終末期の密教

2005年1月26日 読書
稲垣足穂、梅原正紀編著による『終末期の密教』を読んだ。1973年出版の本で、目次は次の通り。
序章 密教時代の開幕〜人類絶滅期の信仰(梅原正紀)
第1章 密教的なもの〜男性的形而上学として(稲垣足穂)
第2章 弥勒信仰と即身仏の世界〜弥勒(メシア)とそれを待つ人々(沼義明)
第3章 曼荼羅への讃歌〜宇宙的なものへの解放(常住郷太郎)
第4章 部族を志向した聖集団〜愛と自由と知恵による結びつき(山尾三省)
第5章 幻覚からタントラ密教へ〜トリップ体験とマンダラ模様の探求(斎藤司郎)
第6章 地底からの怨み・ミイラ〜飢饉と一揆と即身仏の歴史(内藤正敏)
第7章 新宗教発展の秘儀装置〜教祖のカリスマ的資質と教団形成(清水雅人)
第8章 密教的ラジカリズムの復権〜私たちは虐殺されようとしている(岩淵英樹)
第9章 虐殺の文明を呪殺せよ〜公害企業主呪殺祈祷僧団行脚記(梅原正紀)
第10章 座談会・美術と舞踏と密教(梅原正紀、前田常作、松沢宥、笠井叡)

稲垣足穂の文章は語りおろし。宗教的な論考よりも、ヒッピー、フラワームーブメント、公害と言った、当時の世相を反映させた文章が並んでいて面白い。
順に、覚え書きを残しておこう。
(序章) 時代の密教化が進んでいる。その予兆としてアングラ運動、ヒッピーの出現、現代人の流民化があげられる。そして、それは世直し思想待望の時代到来でもある。現代は悟りきった能書きを言うよりも、大いに悪あがきをせねばならない時代なのだ。
(第1章)趣味は芸術の大敵。浄土教、鎌倉仏教は女子供の宗教だ。密教は男性的形而上学。
(第2章)凶作と飢饉でこどもを食べるに至る地獄の生活の中から、弥勒信仰と即身仏は要請される。メシアは待望されるが、今ここに来る、とする思想と、来るまで待とうとする思想があったのだ。
(第3章)光への渇仰、永遠への思慕が宗教的感情の出発である。また、円は中心を持つと言う意味で永遠と秩序をあらわす聖なる象徴として考えられていた。
(第4章)「エメラルド色のそよ風族」の歴史。私的所有を排し、自己自身であるよりは仲間意識に生きたヒッピーたち。地回りの目を盗んでラーメンの屋台を出したり、アパートの取り壊しと同時に「エメラルド色のそよ風族」が解散になったり、いちいちわびしくていとおしい。
(第5章)本能を肯定し、それを自己否定的に超越する涅槃や解脱が日本的密教。エロスの全面的開花を讃歌するのがインドのタントラ。タントラでは五摩字の実践が重要視される。その五つとは、酒、肉、魚、炒穀、セックス。
(第6章)ミイラになる上人は空海にちなんで海号をもつ。罪をおかして逃げてきた者が上人になってミイラになるケースが多い。ミイラになる者が下級武士、百姓、乞食へと階級的下降の歴史をたどり、ミイラの作り方は地上入定、土中入定、いったん埋葬した死体を掘り出して人工的にミイラを作る、と過激化する。ミイラ信仰は想像を絶する苛酷な社会背景に泣く無名の人によって支えられていた。現代は同じような背景を持っているんではないか。
(第7章)新宗教は、まず生き神さまの登場が不可欠だが、その後は儀式の用意によって宗教は教団として発展していく。新宗教は教義を中心とした信者集団によって支えられるのではなく、現世利益的目的をもって祖先崇拝とシャーマニズムとの複合形態として存在している。
(第8章)警視総監公舎爆破事件の容疑者として起訴された著者によるゲリラのためのアジテーション。ここで「密教」は地下活動の意味合いを帯びてくる。「怒りを内に蓄積せねばならない。反撃の用意は秘められねばならない。ここに一つの重要なカギがある。余りにも正直すぎた代価は、いつも虐殺の返礼であったから」非暴力(民主主義)は虐殺への加担になる。
(第9章)公害企業主を呪殺する祈祷団の顛末。工場前で僧服を着た集団が呪殺のお経をとなえて、護摩をたく。警察、企業による妨害、仏教学者からのバッシング。
(第10章)舞踏家、画家たちによる、これはまったく言いたいことを言い合っている「対談」になっていない面白い主張集。梅原正紀の「時代の密教化」などに笠井は全然興味なさそうなのだ。
稲垣足穂は、「50年もすればクリスチャンはみんな仏教徒に改宗する」と言っていたが、キリスト教は今もなお健在で、虐殺を続けている。キリスト教でなければ仏教、という選択も今では無効だ。宗教に人を救うことなどできないのではないか。できるとしたら、第7章の新宗教での筋道を中断するように、秘儀を装置として持つ前の、生き神さまに頼るしかないのではないか。もちろん、それよりも、宗教など必要としない世界になるのが理想なんだろう。

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