『紋切型辞典』

2009年12月24日 読書
『紋切型辞典』
フロベールの『紋切型辞典』を読んだ。
これはフロベールの遺作で、未完の大長編『ブヴァールとペキュシェ』の一部となるべく構想されたもの。
こうした辞典類は、気のきいた批判か、あるあるネタで埋められるのが普通なのだが、この『紋切型辞典』はちょっと違う。そうしたお題をいただいての大喜利ぽい内容以外のところに、本来の趣旨があったのだ。
恋人宛の手紙に、この辞典の趣旨が書いてある。
「多数者の意見は常に正しく、少数者のそれはつねに誤っていることを証明し、偉人をすべての愚者のために、殉教者をすべての冷血漢のために犠牲に供するーしかもそれを極度に激越な、火花を散らす文体で書こうというのです。こうして、こと文学に関しても、凡庸こそは万人の手中にあるがゆえに唯一の伝統的なものであり、あらゆる種類の独創は危険、愚劣、その他の理由から蔑視すべきことであることを明らかにする」
「この辞典は、およそありうるすべての題目について、礼儀をわきまえた慇懃な人物となるために世間で口にしなければならぬすべての言葉をアルファベット順に網羅するでしょう」
「端から端までぼくが勝手に創作した言葉は一語といえどもあってはならず、いったんこれを読んだら、人はそのなかの文句がおのずと出るのを恐れるあまり、話すこともできなくなる」
これはビアスの『悪魔の辞典』以上に毒に満ち満ちている試みなんじゃなかろうか。
では、どんな内容なのかというと、たとえば。
「金髪の女/黒い髪の女より情熱的→黒い髪の女」
当然、「黒い髪の女」をひくと、金髪の女より情熱的、と書いてある。
これはフロベールの意見ではなく、世間ではこう言う、と皮肉っているのだ。
それ以外には、こんなのもある。
「ためになること/子どもと動物はぶたれるのが、召使いは追ん出されるのが、犯罪者は罰せられるのが、それぞれためになること。」
凡庸な世間、愚かな大衆が言いそうなことである。
笑ったのは、これ。
「独身者の部屋/つねに乱雑、女の安物の装身具がそこここにちらばっている。煙草のにおい。何をやっているかわからないから、うっかりはいれない。」
それ以外にもいくつかを引用しておこう。

クラリネット/これを吹くと盲になる、その証拠には盲はみんなこれを吹く。
こみいった筋/あらゆる芝居はそれで成り立つ。
奨学金を受けた学生/だれも返さない
女優/良家の子弟を堕落させるもの。おそるべく淫奔。飲めや歌えの大騒ぎにふけり、巨万の富を食らい尽くし、行き着く先は施療院。「いや、あれでなかには良妻賢母もいるっていいますよ」
神経/病気の正体がわからないときは神経のせいにすること。この説明で病人はけっこう納得する
聖職者/女中と寝て、子どもが生まれると甥と称す。よろしく去勢すべし。「いや、なかには立派な坊さまもいますよ」
ダンス/当今のはダンスじゃない、のそのそ歩いているだけだ
夏/毎年「今年は特別」→冬
日本/そこでは何から何まで瀬戸物ずくめだという。
編集・編纂/だれでもできる
封建制/どういうものか正確に知る必要はないが、怪しからぬものとして攻撃すべし。
本/どんな本にしろ、かならず長すぎる。
よろしく/かならず「くれぐれも」

インターネットが普及して、掲示板などで匿名の書き込みが頻繁に行なわれるようになって、このフロベールの19世紀以上に、紋切型は目につくようになった。
ワイドショーのコメンテーターの意見とか、オタ芸などの、型にはまった行動が跋扈するのは、フロベールのフランスよりも、日本の方がはるかに当てはまるのかもしれない。



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