中心の問いなのか。
とも思ったが、この妻の言葉によって、利休は過去の想い人を脳裏によみがえらせて、喜んで死んでいくことができたのかもしれない。利休の覚悟を後押しした、妻の心意気やよし、とも思うのだ。
どっち?ストーリーは単純なのに、二転三転する思い。
なお、この映画の海老蔵は、晩年の端正なおもむきの利休もいいけど、過去の遊蕩児としての利休が、いきいきしているように思えた。
http://www.rikyu-movie.jp/
国立文楽劇場で、午後1時から「古典の日フォーラムin関西~庶民の中に生きる古典~」。古典芸能に関する講演と、上演。
ナビゲーターは天野文雄(文化庁関西分室長、大阪大学名誉教授)
第一部
挨拶/村田純一(古典の日推進委員会会長)
講演 後白河院と『梁塵秘抄』(今様集)/朧谷壽(同志社女子大学名誉教授)
…「今様狂い」と言われた後白河天皇についての解説
今様合上演/日本今様謌舞楽会
…勝ち負けが決まる今様合(いまようあわせ)と、白拍子の舞
講演 「うた」は空を飛んでいるか/山折哲雄(宗教学者)
…阿久悠の嘆きから、都はるみのうなり節、福島泰樹の絶叫短歌と義太夫の関連性、さらに映画「王将」ラストシーンで坂田三吉(阪妻)が唱える題目まで
第二部
講演 近代庶民の娯楽・人形浄瑠璃-その広がり/後藤静夫(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター所長)
…三人遣い人形分布図から、淡路、西宮の人形浄瑠璃のひろがりを解説
人形浄瑠璃文楽上演「伽羅先代萩 御殿の段」より政岡のクドキ/豊竹嶋大夫(人形浄瑠璃文楽座太夫)、豊澤富助(人形浄瑠璃文楽座三味線)、吉田和生(人形浄瑠璃文楽座人形遣い) ほか
…乳母、政岡が、わが子の死を前に、おさえていた感情を爆発させる。
この古典の日フォーラムは、抽選で当ったので行けたのだが、6倍の競争率だったそうだ。文楽劇場はもちろん、満員御礼。
http://www.kotennohi.jp/blog/index.php?e=150
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