『鴉白書』

2010年6月28日 読書
『鴉白書』
渡辺啓助の『鴉白書』を読んだ。『小説推理』に連載されたエッセイを中心にまとめられた「探偵横丁下宿人」と、「鳩の血と鴉の黒」が収録されている。
まず、「探偵横丁下宿人」は、『新青年』の回想からはじまって、ときにあちこち寄り道しながら、探偵小説と著者との関わりを語っている。
乱歩が幻影城主だと考えると、渡辺啓助が下宿人と名乗ることの奥ゆかしさがきわだつ。
以下、その下宿人がどんなことについて語っているかをぱらぱらとあげてみよう。
新青年/「1930年代の渋滞感とニヒリスティックな退屈感から、自分をまぎらわし、忘れ去るために、「新青年」は、われわれにとって恰好な鎮静剤の役割をはたしてくれたのかも知れない」
メール・ストローム代訳/吉本隆明の『手品のように、読者を引き込んでゆく渦巻の印象が、もっとも鮮やかに、ポーの<物質>のイメージを暗示している』などの文章で、当時の圧倒された記憶を呼びかえす。
温/弟、温の死が啓助を物書きたるべく方向づける。告別式は森下雨村邸、通夜は横溝正史邸。辻潤が般若心経を誦経。
水谷準/叱咤激励せず、ドライな調子で事務的に言う言葉に、啓助は抵抗できず、また支持力を感じる。作家になるにあたって、水谷準の「ジャーナリズムにもみくちゃにされる覚悟だけはしておいたほうがいいよ」の忠告は、啓助の偏向的な性分によって回避されたが、「そのことは、結局、私をして、大衆作家として大成させなかった理由でもある」とか書いている。
妹尾アキ夫/「大衆雑誌に書いているが、筆が荒れている。かつての良さが無くなってるじゃないか」の直言に、「ぼくはできるだけ俗っぽい作家になれたらなりたい」と返したが、これは自分の文学青年的なひよわさについての反対願望だったと告白。
外地小説/啓助は書斎旅行者で、「さも経験ゆたかな旅行者らしく見せかけて外地を舞台にした嘘の小説を幾つも書いた」が、美川きよと満州から北京に特派記者として前線に出発。
アミーバ赤痢にかかる。
北京原人/ロックフェラー病院の地下室に保管されているはずの北京原人の頭蓋骨が在るべきところに無かった事実が、啓助をひきつける。「新青年」に発表した「北京人類」は松竹でドタバタミュージカルとして上演される。
薔薇雑記/「シュピオ」に連載した「薔薇雑記」は、バラバラな雑記という程の意味。大下宇陀児の皿まわしの曲芸の話など。
油脂爆弾/家の勝手口に落ちた50キロの油脂爆弾が不発。爆弾処理班によって信管を抜いた後、爆弾の油脂を使って風呂を焚く。
久生十蘭/戦前に夜更けの銀座界隈を歩いた思い出。
小栗虫太郎/虫太郎は雷嫌いで、三軒茶屋の自宅で、天井を仰いで『ちょうどこの屋根の上あたりが雷の通るコースになっている』、しかし引っ越しも出来かねる、と歎いた話。
渋川/映画「日本の悪霊」に疎開先の渋川が映っていた話。そこで起こった暴力団間の殺人。原稿の件で汽車で上京したときの体験が「桃色の食慾」「悪魔の下車駅」を生んだ。
渡辺剣次/東京に戻った啓助宅に足繁く往来。
スリラーショウ誌上展/「宝石」の巻頭グラビアで多摩川園の化物屋敷に乱歩や山村正夫らと行ったこと。

こんな調子ではいくらでも長くなるな。これより後は、はしょって。

大坪砂男のこと/金歯を売った話
山田風太郎からの葉書/玩具の「ウンコ」「オナラ」について
SF/同人誌「科学小説」のこと
聖徳会教会/グルニエ「地中海の瞑想」バタイユ「眼球譚」を読んで、セビーリアのサンタ・カリダ教会に行こうとしたが、「魔女の鞭」(ぎっくり腰)で行けず。
泥棒/推理作家の家に泥棒が入り、その侵入経路が不明な謎。
日本探偵作家クラブ/4代め会長になったこと。乗物恐怖症の横溝正史を囲む会を盛会に終わらせたこと。
江戸川乱歩/壁にかかるベックリンの「死の島」、ひょいとくれた「黒衣の花嫁」、他界後に見せてもらった「貼雑年譜」、シムノンを迎えるために改造した洋間、「芋虫」、芋氷、乱歩危篤のにせ電話
会長任期中の話/正木ひろし弁護士講演、レコード「黒い足音」、東大医学部標本室見学、自衛隊機搭乗、ローレンス・トリート来訪
カラス/ポオ、テッド・ヒューズ、ピーター・S・ビーグル、「戒厳令の夜」、村上昭夫
還暦祝い/画家の御生伸との再会
蔵書のなかの本探し/晩年の乱歩が記憶力減退を歎いた話。
火星地主/楽しい空想が僅かばかりのコインで買えたことが一種のリアリティを与え、この警抜な発想がどんなサイエンス・フィクションにもまして啓助たちを悦ばせた。
天草行/かくれキリシタン
高木彬光/直情径行。叔父の高木恭造の方言詩集「まるめろ」を筆写して届けられたこと。
萩原朔太郎/探偵詩について
城昌幸/和服愛用者で、戦時中でも和服でとおした。家は寝殿造りで格天井には若さまざむらいが極彩色で描かれている。
大薮春彦盗作事件/盗作は悪いこと、という建前と、本音。中井英夫は「記事が常に盗作は悪とする常識論を錦の御旗として掲げるのは興味深い」と、かつて大衆が黒岩涙香の翻案に喜び、また大薮作品の新作を面白がっていることをとりあげる。また、三島由紀夫はこう答えた。「日本の大衆小説の殆どは、外国ダネだから、盗むなんてのは不思議ではない。まぁ一流文学は外国文学を下敷きにして、二流文学は盗むというところだ。大体、大薮君のように作品中でバカスカ人を殺して金を盗む作家が、人の作品を盗まなければおかしい。まぁ読んで面白ければ、それでいいではないですか」
被盗作の想い出/かつて新潮社の「日の出」に載せた「じゃがたらお春」が浅草でそのまま演じられていた。啓助は思う。このゴミっぽい浅草六区で私の作品がこんな形で大衆にふれあえるとしたら、それはそれでトテモ結構なことではないか。
中井英夫/とりわけ好きなのは「黒鳥の旅もしくは幻想庭園」。個展で中井英夫詩集から「眠る人へ」をきままな書方で書いたらすぐに売れた。
鮎川哲也/鎌倉でみごとなパンクチュアル

「鳩の血と鴉の黒」は、エッセイなのかな、と読んでいたら、カラスのクール・パンカと会話がはじまって、いつの間にやら虚構に引きずり込まれている作品だった。
澁澤の作品にこういうのがよくあったように思う。

あとがきでは、夭折した天才画家、関根正二について語っている。若くして死んだ彼や、弟の温のために、大働きすべきだ、と思い込むようになった、とか。

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