「哲学への権利-国際哲学コレージュの軌跡」上映会&討論会@アートエリアB12010年2月5日 映画
今日は夜勤明けに府立図書館と市立図書館のハシゴ。
結局、読みたい本は古書店をまわって買うしかないのか、と思う。でも、とりあえず15冊ほど借りてきたけど。
午後6時から西山雄二監督による「哲学への権利-国際哲学コレージュの軌跡」の上映会と討論会を見に行った。場所はなにわ橋駅のラボカフェ。
討論会は「哲学と社会の対話」と題され、西山雄二、本間直樹(大阪大学)、ファシリテーターに中村柾樹(大阪大学)の3人で行なわれ、来場したお客さんからの発言にも答えていた。
映画はコレージュに関わる7人の人物へのインタビューで成り立っている。(ミシェル・ドゥギー、フランソワ・ヌーデルマン、ブリュノ・クレマン、ボヤン・マンチェフ、カトリーヌ・マラブー、フランシスコ・ナイシュタット、ジゼル・ベルクマン)
映画の章立ては、だいたいこんな風。「プロフィール」「定義」「大学」「理念」「経済」「場」「困難」「デリダ」
国際哲学コレージュは1983年にデリダらが創設した研究教育機関で、学費も試験も論文提出もないかわりに単位もない。講師は教授ばかりとは限らず、市民による授業もあるが、もちろんある一定のレベル以上の講義は保証されている。講師も無償だし、キャンパスもない。西山氏はトークの最初に、「あいだ」という言葉で説明されていた。つまり、大学と在野のあいだ、哲学と哲学以外のあいだにこのコレージュの狙いはあるらしい。
西山氏は討論会のしめくくりに、「哲学は何の役にたつのか」という問いかけを言い換えて考えてみることを推奨された。哲学があるというのはどんな感じなのか。哲学によってもたらされる奥行きを考えよう。などと。
無料で哲学講義を受けることができる、となると、雑多な受講者が集るのがパリなどでの姿なのだろうが、少なくとも、今日のこの上映&討論会については、服装の色がほとんど黒白紺茶灰で占められた、まさに日本単一民族の集いであった。
終了したのは予定を大幅にこえて9時過ぎ。
駅への階段をおりたところにあるこのスペースでの上映&討論会は非常に寒かった。また、後ろの方で見ていたせいで、字幕が最初のうち見にくくて、字幕にピントをあわせるため眼筋を酷使した。ちょっとは視力が回復したかな。
http://rightphilo.blog112.fc2.com/
帰宅したら「崖の上のポニョ」やってたので、夕食をとりながら、ついつい見てしまう。
この映画は人魚姫を思わせるファンタジーと、いやになるほどの現実との間に、ポニョと宗介の交流が描かれており、半魚人娘と少年のシーンが見る人の少年時代の思い出を上書きするように再現し、あまずっぱい気持ちになっちゃうのだ。少なくとも、僕はそうだった。こどもの頃、あんなことがあったなあ、と思えるのだ。年寄りが元気になるコクーン的展開は、もっと自分が年寄りになったら見方も変わってくるのかな。今でもかなり年寄りのつもりなんだけど。
結局、読みたい本は古書店をまわって買うしかないのか、と思う。でも、とりあえず15冊ほど借りてきたけど。
午後6時から西山雄二監督による「哲学への権利-国際哲学コレージュの軌跡」の上映会と討論会を見に行った。場所はなにわ橋駅のラボカフェ。
討論会は「哲学と社会の対話」と題され、西山雄二、本間直樹(大阪大学)、ファシリテーターに中村柾樹(大阪大学)の3人で行なわれ、来場したお客さんからの発言にも答えていた。
映画はコレージュに関わる7人の人物へのインタビューで成り立っている。(ミシェル・ドゥギー、フランソワ・ヌーデルマン、ブリュノ・クレマン、ボヤン・マンチェフ、カトリーヌ・マラブー、フランシスコ・ナイシュタット、ジゼル・ベルクマン)
映画の章立ては、だいたいこんな風。「プロフィール」「定義」「大学」「理念」「経済」「場」「困難」「デリダ」
国際哲学コレージュは1983年にデリダらが創設した研究教育機関で、学費も試験も論文提出もないかわりに単位もない。講師は教授ばかりとは限らず、市民による授業もあるが、もちろんある一定のレベル以上の講義は保証されている。講師も無償だし、キャンパスもない。西山氏はトークの最初に、「あいだ」という言葉で説明されていた。つまり、大学と在野のあいだ、哲学と哲学以外のあいだにこのコレージュの狙いはあるらしい。
西山氏は討論会のしめくくりに、「哲学は何の役にたつのか」という問いかけを言い換えて考えてみることを推奨された。哲学があるというのはどんな感じなのか。哲学によってもたらされる奥行きを考えよう。などと。
無料で哲学講義を受けることができる、となると、雑多な受講者が集るのがパリなどでの姿なのだろうが、少なくとも、今日のこの上映&討論会については、服装の色がほとんど黒白紺茶灰で占められた、まさに日本単一民族の集いであった。
終了したのは予定を大幅にこえて9時過ぎ。
駅への階段をおりたところにあるこのスペースでの上映&討論会は非常に寒かった。また、後ろの方で見ていたせいで、字幕が最初のうち見にくくて、字幕にピントをあわせるため眼筋を酷使した。ちょっとは視力が回復したかな。
http://rightphilo.blog112.fc2.com/
帰宅したら「崖の上のポニョ」やってたので、夕食をとりながら、ついつい見てしまう。
この映画は人魚姫を思わせるファンタジーと、いやになるほどの現実との間に、ポニョと宗介の交流が描かれており、半魚人娘と少年のシーンが見る人の少年時代の思い出を上書きするように再現し、あまずっぱい気持ちになっちゃうのだ。少なくとも、僕はそうだった。こどもの頃、あんなことがあったなあ、と思えるのだ。年寄りが元気になるコクーン的展開は、もっと自分が年寄りになったら見方も変わってくるのかな。今でもかなり年寄りのつもりなんだけど。


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