今、何かと話題のavexから「恋の運動会」でデビューするアイドルユニットPARADISE GO!! GO!!がディスクピア日本橋で即売会をしていたので、見に行く。
この子らはキャレスというスクール出身だが、生で見たのは今回がはじめてだった。テレビで見ているとイマイチの印象が、実際に見ると、可愛さや実力が感じられる。メジャーデビューしたことでオーラがついてきたのか。
即売会ではファンたちがCDを両手にいっぱい抱えてレジを往復していた。数十枚も同じCDを買っているのだ。お金はあるところにはあるものだ。ミニライブや握手会やサイン会など無いにもかかわらず、だ。「ファンたち」と書いたのは、そんな馬鹿買いしているのが1人だけではなかったからだ。あいにくとパラダイスゴーゴーの知名度では、大勢の人を集めるには至らなかったが、充分な売れ行きだったんじゃないか?

テレビで放送していた「うつつ」(01年 日本)を見た。当摩寿史監督、宮沢りえ、佐藤浩一。妻が浮気をしているという疑念が引き起こすサスペンス。よく出来た、しかしありがちな話だ。もともと結婚生活に不動の幸せなり、安定なりを想定できる能天気なふるまいがどうすれば可能なのか、僕にはわからない。結婚制度そのものが、権力による支配の構造以外に何の意味があるのかわからないのだ。しかし、結婚制度に乗っかって夫婦になった以上、不倫によって家庭がバラバラになったり、不倫に関わった男女が不幸になったりするのは、当然の報いだと思っている。不倫するくらいなら、最初から結婚なんかしなければいいのだ。また、既に結婚している人物は制度の囚人なのだから、そのような者を恋愛の対象に選んだ愚かさを、不倫相手は身にしみて味わえばいいのだ。この映画では、ある企みにより、夫婦が崩壊してしまうのだが、「当たり前だ!もっとやれ!」と悪人側を応援してしまった。僕の目から見れば、悪人はちっとも悪人ではなく、馬鹿をもて遊ぶ楽しいゲーマーだったのだ。

人間的などろどろしたドラマが嫌いだと思われるパウル・シェーアバルトの『永久機関』を読んだ。シェーアバルトは1863年生まれ、1915年没。20世紀のはじまりを体感した作家だ。
「永久機関」は分銅と車輪、軸の組み合わせで永久機関を作り出そうとする男(本人?)の日記。思い付きは単純な組み合わせなのだが、改良に改良を加えるうちに、何が何だかわからない機構になっていく。最終的には、永久機関ができたと言って終わるが、その内容は秘密になっている。男は永久機関の完成によって、文学が衰退し、人々の知的向上心が失われることを心配したり、自分が億万長者になることなどを夢想したりしながら、研究を重ねる。
エネルギ−保存の法則を発見したローベルト・マイヤー自身が、その発見前は永久機関を必死になって作ろうとしていた。結局「俺にできないのなら、もともと永久機関なんて不可能だってことだな」と思って、一転、エネルギー保存の法則で永久機関を「無理!」と言い切ったのだ。シェーアバルトは「おまえには無理でも、俺になら出来る」と対抗して、この作品を書いたようだ。
本書に収録されている他の作品は「フローラ・モール」「シェーアバルティーナ」「ガラス建築」で、ガラス建築の提唱を繰り返している。ところどころにあらわれる、作者の独断がとても面白い。
たとえば、建築においては「砕けやすい煉瓦や可燃性の木材には、いかなる存在理由もない」と言い切ったり、「宝石はすべからく頸と腕から壁に移行するべきものなのだ」と婦人の装身具を壁の装飾に使うよう薦めたり、「今日、人はまぎれもない神経症からして旅行をする」と断言して、未来においては各地の素晴らしいガラス建築を見るために旅行が行われると対比したりする。ガラス建築だと、倫理的にもいいらしい。
シェーアバルトはこのような夢想によって、自らが大金持ちになったり、バラ色の未来を思い描いたりしながら、実生活では食べるものにも困って魚の骨をバリバリ食べていたという。
やっぱり、こうでなくっちゃね。生活のことをまず考えるようになったら、おしまいだ。

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