秋山瑞人の『イリヤの空、UFOの夏』全4巻を読んだ。
第1巻
「第三種接近遭遇」
「ラブレター」
「正しい原チャリの盗み方:前編」
「そんなことだから」
第2巻
「正しい原チャリの盗み方:後編」
「十八時四十七分三十二秒:前後編」
「死体を洗え」
第3巻
「無銭飲食列伝」
「水前寺応答せよ:前後編」
「ESPの冬」
第4巻
「夏休みふたたび:前後編」
「最後の道」
「南の島」
「エピローグ」

「北」との戦時下における学園恋愛SF。(本当はUFOとの戦争?)
夏休み最後の日、学校のプールに忍び込んだ浅羽は、イリヤと出逢う。
イリヤはおよそ人間らしい常識を備えていない少女で、簡単なことでも教えてあげねばならず、当たり前のことでも新鮮な体験となっている。
イリヤはすぐに鼻血出して倒れる虚弱な体だが、手に奇妙な球体が埋め込んであった。イリヤは軍の特殊なパイロット、最終兵器彼女だったのだ。
3巻あたりまでは、部活動のドラマがあったり、文化祭でファイアーストームをしたり、デートしたり、恋敵どうしで鉄人定食(トライアスロンセット)でフードバトルしたり、と学園コメディが繰り広げられる。
これがとても楽しい。
戦時下の学園SFってのが僕は大好きで、最終兵器彼女とか、エヴァンゲリオンと通じるテイストをもつ本書も、愉しみながら読んだ。
後半は軍を相手に逃避行に出て、コメディ的部分は影をひそめるが、そこも面白かった。
イリヤと浅羽の恋愛は、さて、どうなるのか。
最終巻で、精神が壊れてしまって、記憶が退行していくイリヤが、浅羽を認識できない状態で語る言葉が次のとおり。(イリヤの中では、時間は遡っており、夏休み最後の日になっている)
「ずっと嫌だって言ってたけど、でもやっぱり行く。行くなって言っても行く。わたし、明日から学校へ行く」
浅羽が「どうして?」ときくと、イリヤはこう答える。
「好きな人が、できたから」
そういえば、第1巻でイリヤが入部届を出したときの動機は「浅羽がいるから」だった!
そしてすっかり精神がボロボロになって出撃命令にしたがわないイリヤに、浅羽はこういう。
「ぼくは、伊里野のことが好きだ」
「浅羽直之はぁ、伊里野加奈のことがぁ、大好きだあーっ!」
「ぼくが説得すると思ってたんならお生憎さまだ!伊里野は出撃させないからな!絶対に死なせないからな!伊里野が生きるためなら人類でも何でも滅べばいいんだ!」
強烈な告白シーンだが、これはまんまと浅羽がのせられたものだった。
作者の表現によれば「子犬作戦」。
イリヤは兵器として存在する少女だが、戦う目的をもっていない。
彼女には守るべきものが何もないのだ。
そこで、楽しい学園恋愛ドラマをあてがって、彼女に「浅羽がいるから死にたくない」「浅羽のためなら死んでもいい」という戦う動機を与えようとしていたのだ。
なるほど。
前半の楽しい学園コメディは、イリヤを自滅させず、戦わせるための方便だったのか。
浅羽は人類とひきかえにイリヤを選んだのだが、 その瞬間に、イリヤにとって守るべき存在が出来、したがって出撃する動機が生じてしまったのだ。
いや〜、面白い。
「水前寺応答せよ」までのスーパー少年、水前寺がいちばん魅力的なキャラクターだ。彼が出てくると、どんなことも不可能ではなくなってしまう。最終巻のクライマックスで彼を登場させるわけにはいかなかったのだろうが、もっと彼の活躍を読みたかった。
秋山氏の作品を読むのははじめてだが、面白い名文がたまにあって、楽しかった。
第2巻「十八時四十七分三十二秒:後編」より、旭日祭(文化祭)二日目の描写。
「人影はさして多くはない。少なくとも一日目ほどではない。が、これは決して祭りの失速を意味しない。この人出の減少はすなわち、シラフの連中が淘汰され尽したということであり、遠く見え始めた終局にむかって祭りはむしろ加速し続けている」
どう?このなんでもないことを大仰に描く語り口は!こういうのが大好きだ。
第3巻「水前寺、応答せよ」でもこんな文章が。
「しかし、さっきまでの当たり前は今のこの瞬間も当たり前であるという確信はすでに崩れ去り、今の浅羽はどんなつまらないことに対しても何ひとつ断言することができないような、骨の髄から脳みそに染み渡るような無力感に捕われていた」
また、第3巻の番外編「ESPの冬」は、こんな話。
校内放送ジャックして、テレパシー実験をする水前寺。
「人間には入力には視覚聴覚嗅覚味覚触覚の五系統があり、出力は筋肉の一系統のみ。
超能力の研究というのはすなわち、第六番目の入力系が、あるいは第二番目の出力系がひょっとしたら存在するのではないか、という稀有壮大な探求に他ならないのだよ」
これはわかりやすい説で、ぽんと膝を叩いた。
なお、この4冊はちょうど作品世界と同じ、夏休みの終盤に読むことができた。
戦時下の学園コメディSF、しかも夏、というのが僕にとってのツボで、幸せな読書体験だった。できることなら、ずっと夏休みが続いてほしいものだ。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

日記内を検索