『ジュリアとバズーカ』
2013年11月25日 読書
アンナ・カヴァンの『ジュリアとバズーカ』を読んだ。
これは妄想と被害妄想と潔癖症のひりひりする手記が小説化されたもので、と、いうか、手記だな!
各短編はバラバラのようでいて、手記だけに連続性もある。
各作品から、一部引用しておこう。
「以前の住所」
歩道には文字通り群集がひしめいており、誰かにぶつからずに歩くなどということは不可能だ。人間の顔をさがすが見つからない。ただ、仮面、ダミー、ゾンビの大群が、頭を下げて、すごい勢いでやみくもにすれ違っていくだけだ。
「ある訪問」
防ごうと思えば防げた、そしてその非はすべて自分自身にある喪失の漠然とした苦さにわたしは打ちひしがれてしまうように思われるのです。
「霧」
彼は何かのふりをしている。彼の大量生産された作り物の顔をわたしは無関心のまま、黙って眺めていた。彼の目には光のきらめきが、生気がなかった。知性とか表情などまったく見られぬ、平たい緑色の石だ。
彼は、詰め物をした服と傘とで作られた人形だ。本物ではない。
「実験」
鏡の中の少女はかなり魅力的に見えたが、彼女はわたしとは何の関係もないのだから、どうと言うこともなかった。彼女は鏡に映った影にすぎない。何ものでもないのだ。わたしではないのだ。
「英雄たちの世界」
子供の時間の進み方の恐ろしいほどののろさ。劣等感と、決して言われることのない優しい言葉をかけてもらおうとする苦闘との果てしない年月。誰かが責めを負わなければならぬと考え、自分を責める苦悩。無関係な他人に与えられた愛を自分にもと切望する苦しさ。どのような未来でもこれ以上ひどいわけがなかった。
「メルセデス」
突然、恐ろしいことに車が動き出した。ドアを開けて乗りこむか、それとも彼を引きずり出すかだと決意して、わたしはまた狂ったようにドアに飛びかかった。遅すぎた。メルセデスはもう手の届かない所にまで行ってしまい、わたしの手は空をつかんだだけだった。「とまって!」わたしは死にもの狂いで叫んだ。「わたしをおいてはいけないはずよ!」
「クラリータ」
わたしは頭から爪先まで赤い発疹とみみずばれでおおわれていた。おまけに、ひっかいていたところからは血がたくさん出ている。むずがゆさは恐るべきもので、ただただかきむしるか、そうでもなければ気が狂うかだった。
「はるか離れて」
わたしはできるだけみんなから離れ、まるでまわりの人間が存在していないかのようにふるまった。このことがどんなにみんなを怒らせたか、彼女たちの態度から分かった。同じ寮の女の子たちは、わたしを仲間はずれにすることで仕返しができると考えたらしいが、これこそわたしが望んでいたこと、わたしにぴったりのことだった。
「今と昔」
わたしはびっくりすると同時に信じなかった。二人の関係が、わたしが気づかぬうちにこんなにもひどくなるなどということはあり得ないことに思われた。しかし、明らかにそうだった。過去何週間も何ヶ月間も、わたしは目が見えなかったか、あるいは頭がおかしくなっていたのにちがいない。そして今は、心が乱れ、動揺して、きちんと考えることができず、どうしたら良いのかまったく分からなかった。
「山の上高く」
自分が死の願望に取りつかれていることは承知している。わたしはこれまで人生を楽しんだこともなければ、他人を好きだったこともない。わたしが山を愛するのは、それが生を否定するものであり、不滅で、冷酷で、何ものにも触れられることがなく、何事にも無関心な存在、つまりわたしがそうなりたいと望んでいる存在だからだ。人間は憎むべきものだ。彼らの醜い顔や汚らしい感情がわたしは大嫌いだ。人間なんかみんな滅ぼしてしまいたい。
「失われたものの間で」
わたしはしょっちゅう何かをなくす。暗闇の中で。落したり、置き場所が分からなくなったりするのではない。置き忘れるわけでもない。気がつくともうそこにないのだ。突然なくなってしまうのだ。
「縞馬」
彼女が出した結論は、彼はその創造力故に、自分ではそれと気づかぬまま、何らかの基本的な必要に迫られて冷酷なのだ、というものだった。しだいに、彼女は理解しようとするのをあきらめた。彼は彼女には複雑すぎた。彼女には彼の持つ多くの矛盾を解明することはできず、ただそれを受け入れるしかなかった。
「タウン・ガーデン」
わたしが歩道を歩いていくのを彼らは黙ったまま見つめ、それから集まって、わたしのあとを執念深い顔で見やりながらこそこそささやき合う。「ほら、彼女よ、庭を持ってる女よ」わたしのうしろでこうささやくのだ。「絶対、何か不正なことがあるに決まってるわよ」「どうもうさんくさい女だもんね」「頭がおかしいみたいよ」「いつでもひとりなのよ。誰かと一緒にいるのを見たことないわ-これはあやしいわよ」「正常じゃないわよね」「どこか狂ってるのね」「あたしが前からずっとそう言ってたじゃない」
「取り憑かれて」
彼がいなくなってから、世界は、狼狽するほど奇妙なものになってしまった。彼女にできることは何ひとつないし、行ける所はどこにもない。途方にくれ、さびしく、目がくらみ、何もかも、自分自身でさえも-これは、彼が絶え間なく励まし、安心させてくれなくても生きていけるほど強くないのだ-奪われてしまったような気持ちだった。孤独が彼女を責めつけた。何日間も彼女は誰とも会わず、誰とも話さなかった。電話はめったにかかってこない。
「ジュリアとバズーカ」
みんなはどこに行ってしまったんだろう?花婿は死んでしまったか、あるいはどこかの女の子と一緒にベッドに入っている。
これは妄想と被害妄想と潔癖症のひりひりする手記が小説化されたもので、と、いうか、手記だな!
各短編はバラバラのようでいて、手記だけに連続性もある。
各作品から、一部引用しておこう。
「以前の住所」
歩道には文字通り群集がひしめいており、誰かにぶつからずに歩くなどということは不可能だ。人間の顔をさがすが見つからない。ただ、仮面、ダミー、ゾンビの大群が、頭を下げて、すごい勢いでやみくもにすれ違っていくだけだ。
「ある訪問」
防ごうと思えば防げた、そしてその非はすべて自分自身にある喪失の漠然とした苦さにわたしは打ちひしがれてしまうように思われるのです。
「霧」
彼は何かのふりをしている。彼の大量生産された作り物の顔をわたしは無関心のまま、黙って眺めていた。彼の目には光のきらめきが、生気がなかった。知性とか表情などまったく見られぬ、平たい緑色の石だ。
彼は、詰め物をした服と傘とで作られた人形だ。本物ではない。
「実験」
鏡の中の少女はかなり魅力的に見えたが、彼女はわたしとは何の関係もないのだから、どうと言うこともなかった。彼女は鏡に映った影にすぎない。何ものでもないのだ。わたしではないのだ。
「英雄たちの世界」
子供の時間の進み方の恐ろしいほどののろさ。劣等感と、決して言われることのない優しい言葉をかけてもらおうとする苦闘との果てしない年月。誰かが責めを負わなければならぬと考え、自分を責める苦悩。無関係な他人に与えられた愛を自分にもと切望する苦しさ。どのような未来でもこれ以上ひどいわけがなかった。
「メルセデス」
突然、恐ろしいことに車が動き出した。ドアを開けて乗りこむか、それとも彼を引きずり出すかだと決意して、わたしはまた狂ったようにドアに飛びかかった。遅すぎた。メルセデスはもう手の届かない所にまで行ってしまい、わたしの手は空をつかんだだけだった。「とまって!」わたしは死にもの狂いで叫んだ。「わたしをおいてはいけないはずよ!」
「クラリータ」
わたしは頭から爪先まで赤い発疹とみみずばれでおおわれていた。おまけに、ひっかいていたところからは血がたくさん出ている。むずがゆさは恐るべきもので、ただただかきむしるか、そうでもなければ気が狂うかだった。
「はるか離れて」
わたしはできるだけみんなから離れ、まるでまわりの人間が存在していないかのようにふるまった。このことがどんなにみんなを怒らせたか、彼女たちの態度から分かった。同じ寮の女の子たちは、わたしを仲間はずれにすることで仕返しができると考えたらしいが、これこそわたしが望んでいたこと、わたしにぴったりのことだった。
「今と昔」
わたしはびっくりすると同時に信じなかった。二人の関係が、わたしが気づかぬうちにこんなにもひどくなるなどということはあり得ないことに思われた。しかし、明らかにそうだった。過去何週間も何ヶ月間も、わたしは目が見えなかったか、あるいは頭がおかしくなっていたのにちがいない。そして今は、心が乱れ、動揺して、きちんと考えることができず、どうしたら良いのかまったく分からなかった。
「山の上高く」
自分が死の願望に取りつかれていることは承知している。わたしはこれまで人生を楽しんだこともなければ、他人を好きだったこともない。わたしが山を愛するのは、それが生を否定するものであり、不滅で、冷酷で、何ものにも触れられることがなく、何事にも無関心な存在、つまりわたしがそうなりたいと望んでいる存在だからだ。人間は憎むべきものだ。彼らの醜い顔や汚らしい感情がわたしは大嫌いだ。人間なんかみんな滅ぼしてしまいたい。
「失われたものの間で」
わたしはしょっちゅう何かをなくす。暗闇の中で。落したり、置き場所が分からなくなったりするのではない。置き忘れるわけでもない。気がつくともうそこにないのだ。突然なくなってしまうのだ。
「縞馬」
彼女が出した結論は、彼はその創造力故に、自分ではそれと気づかぬまま、何らかの基本的な必要に迫られて冷酷なのだ、というものだった。しだいに、彼女は理解しようとするのをあきらめた。彼は彼女には複雑すぎた。彼女には彼の持つ多くの矛盾を解明することはできず、ただそれを受け入れるしかなかった。
「タウン・ガーデン」
わたしが歩道を歩いていくのを彼らは黙ったまま見つめ、それから集まって、わたしのあとを執念深い顔で見やりながらこそこそささやき合う。「ほら、彼女よ、庭を持ってる女よ」わたしのうしろでこうささやくのだ。「絶対、何か不正なことがあるに決まってるわよ」「どうもうさんくさい女だもんね」「頭がおかしいみたいよ」「いつでもひとりなのよ。誰かと一緒にいるのを見たことないわ-これはあやしいわよ」「正常じゃないわよね」「どこか狂ってるのね」「あたしが前からずっとそう言ってたじゃない」
「取り憑かれて」
彼がいなくなってから、世界は、狼狽するほど奇妙なものになってしまった。彼女にできることは何ひとつないし、行ける所はどこにもない。途方にくれ、さびしく、目がくらみ、何もかも、自分自身でさえも-これは、彼が絶え間なく励まし、安心させてくれなくても生きていけるほど強くないのだ-奪われてしまったような気持ちだった。孤独が彼女を責めつけた。何日間も彼女は誰とも会わず、誰とも話さなかった。電話はめったにかかってこない。
「ジュリアとバズーカ」
みんなはどこに行ってしまったんだろう?花婿は死んでしまったか、あるいはどこかの女の子と一緒にベッドに入っている。
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