2006年6月12日 映画
小林正樹監督の「泉」を見た。1956年。
これはバトル映画だった。
都会と農村、男と女。いろいろと考えさせられた。
類型におさまらない登場人物たちは、誰もが自分をしっかりと持ち、誰に対しても感情移入が可能である。
なかでも有馬稲子の格闘は十番勝負を見ているようなスリリングな興奮を味わった。
映画の表向きの主人公は佐田啓二。
佐田啓二は右腕が不自由な植物学者。
先日見た小林監督の「この広い空のどこかに」でも、高峰秀子がちんばの役を演じていた。
どこかに障害のある人が出て来るのが特徴なのだろうか。
なぜ、佐田啓二の片腕が不自由だという設定にしたのか、ラストシーンで明らかになるのだが、その前に、まず、この映画がどんなストーリーの映画なのかと言うと。
田舎に別荘がいくつも建ち、ホテルの建設計画まで持ち上がる。水源地を購入している会社側と、水を奪われて農業ができなくなった農村とのあつれき。
タイトルの泉は、この水源地のことをさしている。
佐田は、植物分布から、新しい水源地を予想できるんじゃないか、と考える。
専門外のことで、そんなことに首をつっこむ必要はないのではないか、と有馬稲子が言うと、佐田は熱くこう答える。
「必要があるからやるんじゃありません。僕はこの仕事に情熱を感じたからやってみたいんです。自分の生き方の問題です」かっこいー。
この映画、面白すぎて興奮したので、いつもよりちょっと長い書き込みになるかも。
さて、この映画の中で闘われたいくつかのバトルからいくつかをチョイスして覚え書きしておこう。

有馬稲子VS佐分利信
有馬は老実業家佐分利の秘書をつとめる才色兼備の女性。
佐分利は有馬の魅力に参っているが、有馬の本心を掴むことができず翻弄されている。
佐分利は「僕を絶対に信用すると言ったね。じゃあ、扉の鍵をかけて、僕のベッドで寝てみたまえ」と有馬の反応をさぐる手に出るが、有馬はそれに従い、ひるむ様子もない。
有馬は常に優勢に勝負を組み立てる。
佐分利は有馬の魅力に負けてしまいそうになる。それは、別居している妻への愛を裏切ることにもなり、また、自尊心が打ち砕かれることを意味する。
佐分利は有馬の前でひざまづき、「僕は乞食だ」とまで言うが、有馬は、はぐらかすだけ。
佐分利は鉄砲で自殺する。

有馬稲子VS桂木洋子
桂木は一度会ったことのある佐田啓二を2年の長きに渡って恋い慕っている。
だが、佐田は有馬に恋をしている。
桂木は有馬を見て、その美貌にうちのめされ、あきらめる決心をつける。
秒殺だ。

有馬稲子VS加東大介
佐分利亡きあと、有馬は加東の会社で秘書をつとめる。
加東は有馬を二号にしようと企てる。
海千山千の古狸、加東は有馬を世間知らずのお嬢さん扱いして心理攻撃をかけるが、有馬は一歩もひかない。
「長いことは望まん。少年時代の苦学、管理生活、戦略結婚、こどもの教育、放蕩、企業欲、そして少しばかりの蓄財、と、ここまできてあと何が残る。男の一生はこれだけかね。僕はじつに寂しいんだよ」と加東が泣き落としにかかると、有馬はひとこと「もう帰りましょう」
ラストバトルでは、叩けばほこりの出る加東が、佐田啓二の攻撃に屈することになるが、それは、有馬のロジカルなサポートがあってのことで、佐田は有馬の代理戦争を闘った形になる。

有馬稲子VS渡辺文雄
渡辺は佐分利や有馬の下で働く百姓。
ここでは上下関係が成立している。
有馬は佐田啓二に「野性美の渡辺がいい」だの「わたしが渡辺と恋愛するのは、わたしの勝手だわ」と言ってのけた後、渡辺を誘惑にかかる。
渡辺は細かいかけひきに乗ってこず、「男と女は、惚れたかどうかが勝負だ!」と直接的行動あるのみ、という態度に出て、有馬をしりぞける。
頭脳プレイの有馬が、野生のパワーに負けた瞬間だ。
ホーストがサップに負けたときを思い出した。

有馬稲子VS佐田啓二
佐田は有馬にぞっこんだ。
だが、恋愛経験の乏しい佐田は、有馬に太刀打ちできない。
自分の思ったとおりに進まない関係に、佐田は有馬に逆ギレ状態。
このバトルは最初は佐田のボロ負けだった。
佐田とのごく普段の会話でも、有馬の論理的な発言に佐田は勝てない。
だが、有馬が佐田にひかれるにつれて、いい勝負を演ずるようになる。
有馬は加東粉砕のときに、佐田の特攻精神を利用するが、突っ込んでいける佐田をうらやましくも思っているのだ。

佐田を愛する桂木洋子の描写も、脇役ながら、見るべきものが多かった。
桂木は短歌に託して心情を綴る。
まずは恋情を綴ったのが「君知るや ここに女(おみな)あり二年(ふたとせ)の想いに痩せて死に果てんとす」うわー、重い!
有馬をあきらめた佐田が、桂木洋子にふらっとなびきかけると、桂木は西行の歌に託して手紙を書く。
「波よする しららの濱のからす貝 拾いやすくもおもいゆるかな」
有馬とうまく行かなくなったからと言って、自分を拾いやすいからす貝だと扱われることをよしとしなかったのである。
せつない!

ラストシーン、佐田は有馬と歩いている。
佐田が見つけた珍しいトリカブトを、有馬は危険をおかして取りに行く。
佐田は片手が不自由なので、うまく山の斜面をのぼれないのだ。
転がり落ちた有馬は、しっかりとトリカブトを手にしており、佐田に渡す。
「いい思い出になったわ。さよなら」
そうか。有馬稲子はいろんな男の秘書を渡り歩いたが、最後に、佐田啓二の文字通りの右腕となることが出来たのである。

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