『繻子の靴』(上・下)
2011年4月26日 読書
ポール・クローデルの『繻子の靴』(上・下)を読んだ。この戯曲はポール・クローデルの集大成的作品と言われており、ちゃんと上演すれば10時間ほどかかるらしい。
中心となるストーリーは、若く美しい人妻ドニャ・プルエーズを巡る四角関係。お相手となる3人の男性とは。
年老いた夫ドン・ペラージュ。セックスレス。
恋の相手、主人公(?)騎士ドン・ロドリッグ。繻子の靴の呪いと結婚の秘蹟によりすれ違ったり妨害されたりで結ばれない。
彼女に邪恋を抱くドン・カミーユ。表面上は結ばれてるが。
タイトルは「繻子の靴 あるいは最悪必ずしも定かならず 四日間のスペイン芝居」。口上が述べる段になると、「スペイン芝居」は「スペイン歌舞伎」となっている。なるほど!歌舞伎と言われると、わかりやすい。
前書きに前半(「一日目」「二日目」)のあらすじが書いてあったので、それを引用しておこう。
「三日目」のあらすじをまとめた文章がパッと見当たらなかったので、簡単に書くと、ペラージュはロドリッグとの恋を現世では達成できず、城とともに自爆する。
って、ここで自爆してしまって、後、どんな話が続くのか、ということなのだが、四日目はドタバタだった!個人的には、次の四日目がいちばん見たい。
たとえば、四日目の第9場「スペイン国王の宮廷」は「浮かぶ宮殿の中にある」こんな感じ。
ただ、それまでにも、笑いの要素はもちろんあって、僕は「二日目」に登場する「抑えがたき男」のくだりが面白かった。
抑えがたき男は、名のとおりに抑制のきかない男で、出てきて好き勝手しほうだい。
「俺はいやだよ、楽屋でじーっと辛抱してるなんて、作者のほうでいくらそうしろって言ったってね」
と、楽屋落ち的発言してみせたり、
「ドン・ロドリッグのママをご紹介いたしましょう」
と言っておきながら、そのせりふを受けてママ、ドニャ・オノリアが登場すると、
「(怒鳴って)出てくるなってば!呼びに行くまで待ってろよ、全く!誰が出て来いと言った。引っこんでいろってば!」
とカンシャクを爆発させるのだ。
四日目は、最初に海の水をなめて「甘めえ」と言ったりしちゃうし、なんだかよくわからない綱引きが始まったりして、興味津々だ。
さて、これらあらすじを踏まえて、各場の登場人物を順に。
「一日目」
第1場 口上役、イエズス会神父
第2場 ドン・ペラージュ、ドン・バルタザール
第3場 ドン・カミーユ、ドニャ・プルエーズ
第4場 ドニャ・イザベル、ドン・ルイス
第5場 ドニャ・プルエーズ、ドン・バルタザール
第6場 スペイン国王、宰相
第7場 ドン・ロドリッグ、中国人の召使
第8場 黒人娘ジョバルバラ、ナポリのお巡り
第9場 ドン・フェルナン、ドン・ロドリッグ、ドニャ・イザベル、中国人の召使
第10場 ドニャ・プルエーズ、ドニャ・ミュジーク(音楽姫)
第11場 黒人女、ついで中国人の召使
第12場 守護天使、ドニャ・プルエーズ
第13場 ドン・バルタザール、旗手
第14場 ドン・バルタザール、旗手、中国人、軍曹、兵士たち(ドニャ・ミュジークの歌声)
「二日目」
第1場 ドン・ジル、織物職人の親方、騎士たち
第2場 抑えがたき男、ドニャ・オノリア、ドニャ・プルエーズ
第3場 ドニャ・オノリア、ドン・ペラージュ
第4場 ドン・ペラージュ、ドニャ・プルエーズ
第5場 副王、貴族たち、考古学者、礼拝堂付き司祭
第6場 聖ヤコブ
第7場 国王、ドン・ペラージュ
第8場 ドン・ロドリッグ、船長
第9場 ドン・カミーユ、ドニャ・プルエーズ
第10場 ナポリの副王、ドニャ・ミュジーク
第11場 ドン・カミーユ、ドン・ロドリッグ
第12場 ドン・ギュスマン、ルイス・ペラルド、オゾリオ、レメディオス、原住民の人夫たち
第13場 二重の影
第14場 月
「三日目」
第1場 聖ニコラ、ドニャ・ミュジーク(音楽姫)、聖ボニファス、アテネの聖ドニ、聖アドリビトゥム、侍祭たち
第2場 ドン・フェルナン、ドン・レオポルド・オーギュスト
第3場 副王、アルマグロ
第4場 歩哨3人
第5場 旅籠屋の女将、ドン・レオポルド・オーギュスト
第6場 ドン・ラミール、ドニャ・イザベル
第7場 ドン・カミーユ、侍女
第8場 ドニャ・プルエーズ(眠っている)、守護天使
第9場 副王、秘書官、ドニャ・イザベル
第10場 ドン・カミーユ、ドニャ・プルエーズ
第11場 副王、ドン・ラミール、ドニャ・イザベル、ドン・ロディラール
第12場 副王、艦長
第13場 副王、ドニャ・プルエーズ、士官たち、少女
「四日目」
第1場 漁師たち、アルコシェート、ボゴチヨス、マルトロピーヨ、マンジャカバイヨ(彼は黒い体毛が濃く、なかでも際立って馬鹿面をしている)船尾には少年のシャルル・フェリックスが手に紐をつけて坐っている。
第2場 ドン・ロドリッグ、日本人絵師大仏、ドン・マンデス・レアル
第3場 ドニャ・セテペ(七剣姫)、肉屋の娘
第4場 スペイン国王、侍従長、宰相、女優
第5場 第一のチーム=ビダンス組、第二のチーム=ヒンニュリュス組
第6場 女優、ドン・ロドリッグ、小間使い
第7場 ディエゴ・ロドリゲス、副官、(ドン・アルヒンダス)
第8場 ドン・ロドリッグ、ドニャ・セテペ
第9場 スペイン国王ならびにその宮廷、ドン・ロドリッグ
第10場 ドニャ・セテペ、肉屋の娘
第11場 大詰め、ドン・ロドリッグ、レオン神父、兵士2人
「解題」
一、クローデル、この多重的なる存在
1、多重的ということ-クローデルの紋章のために
2、<始原>と<外部>-問題形成の地平
二、結節点となる作品あるいは詩作の変容
1、初期劇作群と散文詩『東方の認識』-主題と言語
2、真昼時の深淵から-『真昼に分かつ』の危機とその変容
3、午後の地平-劇場の誘惑
三、『繻子の靴』あるいはバロック的世界大演劇
1、成立過程
2、主題と構成
3、多様な言語態-バロックの精髄
4、もうひとつの<黄昏>-「途方もない道化芝居」による
5、『繻子の靴』の余白に
四、上演とテクスト-『繻子の靴』以後の地平
1、音楽の徴の下に-技法の実験
2、劇場という現場へ-ジャン=ルイ・バローとコメディ・フランセーズ
3、ヴィテーズ革命-イデオロギーの時代の終焉あるいは演劇作業の勝利
本書は、本文と同じほどの分量の注釈がつけられている。それは本1冊分十分にあるもので、読み応えがあった。訳者の渡辺守章氏は、まず本文を通して読んだ後に、注釈を読むように、と「あとがき」になってから書いていたが、もう遅い。
本文と注釈をその都度往復して楽しませてもらったが、本文の流れが訳注の弾幕でときおり見えなくなってしまうあたり、まるでニコニコ動画みたいだった。
中心となるストーリーは、若く美しい人妻ドニャ・プルエーズを巡る四角関係。お相手となる3人の男性とは。
年老いた夫ドン・ペラージュ。セックスレス。
恋の相手、主人公(?)騎士ドン・ロドリッグ。繻子の靴の呪いと結婚の秘蹟によりすれ違ったり妨害されたりで結ばれない。
彼女に邪恋を抱くドン・カミーユ。表面上は結ばれてるが。
タイトルは「繻子の靴 あるいは最悪必ずしも定かならず 四日間のスペイン芝居」。口上が述べる段になると、「スペイン芝居」は「スペイン歌舞伎」となっている。なるほど!歌舞伎と言われると、わかりやすい。
前書きに前半(「一日目」「二日目」)のあらすじが書いてあったので、それを引用しておこう。
「一日目」
時代はスペインが世界に覇を唱えた16世紀後半、舞台は全世界。アフリカ北海岸の総指揮官ドン・ペラージュの若く美しい妻ドニャ・プルエーズと、新大陸の征服者たらんとする騎士ドン・ロドリッグの、地上では叶えられない恋が主筋。アフリカを拠点に、プルエーズに邪な恋を仕掛ける背教者ドン・カミーユが絡む。アフリカへ出発するプルエーズはロドリッグに手紙を書き、駆け落ちをしようとするが、出奔に際して、館の入口を守る聖母に「繻子の靴」の片方を捧げ、「悪へと走る時は、必ず片方の足が萎えているように」と祈る。その手紙に応えて出発したロドリッグは、暗闇の戦いに巻きこまれ重傷を負う。副筋は、ペラージュの従姉妹の娘ドニャ・ミュジーク(音楽姫)と、ナポリの副王との幻想的な恋。プルエーズ守護役の騎士ドン・バルタザールはプルエーズ脱走を容認し、船出した音楽姫の歌声を聞きながら、銃弾に倒れる。
「二日目」
母の城に引き取られたロドリッグの容態は重い。そこに現れたペラージュはプルエーズに、カミーユの守るモガドール要塞の司令官となれと命ずる。運命と深層の欲望との共犯。天上からは、オリオン星座の姿を取った聖ヤコブが、地上で引き離された恋人同士を天上で結びつける予兆を語る。国王からの帰国の命令を携えたロドリッグは、モガドールへ向かうプルエーズを追う。プルエーズの悲恋とは反対に、ミュジークはシチリアでナポリの副王と会い、音楽の徴の下に二人は結ばれる。モガドールに着いたロドリッグに、プルエーズは会うことを拒否する。その拒否を聞くロドリッグの黒い影は、そのまま執念の影となって残る。月光の中、白い壁に、恋する男女二人の姿が一体の黒い「二重の影」として出現し、神を糾弾する。「月」が現れて、禁じられた恋に責めさいなまれる二人の恋人の、深層の言葉を解放する。
「三日目」のあらすじをまとめた文章がパッと見当たらなかったので、簡単に書くと、ペラージュはロドリッグとの恋を現世では達成できず、城とともに自爆する。
って、ここで自爆してしまって、後、どんな話が続くのか、ということなのだが、四日目はドタバタだった!個人的には、次の四日目がいちばん見たい。
たとえば、四日目の第9場「スペイン国王の宮廷」は「浮かぶ宮殿の中にある」こんな感じ。
この宮殿は、幾つもの浮台からなっているが、それらはいずれもつぎはぎ細工のようで、しかも繋ぎ方が悪く、絶えずひび割れの音を発して、上下に浮きつ沈みつしているから、役者は誰一人として自分の足でしっかり立っている者はいず、この壮麗な御座所の構築は、世にも奇怪な仕方で変化する。廷臣たちのパントマイムは、一見して明らかなように、必死になってそこに踏みとどまろうとする様子を表しており、激しく頭を振り、両手を握り締め、腕を組み、眼は天を仰ぎ地を見つめ、真にそうだという大袈裟な仕草によって(陽気でかつ不吉な小楽曲に乗ってだが)、深い絶望落胆を見せている。動いてやまぬ床は、廷臣たちに、脚の屈伸や身体の傾斜によって、居場所に留まることを強いており、時として、世にも奇想天外な仕方で、彼らを驚くべきジグザグ行動へと追いやる。
ただ、それまでにも、笑いの要素はもちろんあって、僕は「二日目」に登場する「抑えがたき男」のくだりが面白かった。
抑えがたき男は、名のとおりに抑制のきかない男で、出てきて好き勝手しほうだい。
「俺はいやだよ、楽屋でじーっと辛抱してるなんて、作者のほうでいくらそうしろって言ったってね」
と、楽屋落ち的発言してみせたり、
「ドン・ロドリッグのママをご紹介いたしましょう」
と言っておきながら、そのせりふを受けてママ、ドニャ・オノリアが登場すると、
「(怒鳴って)出てくるなってば!呼びに行くまで待ってろよ、全く!誰が出て来いと言った。引っこんでいろってば!」
とカンシャクを爆発させるのだ。
「四日目」
かつての征服者である老残のロドリッグが-彼は「三日目」の別離のあとで、王の寵を失い、日本に来て、合戦で片足を失っている-、プルエーズを失ったあとで、いかにして最終的な救いに達するかを主題としている。ロドリッグの支えとなるはずの存在が、モガドールでプルエーズがロドリッグに託した七剣姫であり、少年の姿で現れるこの少女は、マジョルカ島の「進歩屋食肉店のあんちゃんを振ってお供について来ている肉屋の娘」を子分にしている。娘は父に、アルジェ解放を説くのだが、「地球の統一」を使命とする父は乗らない。娘は、前夜に出遭って恋に落ちたオーストリアの騎士ドン・ファンの招きに応えて、レパントへ出撃する船団へと、海を泳いで追いつこうとする。その間、ロドリッグ自身は、イギリス女王メアリーだと名乗る女優の誘惑に乗って、国王の仕掛けた「鼠捕り」の罠に嵌ってしまう。かつての「英雄=征服者」は、いみじくも国王が宣告するように、「全世界の見世物」となって、つまり「道化」として追放されるのである。
四日目は、最初に海の水をなめて「甘めえ」と言ったりしちゃうし、なんだかよくわからない綱引きが始まったりして、興味津々だ。
さて、これらあらすじを踏まえて、各場の登場人物を順に。
「一日目」
第1場 口上役、イエズス会神父
第2場 ドン・ペラージュ、ドン・バルタザール
第3場 ドン・カミーユ、ドニャ・プルエーズ
第4場 ドニャ・イザベル、ドン・ルイス
第5場 ドニャ・プルエーズ、ドン・バルタザール
第6場 スペイン国王、宰相
第7場 ドン・ロドリッグ、中国人の召使
第8場 黒人娘ジョバルバラ、ナポリのお巡り
第9場 ドン・フェルナン、ドン・ロドリッグ、ドニャ・イザベル、中国人の召使
第10場 ドニャ・プルエーズ、ドニャ・ミュジーク(音楽姫)
第11場 黒人女、ついで中国人の召使
第12場 守護天使、ドニャ・プルエーズ
第13場 ドン・バルタザール、旗手
第14場 ドン・バルタザール、旗手、中国人、軍曹、兵士たち(ドニャ・ミュジークの歌声)
「二日目」
第1場 ドン・ジル、織物職人の親方、騎士たち
第2場 抑えがたき男、ドニャ・オノリア、ドニャ・プルエーズ
第3場 ドニャ・オノリア、ドン・ペラージュ
第4場 ドン・ペラージュ、ドニャ・プルエーズ
第5場 副王、貴族たち、考古学者、礼拝堂付き司祭
第6場 聖ヤコブ
第7場 国王、ドン・ペラージュ
第8場 ドン・ロドリッグ、船長
第9場 ドン・カミーユ、ドニャ・プルエーズ
第10場 ナポリの副王、ドニャ・ミュジーク
第11場 ドン・カミーユ、ドン・ロドリッグ
第12場 ドン・ギュスマン、ルイス・ペラルド、オゾリオ、レメディオス、原住民の人夫たち
第13場 二重の影
第14場 月
「三日目」
第1場 聖ニコラ、ドニャ・ミュジーク(音楽姫)、聖ボニファス、アテネの聖ドニ、聖アドリビトゥム、侍祭たち
第2場 ドン・フェルナン、ドン・レオポルド・オーギュスト
第3場 副王、アルマグロ
第4場 歩哨3人
第5場 旅籠屋の女将、ドン・レオポルド・オーギュスト
第6場 ドン・ラミール、ドニャ・イザベル
第7場 ドン・カミーユ、侍女
第8場 ドニャ・プルエーズ(眠っている)、守護天使
第9場 副王、秘書官、ドニャ・イザベル
第10場 ドン・カミーユ、ドニャ・プルエーズ
第11場 副王、ドン・ラミール、ドニャ・イザベル、ドン・ロディラール
第12場 副王、艦長
第13場 副王、ドニャ・プルエーズ、士官たち、少女
「四日目」
第1場 漁師たち、アルコシェート、ボゴチヨス、マルトロピーヨ、マンジャカバイヨ(彼は黒い体毛が濃く、なかでも際立って馬鹿面をしている)船尾には少年のシャルル・フェリックスが手に紐をつけて坐っている。
第2場 ドン・ロドリッグ、日本人絵師大仏、ドン・マンデス・レアル
第3場 ドニャ・セテペ(七剣姫)、肉屋の娘
第4場 スペイン国王、侍従長、宰相、女優
第5場 第一のチーム=ビダンス組、第二のチーム=ヒンニュリュス組
第6場 女優、ドン・ロドリッグ、小間使い
第7場 ディエゴ・ロドリゲス、副官、(ドン・アルヒンダス)
第8場 ドン・ロドリッグ、ドニャ・セテペ
第9場 スペイン国王ならびにその宮廷、ドン・ロドリッグ
第10場 ドニャ・セテペ、肉屋の娘
第11場 大詰め、ドン・ロドリッグ、レオン神父、兵士2人
「解題」
一、クローデル、この多重的なる存在
1、多重的ということ-クローデルの紋章のために
2、<始原>と<外部>-問題形成の地平
二、結節点となる作品あるいは詩作の変容
1、初期劇作群と散文詩『東方の認識』-主題と言語
2、真昼時の深淵から-『真昼に分かつ』の危機とその変容
3、午後の地平-劇場の誘惑
三、『繻子の靴』あるいはバロック的世界大演劇
1、成立過程
2、主題と構成
3、多様な言語態-バロックの精髄
4、もうひとつの<黄昏>-「途方もない道化芝居」による
5、『繻子の靴』の余白に
四、上演とテクスト-『繻子の靴』以後の地平
1、音楽の徴の下に-技法の実験
2、劇場という現場へ-ジャン=ルイ・バローとコメディ・フランセーズ
3、ヴィテーズ革命-イデオロギーの時代の終焉あるいは演劇作業の勝利
本書は、本文と同じほどの分量の注釈がつけられている。それは本1冊分十分にあるもので、読み応えがあった。訳者の渡辺守章氏は、まず本文を通して読んだ後に、注釈を読むように、と「あとがき」になってから書いていたが、もう遅い。
本文と注釈をその都度往復して楽しませてもらったが、本文の流れが訳注の弾幕でときおり見えなくなってしまうあたり、まるでニコニコ動画みたいだった。
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