『ガラスの檻』

2010年2月12日 読書
飛鳥高の『ガラスの檻』を読んだ。1964年。
ガッケン・ブックスのミステリー9のNo.3で、「産業推理小説」と銘打ってある。
以下、目次
プロローグ
第1章 強請
第2章 殺人
第3章 陰謀
第4章 失踪
第5章 破壊
企業の合併に際して、技術的発明の特許を持っている男が陰謀に巻き込まれる。会社を離れて独立しないように、美人局の罠を仕掛けるのだ。
その後起こる、殺人事件。
と、いうわけで、本人が目指したのかどうかわからないが、「産業推理小説」というネーミングに引きずられた描写がときおり出てきて、面白い。

「会社というものは、その業績やその名前はできる限り営業に利用しようとするが、社内では、そのような特定の人間の力というものを、できるだけ無視しようとする。会社の経営全体からみると、そんなことは、大したことではないのだということをその当人にことさら思い知らせようとする傾きがある。それは、そのような個人的力を持たぬ者の嫉妬であり、自己保存の本能からくるものかも知れない」

また、本書のタイトルの由来が出てくる次のような会話。
「一体東京に、サラリーマンが何人いるもんですかねえ」
「そうだねえ、数字はちょっと忘れたが、それは大変な数だな。このビルだけだって、700人余りの人間が働くようになるんだからな。−それがどうしたんだ」
「こういう言わばガラスの檻の中に入れられて、自分でははっきり目的の分からない仕事を毎日毎日させられている。そして一生がそのために使い果たされる。−部長はそういうようなことに、何か矛盾を感ずることはありませんか」

この会話をまるで聞いていたかのように、クライマックスである男がこう叫ぶ。

「こんな檻を又作りやがって、こんな檻なんか、おれが叩きこわしてやる」

そして、割った窓から飛び出して墜落死してしまうのだ。
こんな述懐も。

「わたし彼を弁護しようとは思いません。だけど彼の心は分かります。やはり割らなければ出られなかったのです。囲いは、自分の外にあったのじゃないのです。本当の囲いは自分の心の中にあって自分の心が自分に枠をはめていたんです。それを壊すにはやはり暴力が必要だったんです。それによって自分自身を壊したんだと思います」(一部かえてます。犯人ネタバレしてるので)

こういう描写を読んでいると、学生時代によく読んでいたマルクス、エンゲルスその他社会主義の著作を思い出す。
また、本書では、人が人を殺すことについての考察が書かれている。

「大体、人を殺すってセンスはどんなセンスかな」
「センスと言うと?」
「つまり、人間がどんな精神状態にあったら、人が殺せるかってことさ。君だったらどんな状態ならやれると思う?」
「ちょっと分からないなあ。ともかく、かなり遠い感じだな、そういう状態から」
「確かに遠いな。われわれサラリーマンにしたって、あいつが死んでくれればいいなと思うことはいろいろあると思うな。自分の出世のさまたげになるとか、事業の競争相手とかさ。だけど殺そうという気にはなかなかなれないもんだよ。だからわれわれホワイトカラーは、ほかの陰謀はやるにしても人殺しはやらないと思うな」
「まあ、一般にはそうだよ。しかし結局それは環境だと思うな。本質的には人間性というものはそう違わない筈だから、われわれだって殺人者達が置かれているような環境に追いこまれればやるかも知れないよ。只、そういう環境に置かれ難いというだけさ」

そして、動物が他の動物を殺すときのことを引き合いに出して、
「そうしなきゃ、自分に襲いかかる危機、自分を押しつぶそうとする力を排除できないと観念した時じゃないかな」
などと考察は続く。
また別の箇所でもこんなことが言われる。

「人が殺人を犯す場合はどんな心理状態にあるかということだな。積極的な状態と消極的な状態とあると思うんだ。積極的な状態というのは、自分あるいは自分達の理想とか神というものに対してそれが邪魔をすると考える態度、この場合は殺人者は1つの使命観すら持っているかも知れない。狂信と熱狂がその場合にはある。戦争もその1つだ。一方消極的状態というのは、追い詰められた獣の状態だ。街頭で何でもないことで人を殺すやつがいる。こういう時でも、そいつの精神の底には抑圧された恐怖が潜在しているに違いないんだ。追いつめられるということは、直接他者から追いつめられることもある−、自分が罪を犯すことによって自身を追いつめることもあるだろう」

と、いうわけで、本書のストーリーや推理小説的部分はもう読んだ先から忘れてしまったが、先日の『顔の中の落日』に比べても狙いがシンプルで非常に読みやすく、そのぶんだけ、ストーリーは残らず、上記のような作者の考えが記憶にとどまったのかもしれない。

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