ISBN:4757101805 単行本(ソフトカバー) 稲葉 振一郎 NTT出版 ¥2,310
稲葉振一郎の『モダンのクールダウン』を読んだ。
サブタイトルには「片隅の啓蒙」とある。
以下、目次にメモをちょこっと加える。

第1章 ポストモダンとは何(だったの)か
モダニズムとポストモダニズムのちがい
「大衆社会論」のいかがわしさ
大きな物語の普及と腐朽

機能主義、合理主義、効率主義を「近代主義」とまとめるとすれば、「モダニズム」は、そういった「近代主義」への反逆である。
と、同時にモダニズムはエリート主義的大衆批判でもあった。
ポストモダニズムは、「近代主義」「モダニズム」両方への反逆である。
ポストモダニズムはニーチェやオルテガ・イ・ガセットの喜劇的再現、との指摘も。

第2章 物語の解体と消費
「大きな非物語」としての「データベース」
虚構とポストモダン

東浩紀のポストモダン論をキーワード「キャラ萌え」から見て行く。

第3章 「リアリズム」と「お約束」
「リアリズム」小説のリアリティ
SF・ファンタジーのリアリティ
SF・ファンタジーによる「寓話の復興」
共有されていく「お約束」

リアリズムの作品での公共世界は、この現実世界と変わらない。虚構は私的世界の中で息づく。
じゃあ、SFやファンタジーは?
と、いうことで「作中世界の実現可能性へのこだわり」の濃い、薄いと「作中世界の現実性への懐疑」の濃い、薄いで4つに分類する。
(濃い濃い)メタSF、(濃い薄い)本格SF、(薄い濃い)幻想文学、メタフィクション、(薄い薄い)ジャンルSF、ジャンルファンタジー
たとえば、幻想文学だと、作中世界の実現可能性へのこだわりは薄いけど、作中世界の現実性への懐疑は濃い、という具合。
濃い濃いがディックやレムなら、薄い薄いはライトノベル、って感じかな。

第4章 表現における「公共性」
「公共性の文学」としての近代文学
近代・常識・お約束
「表現」の隘路としてのモダン・アート
何も表現しない表現

以下、とくにメモは不要と判断。

第5章 テーマパーク化する世界
ハンナ・アレントの「文化の危機」
「テーマパーク」化するエンターテインメント
「テーマパーク型権力」と「環境管理型権力」

第6章 人工環境と「現実世界」
「テーマパーク」的世界とリアリズム文学
リアリズム文学とエンターテインメント
サバルタンの語りの「不可能性」
理念的な文学(芸術)の機能

第7章 「動物化」論の着地点
「根源的」で無意味なもの
幽霊と不眠症
「ゲーム的リアリズム」の可能性
「脳内恋愛」としての「萌え」
外部が存在しないという妄想

第8章 等質空間からの脱出
エリートと大衆
リアリティを失った二分法
ヴァーチャル・リアリズム
虚構世界は安全圏か
「外部」を作りつづけること
「内なる外部」は「個室化」するのか?

ところで、本書で頻繁に出てきて気になった言葉がある。
「乱暴に言うと、ここには近代的な意味での公と私の区分とはずいぶん異なる構造が支配しています」(第1章)
「ここまでの考察をもとにそれらを乱暴にシャッフルして新たな問題設定へと組み替えてみましょう」(第2章)
「このように乱暴に図式化したとき、『現実世界』を舞台とする近代リアリズム文学については、とりあえず二つの方向から光をあてることができます」(第4章)
「非常に乱暴に言えばポストモダニスト東に対して、モダニスト、というよりもストレートなブルジョワ的近代主義者大塚、という対比が成り立ちますが」(第7章)
「以下乱暴に、図式的に論を進めます」(第8章)
語り口は「ですます」で丁寧なのだが、とても「乱暴」だ。
精密に厳密に論をすすめて、些末なことまでネチネチやられるのは御免なので、乱暴なのは大歓迎だが、あまりにも乱暴すぎないか?
バイオレンス好きの僕にはぴったりか!
いや、著者が言うほどその内容は乱暴でも大雑把でもなく、書きながら「あ〜、厳密に言うと違うんだけどな〜」と言ってる姿が目に浮かんでくる。
細かいところまで見えているがゆえの「乱暴」だ。
本当なら、もっと乱暴に論をすすめて、「おいおい、それはいくらなんでも!」と言わせてもらいたい。

通勤時はNHK-FM。
 − シベリウス・ウィーク −(3)
「交響曲 第5番 変ホ長調 作品82」    シベリウス作曲
                      (30分36秒)
「交響曲 第6番 ニ短調 作品104」    シベリウス作曲
                      (26分20秒)
「悲しいワルツ 作品44 第1」       シベリウス作曲
                       (4分52秒)
             (管弦楽)フィンランド放送交響楽団
                   (指揮)サカリ・オラモ
  〜ノルウェー・ベルゲン グリーグホールで収録〜
                    <2006/6/4>
「交響詩“タピオラ”作品112」       シベリウス作曲
                      (16分16秒)
             (管弦楽)フィンランド放送交響楽団
                   (指揮)サカリ・オラモ
  〜フィンランド・ヘルシンキ
            フィンランディアホールで収録〜
                   <2006/5/12>
  (フィンランド放送協会提供)
「逢引きから帰った乙女 作品37 第5」   シベリウス作曲
                       (3分17秒)
「もう聞くことはない 作品17 第1」    シベリウス作曲
                       (2分10秒)
「夢なりしか 作品37 第4」        シベリウス作曲
                       (2分10秒)
              (ソプラノ)ビルギット・ニルソン
              (ピアノ)ヤーノシュ・ショーヨム
               <キング KKCC−2059>

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