ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『エル・オトロ、エル・ミスモ』を読んだ。
訳すと『他者、自身』となるか。
1930年代から1960年代にわたる詩を集めた1冊。
やはり、歴史や文学からインスピレーションを受けた作品が多い。
「ヨーク・ミンスターの剣に」という詩ではこんな一節がある。
「過ぎ去ったものだけが真実だ」
こういうフレーズこそ、僕がボルヘスに抱いていたイメージに合致するものだった。
ボルヘス、というと、その肖像写真の印象から、また書物だの盲目だのという関連事項から、老人の印象があった。まったく勝手なイメージだ。しかし、ボルヘスは1899年生まれ。1930年代の作品は、今の自分よりも若い年齢でものした勘定になる。昨日読んだ『神曲講義』を読むと、ダンテとベアトリーチェの扱いなど、ロマンチックというか、情熱的というか、愛だの恋だのというか、とにかく、老人とはほど遠い印象を受けた。ボルヘスをちゃんと読んでおれば、間違いようもない印象だったのかもしれないが、1980年代にボルヘスを読んだときは、自分の若さがボルヘスを必要以上に老けて印象づけたようだ。
この『エル・オトロ、エル・ミスモ』を読んで感じたのも、その若さだ。
たとえば、「マタイによる福音書25章30節」という詩は、訳者の解説によると、フラれた直後の作品なのだそうだ。最後の審判到来の内容だが、こんなふうに詩はしめくくられる。
「恋と恋の予感 そして耐えられぬ記憶
むなしくおまえは歳月を浪費し、歳月はおまえを消耗した
まだ詩を書いていないのだ おまえは」
失恋して詩を書く若さ。さらに、その失恋の痛手に最後の審判まで引きずり出してくる青臭さ。
「1964年」という詩にはこんなフレーズがある。
「魔法が解けた世界におまえは独りだ
空しく繰り返す−所有しないもの
所有したことのないものを 失うはずがないと
だが 明るく振る舞ってはみても
忘却の術を思いのままにできはしない」
若い!

本書巻末に翻訳者による各詩の解説「マルジナリア」が丁寧で、とても役立った。
いきなり「フニンの勝者スアレス大佐を記念するページ」とか「バルタサル・グラシアン」「ヘンギスト王」「スノッリ・ストゥルソン」なんてタイトルで詩を書かれても、何のことやらちんぷんかんぷんだったろう。
一方、最も若い頃に書かれた詩は「不眠」で、これはわかりやすい!
また「スペイン」という1964年に書かれた詩は、
「モンタナの夕陽の草原で
刃物やライフルで死ぬ運命の
野牛のスペインよ」
「ユリシーズが黄泉の国へと降り立ったスペインよ」
「イスラムの、カバラの
『魂の暗い夜』のスペインよ」
と、「〜のスペインよ」を繰り返す作品で、寺山修司の「〜のアメリカよ」を反復した作品を思い出して、興味深かった。
思い出した。
僕はもともと寺山修司の影響でボルヘスを読みだしたのだった。

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