『ジョルダーノ・ブルーノと大使館のミステリー』
ジョン・ボッシーの『ジョルダーノ・ブルーノと大使館のミステリー』を読んだ。
1580年代のヨーロッパ、カトリックとプロテスタントの争いが広がる中でのお話。
フランス王アンリ3世からエリザベス女王に派遣された大使として、ミシェル・ドゥ・カステルノー候が8年間近くロンドンに暮らしていた。カステルノーは、エリザベス女王の虜囚であり、その後継者ともみなされていたスコットランド女王メアリーの自由確保のために尽力していた。メアリーを解放することで、フランスがスコットランドに対する支配力を取り戻すことができるとの思惑からである。カステルノーがメアリーと組んで何をたくらんでいるのかは、エリザベス女王の廷臣たちにとって非常な関心事であった。
さて、そのエリザベス女王の廷臣たるサー・フランシス・ウォルシンガムのもとに、ヘンリー・ファゴットという人物から、何回か手紙が届けられた。その内容は、カステルノー周辺に関わるスパイ文書だった。
ヘンリー・ハワード卿とフランシス・スロックモートンがカステルノーとメアリーの間のパイプ役をしていること。
その二人の訪問は常に夜であること。
裏切りもの、スパイの存在について。
本書の第1部では、こうしたスパイ、ファゴットの手紙からその行動を描き、第2部ではそのファゴットが誰なのか、という謎解きが行われる。
ファゴットが暗躍したのと同じ時期、同じ場所に滞在していた人物がいる。
ジョルダーノ・ブルーノだ。
著者は、ブルーノがファゴット、つまり、スパイなのではないか、と推理して、その論をすすめる。

我々はこれまで、1580年代のほぼ3年間、ロンドンとパリにおける二人の男(ファゴットとブルーノ)の経歴を追ってきた。その二人には、かなり多くの共通点があった。彼らは二人共イタリア人で、カトリック司祭だった。二人共1583年の4月頃に、ロンドンのカステルノー邸を訪れ、それ以降、そこに住んでカステルノーに仕えた。二人共ローマ教皇、スペイン、そしてイングランドのカトリック教徒の陰謀に激しい敵意を持っていた。二人共エリザベス女王自身に拝謁し、途方もない忠誠心をもって女王のことを記した。二人共1585年9月にカステルノーと一緒にイングランドを離れてパリに向かい、到着後すぐにカステルノーに仕えるのをやめた。1586年の間に、1人は永遠にパリを離れ、もう1人は消え失せた。


著者が二人を同一人物だとみなす推理のポイントはいくつかあって、たとえば、「ファゴットはそのスパイ文書の前にも後にも経歴のない人物であること」「カステルノーがロンドンを離れる前夜に、その邸には司祭が1人しかいなかったとの記録があるが、ファゴットもブルーノも司祭だった」「ファゴットの手紙にブルーノにたいする記述はなく、ブルーノもファゴットについて何も書き残していない」などなど。
以下、目次。

第1部 夜の犬
1.ソールズベリー・コート
2.河の上で
3.告白
4.対話篇と騒動
5.アルカディアでの最後の日々
6.火山のもとで

第2部 時の娘、真理
1.反対の一致
 Ⅰ大使館の司祭
 Ⅱ敵とのコミュニケーション
2.彷徨するブルーノ
 Ⅰロンドン
 Ⅱ不平家
 Ⅲパリ
3.ブルーノ再び捕わる
 Ⅰ人
 Ⅱ犬
 Ⅲ政治活動
 Ⅳ司祭
終章.火刑台のファゴット

第3部 テキストと覚え書
テキスト
カステルノー邸について
ジョヴァンニ・カヴァルカンティとそのローマ便りについて
ファゴットの筆跡とブルーノの筆跡について
ブルーノの筆跡の資料

本書で著者は、フランセス・イエイツへの批判を随所にちりばめている。たとえば、イエイツもブルーノがスパイであったとの見解を持っているが、それが、「反エリザベス工作」だとみなされたのに対して、本書では、こうだ。
確かに、彼のイングランドでのスパイ活動はそもそもイングランドのカトリック制度を覆すことに捧げられていたが、それはそうすることがエリザベス女王と彼女の統治下の政府を転覆させようと企てられた政治活動を押え込める限りにおいてであり…

つまり、カトリックの政治的積極行動主義者の野望を封じ込めるための行動をとっていて、あくまでもエリザベス側の人間だったことを言っているのだ。
また、イエイツは、ブルーノがイングランドに行った任務は、カトリックとプロテスタントの和解の促進だったと説いているが、本書では、それを真っ向から否定している。
本書で語られるブルーノは、自家撞着、一貫しない言動、プラクティカルジョーク好きな、一筋縄ではいかないひねくれものとして描かれる。(僕もそう思う)
その言動から、本当に彼が何を考えているのかを推し量ることは難しいのである。
一方、ファゴットは正体不明のスパイである。
謎のふたりを同定するのは、いきおい、多くを推論に頼らざるをえず、その分、いっそのこと完全に小説にしてしまったほうが、もっと大胆に論旨を推し進めることができたんじゃないかな、と思わされた。

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