仮面幻双曲 (小学館ミステリー21)
2008年1月23日 読書
ISBN:409387655X 単行本 大山 誠一郎 小学館 2006/06 ¥1,470
大山誠一郎の『仮面幻双曲』を読んだ。
戦後まもない時代に起きた殺人事件。
被害者の男を殺したのは、一卵性双生児の弟!しかし、その弟は整形手術で別人の顔を手にいれているらしいのだ。弟はだれになりすましているのか!?
と、まあ、そんな話。
新本格というジャンルがあるなら、これは「新古典」だ!
カーの小説からの引用があるし、事件の真相もカーをほうふつとさせる。
ネタバレするので、未読の人は、読んでから。
古典っぽく、中盤にいたるまでの物語は、尋問したり捜査したりして、少しずつ事件の全容を明らかにしていくもので、今どきこんな小説を書く人はあまりいない。読み捨てのノベルス作家の作品にはまだ残っているけど。
そして、ラスト50ページで明かされる事件の真相は、たんたんとした今までのちゃぶだいをひっくり返すだけの充実度がある。なるほど、推理小説の醍醐味だ。
最後に犯人が毒を飲むのもうれしい。?
ただ、回収される多くの伏線がとても薄いのが気になった。
厳密な論理によって名探偵が推理していないのだ。
名探偵は、事件を解くきっかけを次のように言う。
「黒木氏が最後に武彦を見たのは、今から3年前、昭和?9年の10月のことでした。そのとき、人込みの中を、武彦が国民服を着て独りで歩いている姿を見かけたということでした。僕が引っかかったのは、この証言でした。この証言はどう考えてもおかしいのです」
「どこがおかしいんだ?」
「いいですか。文彦氏と武彦氏は一卵性双生児のはずです。ならば、遠くから見ただけでは区別がつかないはずではないでしょうか?」
これを根拠に、名探偵は事件の真相に近づいて行く。2人は二卵性双生児だったんじゃないか、と。ところが、一卵性双生児を親友に持った人なら誰でも知っていることだけど、区別がついちゃうんです。実際には。こんな、どっちともとれるような内容を根拠に、推理は積み重ねられていく。
突き指したはずの右手でちゃんと箸を使っていた。→別人
とか。
実は違う顔をしていた犯人(双子の弟)が、兄と同じ顔に整形していた、というのがこの事件の真相だった。
じゃあ、誰に化けたのか、というところでの消去法も、不思議だった。
「文彦氏は一重まぶたでした。したがって二重まぶたである安藤さんは除外されます」
「文彦氏は獅子鼻をしていました。したがって、丸い鼻である出川巡査は除外されます」
じゃあ、誰か、となったときにあげた人物は、文彦氏とは似ても似つかぬ顔の人物だった。だが、その人物は、変装していたというのだ。
結局、その双子の犯人は、共犯の女によって殺される。第2の事件だ。
崖上から死体を発見した複数の人間が、崖下に移動するまでに、死体をすりかえる。
下にあったのは、既に死体になっていた第1の被害者の生首を使ったカカシで、琴糸を使ってひっぱりあげ、車のトランクに隠してあった死体をザザーッと崖の下に落したのだ。
よく同じ姿勢で死体が発見されたものだ、と奇跡を感じずにはいられない話だが、そこは、「たまたま全く同じ姿勢で死体は崖下に止まった」でいいとしよう。問題は、その第2の被害者(双子の弟)は、第1の事件の被害者(双子の兄)と、整形によって同じ顔になっているはずだ。いくら変装していたからと言って、警察がそれに気づかぬはずがない。
崖上に1人でも残っていたら、すりかえも出来なかった。
この犯人は、やることなすこと、間が抜けている。
アリバイ作りのために、特急ひばり4号なみに、食事を1時間ずらして被害者に食べさせ、犯行時刻を狂わせようとするが、胃の内容物の消化ぐあいから得られた時刻はわりと正確に(犯人の思惑通りに)算出されるが、それ以外の要素は、いろんなことが重なってはっきりせず、アリバイが成立する。
不確定要素が多すぎる。
部屋に誰か隠れていないか、と探したときも、人が1人まるまる隠れることができる衣装トランクを、まさかこんなところには隠れていないだろう、と探さなかったりする。まさしく、その衣装トランクの中に人が隠されていたのだ。
ご都合主義が過ぎないか。
そして、ちゃんと読めていないのかもしれないが、ふにおちないところがあった。
なぜ犯人を双生児の弟だと考えたのかというと、1人の女をとりあった末に、その女が死んでしまった恨みを抱いていたからだ、とする動機面でのストーリーが語られていた。
しかし、それはまったくの嘘だった。
女は今回の事件の動機をでっちあげるために、殺されたのだ。
じゃあ、動機は何だったかというと、真犯人の女性が、仕事面で表に立ちたかったからだ。女性に対する労働面での差別が動機で、犯人は4人も殺したのだ。
納得できる?
また、一卵性双生児が実は顔の違う二卵性だったのがことの真相だが、じゃあ、いっそのこと双生児でもなく、まったくの別人が整形手術でなりすましていても事件の解釈としては成立するんじゃないか。
われわれ読者は、犯人らしき男が整形医師を殺すシーンを読んでいるからいいけど、名探偵はどうやって、犯人は別人でなく双生児だと断定できたんだろう。
犯人は二卵性で、顔も血液型も違う。動機の面でもなりすましているかぎり、誰でも成立するはず。
要するに、名探偵は1つの仮説の上に推理を築いてみせたが、それが真相である決め手は、推理では得られない。別の可能性が多すぎて、どれとも決められないはずなのだ。
これが犯人がすべてを告白した結末なら、まあ、犯人の言うことなんだから間違いないだろう、と思うが、探偵がいったいどうやって多くの可能性のうちで1つにきめることが可能だったのか、不思議でしかたがないのだ。
大山誠一郎の『仮面幻双曲』を読んだ。
戦後まもない時代に起きた殺人事件。
被害者の男を殺したのは、一卵性双生児の弟!しかし、その弟は整形手術で別人の顔を手にいれているらしいのだ。弟はだれになりすましているのか!?
と、まあ、そんな話。
新本格というジャンルがあるなら、これは「新古典」だ!
カーの小説からの引用があるし、事件の真相もカーをほうふつとさせる。
ネタバレするので、未読の人は、読んでから。
古典っぽく、中盤にいたるまでの物語は、尋問したり捜査したりして、少しずつ事件の全容を明らかにしていくもので、今どきこんな小説を書く人はあまりいない。読み捨てのノベルス作家の作品にはまだ残っているけど。
そして、ラスト50ページで明かされる事件の真相は、たんたんとした今までのちゃぶだいをひっくり返すだけの充実度がある。なるほど、推理小説の醍醐味だ。
最後に犯人が毒を飲むのもうれしい。?
ただ、回収される多くの伏線がとても薄いのが気になった。
厳密な論理によって名探偵が推理していないのだ。
名探偵は、事件を解くきっかけを次のように言う。
「黒木氏が最後に武彦を見たのは、今から3年前、昭和?9年の10月のことでした。そのとき、人込みの中を、武彦が国民服を着て独りで歩いている姿を見かけたということでした。僕が引っかかったのは、この証言でした。この証言はどう考えてもおかしいのです」
「どこがおかしいんだ?」
「いいですか。文彦氏と武彦氏は一卵性双生児のはずです。ならば、遠くから見ただけでは区別がつかないはずではないでしょうか?」
これを根拠に、名探偵は事件の真相に近づいて行く。2人は二卵性双生児だったんじゃないか、と。ところが、一卵性双生児を親友に持った人なら誰でも知っていることだけど、区別がついちゃうんです。実際には。こんな、どっちともとれるような内容を根拠に、推理は積み重ねられていく。
突き指したはずの右手でちゃんと箸を使っていた。→別人
とか。
実は違う顔をしていた犯人(双子の弟)が、兄と同じ顔に整形していた、というのがこの事件の真相だった。
じゃあ、誰に化けたのか、というところでの消去法も、不思議だった。
「文彦氏は一重まぶたでした。したがって二重まぶたである安藤さんは除外されます」
「文彦氏は獅子鼻をしていました。したがって、丸い鼻である出川巡査は除外されます」
じゃあ、誰か、となったときにあげた人物は、文彦氏とは似ても似つかぬ顔の人物だった。だが、その人物は、変装していたというのだ。
結局、その双子の犯人は、共犯の女によって殺される。第2の事件だ。
崖上から死体を発見した複数の人間が、崖下に移動するまでに、死体をすりかえる。
下にあったのは、既に死体になっていた第1の被害者の生首を使ったカカシで、琴糸を使ってひっぱりあげ、車のトランクに隠してあった死体をザザーッと崖の下に落したのだ。
よく同じ姿勢で死体が発見されたものだ、と奇跡を感じずにはいられない話だが、そこは、「たまたま全く同じ姿勢で死体は崖下に止まった」でいいとしよう。問題は、その第2の被害者(双子の弟)は、第1の事件の被害者(双子の兄)と、整形によって同じ顔になっているはずだ。いくら変装していたからと言って、警察がそれに気づかぬはずがない。
崖上に1人でも残っていたら、すりかえも出来なかった。
この犯人は、やることなすこと、間が抜けている。
アリバイ作りのために、特急ひばり4号なみに、食事を1時間ずらして被害者に食べさせ、犯行時刻を狂わせようとするが、胃の内容物の消化ぐあいから得られた時刻はわりと正確に(犯人の思惑通りに)算出されるが、それ以外の要素は、いろんなことが重なってはっきりせず、アリバイが成立する。
不確定要素が多すぎる。
部屋に誰か隠れていないか、と探したときも、人が1人まるまる隠れることができる衣装トランクを、まさかこんなところには隠れていないだろう、と探さなかったりする。まさしく、その衣装トランクの中に人が隠されていたのだ。
ご都合主義が過ぎないか。
そして、ちゃんと読めていないのかもしれないが、ふにおちないところがあった。
なぜ犯人を双生児の弟だと考えたのかというと、1人の女をとりあった末に、その女が死んでしまった恨みを抱いていたからだ、とする動機面でのストーリーが語られていた。
しかし、それはまったくの嘘だった。
女は今回の事件の動機をでっちあげるために、殺されたのだ。
じゃあ、動機は何だったかというと、真犯人の女性が、仕事面で表に立ちたかったからだ。女性に対する労働面での差別が動機で、犯人は4人も殺したのだ。
納得できる?
また、一卵性双生児が実は顔の違う二卵性だったのがことの真相だが、じゃあ、いっそのこと双生児でもなく、まったくの別人が整形手術でなりすましていても事件の解釈としては成立するんじゃないか。
われわれ読者は、犯人らしき男が整形医師を殺すシーンを読んでいるからいいけど、名探偵はどうやって、犯人は別人でなく双生児だと断定できたんだろう。
犯人は二卵性で、顔も血液型も違う。動機の面でもなりすましているかぎり、誰でも成立するはず。
要するに、名探偵は1つの仮説の上に推理を築いてみせたが、それが真相である決め手は、推理では得られない。別の可能性が多すぎて、どれとも決められないはずなのだ。
これが犯人がすべてを告白した結末なら、まあ、犯人の言うことなんだから間違いないだろう、と思うが、探偵がいったいどうやって多くの可能性のうちで1つにきめることが可能だったのか、不思議でしかたがないのだ。
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