『北まくら殺人事件』
幾瀬勝彬の『北まくら殺人事件』を読んだ。1971年。
幾瀬勝彬というと、僕たちの世代のミステリファンにとっては、戦記ものの作者でもなく、乱歩賞候補者としてでもなく、『ミステリマガジン』でさんざんこきおろされた作家として印象に残っている。『死のマークはX』を書評でボロクソに書かれ、幾瀬勝彬は「どこが駄作なのか、きっちり説明してみろ」と喧嘩を売ったのだ。で、『死のマークがX』がいかにミステリとしてダメであるかが、懇切丁寧に書かれてしまったのである。(ダイイングメッセージとして成立していない、ということ)でも、その酷評を読んで、僕なんかは俄然興味が湧いて『死のマークはX』を読んだ口なのである。
それ以来、ほとんど幾瀬作品は読んでなくて、ほんと、久々に読んでみたのだが、いきなり、推理実験室の面々が出てきて、わ〜っと記憶がよみがえった。
推理実験室のメンバーは、それぞれ推理小説を応募して結局入賞できなかった人々の集まりなのだが、推理力をはじめとした能力はすごいのだ。
どう能力が高いかを示すひとつのエピソードを引用してみよう。

1つのテーブルにイスは4脚しかなかったが、永田がすばやく隣のテーブルのイスを移動させることによって5番目の席をつくり、自分でそのイスに腰をおろした。このようなときの永田の判断力と実行力は、たしかにほかのメンバー以上のものを持っていた。

足りないイスを隣のテーブルから拝借する、てなことは、誰でもやってること、と思ったりしていたら、この小説は毎ページツッコまなくてはならない。この程度の「?」は些細な部類なのだ。
以下、目次。ネタバレするので、要注意。
第1章 北まくらが呼んだ事件
第2章 魔性の夜を女がひとりで
第3章 深くそして静かに疑え
第4章 そこに事件(やま)があるから
第5章 黒いなぞのベールをはがせ
第6章 灰色のホシは流れて
第7章 裏切りの季節はすぎて
読後の感想は、「中学生の書いた小説みたいだ」「あれ?幾瀬作品ってこんなにもツッコミどころ満載だったっけ」というものだった。稚拙な感じが全編から横溢しているが、これもまた味わいというものだろう。少なくとも、僕は非常に面白く読めた。上の読後感だけ見てみると、これは早すぎたライトノベルと言えるかもしれない。
事件は、密室内での殺人。ガスによる事故としていったんは処理されるが、推理実験室のメンバーに、この被害者と関係をもった人物がおり、事故死に疑いをもつのである。
まず、警察の言い分から書いてみると、なぜ他殺ではないと判断したかというと、現場が密室だったからである。ドアの鍵は、死者の寝ていたふとんの下にあったのである。また、なぜ自殺でないと判断したかというと、死者は死ぬ前にオナニーをしていた形跡があった。死ぬ前の行動としては、不自然ではないか、というもの。
で、推理実験室のメンバーが「他殺ではないか」と思ったのは、死体の状況が、北まくらだったからだ。
被害者は、極端に北まくらを嫌っていたのである。以下のような文章で、強調してある。

三七子(被害者)は、ハンドバッグの中に小さな銀色の磁石をいつも携帯しており、そしてこっそり寝床の敷かれてある方向を調べる癖がある

「一度なんか、先に床にはいっているぼくを追い出して、ふとんを敷き直したこともあるんだ。『北まくらに敷くなんて、非常識だわ!』ってプリプリしていたほどなんだ」
永田は、その夜の三七子がいつになくぬれてこなかった事実を思い出したが、そこまでは報告する義務はないと、とっさに判断した。

あと、ひっかかることがあった。被害者の親は毎年三七子にモチ米を2斗2升送っていた。毎年、三七子は、お世話になった人に、そのモチ米をわけて送っていたのである。だが、死後調べてみると、1人分の2升だけが減っていた。
この事実も推理実験室のメンバーによって「2升のモチ米の奇妙な紛失」として問題視される。つまり、誰か1人に送っただけで死んでいるなら、そいつが怪しい、というわけだ。
こんな文章であらわされている。

「要するにだ…」こんどはハイライトを1本抜きとって火をつけ、「こういうことだ」
また声に出してつぶやいてからボールペンを握り直し、原稿紙に文字を並べた。
WHEN−いつ?モチ米を…
WHERE−どこで?モチ米を…
WHO−だれに?モチ米を…
WHY−なぜ?モチ米を…
「ふーむ」永田はたったいま自分が書いた文字を、満足そうにながめてうなずいてから、
「こいつがわかれば…そうだ!わかれば、しめたもんだ!」

あと、事件に関係あるのかないのかわからないエピソードが連発されて、伏線がある意味巧妙に隠されている。
以下、関係なさそうでいて、事件に関係のあった伏線を引用してみよう。

(推理実験室のメンバー、城野が被害者の父、松本剛二に会ったときに、思わずつぶやいた一言)
「暗い!やりきれない暗さだ!」

黒のボールペンといっても、製造会社が違うと、色調に微細な違いがあるのだ。
M社のものは、ぬれたような漆黒の色調で、津山悦子は好きだった。


一方、結局無関係だったようなエピソードもいくつか書いておこう。

下を向いていた老婆が顔をあげ、城野にまっすぐ向き直ったとき、かれはあやうく
「アッ!」
と声をあげるところだった。
老婆の額の毛の生えぎわに、まるで一角獣の角のような突起がはっきりと認められ、しかも老婆の口は兎唇だったのだ。

このとき、急に−思いがけない音響が、このへやにあふれた。エレキギターとドラムと、日本語とも米語とも、その他の外国語ともつかない歌声との協奏が、大きなボリュームで、ステレオのスピーカーから飛び出してきたのだ。
紙ナプキンを折り終わったウエイトレスが、こちらに背を向けたまま、レコードプレーヤーの前で、くねくねからだを動かしている。
(中略)
「おい!ねえさん!!」
たまりかねた永田が、大声でウエイトレスを呼んだが、
(中略)
耳もとに口を近づけ、しかも大きな声で、
「もう少し、レコードの音を、小さくしてくれよ!」
おこったようにいった。
(中略)
へやの中は急に、うそのように静かになり、町の騒音と、席にもどってくる永田のくつの音とが、いやに大きく耳についた。

今日見た映画「4匹の蠅」と同じ1971年の作品とは思えない展開だ。映画の方は、ロックバンドのドラマーが主人公で、70年頃のロックがガンガンかかるのである。
まあ、きりがないので、真相に突入してみよう。
密室は結局、糸を使ってカギを移動させるトリック。うまく鍵をふとんの下に移動させるため、ドア(鍵穴)とふとんの位置関係をトリック成立のために決めたため、北まくら、というきわめて不自然な結果になってしまったのだ。
被害者の父親が暗かったのは、ライ病の血筋だったから。
もちろん、血筋なんか関係ない、ということは医学が証明しているが、田舎ではなにかと言われるのである。
犯人は、被害者とレズの関係のある女性。
被害者が他の男と仲良くなるのを見て、「ライ病の血筋のくせになまいきな!」と嫉妬したのだ。死ぬ前にオナニーしたと思われていたのは、レスビアンのいちゃつきあいがあったのである。そして、被害者がエクスタシーに達したときに、麻酔薬を嗅がせて眠らせ、殺してしまったのだ。(なんと、最後の最後に、その麻酔薬を嗅がせた器具がいきなり図解で載っている)
モチ米は犯人に送られたものだった。推理実験室のメンバーは犯人の家のモチ米を、鑑定してもらって、確かに被害者から送られたものだと結論づける。(だが、わざわざ花粉の研究者、つまり専門家じゃない人に鑑定してもらっているのが腑におちないところではあるが)
事件の犯人くさい男は遺書を書いて死ぬが、それは真犯人の女が殺したもので、遺書はグルでお互いを裏切らないために保険として書いたものだった。このからくりは、男が持っているボールペンと、遺書のボールペンの黒さの種類が違うところから見抜かれる。

と、まあ、こんな感じ。
途中、推理実験室の推理や証拠集め、証言集めによって、事件が真相に向って大きく動いていき、刑事は「それにしても、まったくしろうとはコワイよ!」と脱帽発言をする。読んでいて、刑事さんに「皆、そんなたいしたこと言ってませんよ」と教えてあげたかった。

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