大河内常平の長編『25時の妖精』を読んだ。タイトルと内容に関連性はない。
エログロでセンセーショナル。これぞ子供に読ませたくない大衆娯楽作品と呼ぶべき傑作で、とくに前半などは、読んでいて、「江戸川乱歩の次に読むべき作家は大河内常平なんじゃないか」と確信したものだ。
以下、小見出し。

白日の浜辺
岩礁の狭間に
海底の裸女
猛獣サーカスの変事
食うか食われるか
地底の獣人
笛吹くピエロ
午前零時の怪事
驚異の秘宝
来栖谷私立探偵の登場
見世物小屋の秘宝
スカラベの死への導き
仮面の吸血鬼
八幡の薮知らず
新らたなる怪賊
深夜の観光客
二匹の囮
月影を過って
吸血蝙蝠の謎
戦く巷
暗黒の船底

「蔦を一面に這わせ、蒼々と繁らせた古い煉瓦の建物が−ごうごうと波の音を眼下にとどろかせ、一望に沖の大洋を見渡せる、すばらしい展望をバックに、建っていた」
これぞ、蛭峰幽四郎博士の生物研究所である。
ここでは「娘たちが蛭峰博士にかどわかされ、−臓腑をいれかえられ、生体をめちゃくちゃに解剖されて、人魚につくられてしまう−怪奇な研究実験」が行なわれていた。
その屋敷でまず出迎えてくれるのは、「ひどい傴僂の、醜い男」。その男を見ると、人は「ぞおっと全身が総毛立つおもい」がするのだ。
人魚騒動は、単なるグレン隊の妄想だと片付けられる。なぜなら、警察にしてみれば、
「あまりに夏向きの怪談ばなしである。
『腋のしたに、魚みたいな鰓穴なんかつけられて、かわいそうに光子のやつ、水のなかで、パクパクしてやした』
なんていう訴えを、とりあげている暇はなかった」のである。
ところが、事件はこれだけでは終わらなかった。
巨大な黒い怪獣があらわれ、人を襲い殺したのだ。
「赤い朝顔を散らした浴衣が、ズタズタに引裂かれ、腹はザクロみたいに、傷口をむき出している。乳房と喉元に、ずさまじい肉を噛千切った、えぐられたような穴があった」
サーカス小屋から猛獣が逃げたのではないか、と思われたが、
「飛んでもない!話が逆でさあ。うちの虎が、なにか強いやつに、怪我させられちまったんですぜっ」という話。
そして、あいつぐ生首盗難事件。
事の次第を知っていそうな人物は狂人になって戻ってくる。
それを傍らでにたにたと笑いながら見つめる、せむしのピエロ。
その光景を見た人はこう語ったものだ。
「旦那そりゃあ、おっ魂消やしたよ!気違いと化物が、二匹いやがるんでしょう。まだ人通りのねえ、都電も通らない朝のうちだ。あっしはなんというか、こちとらまで、気が狂ったみたいに、思いやしたぜ」
蛭峰博士の事件が決着つかぬあいだに、街をにぎわせるもう一つの事件が起きる。
東京ジョニーと名乗る悪者が、日時を予告して殺人を行なうのだ。
東京ジョニーの正体はアメリカから逃亡出国中のギャング結社のボス、「残酷のハリー」と全米を恐怖の坩堝へとたたき込んだ殺人鬼、ハリー・デリンガーである。
東京ジョニーは、猟奇的なショーを見せる秘密クラブを主催しており、女優の堕胎手術や、犯罪者を薬で眠らせて線路に寝かせて轢断させたり、三角関係にある男と男の殺しあいを見せたりしていた。会員費は莫大で、退会するものは即、射殺される。
さて、その東京ジョニーの新たなるだしものとして出てきたのが、かの蛭峰博士の怪奇な実験である。
「ニュースでご存知の、切断された首、生首の復活、蘇生をご覧に入れるわけであります。この死刑囚が、電車によって落とされた首を、いま一度甦らせ、ものさえ言わせて、お目にかけるわけです」
こうしたセンセーショナルな事件のあとの一般市民たちの反応が面白い、
全裸でお化け屋敷の竹やぶのなかで十字架にくくられ、吸血蝙蝠の餌食になるところを助けられた女性は、こんな目にあう。
「へんな雑誌や週刊誌のひとが、カメラをさげて、授業中でもズカズカ入っていて、フラッシュなんかたいて、話しかけてくるのよ」
「無理にいろんなこと、聞くんですもの。恐怖の手記を書かないか、とか、十字架にゆわかれた感想を言ってください、だなんて。黙っていると、お友達にまでいろんなことをしつこく尋ねだすのよ」
さらに、こんな現象が。
「あくどい出版社のものには、低俗なカメラマンを使って、真似た竹薮の繁みのなかで髪を振りみだしたヌードモデルを撮影し、いわゆる責め写真のような、グラビヤ集を掲載するものまででてきた」
「盛り場のバーやキャバレーでは『血を吸われないように、送ってやるよ。一人で帰ったら、どこで殺られるかわからんものな』などと女の子を脅えさせて、帰りを誘う客がおおくなった」
「子供たちは黒いマントに似た、黒い布切れを体に巻き付け、オモチャ屋で売りはじめた銀色の仮面を被り、黒いゴムひもで飛ばす、コウモリグライダーという玩具を、人に向かって、ねらい撃ちする遊びをはじめた」
バスや国電のなかでは
「あの爺さんみろ。まるで蛭峰だなッ。よこに坐ってる若いのが、江波って助手じゃないか」と他人の空似による被害が相次ぐ。
一応、名探偵として来栖谷が出てくるが、悪者どうしの仲間割れと自滅によって、滅んでいくのである。
大河内常平の本はなかなか読めないが、これを古書マニアだけに読ませておくのは非常にもったいない。全集を出してください。

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