『鮎川哲也編 怪奇探偵小説集』より
「恐ろしき臨終」昭和8年10月「新青年」
弁護士の死の真相は?
伊豆温泉の乳なし事件にまつわる怪奇な真相。
鮎川哲也は解説で本作を「良い意味でも悪い意味でも大下宇陀児の持味がよくでた、典型的な大下作品ということができる。良い意味というのは例えば達意の文章がそれであり、悪い意味というのは推理の面白さが稀薄なことである」と記している。
こういう記述を読むにつけ、大下が今も再評価されないのは、探偵小説の鬼たちのしわざなんじゃないか、と思えてくる。大下は随筆でも、謎解き一辺倒では探偵小説の鬼は喜ぶが、一般読者は飽きてしまう、とか主張していて、ゴリゴリの本格派からはあまりいい評価をされていないんじゃないか、と思う。現代の作家で大下宇陀児の作風を継いでいるのは誰なのかを考えると、僕は東野圭吾がそれにあたるんじゃないか、と思う。実際、大下宇陀児を読んでいると「これは半世紀前に書かれた『白夜行』じゃないか!」なんて思ったりするのだ。東野圭吾もその大ベストセラーが探偵小説の鬼たちによって叩かれた経緯が似通っている。
[登場人物]
難波大三郎 弁護士
富本達人
菅沼時子
難波は責任感の強い弁護士だった。難波の死は、未亡人が毒殺したのではないかと噂されたが、その真相をここに記す。
ことは3年前の伊豆の某温泉での「富本達人並びに菅沼時子殺害事件」に関わっている。
難波は温泉旅館で、はからずも富本と菅沼が宿泊する部屋での顛末を目撃していた。
二人が同宿する部屋に、菅沼の内縁の夫、荻島玉男がのりこんできたのだ。三角関係だ。
ところが、菅沼はひらきなおり、これみよがしに富本に甘える。荻島は不自由な口でどもりながら帰ってきてくれと頼むが、聞き入れられない。
その夜、菅沼と富本の凄惨な殺害事件が起こる。菅沼は浴室で両の乳房を抉り取られていたのだ。
難波弁護士の目撃証言から、荻島に容疑がかかる。
犯人が残したとおぼしき帽子には、クリーニング屋が目印に縫い付けた名前が残されていた。それは「田」「厂」と読めた。警察はこれを「男」という文字の簡略したものと判断した。荻島玉男の「男」の部分だけが残ったものだ。
潔白を主張して、難波にくってかかっていた荻島は、態度をかえて、事件を詳しく知る難波に弁護を依頼する。しかし、状況はあまりにも不利。荻島の有罪を信じる難波は弁護を引き受けなかった。失意の荻島は、舌を噛み切って自殺した。
難波は病気になった。発作が起きると全身が麻痺して何時間も死んだようになるのだ。
そして、ついに難波は何度めかの発作のあと、臨終を宣告される。
通夜の席に届いた1通の手紙には「乳なし事件の真相」が書かれていた。
棺桶の前で、皆に聞こえるように、それを音読した。
手紙は真犯人、田屋清吉からの告白状だった。
帽子の縫い取りは「田屋」をあらわしていたのだ。
田屋は菅沼に騙されて多額の金を巻き上げられていた。
菅沼は田屋を篭絡するため、両の乳房に「田」「屋」の白粉彫りをしていた。殺害のおり、自分の名前が知られるのをおそれて、乳房を切り取ったのだ。と記してあった。
翌朝、最後の別れをしようとして、家族は棺の蓋をとった。
死体は苦悶の表情を浮かべ、口からは血が流れていた。
難波は棺桶の中で蘇生していたのだ。
難波は息をふきかえし、棺桶の中で、ことの真相が読み上げられるのを聞いたのだ。
難波のいらぬ証言で荻島に容疑がかかり、冤罪のまま、弁護の手助けもせずに絶望した荻島を自殺させてしまった。難波はそれを知って、自殺していたのだ。
「恐ろしき臨終」昭和8年10月「新青年」
弁護士の死の真相は?
伊豆温泉の乳なし事件にまつわる怪奇な真相。
鮎川哲也は解説で本作を「良い意味でも悪い意味でも大下宇陀児の持味がよくでた、典型的な大下作品ということができる。良い意味というのは例えば達意の文章がそれであり、悪い意味というのは推理の面白さが稀薄なことである」と記している。
こういう記述を読むにつけ、大下が今も再評価されないのは、探偵小説の鬼たちのしわざなんじゃないか、と思えてくる。大下は随筆でも、謎解き一辺倒では探偵小説の鬼は喜ぶが、一般読者は飽きてしまう、とか主張していて、ゴリゴリの本格派からはあまりいい評価をされていないんじゃないか、と思う。現代の作家で大下宇陀児の作風を継いでいるのは誰なのかを考えると、僕は東野圭吾がそれにあたるんじゃないか、と思う。実際、大下宇陀児を読んでいると「これは半世紀前に書かれた『白夜行』じゃないか!」なんて思ったりするのだ。東野圭吾もその大ベストセラーが探偵小説の鬼たちによって叩かれた経緯が似通っている。
[登場人物]
難波大三郎 弁護士
富本達人
菅沼時子
難波は責任感の強い弁護士だった。難波の死は、未亡人が毒殺したのではないかと噂されたが、その真相をここに記す。
ことは3年前の伊豆の某温泉での「富本達人並びに菅沼時子殺害事件」に関わっている。
難波は温泉旅館で、はからずも富本と菅沼が宿泊する部屋での顛末を目撃していた。
二人が同宿する部屋に、菅沼の内縁の夫、荻島玉男がのりこんできたのだ。三角関係だ。
ところが、菅沼はひらきなおり、これみよがしに富本に甘える。荻島は不自由な口でどもりながら帰ってきてくれと頼むが、聞き入れられない。
その夜、菅沼と富本の凄惨な殺害事件が起こる。菅沼は浴室で両の乳房を抉り取られていたのだ。
難波弁護士の目撃証言から、荻島に容疑がかかる。
犯人が残したとおぼしき帽子には、クリーニング屋が目印に縫い付けた名前が残されていた。それは「田」「厂」と読めた。警察はこれを「男」という文字の簡略したものと判断した。荻島玉男の「男」の部分だけが残ったものだ。
潔白を主張して、難波にくってかかっていた荻島は、態度をかえて、事件を詳しく知る難波に弁護を依頼する。しかし、状況はあまりにも不利。荻島の有罪を信じる難波は弁護を引き受けなかった。失意の荻島は、舌を噛み切って自殺した。
難波は病気になった。発作が起きると全身が麻痺して何時間も死んだようになるのだ。
そして、ついに難波は何度めかの発作のあと、臨終を宣告される。
通夜の席に届いた1通の手紙には「乳なし事件の真相」が書かれていた。
棺桶の前で、皆に聞こえるように、それを音読した。
手紙は真犯人、田屋清吉からの告白状だった。
帽子の縫い取りは「田屋」をあらわしていたのだ。
田屋は菅沼に騙されて多額の金を巻き上げられていた。
菅沼は田屋を篭絡するため、両の乳房に「田」「屋」の白粉彫りをしていた。殺害のおり、自分の名前が知られるのをおそれて、乳房を切り取ったのだ。と記してあった。
翌朝、最後の別れをしようとして、家族は棺の蓋をとった。
死体は苦悶の表情を浮かべ、口からは血が流れていた。
難波は棺桶の中で蘇生していたのだ。
難波は息をふきかえし、棺桶の中で、ことの真相が読み上げられるのを聞いたのだ。
難波のいらぬ証言で荻島に容疑がかかり、冤罪のまま、弁護の手助けもせずに絶望した荻島を自殺させてしまった。難波はそれを知って、自殺していたのだ。
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