水谷準の短編集『悪魔の誕生』を読んだ。1955年。
戦後の苛酷な現実を虚構でもって埋めようとする人々の話が多い。
水谷準の短編は、あと数ページ続くのかな、と思っていたら急転直下にラストを迎えるものが多くて、この短編集でもその例に洩れない。
以下、各作品と簡単なメモ。
今回は僕の日記には珍しく、完全なネタバレはしていない。途中まではバラしてるけど。
「悪魔(メフィスト)の誕生」
銀座「ユングフラウ」で友人の画家、野瀬の作品が飾られていた。新参の女給、礼仁恵が持ってきてかけたものだという。後日、そのことを野瀬に語ると、野瀬は血相をかえる。
礼仁恵は野瀬の元恋人であり、戦時に絞め殺した女だというのだ。
野瀬を慕う女性、斗志子が嫉妬にかられて礼仁恵のもとに怒鳴り込んで、カタストロフが起こる。
礼仁恵の正体はいったい?
「アスパラガス」
栄養失調で倒れていた名もなき少女は、その細い手足の印象からアスパラガスと名付けられた。
アスパラガスは森の中の一軒家に老婆と暮らしていたが、空襲により焼け出され、別の家の土蔵に監禁されて過ごしていた。土蔵の中でピアノをひいていると、外から口笛の音が。
窓からのぞくと、進駐軍の兵隊さんだった。
兵隊は縄梯子を使って土蔵の中に入ってきて、少女と遊んだ。
少女は兵隊さんを毎日心待ちに待ち、何処にも出ずに兵隊さんだけを待っていることを伝えるため、金色の部屋靴を渡した。
帰国したのか病気になったのか、バッタリと兵隊さんは来なくなった。少女は窓から出て、ふらふらと歩いているうちに倒れ、発見されたのだ。
アスパラガスの正体はいったい?(皇族だの御家騒動の被害者だの取り沙汰されるが)
進駐軍の軍曹が名乗り出てアスパラガスを引き取ったが、依然としてアスパラガスの身寄りは出てこず、正体は謎のままだ。
「地底の囚人」
ドラゴン敏、ジャイ政、タイガー鉄の泥棒3人組。
ドラは今夜の仕事を最後に足を洗いたいと思っている。
残りの2人は、敏が妹の婦人警官に情報を漏らしているんじゃないかと疑っている。
2人は敏を廃工場の石室にとじこめた。
しゅびよく仕事を終えて帰ってこれればいいが、敏の裏切りによって失敗すれば敏は時限発火装置で窒息死するのだ。
敏は裏切ってはいなかったが、仕事は失敗し、2人は警官に撃たれる。
1人は即死、1人は虫の息。敏は助かるのか?
3人のネーミングについては、
「贔屓のプロ野球の呼び名をそれぞれつけて呼び合っているところからでも分るように、泥棒稼業のうちではインテリに属する」とある。
「月夜の信天翁」
屋台のラーメン屋をたたんで、貨物船に乗ろうとしている喜平。
息子はぐれて警官に射殺されている。
彼が不在のあいだ、間借り人として来るのが、息子の妻と子だと聞いて、喜平は怒る。
この女が息子を悪の道に引きずり込んだと信じているのだ。
そんなときに雨宿りに飛び込んできた男。
息子と同じくらいの年齢の男と意気投合して喜ぶ喜平だったが、その男が息子が残したヴァイオリンで「月夜の信天翁」を弾きだして、驚く。
「月夜の信天翁」は喜平の息子が作ったオリジナル曲だったのだ。
この男の正体はいったい。
「金箔師」
詐欺のような系図調べをなりわいとする男。
娘の猛烈な求愛にあって、がらにもなく、娘との結婚を断るが。
タイトルは系図で箔をつける仕事をしていることを示している。
「天使魚」
殺人事件の現場に落ちていたエンジェルフィッシュのブローチは、妻にプレゼントしたものだった。
疑う夫。
しかし、真犯人が自首して出てきた。
この「真犯人」の正体は?
「みそさざい」
神宮外苑でピッコロを吹いていたら、小柄で浅黒い女性が自動車で乗り付け、買い物につきあってほしいと誘った。
彼女は自分のことを「みそさざい」と名乗り、ピッコロを吹いていた男を「笛太郎」と呼ぶ。
銀座のデパートで人形を山ほど買い、屋上庭園で小鳥を逃がし、薔薇をいっぱい買い、公園で「墓参り」し、笛太郎にピッコロを吹かせる。
みそさざいは、南方の王国の内務大臣と日本人とのあいだに生まれた女性で、政争によって日本に逃げ戻っていた。王国の皇太子とのあいだにできたこどもを流産してしまい、その子を公園に葬ったのだ。
王国からの刺客が待ち伏せし、みそさざいを追い詰める。
「夜の沈丁花」
上海で終戦を迎えた医師は、日本人負傷者の傷に宝石をかくして、国内に持ち込もうとする。
そして、国内で神経痛の手術と称して宝石を剔出しようとするが。
上海時代に看護婦をしていた女性も、ある目的をもって手伝いに加わる。
「三つ姓名の女」
ここから3編は『薔薇仮面』でも活躍した、新聞記者相沢陽吉のシリーズ。
ハリ切っているから「ハリー」というあだなをもらっていた相沢が、一本とられて「バリー」と濁ったあだ名をもらうエピソード。
関東大震災でだれの赤ちゃんか不明な子供は、2つの名前をもつことになる。そして、どちらかを名乗らねばならないのなら、と3番目の名前をつけて、それを通り名にする。
相沢は彼女のために、2人の母親から貰った宝石を取り返してやるが。
新聞社である人物が言う。
「そりゃルブランの『八点鐘』の中の一つの『ジャン・ルイ事件』そのままですよ」
「墓場からの使者」
酒場「ベルベット」にあらわれた顔一面包帯の男。
マダムは空襲のとき、梁の下敷きで動けない夫から宝石入りカバンを奪って、見殺しにした過去を持つ。
マダムはついに包帯男に殺されてしまう。
「さそり座事件」
仮装舞踏会で紅小路家の真珠の首飾り「さそり座」が盗まれた。
犯人はメフィストの仮装をしていた。
相沢は事件の鍵を握る女性、百合子に何度もたずねる。
「メフィストは君の周囲にいる誰かなんだ。昨日、朝起きた時から寝るまでに出会った人を全部思い出せない?」
「全部?そりゃ無理だわ。郵便屋さんや電車の車掌まで入れるんでしょ?」
(この百合子さん、チェスタトンやクイーン読んだことあるようだ)
戦後の苛酷な現実を虚構でもって埋めようとする人々の話が多い。
水谷準の短編は、あと数ページ続くのかな、と思っていたら急転直下にラストを迎えるものが多くて、この短編集でもその例に洩れない。
以下、各作品と簡単なメモ。
今回は僕の日記には珍しく、完全なネタバレはしていない。途中まではバラしてるけど。
「悪魔(メフィスト)の誕生」
銀座「ユングフラウ」で友人の画家、野瀬の作品が飾られていた。新参の女給、礼仁恵が持ってきてかけたものだという。後日、そのことを野瀬に語ると、野瀬は血相をかえる。
礼仁恵は野瀬の元恋人であり、戦時に絞め殺した女だというのだ。
野瀬を慕う女性、斗志子が嫉妬にかられて礼仁恵のもとに怒鳴り込んで、カタストロフが起こる。
礼仁恵の正体はいったい?
「アスパラガス」
栄養失調で倒れていた名もなき少女は、その細い手足の印象からアスパラガスと名付けられた。
アスパラガスは森の中の一軒家に老婆と暮らしていたが、空襲により焼け出され、別の家の土蔵に監禁されて過ごしていた。土蔵の中でピアノをひいていると、外から口笛の音が。
窓からのぞくと、進駐軍の兵隊さんだった。
兵隊は縄梯子を使って土蔵の中に入ってきて、少女と遊んだ。
少女は兵隊さんを毎日心待ちに待ち、何処にも出ずに兵隊さんだけを待っていることを伝えるため、金色の部屋靴を渡した。
帰国したのか病気になったのか、バッタリと兵隊さんは来なくなった。少女は窓から出て、ふらふらと歩いているうちに倒れ、発見されたのだ。
アスパラガスの正体はいったい?(皇族だの御家騒動の被害者だの取り沙汰されるが)
進駐軍の軍曹が名乗り出てアスパラガスを引き取ったが、依然としてアスパラガスの身寄りは出てこず、正体は謎のままだ。
「地底の囚人」
ドラゴン敏、ジャイ政、タイガー鉄の泥棒3人組。
ドラは今夜の仕事を最後に足を洗いたいと思っている。
残りの2人は、敏が妹の婦人警官に情報を漏らしているんじゃないかと疑っている。
2人は敏を廃工場の石室にとじこめた。
しゅびよく仕事を終えて帰ってこれればいいが、敏の裏切りによって失敗すれば敏は時限発火装置で窒息死するのだ。
敏は裏切ってはいなかったが、仕事は失敗し、2人は警官に撃たれる。
1人は即死、1人は虫の息。敏は助かるのか?
3人のネーミングについては、
「贔屓のプロ野球の呼び名をそれぞれつけて呼び合っているところからでも分るように、泥棒稼業のうちではインテリに属する」とある。
「月夜の信天翁」
屋台のラーメン屋をたたんで、貨物船に乗ろうとしている喜平。
息子はぐれて警官に射殺されている。
彼が不在のあいだ、間借り人として来るのが、息子の妻と子だと聞いて、喜平は怒る。
この女が息子を悪の道に引きずり込んだと信じているのだ。
そんなときに雨宿りに飛び込んできた男。
息子と同じくらいの年齢の男と意気投合して喜ぶ喜平だったが、その男が息子が残したヴァイオリンで「月夜の信天翁」を弾きだして、驚く。
「月夜の信天翁」は喜平の息子が作ったオリジナル曲だったのだ。
この男の正体はいったい。
「金箔師」
詐欺のような系図調べをなりわいとする男。
娘の猛烈な求愛にあって、がらにもなく、娘との結婚を断るが。
タイトルは系図で箔をつける仕事をしていることを示している。
「天使魚」
殺人事件の現場に落ちていたエンジェルフィッシュのブローチは、妻にプレゼントしたものだった。
疑う夫。
しかし、真犯人が自首して出てきた。
この「真犯人」の正体は?
「みそさざい」
神宮外苑でピッコロを吹いていたら、小柄で浅黒い女性が自動車で乗り付け、買い物につきあってほしいと誘った。
彼女は自分のことを「みそさざい」と名乗り、ピッコロを吹いていた男を「笛太郎」と呼ぶ。
銀座のデパートで人形を山ほど買い、屋上庭園で小鳥を逃がし、薔薇をいっぱい買い、公園で「墓参り」し、笛太郎にピッコロを吹かせる。
みそさざいは、南方の王国の内務大臣と日本人とのあいだに生まれた女性で、政争によって日本に逃げ戻っていた。王国の皇太子とのあいだにできたこどもを流産してしまい、その子を公園に葬ったのだ。
王国からの刺客が待ち伏せし、みそさざいを追い詰める。
「夜の沈丁花」
上海で終戦を迎えた医師は、日本人負傷者の傷に宝石をかくして、国内に持ち込もうとする。
そして、国内で神経痛の手術と称して宝石を剔出しようとするが。
上海時代に看護婦をしていた女性も、ある目的をもって手伝いに加わる。
「三つ姓名の女」
ここから3編は『薔薇仮面』でも活躍した、新聞記者相沢陽吉のシリーズ。
ハリ切っているから「ハリー」というあだなをもらっていた相沢が、一本とられて「バリー」と濁ったあだ名をもらうエピソード。
関東大震災でだれの赤ちゃんか不明な子供は、2つの名前をもつことになる。そして、どちらかを名乗らねばならないのなら、と3番目の名前をつけて、それを通り名にする。
相沢は彼女のために、2人の母親から貰った宝石を取り返してやるが。
新聞社である人物が言う。
「そりゃルブランの『八点鐘』の中の一つの『ジャン・ルイ事件』そのままですよ」
「墓場からの使者」
酒場「ベルベット」にあらわれた顔一面包帯の男。
マダムは空襲のとき、梁の下敷きで動けない夫から宝石入りカバンを奪って、見殺しにした過去を持つ。
マダムはついに包帯男に殺されてしまう。
「さそり座事件」
仮装舞踏会で紅小路家の真珠の首飾り「さそり座」が盗まれた。
犯人はメフィストの仮装をしていた。
相沢は事件の鍵を握る女性、百合子に何度もたずねる。
「メフィストは君の周囲にいる誰かなんだ。昨日、朝起きた時から寝るまでに出会った人を全部思い出せない?」
「全部?そりゃ無理だわ。郵便屋さんや電車の車掌まで入れるんでしょ?」
(この百合子さん、チェスタトンやクイーン読んだことあるようだ)
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