『ファウスト』

2012年5月22日 読書
『ファウスト』
ハリー・クラーク絵、荒俣宏翻訳、ゲーテの『ファウスト』を読んだ。
ジョン・アンスターの英語訳からの翻訳。
なぜ、あえて英語訳から翻訳しているかについては、本書あとがきを参照。面白い。
以下、目次。

芝居の序曲
天上の序曲

門の前
ファウストの書斎1,2
ライプツィヒのアウエルバッハの地下酒場
魔女のキッチン
ストリート1
夕方
散歩道
隣人の家
ストリート2

サマーハウス
森林と洞窟
マーガレットの部屋
マーサの庭
井戸
市壁-小さな神殿
夜2
大聖堂
ワルプルギスの夜
ワルプルギスの夜の夢 あるいはオーベロンとティターニアの金婚式
曇れる日-野原にて
夜-広野
牢獄

本書は、ゲーテがはっきり言わなかったことを、英語訳の時点であからさまに描いている。それはほとんどデフォルメに近いもので、訳者も註でこう書いている。

ムッツリのファウストと茶々を入れるメフィストフェレスの掛け合いは、吉本新喜劇か漫才のようである。

ファウストとメフィストフェレスの漫才を、さらに訳注でツッコむ、というスタイルになっている。
どこまで文章がくだけているか、というと、こんな例がある。
魔女のおおげさなオカルト儀式に対して、ファウストは辟易し、「これぞ汚らわしいナンセンス、狂乱のジェスチャー、無意味の奔流、みだらで不潔でおぞましい不正行為のきわみだ」とまで罵る。ここまではまあ普通だが、魔女が呪文を唱え続けると、こう叫ぶ。
「ナンセンスだ。意味がない。頭蓋骨が割けそうだ。もう正気を失いそうだ。疲れを知らぬ百万人のバカどものレイヴ・パーティーに参加したみたいだ」

さらに、訳注を読んでいて、納得したことがあった。こんな訳注があった。
メフィストフェレスは高潔なファウストを堕落させられるか、主と賭けをした(天上の序曲)。つまり、オナニストだったファウストが女性とのリアルなセックスに夢中になれば、その時点で勝ちとなる。「カモ」にしたというのはその意味においてである。
だが、メフィストフェレスとファウストとの魂の契約は「瞬間よとまれ、おまえは美しい」という類の言葉が出ない限りは成立しない(ファウストの書斎Ⅱ)。そこに向かう道筋は、堕落のベクトルとは逆である。矛盾ではないか。
またゲーテの死の直前、四半世紀を隔てて刊行された第二部は、執筆自体が矛盾解消を意図したものと思われるが、肝腎のそのラストで、ファウストはメフィストフェレスの意図を誤解し妄想を展開してこの言葉「瞬間よとまれ、おまえは美しい」を呟く。安寧の心境の根拠が妄想とは、ファルスの結構そのもの。おまけに奪われる筈のファウストの魂は意味不明に救済されてしまう。ドラマの体を成していない気がする。

『ファウスト』のあらすじを人に伝えるときなど、決して間違えてはいない、と思っているのに、あれ、おかしいな、と首を傾げてしまう理由がわかった。

また、寺山修司がシュペングラーからの引用としてよく使っていた言葉が、実はゲーテの『ファウスト』がモトだった、と高取英の本で知ったが、本書ではその部分はなかったのだろうか。ぼさっと読んでいるせいか、見つけることができなかった。似たような意味合いの文章が、わりと最初のほうにあったので、一応引用しておく。
「夜」の章で、ファウストが言うせりふ。
「過ぎ去った時間というやつは、おれたちにとってはミステリアスな書物みたいなものじゃないか」


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