『夜の顔ぶれ』

2011年7月6日 読書
松本孝の『夜の顔ぶれ』を読んだ。1962年
あとがきには、こう書いてある。
この小説集は、37年中に「宝石」等の雑誌に執筆した作品からえらんだ4つの中短編に、昨年第45回の直木賞候補作となった「夜の顔ぶれ」を合わせたものであるが、いずれも新宿を舞台とした小説である。
「黒い巨人の踊り」「突然、マリコは消えた」「殺してやる」は推理小説として、「殺されるまで」は事件小説という註文で、また「夜の顔ぶれ」は、ユーモアのある風俗小説のつもりで書いた。
今後もいろいろなかたちと題材で、大都会の暗黒面を描いてゆきたいと考えている。


以下、目次。

黒い巨人の踊り
突然、マリコは消えた
殺されるまで
殺してやる
夜の顔ぶれ

「黒い巨人の踊り」は、朝鮮動乱で立川基地に駐留していた黒人兵が、女を拉致してレイプのあげく殺してしまう。犯人は特定できたが、黒人兵はアメリカに帰国してしまい、日本の法の手から逃れてしまう。
と、いうわけで、日本人男性による復讐譚がはじまるのだ。
ジャズ喫茶にはりこんで犯人を捜すのが、当時を思わせる。

「突然、マリコは消えた」は、嫉妬深い男性が女性(マリコ)の行状に不審を抱き、浮気ではないかと疑う話。浮気相手だと思われた医師は、マリコの相談で妊娠中絶手術をしただけの関係なのだが、嫉妬に狂った男は、ついに犯行に及ぶのである。
夫婦にとって、赤ん坊は本来望まれてしかるべきもので、夫のほうは子供大歓迎だっただけに、秘密で中絶をしなければならなかったのである。夫に内緒で手術してまで、マリコが子供をほしがらなかった理由が面白い。
こどもが出来たら、夫の両親と一緒に住むことが約束されていて、マリコはそれがどうにも我慢できなかったのである。

「殺されるまで」はどうしようもない男につかまって、貧乏と売春にさらされる女性の哀しさを描いている。松本孝の作品は、だいたい貧乏、暴力、犯罪、売春、ヤクザといった世界が描かれており、知的遊戯としての殺人事件などは望むべくもない。悲惨な情景は、作中人物のこんな発言でもわかる。
「中絶の失敗で死ぬ子。ヤー公のでいりのとばっちりで、殺されちまう子。ペイ患になって、ポックリ死んじまう子-ここらのペイときたひにゃ、ウドン粉がまぜてあるんで、しまいには血がノリみたいになって、ふいにある日、ポックリといっちまうんですよ。そんな子ばかり・・・
香代ちゃんにかぎらず、ここらの女の子の末路なんて、あわれなもんです。でも、本人たちはその日まで気がつかず、毎晩ああしてキャアキャア、男とさわいでばかりいますがねえ」
(「ペイ」はヘロイン)

「殺してやる」は、売春婦が多く暮らすアパートで、1人の女性がリンチされた。女性は入院後、堂々と、アパートに戻ってきた。リンチの首謀者を殺害するために。
ガス中毒死の工作と、それとは関係なく、犯人に同情(と愛情)を寄せていた人物がリンチ首謀者を殺すタイミングが一致してしまう悲劇。

「夜の顔ぶれ」は、さすがに直木賞候補作らしい、奥行きがある。と、いっても描かれる世界は、あいかわらずである。女性の失踪事件を描いている。主人公は恐妻家の男性。と、言っても、その「女」はヤクザとも関係があり、また若いツバメとも関係があった。
「ユミ子は私を本妻、トリ公を用心棒、竹村をオメカケというふうに使いわけていたのだ」
この3人ともに、女がどこに行ってしまったのかを探しているのである。
3人が力をあわせて調べた結果、第4の男がいることが判明する。
これは金持ちのロマンスグレイ。
3人の男は、女を返せといってもまた出て行ってしまうだろう、と踏んで、第4の男から金を脅し取ろうと画策する。
実に、安っぽい奴らなのである。
現に、「やいやい」と殴りこんだつもりが、第4の男の威厳にすっかり気おされてしまって、「金がほしいのか」と3人に金をあっさりとくれてやるのである。
「よかった、よかった」とうかれて帰る3人は、すぐに警察につかまるのである。

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